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いざ帝国へ
手に伝わる確かな重み。
僕はロッツガルドの冒険者ギルドに来ていた。
「重いな」
「感想は重さだけ?」
「だけって言われてもなあ。後は、思ったよりも小さいな、とか?」
「ソレを見たことのあるヒューマンは、片手で数えられる程度なんだけどね。世にも珍しい上位竜の卵なのに。竜に関わる研究者なら親を殺しても欲しがるんだけどなあ」
ラグビーボールくらいの卵を見る。
「ああ、そう言われてみると……」
「神秘を感じてくれる?」
「澪に教えたら味見をしたがりそうだから気をつけようかなと思った」
「……」
テーブルを挟んで対面している人物は冒険者ギルドの全てを束ねる長。
中性的な容姿と得体が知れない雰囲気を持つ美男子、名前はファルス。
というのが世を忍ぶ仮の姿。
正体は上位竜の頂点と言われる幻の竜、ルト。
趣味で冒険者ギルドを作って運営している正真正銘の変態にして両性類、何百年か何千年かの年季が入った筋金入りの猫かぶりスキルも有している。
つまり、あまりお近づきになりたくない人だ。
今は自由自在のポーカーフェイスも機能しておらず、僕の前で呆れたような困ったようなひくついた笑みを浮かべているけど。
「ま、そんなことよりも。これを、帝国領内バニラ砂漠のグロントさんに届ければいいんだな?」
「うん。出来れば君には竜の社会も見て欲しいからね。まずはその子、ランサーから。無理を言って済まないと思っているよ。勿論、ケリュネオンの事も含めて十分な見返りを約束するからね」
ルトの表情がいつもの柔和な微笑みに変わる。
竜殺しと呼ばれていた冒険者、ソフィア=ブルガが上位竜に対して行なった凶行に関係する今回の依頼。
この両性類は簡単にソフィアを自分の血を引く者と僕に紹介したけど、彼女についてそれ以上は深く語ろうとしない。
いずれ時が来たら話す、らしいけどどうなることかね。
依頼に際して教えてもらった事も、さほど多くない。
現在健在な上位竜は三体で、他の竜は卵になっているということ。
卵は各地の竜の眷属や信奉者なんかに預けられていずれ孵る時を待つということ。
そしてその連中の所在地と情報。
で、僕にその卵の配達を頼みたいと。
ルトから示された報酬は形あるものじゃなく、彼の知る情報の提供や魔族の領内に存在する国、ケリュネオンについての援助など。
貴重品とは言っても物品配達の報酬としては破格だった。
「期待してるよ。どの道グリトニアには行くところだったからついでだし」
「ふふふ、リリ皇女か。君への招待は彼女だけじゃなく、勇者の意思もあるだろうけどね。彼女は真君が心を許せるような相手ではないけど、いきなりとって食われるような展開もないさ。ほどほどに警戒しながら帝国観光でもしてくるといい。……はぁ、僕も一緒に行きたかったなあ」
「帝国観光ね。後はリミア王国にも行く事になっているから観光って気分にもなれないんだけど、まあ楽しんでくるよ」
ヨシュア王子に連絡を、と先輩に頼まれた後。
僕はもちろんすぐに連絡を取ろうとしたんだけど。
彼、いや彼女……。
ああもう!
こっちも面倒臭い!
もうヨシュアさんでいいや。
最初ヨシュアさんからやり取りの際に通して欲しいと言われたリミアのお役所を通しながら話をして、近く王国に行くことになった。
一方でグリトニア帝国のリリ皇女からもあれやこれやと問い合わせをもらい、こちらも帝国に行かなくてはならない雰囲気になった。
別に脅されたり何を強要されたりもしていないんだけど……何かこう、うまくない感じではある。
「リミア王国、ああ、あっちはヨシュア王子に勇者響か。いやいや、すっかり君も人気者だ」
「楽しそうに話してくれるよ、まったく」
「実際楽しいんだから仕方ないじゃない。僕の助けが必要ならいつでもどうぞ。君に頼られるなら僕はそれだけで嬉しいからね」
「助けが欲しくなったら、その時は頼むよ」
「……待ってるよ。それから。王国と帝国はともかく、もし“もっと北”に赴く気なら」
もっと北。
魔族のことか。
「……なに?」
「卵があるからギルドに寄ってってね」
「あー……はいはい」
そういえば魔族の領地にも卵の配達先があった。
上位竜の卵を持って戦争やってる各勢力に挨拶まわりか。
傍から見たら凄く怪しい一行に見えそうだな。
せめて行動は少し大人しくしておこう。
……できる範囲で。
「同行者は巴に識だったね。帝国の勇者、智樹は巴にご執心だ。気をつけて」
「ご忠告どうも」
「行くのが君でなければ智樹のワルキューレについて注意をするところだけど。そっちは心配なさそうだ」
ワルキューレ?
初めて聞くな。
帝国はこれまで銃について以外はあんまり情報を集めてないんだよな。
この機会に色々見て回るのは、ルトの言葉じゃないけど必要かもしれない。
「ワルキューレ? 心配ってどういうこと?」
「智樹に夢中な子たち、とでも思っておけばいいよ。心配は……僕にだって靡かない君が、生半可な色仕掛けで落ちるとも思えないから必要ないってこと」
「……お前に靡くって」
両性類だぞ?
