挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

129/187

悩ましい事

「あれ、お姉ちゃん!? どうしたの? 戻ってくるのは明日の夜だったよね?」

 チヤの言葉に響はバツの悪そうな顔をしつつ、言葉を返した。

「……その予定だったんだけどね。追いついちゃったみたい」

「ロッツガルドでの御用は大丈夫だったの?」

「ええ。ローレルに入る手前ぎりぎりで合流する予定だったけど、これなら私も黄金街道の景色位は楽しめそう」

「お姉ちゃんと一緒だと私も嬉しいよ!」

「私も。あ、ごめんチヤちゃん。今日は忙しかったから先に休むね」

「うん、また明日ね。お休みなさい」

 響の顔色は確かにあまり良くなく、チヤはそれを疲れと判断して響の背を見送った。
 宿の部屋を一室余分に取った響は、パーティから離れた場所となった部屋に入り、寝台に身を投げ出した。
 大きな溜息を一つ。

(頭の中ぐちゃぐちゃ。ロッツガルドでのお役目は全部済んだけど、最後のクズノハ商会でどっと疲れたわね。王都の復興に学園の魔術師部隊を寄越してもらえるように交渉できたのは有難かったけど、まさか帝国のアレ以外にも日本人がいたなんて。しかも顔見知り。あの分だと深澄君には日本での先輩後輩って関係を使えばそれなりにこちらに実のある話が出来そうなんだけど、ライドウって顔が面倒なのよね。正体不明の有力商会の代表。陛下やヨシュア様にも力を認められている。お二人は味方として抱え込みたいみたいなんだけど……)

 響はライドウこと真との会話で得られた情報、元々クズノハ商会について知っていた情報を合わせて考えていく。

(あの子はぼかしていたけど、偽名を名乗っていた理由って多分女神に所在を掴まれたくなかったから、でしょ? 言葉に彼女への敬意も欠片も感じなかったし、私たちが城に召喚されたのに対してあの子は世界の果てに召喚されたって言ってた。事実なんでしょうけど、そうなら間接的な殺人に近いわ。ってことは深澄君と女神はあまり良い関係じゃない可能性が少なからずある。そんな存在を協力者として迎え入れていいのかしら? あの商会について言えば、装備品と澪さんは文句なしに優秀なんだけどねえ。どうしたらいいのかなあ。智樹ほどじゃないにせよ、戦争後のビジョンも考えてみると深澄君の存在は……)

 ヒューマンと魔族の戦争がいずれ終結に向かう時、リミア王国の立場を危うくする存在は好ましくない。
 女神の秩序はこの世界で戦後も基本的には続いていくべきものと考えている響にとっては、真は現状では魅力的な戦力になり得る存在だが、同時に後の禍根になりそうな気配もある存在に思えた。

(智樹は間違いなく魔族を倒した後で世界の統一に乗り出す。あの隠す気の殆どない野心がブラフなら大したものだけど、それはない。もし私が深澄君に助力を願ったとして、彼が女神に仇なす者だったなら、ヒューマン同士の戦争が起きたその時に帝国に戦争の大義を与えかねない。それはまずい。勝てるかどうかも怪しい魔族との戦争だけど、前だけみればいいってものでもないのよね。やっぱり、純粋に商会として付き合いを持って、少しずつ戦力の提供を求めるのが無難かな。それも、リミアや私だけの要請だって取られない状況でしか切れない手札ってことになる)

 クズノハ商会が強いのはわかっている。
 響はそれを身をもって理解している。
 本当に理想的な事を言うのなら、クズノハ商会が魔人と帝国を相手にもめて相手を粉砕した後で魔族を壊滅寸前まで追い詰めた後で倒れてくれれば言う事なしの展開だと響は考えている。
 同じ日本人の真に対して非情なようだが、話した印象でもヒューマン側とも魔族側ともわからない不気味な印象が消えない相手だけに、響も勇者として出来るだけ私情を混ぜずに判断しようとしていた。
 知らない相手ではないから信じるとか、同じ高校に通う後輩だから安心だ、と思えるほど、響の判断がもたらす影響は軽くない。

(ただでさえラルヴァとあの白い奴の背景もわからない状況だもの。私の勘だと、ステラを消し飛ばしたのはあの白いの、魔人って奴なのよ。学園都市にくれば何となく手がかりが掴めるような気もしていたんだけど、流石に一日じゃ無理よね。ローレルでも何かわかりそうな気はしているからまだ望みはある。深澄君については帰りと、あとヨシュア様が呼ぶでしょうから近いうちに王国で会って立場を確かめましょ。今色々と調べるのは、あの巴さんって人に釘をさされちゃったからまずいし)

