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城外の決着
(ちっ)
識は心中で、予想した内でもかなり悪い方の状況になっている事に舌打ちした。
ランサーが即席で作るであろう真なる剣は識も想定していた。
周囲の状況次第だが、ランダムで戦力が上がる所までは識も折込済み。
だがその性能がかなり高かったのだ。
本体がただでさえ識の想定よりかなり上方修正が必要な実力を持っていたというのに、追い打ちだ。
理由は容易に知れる。
この王都にはイオが率いた軍の精鋭達と、そしてツィーゲから出てきた冒険者達がいたからだ。
誰がどの剣なのか、それぞれが意思を持つように識に襲い掛かる剣に区別はつかない。
それでも、中には古今の英雄を素材としたのであろう剣に匹敵する威力のものが混ざり、識を苦しめている。
傍目に見える戦況では識が圧倒的に有利に見えている。
対峙するランサーでさえ、この状況に驚愕し余裕を失っていた。
識の計算した通りに。
しかし、実際は違う。
識は流れを左右する場面で常に相手に先手を打ち、一切加減無く突っ走っていた。
後の事など考えない、という言葉が良く似合うほどに。
だから圧倒的な戦いになっているように見えていた。
(それでも、苦戦さえ匂わせずに殺す。この、御剣だけは。若様の従者と名乗った以上無様など晒せるものか)
識とランサーの間に実力差は実の所さほど無かった。
ランサーがただの上位竜だったとして、だ。
識の放つ闇を相殺し、かなりの威力の炎を放ち、各種の毒を浴びせても効果を弱め、時に完全に中和する今のランサーは、はっきり言って正面から戦って識が敵う相手ではなかった。
瞬間的な戦闘能力なら拮抗はする。
それでも、とても勝てる程の利ではない。
ただ最大瞬間風速で並べる程度なのだから。
正に形振り構わず。
ランサーの剣や術、彼が得意とする戦術を、識は次々に予め考えていた対策をもって完封する。
時に底上げした能力でもギリギリになりながら、焦りも見せずに対処してみせた。
確実に流れを引っくり返される馬鹿げた威力の攻撃を、剣戟の中で至近距離から放たれても何食わぬ顔で逸らしてみたり。
ランサーの口からブレスの如く吐かれた閃光、収束された高密度の炎は想定などしていなかった脅威だったが、それでも識は即座に対応した。
本来なら当たらなくても仕切り直しにはなるだろう攻撃も、それをさせない。
識はここまでそうやって格上のランサーを圧倒してきていた。
普段から自分よりも強い相手と戦い慣れていなければ、とても出来はしない。
識の主人である真は、彼をランサーよりも強いと評した。
ランサーが真と戦った時から多少成長した程度ならそれは正しい。
多様な戦闘手段を選択できる能力と識の判断なら、実力が近しい相手には相当有利に戦えるのだから。
しかし、ソフィアと同程度に他の竜の力を取り込んでいる節まで見える今のランサーでは話が違う。
結果、真の言葉は一度はずれたものになりながら識のファインプレーによって、結果的には今の状況に合うものになっている。
つまり。
予想の範囲内ならともかく、予想外の事が起きる前に勝負をつけなければ識に勝機は無い。
だがアスカロンの毒は少しずつ、ランサーの身体を蝕みつつある。
回復、解毒の力を上回りだしたのだろう。
右手の一部は石化しているし、肌が赤黒くなっている場所も目についてきた。
確実にランサーを追い詰めていた。
(気づいてくれるなよ。このまま、死ね……!)
