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巴と祝勝会と澪
ローレル連邦が誇る戦力である竜騎士。
文字通り、竜に騎乗して戦う兵であり、人と竜の大きさの差もあって通常の騎士とは大きく扱いが違う。
メインで戦うのは竜な訳だから騎士に求められる能力も違うという訳だ。
ロッツガルドに物資を運んできたのは飛竜に乗る空の部隊で、他にも主に地竜に乗る陸の部隊も存在するらしい。
陸、空と備えるのに海が少ないからか水竜中心の部隊はいないのだとか。
攻めにも守りにも空の利は大きく飛竜部隊が花形と聞いた。
ローレルの防御力は彼らがいる限りは鉄壁などと言われる竜騎士隊、そのエースだからなんだろうな。
確かにこう、自信を感じるというか、全身から満ち溢れているのを感じる。
いや、いた、だな。
僕の目には今、異常を感じ取り竜を気遣う竜騎士と、直立不動(と言っていいのかわからないけど)で石像よろしく固まる飛竜が映っている。
「はぁ……竜騎士というからどれ程見事なものが見られるかと思ってきてみれば。人も竜も二流ですなあ」
「機嫌が悪いのはもうわかったから、少し自重をしろ自重を」
「若や識はともかく、儂などはただ大地を割っただけですぞ? 多少拗ねるのくらい、若の器量で受け止めてくだされ」
「……無茶を言うね」
原因は多分こいつだろう。
変異体の一件を学園に報告に戻った時に、巴は学園都市に残った各国の重鎮と何やら話をしていた。
中には神殿の人とかローレルの彩律さんとかを筆頭にそれなりの面々だったと思うけど、巴は非常に不穏な気配を放っていた。
学園に入ってすぐ、何かを受信したかのように識が学生達の結界を解いてくると言って別行動を申し出たのは、思えば彼の第六感が働いたからかもしれない。
表向きは脇差が破損した事への無念から、としていたようだけど実際には識への八つ当たり紛いの怒りが原因だと思われる。
学園長への報告のついでに巴を宥めるという無駄なミッションが発生してしまった。
で、彩律さんと話していて竜騎士の話が出たので多少の興味を持った巴を、半ば強引に連れ出したんだけど。
「澪でさえ、それなりの相手で遊べたと言うのに……」
「お前は亜空に四季を取り入れるっていう目的を達したじゃないか」
実際にはもう少ししたら、だけど。
「何となくですが、儂だけ今回ご褒美的なものが少ない気がします」
「今夜とことん飲め? そんで忘れて四季を楽しむがよろしい。日本酒も解禁なんだろ? 楽しみにしてるよ」
僕は飲んだ事殆どないから、日本酒かどうかなんて口当たりくらいしかわからない。
でも亜空で美味しいとされる酒なら、それがここのニホンシュって事で良いと思ってる。
「そういえば、酒の名はどうしましょうな。勿論、名付けをして下さいますな?」
「お前がつければいいじゃないか。一番真剣にやってたんだし」
「いえ、ここは是非若に」
「まあ、夜までに考えておくよ」
そんな事で少しでも機嫌がよくなってくれるなら安いものだ。
「期待しておきますぞ。ふむ、いつまでも識にあたるのもかわいそうですし、儂も今回は四季が得られたという事で妥協しましょうか。主に機嫌取りをさせるなど、少々悪ふざけが過ぎました」
息を吐いた巴が漂う不機嫌を打ち消してさっぱりした顔で言ってくれた。
姉妹を持つ経験から言うと、これは全く消えて無くなったって事じゃなくて、ひとまず脇に置いておきましょう、ってのに近い顔をしていた。
……先延ばしでもいいや。
後は時間に任せよう。
「助かるよ。それにしても……二十ほどしかいないけどやっぱり竜ってのは存在感が違うね。結構な量の物資を運んできてくれたし、街の人には印象が良いだろうなあ」
竜に騎乗する。
それが格好良いと思うのは僕だけではなかったようで。
中には珍しいからというだけの輩もいただろうけど、竜騎士を遠目に見るギャラリーは結構沢山いた。
身近な人の安否を確かめ終えた人達なんだろう。
明日から、ひょっとすると今日からもう街の復興は始まるのかも。
「そこの意見は変えません。数騎は見る価値のある者もおりますが、多くは大した事がない連中かと」
「上位竜の基準ならそうなんだろうけどね」
「儂など、若が来る前に商会の今後についてはある程度奴らに釘をさしておきました。あんな威張り散らすだけの二流どもより儂の方が役に立つでしょう!」
あの険悪な雰囲気で何を話したのか。
こいつならそんなにまずい事はしないと思うけど、後で聞いとこう。
「……ああ、なるほど。いや、お前と彼らを比べた気は全く無いよ」
「む?」
竜騎士の騎竜と、自分が比べられているとでも思ったんだろうか。
今日の巴は情緒不安定か?