 こうも早くパーティのみなと合流できた理由そのものでもある青い髪の女のことを思い出す響。
 巴については、彼女は混乱していた。

(多分、澪さんと同じくらい強いはずなんだけど。どうも、掴めない人だった。刀の基本的な扱い方は知っているみたいだったけど、刀同士の勝負の経験が極端に少ないのか、立ち回りが未熟で。でも構えは結構しっかりしていて。あ、そうだ。殺陣とかチャンバラに雰囲気が似てたんだ。何をどうやったらああいう剣の使い手になるのか、わからない人。ただ深澄君には剣道や剣術の心得はなかったと思うけど、伝聞だけであそこまで基礎が身につくのかしら。どうも、秘密が多い商会よね)

 巴に乞われて学園で小一時間、刀を使って手合わせをした。
 魔術はお互いに強化と回復のみを使用しての、実質は剣技のみの試合だったが、戦績は響の十戦九勝一敗。
 身体能力を活かした巴の力技の剣に、響が面食らって最初の一本を取られた他は全て彼女の勝ちだった。
 長く剣道を学び剣術まで習っていた響にとって、巴は未熟な剣士に過ぎなかった。
 ただ。

(斬ってもすぐに回復したのよね、あの人。回復魔術を事前に仕込んだとか言っていたけど)

 実に見事な術だった。
 響が思わず見惚れたほど。
 深く決まりすぎて命に関わるかと思った一撃の後に、何事もなく立ち上がった巴の姿は響にしても衝撃的だった。
 また、その術理を再現できないかとすぐに目標の一つに設定した。
 一応概要については巴から聞き出している。
 労力もなく、快く巴は響に術の仕組みを教えた。
 代わりに、ではないが響も巴に日本刀の居合いについて少し、修練方法を教えていた。

(ただの剣士としてなら、身体能力は凄まじいけどそこまでの人じゃない。多分、魔術を使う戦闘が本来の姿なんだろう。あれだけ連敗したのにまるで悔しそうでもなかったしね。それより……)

 巴のこと、澪のこと、真のこと。
 そしてローレルで手がかりがあるかもしれないラルヴァのこと。
 それに王都の復興状況や帝国の動向、魔族との戦争。
 疲れていたというのに、響は次々に浮かぶ案件に思考を止められず、結局眠れぬ夜を過ごした。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 冬だから開拓が進まないのは甘えだそうです。
 マジか。
 エマが珍しく不機嫌にしているので事情を聞いたところ、ケリュネオンの農地面積が予定よりも増えていないのが気に入らないらしい。
 冬で雪が降る場所なのだからその理由は妥当なんじゃないかと思った僕は甘すぎるんだそうだ。
 ケリュネオンは北の方にあるし高い山もある内陸の土地だから冬に開拓だなんだというのは無茶だと、常識的に考えただけなんだけどなあ。
 スーパー事務官のエマ曰く、そんなもの魔術を併用すれば問題はありません、とのこと。
 ロッツガルドの復興でも思ったけど、どんな作業にでも魔術を併用できるのはごくごく限られた状況でのことなんだよな。
 ……ケリュネオンで一時的に働いている亜人についてはそれが可能なメンバーも少なくないけどさ……。
 ルトに頼んで特定の条件をクリアしたヒューマンや亜人の冒険者を、密かにケリュネオンの住民として移民させているんだけど、そっちについては冬の間は内職中心の生活スタイルを考えている方が普通だと思うし。
 エマの話だけじゃなくて、ケリュネオンのアーンスランド姉妹にも話を聞いてみてから対応を決めよう。
 それよりも今は、だ。

「巴、説明。何そのズタズタな服」

 こっちの方が問題だ。

「よくぞ聞いてくれました! 勇者響に本場の剣技を披露してもらいましてな。ま、軽く手合わせなどを、これは言わばその名誉の負傷ですなあ!!」

「お前の趣味丸出しの手合わせのどこに名誉があるんだよ」

「細かいことはこの際置いておきましょう! 凄かったですぞ、若。こう、スパァッとはしった刃が次の瞬間にはもう切り返してきましてな! あれは恐らく手首と腰の動きがコツではないかと思うのですが、驚くばかりでした!」

「……よく服だけで済んだよね」

「いえ? 何度か血が舞い散りましたが? 回復しながらでしたのでさした問題はありませんでした。儂は服は直せませんからこうなってしまいましたが」

 鋭く裂かれた着物を楽しそうに触る巴。
 真剣で、斬り合った……。

「おま、先輩に危ない事をさせないんじゃなかったのか!?」

「無論です。儂は術も殆ど使いませんでしたし、刀だけで打ち合えば今の儂があの者にまともな攻撃を通すことなどできませんよ」

「できないからって、お前ね。それに、巴が斬られた分だって治せば良いってもんでもないだろ!? お前が斬られてるのを想像して僕が面白いとでも思うのか?」

 面白い訳ないだろうが。
 むしろ心配でしょうがないわ!

