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冬来たりなば
「そういう事……前進には間違いは無いけど、やってくれるわ」
ステラ砦跡から北へ数キロ行った場所にテントが一つ。
その周りに人影が複数あった。
言葉を発したのは腕組みをして更に北を見つめる女性。
感情を隠さない言葉を吐いた後、目を閉じて考え事をしていた彼女は腕組みを解いて目を開けため息を一つ。
「戻るわ。冬がどうのじゃない。少なくとも北への進軍は完全に候補から消えたわね」
「やはり、“何もありません”か」
「ウーディ。ええ、恐らく。北へ向かえば妨害はあるでしょうけど、人や街は期待出来ないでしょうね。拠点を築きながらの北進。魔族を相手にするって本当に面倒な事なのね」
後ろからかけられた問いに答えた彼女は音無響。
リミア王国の勇者だった。
響とそのパーティの面々、それに騎士が数名。
それが今この寂しい草原に存在する人影の全て。
「お姉ちゃん、じゃあ」
「ラルヴァ殿が残した言葉に従う、って事になるわ。もう少し先になるとは思うけどチヤちゃんの里帰りね」
「そっか……ローレルは久しぶりだなあ。皆、元気かなあ。彩律はきっと、変わらないけど」
次いで響が顔を向けた先には小さな女の子がいた。
響と行動を共にするローレルの巫女、チヤだ。
響がしているように難しい顔を浮かべているものの、彼女のはポーズだったようで、故郷の名が出た所で口元に笑みが浮かんだ。
「さ、冷えてくる前にテントに戻ろうチヤちゃん。アスタに戻って今度は南に行く準備だ」
チヤの背を押してテントに戻る響。
明るい調子の言葉だが、表情は硬く目も笑っていなかった。
(あの日、王都が攻め込まれたあの後。ラルヴァもあの白い人もどこにもいなかった。代わりに別れた辺りに残ってたのはメッセージだけ。チヤちゃんをローレルへ里帰りさせろ、か。意図はわからないけどあのラルヴァの言葉だ、従ってみる価値はある。それに、途中学園都市ロッツガルドにも寄れるしね。陛下とヨシュア様が一目置くクズノハ商会もそこにある。澪さんも、そこにいるのかしら。会えずじまいだったライドウって人も。ラルヴァと白い人も、クズノハ商会と関係ある気がするのよねえ、勘なんだけどさ)
響はあの日、王都アスタで九死に一生を得た。
ラルヴァと名乗るリッチと、彼の主らしい白い人に救われて。
かなり力を付けたと自負もあった響を軽く上回る出鱈目な二人だったと彼女は記憶している。
その力の異質さは、彼女が辺境都市ツィーゲで見知ったクズノハ商会に似ていた。
(そして、詳細が伝わってこないイルム君の死の真相もロッツガルドにある。まだ小さいチヤちゃんを一度ローレルに帰すのは私も考えていた事だし、冬の間にこなしておくのは悪くない。うん、決まり。陛下にお願いしよう)
まともな道も残っていない原野を一度だけ振り返り。
「焼き払ったってレベルじゃない焦土作戦。季節もまんま、冬将軍とナポレオンかしら。どこまで陰湿な。勇者が仕掛けられる作戦じゃないってのよ。こんなのゲームだったら、開発会社は炎上ものよ……ったく」
呟きは原野に消える。
冬はもう、間近だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうか、レフトはやはり自分がそこにいた理由を知らぬか」
「はっ。一部記憶を失っているようです。少なくとも我らが調べうる範囲では細工の跡などは無いようですが。滞在していたケリュネオンから逃亡してきた兵士の情報によりますと、魔物による進軍があったと推測できます」
「あのような場所、魔将を退けてまで欲する者がいるとも思えぬが。事実連絡はつかず、斥候も帰らず、付近の転移陣は丁寧に全て破壊され、か……」
魔族の本拠。
そこはヒューマンが暮らす街と寸分変わらぬ都市。
城下町と城で構成されている。
既に雪が深く積もり、朝夕など音の無い静寂の空間が支配する地域だ。
王と側近の深刻な会話は城の一室で続いていた。
「ロナ、何か情報はあるか?」
「申し訳ありません。私の方でも調べさせておりますが何も。相手からの接触も一切ございません」
「……ヒューマンではないようだが、頭の痛い事だな。引き続き調査を。ただし被害の状況に応じて指示は変える。徒に兵の命を失うなど許されんからな」
「御意」
「ステラ砦以北を見たヒューマンどもが即座に侵攻を始める事もあるまい。王都、帝都ともに被害も大きいのだしな。イオ、ロナ。よくやってくれたな」
「……いえ。我らは任務を果たせませんでした。そのようなお言葉は……」
「右に同じく。私は情報収集を命ぜられながらケリュネオンの一件を何一つ把握しておりませんでした。懲罰が妥当かと存じます」
魔王の労いに苦々しい顔をしたのは魔将イオとロナ。