予想外に繋がる要素にランサーが未だ気付いていないのはただの幸運に過ぎない、と識は理解している。
「魔人本人ならともかく、その従者ごときに!!」
ランサーも必死だ。
振り回す剣の数は数え切れないし、振るわれるもの以外にも単に突き刺しに来る飛び道具としての剣もある。
同時に操作する彼の能力もまた、十分化物じみている。
識の剣がランサーの剣に。
識の術がランサーの術に。
それぞれぶつかり合う。
剣も術も。
若干識が勝る。
だから均衡は崩れ、負傷するのはランサー。
剣戟に押しつぶされるのも、彼。
勝負は徐々に決しつつある。
「おおおおっ!!」
「ぐ、ぎ!」
横一閃、しようとしたアスカロンがとらえたのは腹ではなく足。
飛び退くランサーの足を飛ばした。
ここ、と勝負をかけようとした識だったが、後方から届く声に突進を止めた。
悪い読みが、当たったかもしれない。
識は一瞬そう思った。
ゆっくりと振り向く。
「いや、そうでもないか。まだ運は私にあるようだ」
五分の二だった。
“もしランサーがその事に気づいたとして”その確率。
識は、賭けに勝った。
何かを伝えようと識に手を伸ばし口を動かす彼。
ツィーゲの冒険者。
巴や澪ならもしかしたら面識があったかもしれないが、識は初対面の男。
だが距離がありすぎる。
識に彼の遺言であろう言葉は届かない。
彼はその身を光の剣に貫かれていた。
破壊された結界。
そして突き飛ばされたのか姿勢を崩しているローレルの巫女チヤ。
(庇ったか。感謝するぞ、冒険者。もしその少女か勇者がランサーの剣となっていたら、私は負けていた)
識はチヤが新たに張った結界を、さも自分がそれまで展開していた結界であるかのように偽装していた。
ランサーの光の剣を弾ける結界であるかの様に見せていた。
実際には、チヤの張った結界に光の剣を防ぎ続けるだけの防御力など無い。
攻撃を集中されたら一分と保たずに破壊される程度のものだ。
実体化した剣で攻撃を受ければ一撃で砕けたかもしれない。
だが、識の張ったものなら話は別だ。
事実実体化したランサーの剣三本を一度は防いでいる。
その様子をランサーに見せてから、識は自分の張った結界を解いたのだ。
ランサーを相手に、自分用でもない強固な結界を別に展開する余裕は彼にはなかったから。
自分は新たに手札を切ってランサーの注目を集めておいて、密かにチヤが新たに張った結界をさも自分がこれまでに張っていたものであるかのように偽装した。
お守りのような些細な事だったが、響達も察したのか言及はせず、識の思惑は何とか上手く運べた。
以後、ランサーの実体剣での攻撃はほぼ識に集まり、響らが襲撃を受けてランサーの力になってしまうような事態は起きずに済んでいたのだった。
勇者と巫女。
この二人が剣にされるのが、識にとっては最悪のケース。
ランサーにどれだけ力を与えてしまうかわからない。
しかも一方は真からの命も果たせなくなる、絶対に避けなくてはいけないケース。
響を見た識は、彼女がそう簡単にやられる事は無いだろうと読んではいたが、実際悲鳴を聞けば不安も覚える。
運は私にある、と確認した識の目には勇者と巫女の無事が映っていて、彼を安心させた。
同時に勝負を分ける場はここだと、再度強く感じる。
「ちぃぃ! 外した! だがこやつとて!!」
幼い少女を凶刃で狙った事にはまるで罪悪感も無い様子のランサー。
失った足を再生する余力はもう無いのか、剣を杖に立っている。
背後で光に包まれ剣に取り込まれる冒険者と、次いで出来上がった新たな彼の剣が識に向けて高速で飛ぶ。
ランサーの背後に数十の剣が浮き上がり、識に向く。
更に識を囲むように実体化した剣と光の剣が出現。
「……ほう、お前にもわかるか。ここが決着だと」
「これほどまでに追い詰められるのはソフィア以来……良き剣となり我に仕えよ!!」
「誰がお前などに。既に、仕える方は見つけている!!」
アスカロンを突き出した識が数々の術を放ちながらランサーに突進した。
迎え撃つランサーと、数多の剣。
二人の影が重なった。
衝撃波と剣圧が吹き荒れ、周囲を破壊する。
「相打ち?」
「いえ、ラルヴァ殿の負け、え?」
瞬間的な破壊が収まった後。
ベルダが相打ちと呟いたのを、響が否定した。
だがすぐに続いた疑問の言葉。
彼女達から見える景色。
片足を失った男と、そのすぐ前に立つリッチ。
リッチは、数え切れないほどの剣にその身を貫かれて異様な姿で立ち尽くしている。
そう、響の言葉どおりラルヴァの負けに見える。
相打ちに見えないのは、ランサーはアスカロンに貫かれていなかったからだ。
だが、そのアスカロンが響の疑問の理由にもなっていた。
リッチは、その手に何も持っていなかった。
「く、くくくく! 見たか魔人の従者よ!! これが竜を統べるべき、世を統べるべき強者の――!?」
ランサーには、アスカロンの事は見えていなかったようだ。
目の前の、瞳の輝きが消えたリッチを見て勝利を確信したのか勝利の言葉を口にしかけ。
それがランサーの最後の言葉になった。
「っ!!」
響の目に長大な剣が映る。
アスカロンだ。
ずれ落ちるランサーの体は剣が役割を果たした事を示していた。