……。
この雑踏の中だし、誰に聞き耳を立てられるでもないか。
「例えあれが百や千でも。巴の方がいいよ、僕は。だからあんまり拗ねるな」
普段は言ったりしないけどね。
「……時々凄い人たらしになりますなあ、若は」
「そんな気はないよ。巴は凄く僕の事を考えてくれていると思う。感謝してる」
日頃の感謝を伝えるって、恥ずかしいもんだ。
「ル、ルトも言っておりましたが。男子三日会わざれば、とはこの事ですかな!」
「これからも頼むよ。面倒な事、きっとまだあるだろうけどさ」
「任されましょう」
ルトか。
あれも大概だ。
だけど、結構大きな恩は売りつけてやるつもりだ。
それも使ってケリュネオンは無くなってませんでしたよ、なんて無茶苦茶もとりあえずルトには認めさせる事が出来るだろうと思っている。
後は、各国がその存在に気付いた時にケリュネオンは、その代表であるアーンスランド姉妹、エヴァさんとルリアによって舵取りを始めることになるんだろう。
当面は僕らがサポートするけど、彼らはその立地上ヒューマンと亜人が共存しないと国が維持できないような状態になっている。
女神の信仰も失われた状態でごちゃ混ぜになって出来る初めての国になるんだ。
果たしてどうなるのか、楽しみでもある。
今は僕らに寄りかかっているけど、それも長く続けるつもりじゃない。
クズノハ商会は国に所属させる気は無いし。
そっちは、おいおい考えるとして。
今は巴の機嫌が直ってよかった。
後は澪かね。
宴会の時にでも話をしようかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「と言う事で。明日か明後日からは亜空に四季という季節の巡りが始まる事になる。不都合も出るかと思うけど、皆で相談し合って対処していこう。それじゃあ」
夜。
慣れない事ながら宴会の始まりの挨拶をした僕。
昨夜の戦闘を労って、ロッツガルド復興の協力やケリュネオン再興の協力と言った外部への出張、それから四季が始まる事への注意などを伝えて。
僕は注目されながら杯を持った右手を挙げた。
「乾杯!」
『カンパイ!!』
その言葉と同時に酒の封が早速切られ、食べ物の皿に皆が集まっていく。
少し高い場所に作られた席に着きながら、僕も食事を始めた。
注がれた酒は巴と皆が作った亜空製日本酒。
遠い記憶にある日本酒の雰囲気と味わいに似ている。
これ以上は僕が知らないから再現のしようも無いから、ここからは亜空の好みで甘くも辛くもなっていくんだろうな。
巴に酒の一応の完成へのお祝いを伝えて猪口と徳利で楽しんでいる彼女と乾杯した。
……ジョッキみたいな大きい容器に注がれて、何か違うとは思ったものの、満面の笑みには逆らえず僕はそれを飲んでいる。
正直に言おう。
全部飲めるか、不安です。
日本酒、結構威力あるし。
いや、今日ばかりは何とか全部のもう。
中にはもうおかわりをしている猛者もいる。
それに僕の場合は……。
「素晴らしい宴ですね、若様」
ほどなく。
翼人の長カクンさんが僕の席に来た。
これだ。
種族ごとに偉い人が来るから、適当に酒を飲まない訳にはいかない。