「む、それは……少々軽率でしたか」

「刀、刀って。そりゃ僕には刀の立ち回りなんて出来やしないけど! もう少し自重して! わかった!?」

「今後は、しかと気をつけます」

「よろしい」

 真面目に反省する巴を見て、許す。

「で? 先輩は?」

「はい。どうやらここへは王都の復興への学園の協力、それに取引のある商会からの援助を取り付けるのが主な目的だったようです。また、例の変異体騒動の時に若に絡んだイルムガ――」

「巴さんっ! 貴方その格好は!! 私には落ち着けと言っておきながら響に仕置きをしたのですね!! ずるいじゃありませんか!!」

 報告の途中で澪が乱入してきた。
 手には……タコ?
 更に真っ赤なタコが乗ってる。
 姿茹で?
 新作料理、にしても何と言うか豪快だな。
 しかし、タコね。

「これは転んだだけじゃ! 響は関係ない!!」

「どこで転べばその着物がそこまで切り刻まれるんですの!? 惚けるならもう少しマシな言い訳を考えてくださいまし! 私も響には少々お話があったのを我慢していたんですからね! そういうことを巴さんがするなら私だって好きにやらせてもらいます!!」

 うおい!

「残念じゃな、響はもうロッツガルドにはおらん。儂が奴のパーティの所まで丁重に送ってきたわ」

「……若様! 巴さんがひどいんです!!」

「あ~。巴は僕がさっきお説教しといたからさ。あ、そのタコ、美味しそうだよね。茹でたの?」

「タコ? あ、あら。まだ塩加減を見極めているところですけれど中々上手に茹でられたので若様に是非と思いまして」

 料理法など解説し始める澪。

「若、澪の扱いを熟知してきてますなあ。実に頼もしい」

「お前はまず着替えてこい。澪と識が最近海鮮料理に凝ってるのは知っているだろ? 一緒に食べよう。詳しい話はその時にね」

 ここのところ、澪と識が港町に出向いては新しい魚介類を仕入れてくるんだよな。
 僕でも触れる食材の時は料理に参加したりしている。
 澪はシーフードのレシピを増やしたい、識は冬の鍋魚介類編をゴテツと共謀して研究しているらしく、お互い利益が一致したからか二人でよく出掛けている。
 今日の識はカニを鍋にするとかで張り切っていて。
 スープと、一緒に入れる野菜の組み合わせを試行錯誤しながら亜空のキッチンに篭っている。
 ゴテツで何種類か分けてもらったスープを調合するんだと張り切っていた。
 調合って辺りが製薬の雰囲気を残すものの、僕も楽しみにしている。

「今日の識は鍋でしたな。茹でるだけの澪よりは期待もできそうですな。実に楽しみ」

「……茹でるだけ?」

 澪の眉がピクンと上がる。
 やれやれ、これは僕がフォローしようか。
 澪が持ってきたタコの足を一つ切って手に持つ。

「……巴」

「はっ? ……むぐ!?」

「ただ茹でるだけの美味さか?」

「……これは、美味いですな。ふむ」

「澪に何か言う事は?」

「……澪、すまん。これは美味い。ただ茹でるだけなどと言って悪かった」

 素直に謝る巴。

「……わかってくれればいいのですわ。他の料理もありますから楽しみにしていていいですわよ」

 タコか。
 よし!

「ところで澪。タコを使った料理って何を用意したの?」

「ええっと……」

 澪からメニューを聞く。
 うん、僕に出来る奴があがってこない。
 食卓に二品ほど足そう。
 まだその位の時間はある。

「なら僕も少し作るよ」

「ほう! 久々ですな!」

「どんなお料理なんでしょう?」

「鍋が一つと粉ものが一つ。タコしゃぶとタコ焼き!」

 識も鍋で楽しんでくれるだろう。
 しゃぶしゃぶはやってみせたことないし新鮮なはず。
 澪は新しい料理なら何でも興味津々だし。
 巴も僕の料理は楽しみにしてくれている。
 それに僕としてもリベンジの時だ。
 ドワーフに頼んでタコ焼き用の鉄板を作ってもらった時のことを思い出す。
 苦い思い出だ。
 材料を用意して気がついたんだよな。
 タコが無いことに。
 本当にどこにも売ってなかったから泣きたくなった。
 結局、鶏肉の欠片を混ぜてトリ焼きにしたんだけど、あの時の敗北感は半端じゃなかった。
 とてもみんなにも見せられなくて一人で全部食べたんだった。
 ようやくトラウマを払拭できる。
 さて、キッチンに行こう。
ご意見ご感想お待ちしています
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