そうと知って受け入れられるのは相当な猛者に限られるだろうが。
「今外で待ってる秘書なんて僕にすっかり夢中……」
「卵、確かに預かったよ。じゃあ、また。変態」
「……何か凄く失礼な呼ばれ方をした気がしたんだけど。ま、いいや。じゃあまたね、真君」
帝国へ発つ朝。
上位竜からの依頼を受けるシリアスな場面のはずなのに、何やら妙に疲れた。
グリトニアか。
初めて行く国だけど、どんな所だろう。
リリ皇女は実はなんとなく苦手だったりする。
せめて居心地の良い場所なら、良いんだけどな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「す、凄い雪だな。緯度は王国とあんまり変わらないはずなのに、何だこの差」
リミア王国は緑に溢れる豊かな国だと聞いている。
そりゃグリトニア帝国は厳寒の地だってのも本や伝聞で聞いてはいたけどさ。
実際に見ると呆れるレベルだ。
これで地図上は左と右、並んでいるんだからなあ。
「グリトニアは高い山も多い地ですからな。冬の積雪は場所によっては数メートルに達するようですぞ」
「こうして他国の気候に触れるのも旅行の楽しみではありますね」
黄金街道を歩いていてもこんなに違って見えるもんなんだな。
ツィーゲから見た黄金街道は同じ姿でただただひたすら伸びる道って感じだったんだけど。
感心していると、巴と識が情報や感想をくれる。
「ここよりも更に北にあって山も多いっていう魔族の国はどうなってんだろうね。想像もできないよ」
「魔族どもが暮らすのは氷原とでもいいましょうか。もちろん雪もここより多いですし、風も寒さも段違いですな」
「ヒューマンには、いや生物には厳しい気候です」
二人はそこを知ってるんだな。
せ、生物には。
行ってみたいような、部屋でぬくぬくしていたいような……。
帝国領に入ってしばらく。
早速雪が厚みを増し、ロッツガルドを出た時に用意した防寒具は大げさなものじゃなかったんだと思い直した。
雪国の特集なんかで目にするごっつい耳当てをして降ってきた雪を眺めながら、まずはロビンという街を目指す。
帝都に通じる転移陣を使わせてもらえる話がついていて、その街からは転移で進める。
この中を延々と歩くのも相当辛いし、助かる。
「黄金街道を歩く、ってのじゃなければ遭難している自信があるな僕は」
「……何でしょうな、若の口から遭難と聞いても全く危機感を感じません」
「申し訳ありませんが、私も同感です」
従者が僕にひどい。
何日か食べなくても我慢はできるし、寒いといっても雪はともかく気温自体はそこまで寒く感じないし、どこで方向がわからなくなっても亜空に帰ればいいけど。
……。
あれ、遭難って言葉の悲壮感がどんどん薄れていく。
「と、巴はさ! そう言えば帝国の勇者とは面識があるんだよね? 何か、あんまり好きじゃないとか言ってなかった? 何だったら識だけに任せても良かったしライムとか代わりにしても良かったのに」
「最初はその気だったのですが。ライムにはローレルに行ってもらっておりますし。響の記憶は若ほどではありませんでしたが非常に面白かったので。万が一、帝国のアレが面白いことを知っておればと思いましてな。以前のを破棄してしまったのは少々迂闊でした」
「ふーん。まあ、智樹君? も日本人だから何か僕が知らないようなことを知っているとは思うよ。嫌なら言ってくれれば識に色々頼むからさ、気軽に言ってね」
あれ?
「……あの、若。些細なことではあるのですが、そこは私が気軽にどうぞと巴殿にお伝えするところでは……」
あ!!
「ちょっと待て、巴」
「何か?」
「ライムがローレルってなに!?」
さらっと何を言うのか。
聞き流さなくて良かった!
ん、さっき識も何か言ったような?
ってそれはとりあえず後回しだ。
「なに、響が儂らに興味があるようで。型通りの警告はしておきましたが一応ライムに監視を頼んだのですよ。それだけです、ご安心を」
ご安心を、じゃない!
警告って何だ、警告って!
「型通りの警告って何言った?」
「好奇心は猫を殺す、と。どこを覗くも自由だが覗いて何をされるも自己責任じゃと。まあ、ごく普通の、警告というよりは注意ですな。帝国だ王国だ、ケリュネオンだ魔族だとこちらが忙しく動くのに、一々嗅ぎ回られては面倒ですからな」
……今度会ったら脅かしてすみませんでした、くらいは言っておこうか。
巴は、先輩をそれなりに警戒しているんだな。
商会、いや僕を思ってのことだとは思う。
ってことは、僕が先輩に対して無警戒に過ぎるんだろうか。
でも……日本人で、同じ高校の先輩で。
もちろん悪い人なんかじゃなかった。
そんな人にも警戒しないといけないのかなあ……。
確かに、先輩に対して少し違和感を感じはした。
詳しくどこになにをとは言えないけど、全く僕が知っている通りの先輩じゃないのかもしれない。
疑うのも必要、なんか、やだな。
違和感。
その正体、理由に気付いてから。
このことを考えるのはそれからでいい。
うん。
勇者との関わりなんてできたばっかりなんだし、急を要するようなことでもないんだから。
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