巨人族と魔族でありながら、その表情は同じ、王からの命令を果たせなかった悔いを滲ませていた。
「ふっ、気にするな二人とも。反省は構わぬが引き摺らず切り替えて頼むぞ。イオは南方で錬兵を頼む、ロナは例の、クズノハ商会との会談の設定を頼む」
「お任せ下さい」
「ただちに整えます。幸いライドウはまだ前向きに我らと会うつもりがある様子ですので」
「ライドウ、か。ロッツガルドの報告を聞く限りイレギュラーな存在には違いないようだが楽しみでもあるな」
魔王が笑う。
両者の関係は、ライドウに策を一つ潰されたに近いが、魔王にはそれを気にした様子は見受けられない。
少なくとも表面上は。
そしてその場でもう一人。
ライドウの名に強く反応する者がいた。
魔王と側近である魔将二人、彼らの他に部屋にいたのは四人。
皆若く、それまでは発言する事もなく腰掛けていて、反応したのは彼らの内の一人だった。
「陛下、私もライドウという者に会ってみたいです」
「サリか。何か、感じるものでもあったか」
「はい。その者、気になります。ロナからの報告を見せて頂きましたが、極めて異質な商会と考えます」
「ふむ、何を異質と思うか」
「クズノハ商会、彼らは安定しすぎています。それに規模はさほどでもないのに焦りを全く感じない。一年一年が存亡に関わる時期であるというのにです。まるで全て自ら賄える、“自給自足”でも出来ているかのような」
サリと呼ばれた娘はまだ風貌に幼さを残した魔族だった。
しかしその口調も目も大人の冷静さを備えており、それがアンバランスな雰囲気を生み出していた。
「自給自足? 商会にあてる言葉では無いなサリ」
「私もそう思います。そもそも彼らは本当に“商会”なのか。そのような疑問をも感じております。ですので私も直接ライドウなる者を見てみたいです」
「……許そう。他に同席したい者がいれば申し出よ、余の子であるのだからライドウも拒みはせぬだろうからな」
四人は魔王の後継者候補だった。
皆、魔王の“子”である。
だが、血の繋がりがある者ばかりではなかった。
魔族の王はヒューマンとは選ばれ方が根本的に違う。
王の血筋に限らず優秀な子が集められ、王に必要な教育を受ける。
何度もふるいにかけられて、今残っているのが彼ら四人だった。
発言したサリは一番年齢が低い、末っ子だ。
内政や外交の資質は他の候補に劣る部分もあるが、彼女は情報の扱いに長ける。
魔将で言うならロナに近い。
会議が終わった後、サリとロナは一緒にいた。
「サリ様、クズノハ商会に興味をお持ちのようですが」
「うむ。先ほども申したがお前の報告にあったライドウに興味がある。お父様は今後の戦争の要素の一つとしてかの者を見定めるおつもりのようだが、私は少し違う」
「戦争とは関係が無いと?」
「私は魔族の未来に貢献する存在か否かと言う面でライドウを見定めたい」
「未来、ですか」
「そうだ。戦争がどう決着しようと魔族の未来は続く」
「サリ様、お言葉ですが戦争に敗北すれば未来も無くなりましょう」
「私はそうは思わぬ。いや、そう考えて戦争に勝利しようとする考えは正しい。が、違う見方をする者がいても保険にはなろう?」
「……将として軍に属する身としては頷けませんが、お考えの一つとしてはわかります」
「お前はそれでよい。既にお前は気付いているだろうが、私は魔王の椅子にさほど執着は無いからな。その様な考えもするのだと思ってくれ」
身長差もさることながら、会話の内容が大人と子供のそれではない。
サリが特殊な教育を受けているのは誰の目にも明らかだった。
「決してサリ様が他の方々に劣るとは思えませんが、なぜ今からそのように引いたお考えをなさるのですか?」
「内政ならばロシェ兄様、外交ならばセム兄様、軍事ならルシア姉様がいるからだ。私はロシェ兄様が次期魔王になり皆で盛り立てていくのが最良と考えている。誰が魔王に選ばれようと争いなくその形になるように立ち回るのが私の役目と捉えておるのだ。余程の事が起こらぬ限りは、な」
「……」
「そう難しい顔をするなロナ。私はお前の話を聞くのが一番楽しいのだ。今日も講義を頼むぞ。クズノハ商会の続報でも構わぬがな」
幼い体に見合わない大人びた思考を持つ少女が立ち止まるロナを置き去りにどんどん先に進んでいく。
ロナはその確かな歩みをしばらく見ていたが、やがて何かを振り払うように頭を横に振る。
クズノハ商会と魔族の会談は近い。
当の真は挨拶程度に考えているのだが、それで済む様子ではない。
思わぬ神の助力で魔将レフトの一件を乗り切った彼だが、その程度は前兆に過ぎぬのだという事実には、まだ真は気付けていない。
ゆっくりと、だが確実に。
勇者と魔族の足音がクズノハ商会に近付いていた。
これにて三章はおしまいです。
続きは四章開始までお待ち下さい。
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