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夢か現か
「ようこそ、ローレル連邦へ。歓迎いたします、勇者響様」
丁寧に頭を下げてからにこやかに歓迎の言葉を口にする法衣を纏った女性。
歓迎への礼を口にしながら、響はその女性の態度に冷ややかなものを感じた。
ごくわずかに、であり次の言葉を発する時にはすっかりなくなっていたからひとまず忘れることにする響。
「お帰りなさいませ、チヤ様。みな、巫女様のお帰りを心待ちにしていたのですよ?」
「遅くなってごめんなさい、彩。でも、少しだけだけどこうやってお姉ちゃんと一緒に戻ってきたんだよ。あのね、彩。響お姉ちゃんは――」
「チヤ様、そのお話は後程ゆっくりとお聞きします。まずは長旅でお疲れでしょうから皆様をご滞在頂くお部屋にご案内しませんと」
リミア王国からの来訪者である勇者一行を迎えたのはローレルの実力者の一人、彩律だった。
ローレルでは巫女の存在は広く国民に知られ、慕われている。
その彼女の周辺を取り仕切る立場にある彩律の力は大きい。
他国の重要な客を歓迎しもてなす代表としても十分な存在だ。
巫女への信仰は彩律の立場を、本来のものよりもずっと影響力の強いものにしており。
深澄真が彼女に対して抱いた国の重鎮という印象以上に、ローレルにおける彩律は色々と“強い”存在であった。
目配せで部下に案内を指示し、後のスケジュールを別の部下に確認しながら彩律は勇者と巫女、そして彼女らの仲間の背を見つめる。
「彩律様? 何か?」
「……あれほど我が国がリミアに巫女の帰還を求めていたのに、と思ってね」
「彩律様をはじめとする皆様方の外交が成果を得たのですね。素晴らしいことだと思います」
「……本当にそうであればもっと嬉しいのだけどね」
「彩律様、もうチヤ様はお戻りになったのですからあまりお悩みにならぬ方が。リミアがわが国に対してしたように、今後巫女様にはローレルにいて頂けばそれで――」
「貴女。やられたことをやり返すのは、時と場合を考えないと最悪な結果になると心に刻みなさい。少なくとも今回それは出来ないわ。チヤ様が強要されて戦争に駆り出されているのならいくらでもやりようはあるのだけどね」
「も、申し訳ありません。出すぎたことを」
「これまでのこともあります。リミアに良い感情を持てないこと自体は責めないわ。ただチヤ様の心情は勇者を強く支持しているのは事実。自らの意思で、ここに“少しだけ”お戻りになった。むしろ私が気がかりなのは……」
(それがライドウから竜騎士部隊の、復興協力を目的とするロッツガルド滞在延期を頼まれた時の交換条件に匂わされたってこと。巫女様と近い内に会えるかもしれませんよ、か……。四大国と並び称されてもリミアとローレルが互角だとは思っていないけど、仮にも大国に数えられるウチが外交手段を尽くしても叶わなかったことを、こうも簡単に……。クズノハ商会、いえライドウ。チヤ様に一度、彼を見定めてもらいたいところね。帰りにロッツガルドに寄り道をして頂こうかしら。あの分だと勇者響を賢人と見抜いた上で懐いておられるようだし、ライドウについても何かしらの収穫を期待できるかもしれない。ふぅ、あの言葉がただの気休めであると思えたなら、どれほど気が楽か)
「彩律様?」
「……なんでもないわ。これから忙しくなります。頼りにしていますよ」
「お任せください! チヤ様の為、全力を尽くします!」
「ええ、では行きましょう」
彩律は、少し前までいたロッツガルドで出会ったある人物を思い出す。
彼から提案された竜騎士の復興への協力、その対価。
まさか一商会に勇者や巫女、まして大国を動かす力などあるわけがない。
常識では、そうだ。
今、巫女が待望の帰還を果たし、勇者をも連れてきた。
一時的にとはいっても十分大事件だ。
それのみに心を向けなくてはいけない。
なのに。
彩律はクズノハ商会、ライドウという名を脳裏から消せないでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
僕が、そこにいた。
「やっぱりヒューマンじゃなかったのか」
「この、化け物め」
「どてっぱらに大穴開けて話してるお前には、流石に言われたくないかも」
「お前を、響様に会わせるわけにはいかない……! ここで何としても俺が、お前を……!」
僕は黒い鎧に身を包んだ奴と相対していた。
ただそいつは膝を突き、僕が言ったように腹に大きな穴を開けている。
多分、口ぶりから僕がやったんじゃないかと思う。
で、こいつは先輩の知り合いか?