だからジョッキ一杯くらい、直に飲めてしまう、いや飲まされてしまうと思う。
明日も平日だけに二日酔いが心配だな……。
サラリーマンのような心配を十代でする事になるなんてねえ。
「今回は皆にも大分出張ってもらいましたから。せめてものお礼ですよ」
「我らもケリュネオンへの協力で一部出張をお認め頂きました。ありがとうございます」
「これまで僕との戦績で判断していましたけど、これからは他種族との模擬戦も参考にしていこうと思っています。これまで偏った見方をして申し訳ありませんでした」
「……いいえ、若様。いずれ、若様との模擬戦でも我らの実力を認めて頂きますから。それに、どうかエマ殿に話すように気楽に話して下さい」
「年上の人だと、どうも。いえ努力します。今日は、巴の作った酒や澪が作ってみた料理もありますから、好みに合うもので楽しんでください」
「はい、ニホンシュは皆に好評です。かくいう私もです。っと、私ばかりが話していると後ろの方々にご迷惑になりますね。それでは、失礼します」
「ええ、しばらくは亜空にいる時間も取れると思いますから気軽に来てください」
ハイランドオーク、アルケー四人、ミスティオリザード、ゴルゴン。
次々に族長さんやら指導者の人やらが僕の所に来てお世辞混じりの世間話を交わす。
オークとリザードについては昨夜の戦闘もあって結構興奮気味だった。
今後の訓練の日程まで詰めようとしてきたので、それは明日以降にして今日は楽しんでくれ、と遠慮してもらう。
日本酒、結構評判が良いな。
アルコール度数がきついのか、口当たりがきついのか、僕にはごくごく飲める感じのお酒ではないんだけど。
確かに水みたいに飲んでいる方々が結構いる。
対して既に真っ赤になって出来上がっている方々もいるな。
澪が試作したメニューもお酒の肴になりそうなものが多かったから余計に酒が進んでいるのかもしれない。
ヒューマンへの評判はライム個人の感想しかないから参考には出来ないけど……少なくとも亜人にはウケルなら今後商品に出来ないかも考えてみようか。
「若様、若様。次はこれとこれを召し上がってみてください!」
澪は次々と料理を持ってきてくれる。
人にやらせれば、とも思うけど自分でやりたいみたいだ。
小皿に取ってきてくれるから一品の量はともかく、種類が凄い事になっている。
和を中心に中華も混ぜながら、されどこちらの世界の料理も混ぜ込みと。
実に多彩。
この分だと僕が挫折したフランス料理系もその内手を出すんじゃないだろうか。
未知の創作料理も登場が近い気がする。
何やら上機嫌のようで、巴の時みたいに苦労しなくて済むのは嬉しいな。
「澪、取ってくるだけじゃなくて食べなよ。ほら座って」
「あ、はい!」
「昨夜はご苦労様。澪はケリュネオンの大将と戦ったんだよね。無事でよかったよ」
あの手乗りドラゴン。
詳しい内容はまだ聞いてなかったな。
「今は庭に放してますけど、あれで中々器用な事をしてくるので感心しました」
「やっぱあれが大将なのか……。一体何者だったの?」
「レフトという、魔将とかだそうで。巴さんに言われて全部食べるのを止めたら、あのサイズになりました」
ましょう。
魔将!?