彼女から見てランサーの奥。
そこに紅く長い髪の人影がいた。
響は、これまで存在すらしなかった筈の、黒い大剣を手にした細身の男性を見ている。
「だ、れ?」
「……情けない。が、今はこれが精一杯、か。“剣帝憑依”解除」
塵の様にさらさらと散っていくランサーの身体を見下し、識が呟く。
それが誰かわからない響がこぼした小さな言葉とともに、お互い自分にしか聞こえないような声量だった。
識はその身を晒したまま、響達の方へと歩いていく。
黒い大剣アスカロンがその手の中で飾り気の無い黒い杖に戻った。
変装を兼ねて外装として纏っていたリッチの姿。
これまで一度もランサーに見せなかった短距離転移を使ってそれを捨ててアスカロンの直撃を浴びせる。
識にとっては紙一重の勝利だった。
己の力の無さを真っ先に責めた識が、響達のいる場所に戻る。
「ラルヴァ殿、なの?」
「なに!?」
「え、うそ……」
訝しげにかけられた響の言葉にベルダとチヤが反応する。
謎の人物がリッチと同一というのは、この世界の常識として中々に信じ難い。
生者とアンデッドは行き来が出来るようなものではないのだから。
例え同じ武器を手にしていても常識的なヒューマンには想像できないだろう。
基本的な思考が良い意味でまだ地球のそれである響だから気付けた事だ。
(異世界人、か。勇者とは面倒なものだな)
識は簡単に正体を結び付けた響にそう思いながらも、彼女達と合流する。
前の姿に戻れるか、などと聞いた彼の主にしてもそうだが、突飛な発想をするものだと識も驚く。
識とて防具代わりに纏っているようなものだから、戻っているのかと言えば厳密には違う。
だが単なる着ぐるみのクオリティでもない。
戻れるようなものと己の主に認識してもらって問題の無いものでもある。
無理に仔細を説明する必要は無いだろうと識は思っていた。
「普通、そう簡単に気づくものではないが。正直、先ほどの失態も含めて頭が痛いところだ」
姿を晒さざるを得なかった事を悔いる識。
「ヒューマンだったのね」
「ふっ。遥か昔は、な。巫女よ、どけ。約束は守ろう」
「え、あ……」
「第五階梯“ケト”開放。最悪、魂さえこの辺りに浮いていればどうとでもなる。 “銀の腕”よ。癒し補え」
識の指に新たな指輪が嵌まる。
地面から山吹色の光が溢れてウーディを包む。
響達三人が思わず息を呑む中、チヤの治癒で腹の穴は塞がったものの一向に回復しなかった肌の色が土気色から通常のものに変わっていく。
ほどなく胸が明らかに上下し、穏やかな呼吸が戻った。
「これでよかろう。後は安静にしておけ」
識の言葉にチヤが頷く。
「助かった、ラルヴァ殿。いずれ礼をしよう」
「考えておく」
「……魔人の従者。この言葉は、そのままの意味で受け取れば良いのかしら?」
「ランサーの言葉を聞いていたか。その言葉は忘れろ」
「無理な事を」
「この惨状と、少ないながらも助けを求める声。避難した、不安を抱える住民。私に関わっているよりもやるべき事が幾らでもあるだろう?」
(ぐ、流石に少々指輪を使いすぎたか。ランサーめ、本当にてこずらせてくれた。流石にこれでは、若様の所へ向かっても邪魔にしかならぬな……少し休まねば)
「今度は止めないの?」
「手助けもせぬがな」
今この状況で響の脅威になりそうなのは、ソフィア位だと識は考えている。
そしてそこには、彼の主、深澄真がいる。
ただでさえ光の剣の雨で戦闘の継続など両軍にとって不可能に近い惨状になった王都。
その上ランサーと識が戦ったのだ。
生きている者を探すにせよ、脱出するにせよ。
響を妨げるものは何も無いだろうと識は判断した。
「ベルダも言った事だけど。いずれ、必ずお礼を」
「ふむ。では覚えておくとしよう」
「響、まずはウーディを休ませられる場所へ。街の外に幾つかキャンプが展開され始めている。そこがいいだろう」
ベルダがウーディを担ぐ。
響は一度ちらりと識を見たが、二度は振り返らずに走り去っていった。
(剣にされた彼の死に際の言葉。それに彼がその前に口にした「あの人らに似た」って言葉。なにかツィーゲを連想させる。それに魔人の従者だっていうラルヴァの剣筋。あれは、扱う剣こそ違うけど私の先生に良く似ていた。偶然だなんて思えないほどに。さらに魔人、あの白い人の着ていた特撮物のスーツ。ラルヴァと魔人は異世界人と関わりがある可能性が高い。ツィーゲと、異世界人と非常識な力。もしかして、クズノハ商会と関係が? ならあの白い人がライドウ? でも澪さんはいなかった。もう一人の側近だって言っていた巴さんって人も。クズノハなんて名前、こっちではローレルの方にしか無いらしいし、ちょっと気になるわね……無関係では無さそうだけれど)
短いのは仕様です。
続きは書籍発送開始日となる5/24に記念投稿しようかなと思いましてぶっつんと。
ご意見ご感想お待ちしています。
ただ少し、これからしばらく感想返しが遅れるかもしれません。ご容赦下さい。
5/22 11:00 一部文章を変更しました。
+注意+
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