「黒騎士、かあ。名前に違わぬ騎士の忠誠心ってやつ?」
黒騎士。
知らないな。
だけど僕は知っているみたいだ。
凄くぼんやりとした感覚で、僕はその場を見ている。
一人は出演者の僕で、もう一人は視聴者の僕、みたいな。
黒騎士というらしい重傷の人はごつい兜も砕かれていて、ヒューマンじゃない亜人の素顔、いや亜人ですらないかもしれない人のなりそこないみたいな「しわくちゃなのっぺら坊」の顔を晒していた。
「ライドウ、ここで何としてもお前を止める!」
斬るというよりも叩き潰すのが主な用途であろう大剣が僕に向けて振り下ろされる。
それを、僕は素手で止めた。
魔力体を使ってもいない。
ただ、手で剣を掴んで止めた。
いやいや、こんな事出来るわけないでしょうに。
結構な剣速だったよ?
「あのさ、電子レンジって知ってる?」
「デンシ……?」
「あはは、ごめんごめん。忘れていいよ。そうだ。一応、名前教えてくれない? 黒騎士は流石に名前じゃないでしょ?」
まるで緊張感のない僕の声。
自分が二人いる、不思議な感覚だ。
周りは……。
ふと気になって見てみる。
喧騒に満ちていて、煙や火、瓦礫が散乱している。
戦場だった。
「名前、だと? ふっ、くくくく!! わからんか? お前は、この醜い姿に似たモノをあそこで数多く見てきたはずだぞ!? そしてその悉くを葬った!」
自分を指して醜い、という黒騎士。
「……知らないな。覚えてない。なに、僕に恨みがある感じ?」
「学園都市! ロッツガルド! 学園祭! これでも忘れたと言うかライドウ!」
「あ、変異体か。確かに似た感じだね。何だ、変異体の生き残りだったの。でも、あれについては変異した奴もある程度自業自得だろ? 僕を恨むのは筋違いじゃない?」
「俺は……だ」
「え?」
「俺はイルムガンド=ホープレイズだ!」
!?
イルムガンド!?
え、でも確か彼は学園祭でアベリアに殺されたはずじゃ……。
「イルムガンド、ねえ。もう変異体騒動自体相当昔のことだし、個人の名前までは覚えてないけど。イルムガンド=ホープレイズね。了解」
でもイルムガンドと対峙している僕はその名前を本当に覚えていないのか、さして感慨もない様子だった。
なんだろうな、この違和感は。
「お前は、どこまで人を虚仮にすれば……!」
「やたらとタフな割にその腹の穴は回復しないみたいだからもう打ち止めなんだろうけどさ。一応、ちゃんと終わらせるから。先輩のパーティはこれでもうあの巫女しかいないし、要領の悪い僕でもようやく王手、かな」
王手?
先輩のパーティ?
どういう事情なんだろう?
でも、そこにいた僕はそんな疑問なんて関係なく、黒騎士に向けて左手を突き出した。
「やると予告して避けぬ者などっ!?」
イルムガンドは向けられた掌から逃げようと地を蹴る。
だけど何かにぶつかったように弾かれて元の場所によろめく。
あれは、界?
だけど、有効範囲が僕の周囲じゃない。
イルムガンドの周りをすっぽり覆って、彼にとって障壁の様に作用しているみたいだ。
なんだあれ、狡くないか!?
自分以外を中心に出来るなら界なんて超凶悪スキルだぞ!?
「話は戻るけど、電子レンジってね。料理を温めたりする道具なんだ」
「どうしてっ……、なぜお前などがこれほどの力を持つ! 何一つ、信念も持たぬお前などがっ!!」
「初めは純粋に箱の中が熱くなるんだろうな~って思ってたんだけどね? 実はそうじゃなかったんだ。こう、波みたいなもので中にあるものを細かく振動させて熱を生むみたいな? 結構凄い技術だったんだよ」
ああ、何か聞いたことがある。
分子を振動させる、だっけ?
身近にある便利な家電だけど、凄い奴だったんだと感動した覚えがある。
テレビか何かを見ただけの、うろ覚えもいいところの記憶だけど。
でもそれを異世界で、しかも敵に話して何を考えているんだ、この僕は?