「魔将がケリュネオンにいたの!?」
それってイオとロナの同僚だよね。
確か、その筈。
「偶然だと言ってました。結局、あれが使ってきた器用な反射は上手く真似できませんでした……」
僅かに残念そうにする澪。
違うんだ、大事なのはそこじゃない。
「ど、どうしてあのドラゴンは大人しくしてるの?」
元が魔将ならとても大人しくしているものでもないだろう。
それにしては昨日から何度か目にしたけど、大人しいものだ。
「途中から気でも触れたのか、ブツブツと呟くだけになりまして。ああなってからは無邪気に蝶など追っていますし可愛いものです」
なる、ほど。
どういう人だったのかはわからないけど、澪に遊ばれて、それで壊されたって所なのか。
生きてはいるし、魔将らしいから、魔王に会う時にでも一緒にお返ししよう。
うん。
「そ、そう」
「そんな事よりも。若様、先日の約束は覚えていておいでですか?」
「約束?」
言われて記憶を辿る。
ええっと、多分識と競争した時の事だよな。
「ああ、お願いを聞くよってやつ?」
「そうです! まさにそれです!」
澪がずいっと顔を寄せてくる。
でも今は族長さん達も近くで雑談をしている途中。
「覚えてるよ。もう少しして宴会が落ち着いたら聞くね」
「はい! では私、料理が行き届いているか見て参りますね。すぐに戻りますけれど」
「うん、ありがとう」
さて、澪は何を頼んでくるんだろう。
巴に感謝の言葉を伝えたけど、勿論澪にも感謝している。
僕に出来る事なら応えてあげたいな。
「エリス、それにアクアまで。何で踊りながら歌ってるんだ、あいつらは」
一瞬目の錯覚かと思った。
でも瞬きしてもその光景は変わる事なく。
森鬼コンビが派手にダンスをしながら歌を熱唱していた。
いつからアーティストになった、お前ら。
……結構、完成度高いな。
練習してたんだろうか。
うん、良いじゃないか。
「中々、様になってるね。あの子たち」
「若様、大分お飲みになっているようで」
「識。それとなく二人と話してみたけど、多分当面はもうきっと大丈夫だから安心かもよ」
「それは……ありがとうございます」
失礼だな。
そんなにまだ飲んでないのに。
三杯目だし。
「今日は得意の鍋を出さなかったんだねえ」
「朝からエマと澪殿を筆頭に気合を入れて準備しておりましたので。私は今回料理に手を出しておりませんよ」
「うんうん、賢明だ」
「近く、澪殿と港町でも回って食材を求めようと話をしていますから、近いうちに新作を味見して頂くとは思いますが」
「楽しみにしてる」
亜空に海は無いもんねえ。
「出来れば、後ほど学生達への講義について少し話をと思いましたが、後日にした方がよさそうですな」
「別に構わないよ。当面、復興中心だから急ぎもしないと思うけどさ。それより。識も日本酒飲みなよ、飲んでいくと結構軽く感じてくるよ」
「……相当、きつい部類のお酒かと。頂きましたが、あれは巴殿がしているように小さな器で少しずつ楽しむが良いのではと……」
「……わかった。じゃあさ、とりあえずこれ、僕は新しいのもらうから識にあげるよ」
七割ほど残ったジョッキを識に渡す。
何故か諦めたような顔で受け取った識。
すぐにもらえた新しい酒で識と乾杯する。
「乾杯!」
「……頂きます」
その後も宴会は続く。
宴会は朝までです組が残り、明日から頑張るぞ組が帰ってしばらく。
僕達は屋敷に戻ってきていた。
朝まで飲んでも働けると思うけど、一応講師として顔出さないとまずいからと識に説得されたから“早め”に切り上げたんだ。
そして部屋には巴、澪、識に僕。
「それにしても、日本酒は良い出来でした。更に改良しますので期待してくだされよ、若」
「うん。これからは寒くなるし、熱燗なんてのも良いね」
「熱燗! そうか、それを忘れておりました」
などと日本酒の、いや宴会の感想を話す。
あ、そうだ。
僕は微妙に困った顔をしている識の隣、ニコニコしている澪を見て思い出す。
「澪、さっき聞いたお願い。もう決まってるの?」
そう、お願いを聞かないとね。
なんでもどんときなさい、ですよ。
「は、はい。決まっております!」
「じゃあ教えて。僕は何をすればいいの?」
何故か笑顔から引き締まった顔に変わった澪を怪訝に思いながら続きを促す。
「では、申し上げます」
「うん」
「私に、と、伽をさせてください!」
「とぎ?」
とぎ?
伽か。
つまり、四十八手なアレか。
「はい! 今夜、私と……」
「ほう……」
「やはり……」
巴と識はある程度予想していたのか、短く言葉を発しただけ。
ふうん、予想外だったなあ。
料理とか旅行とか。
そういうのを予想してた。
「だ、駄目でしょうか?」
じっと彼女を見る僕を、上目遣いで同じくじっと見返してくる澪。
なんか可愛い。
……そっか。
「伽かあ」
短く自分でも口にする。
初めては好きな彼女とが良い。
なんて思ってたけど。
異性としてはともかく、澪の事は嫌いじゃない。
二択なら間違いなく“好き”になる。
経験の無い自分が彼女をリードできるかなんてわからないけど。
「あの、若様?」
「……」
「……」
従者三人に見られている。
彼らは本当に良くやってくれている。
澪も僕には勿体無い位に尽くしてくれているし、我が侭を聞いてもらっている。
その彼女が僕を望むなら。
「……っ」
何故か澪が息を呑んだ。
待たせたかもだけど、別に拒む答えを言う訳じゃないよ、澪。
うん、わかった。
僕にあげられるものなら、澪のお願いに応えたい。
「ん、わかっ――」
「間違えました!!」
「ふぇ?」
「伽、ではありませんでしたわ」
「へ?」
「トギ違いです。美味しいお米の研ぎ方を教えて頂きたかったんです、私」
「え、でもさっき今夜って」
「明日の! 朝ごはんで味を確かめたったんです」
澪?
あれ、でも確かに伽をさせてくれって言われたような……。
あれ?
「ぶふっ!」
「……くっ」
巴と識が堪えきれないという風に噴き出す。
何だ?
うーん、そんなに酔ってるつもりは無いのに、なんか変な事をしたかな?
「巴さん、識! 少し黙ってくださいな!」
「す、済まん。ぶふっ、くく、あははは!」
「申し訳……くっ、ふふ……」
何だか、巴と識はひどく楽しそうだ。
面白い事なら僕も混ぜて欲しいんだけど。
「二人とも、後で覚えておきなさい。……若様、その、教えていただけますか?」
「あ、うん。でも今日は少し酔っ払ってるみたいだから。明日でも良い?」
「……はい。勿論です」
「澪の方が上手かもしれないけど、一緒にやるよ」
「あ、若。それでは儂も刀の研ぎ方などご教示頂けませんかな」
「と、巴さん……貴女という人は!」
「刀の研ぎ方? いや、そんなの前に教えたじゃないか。僕が知っている軽いやつだけど」
うん、確かに教えた。
それ以前になぜ澪は巴に食って掛かるんだ?
「おや、そうでしたか? 儂がぼけておりましたかなあ」
「……二人とも、後からと言いましたけど。今すぐ表に出なさい」
澪、殺気立ってる。
二人ともって、識は少し笑っただけなのに。
「あー、明日もあるんだから。今日はもう休んだ方が良いと思う」
「あ、はい。若様、お休みなさいませ」
澪がにっこりとお休みの挨拶をくれる。
いや、僕だけじゃなくて皆も……。
「私どもは数日寝なくても問題がありませんから。ご安心してお休みください。明日、必ず起こしに参りますわ」
なんだろう。
寝ろと言われている気がする。
まあ、明日も学園なのは確かだ。
さして飲んではいないけど、そろそろ寝ておいたほうが良いのは間違いない。
でも。
一つどうしても伝えておきたい事があるんだよね。
僕から皆への感謝。
その形と言う訳でもないけれど。
一つのケジメみたいなものがさ。
「なら、そうするけど。でも、三人とも、ちょっと良いかな」
三人とも、と言った僕に巴と澪と識が動きを止める。
声の感じからふざけた事じゃないと察してくれたのかな。
お酒が入ってはいるけど、別に思いつきで言う事じゃないから、間違いでもない。
「あのさ。三人とも戦ったり亜空で働いてくれたり店をみてくれたり、本当にありがとう。僕一人だと、きっとどれも中途半端で、形にさえなってなかったかもしれない」
『……』
「巴と会ったから亜空なんて世界を知れた。皆を住まわせる事が出来た。澪がいたから料理なんてものを思い出す事が出来たし冒険者とも楽に付き合えるようになった。識がいてくれたから商会は僕が甘えてても上手く続けられた。本当に、三人がいてくれたから。僕は僕のままでいられるんだと思ってる」
『……』
きっと一人なら。