そう思っていたら、妙なことを口にしだした。
「それってさ、人に向けるとどうなると思う?」
「……何が言いたいのかわからん。焼き殺すといいたいのか?」
「だよね? それとか茹でられるみたいになって死ぬと思うよね。違うんだよ、一応魔術みたいな感じで再現しているせいもあるからかもしれないけど、死体の処理がいらないんだよね」
魔術みたいな、か。
界のことをそう表現したわけか。
それにしてもだ。
おいおい。
人をレンジに入れるとどうなるか?
なんて趣味の悪い殺し方を。
想像したこともなかった。
「……覚えておけ。お前は絶対に罰を受ける。響様が、女神様が。お前を必ず罰する。世界はお前を認めない、絶対に」
「それは嬉しいな。向こうから来てくれるなら手間も省ける。じゃ、ばいばい」
「イルム君っ!!」
信じられないことが、イルムガンドを呼ぶ女性の声を引き金にしたようなタイミングで起こった。
「ああ、響先輩」
声の主は、先輩だった。
何事もなかったように先輩を呼ぶ僕。
人が膨れて、弾けた。
着ていた鎧ごと、一瞬で膨れ上がって風船が割れるみたいに、弾けとんだ。
イルムガンドを覆っていた界、不可視の半球が、血で赤黒く染まった。
うっ。
レンジって。
絶対に違うと思った。
僕は、何をしたんだ?
あんな風に人が死ぬやり方があるなんて。
赤い半球はすぐに消え去り、あとには地面に染みみたいなものが多少残るだけ。
そこで人が死んだとは、にわかには信じられない。
死体も、肉片すら残っていないんだから。
「深澄君、貴方っ……!」
「よくも、イルムさんを!!」
ここに駆けつけた時に丁度その光景を見てしまった先輩と巫女の少女が僕を睨む。
憎悪と怒りの目で。
目の前で知り合いが死んだなら無理もないことだと思う。
でもイルムガンドが黒騎士って名前で先輩の仲間?
それに、二人から僕に向けられる目は明らかに今生まれただけの憎しみじゃないように思える。
驚きや、混乱する感情なんかがなく、すぐに怒りや憎しみに直結するということは、つまり前々から……。
ちょ、まさか!
少し俯いていた僕の口元に笑みが浮かぶのを見て。
僕は焦る。
冗談だろう?
何で僕がそんなことを!?
巴は、澪は、識は何をしてる!?
目には特に感情を湛えず。
口元にだけ端を持ち上げるだけの笑みを浮かべて。
顔を上げた僕は左手を先輩と巫女に向けた。
おい、やめろ。
やめろよ?
「遅かったですね。先輩の後は女神なんで、すぐに終わらせますね。痛くはないと思います」
やめろ!
「私は完全に貴方を見誤っていた。取り返しのつかないことに今更気づくんだから、どうしようもないわね、本当に」
「いや、人生なんてそんなものですよ。あ、先輩」
殺気など欠片もないまま。
それでも僕にはこの後の僕の行動がわかった。
ふざけるな!
なんで先輩を僕が!?
「電子レンジの仕組みって――」
だから。
「やめろっっ!!」
はぁ、はぁ、と。
荒い息が自分のものだってことに気付くのに少し時間がかかった。
額に触れると大量の汗が流れてた。
ぬるりとした独特の触感。冷や汗だってわかる。
繰り返す荒い呼吸を一旦止めて、深く息を吸い込み。
長く、息を吐き出した。
「夢、か」
ここは亜空、僕の寝室だ。
戦場でもないし、先輩もいない。
夢だ。
「……夢、だよな?」
突拍子もない内容の癖に異様な程鮮明で、思わず自分に問いかける。
イルムガンドは死んでいるはずだ。
それにリミアの勇者の周りにも、ホープレイズ家の周囲にも黒騎士なんて人物は出現してない。
先輩を守る騎士っていうなら、確かパーティに別の人がいたと思う。
王国の騎士の人が。
寝直す、気分でもない。
すっかり目が覚めてしまった。
ちっ、せっかく夕食はタコ焼きもタコしゃぶも大人気で楽しかったのに。
識なんて鍋の深奥は一体どれほどのものなのだ、って心服して拝んでいた。
あれは笑ったな。酒が入っているとはいえ、中々のコントだった。
「ははっ」
少しだけ楽しい気分を思い出して口から笑いが漏れる。
所詮、夢だ。
気にしていても仕方ない。
……そうだ。
「こんな時間だけど、弓でもやるか。気持ちを、落ち着けたいし」
寝室を出て着替える。
弓を用意して部屋の外へ。
敷地内に作ってもらった弓道場に向かう。
それから朝日が出るまで。
僕は無心で弓を射続けた。
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