戦いに慣れて世の中を斜めに見て。
ろくでもない異世界生活を送っていたと思う。
「そのお礼、になるかわからないけど。名前しかつけてない三人に、僕と同じ、深澄って苗字を贈りたい。嫌でなければ受け取ってくれないかな」
耳を澄ませば宴の騒ぎも聞こえてくる筈の室内。
でも何の音も聞こえない時間が少しだけ流れた。
「……喜んで。昼も申しましたが。若は時々、ひどい人たらしになりますなあ」
「若様の近くに来られた気が致します。ありがたく頂戴しますわ」
「今後とも、期待に背かぬ働きをお約束します。これほど嬉しいことはありません」
良かった。
なら僕も、ライドウ=ミスミとなるんだろうか。
いずれ何らかの形で王国の勇者、響先輩とは会う事になりそうだし。
それも一つの切っ掛けになるのかもしれないな。
「良かったよ、断られなくて。それじゃ、僕はもう休むね」
何となく三人と顔を合わせているのが気恥ずかしくなって。
僕は逃げるように部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
亜空郊外。
白目を向いて完全にダウンした識が横たわる中。
激しい戦闘があった事を示す数々の破壊の跡を残す平原に、巴と澪がいた。
見事に叩き折られた大木に腰掛けている二人。
時折痙攣する識は木の脇に転がっており、一応毛布を掛けられていたが二人は彼を気にした様子も無い。
「のう、澪。何故あのような苦しい言い訳なぞした? あの様子なら若はお前を受け入れてくれたと思うがのう」
「ふん……まだ戦り足りませんの、貴女。そちらこそ、酷い茶化し方などして」
「念願叶って若と同衾できる好機を、何故自ら捨てたのかと聞いておる。多少酒が入っていたとはいえ、若は十分正気だったと思うぞ?」
二人は同じ方向を見て、夜空と地平線の交わる辺りに目を向けていた。
「……」
「儂から見れば、ここ数日、若は大分成長なされたと思うがな。以前の若なら、リミア王都でそのまま復興を手伝うなどというのも有り得たのだし。少なくとも儂らがケリュネオンを攻める事は無かったろうな」
「……」
「竜殺しに対しても毅然として振舞われたようじゃ。ここらで女を知るのも、儂は悪くないと考えておるんじゃがな。それがお前であるなら、儂はこの際順序など無視して応援してやるのに」
「……ただ、義務とか感謝とか。そういうので、若様と身体を重ねるのは違うと思っただけです」
沈黙を破って澪が口を開いた。
「ほう?」
「私は! ……私が想うから、ではなくて。あの方に求められて身体を重ねたいのだと気付いただけです。よくやったからとか、ありがとうとか。違うんだと、思ったのですわ」
澪は、真の表情から、彼の考えている事を大体理解していた。
故に真が肯定する前に、自らその機会を放棄した。
「お前が欲しいと、若にそう言われたい訳か」
巴は澪の方を向くでもなく、ただ頷いてそう言った。
少し遅れて頷く澪。
「だが、それは難しいぞ? 若は儂らを家族だと、そう思い始めておられる。それは下手な恋人よりも近く感じて下さっているとも取れるが、欲情とはかけ離れた方向の愛情じゃ」
「わかってますわ」
「良いのか? 報われぬかもしれぬぞ?」
「それでもです。それでも私は真様に仕えたい、尽くしたい。今は、その想いに忠実に生きたいのです」
「そうか……。儂が若に身体を求められる事など、恐らくはお前よりも可能性が低いだろうから意味は無いかもしれんが。せめて応援はしてやろう」
「他に好きな女がいると言うでもないのです。急がずとも、いつかは」
「……人の一生は短いからのう。数年もすれば一生を添い遂げる恋人の一人や二人いるかもしれんが?」
「私が認めるような女なら我慢してやっても良いですわ。料理が出来ないのは断じて認めません。それから私も同じ位の回数は抱いてもらいます」
「姑か、お前は。いや、よりタチが悪いか。これでは、若の子を拝むのはまだまだ先じゃのう」
古参の従者二人は、その夜を語って明かした。
皆様のお陰で無事書籍が増刷となりました。
ありがとうございます。
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