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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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魔人は己に気付く秋の夜更け

 広々とした部屋の中央に天蓋付きの豪華な寝台があった。
 夜更けに相応しくシンと静まっていた室内は、ある時を境にバタバタと何かを叩く音と甲高い笑い声で満ちた。

「ふ、ふふふふ……。凄い、凄いよ!! これが異世界人なんだ。これがニンゲンって奴なんだよ! 思いもよらない途方も無い事を平然とやってのける!」

 普段の、何事にも動じる事もなく穏やかな笑みを湛えた彼を知る人なら、足をばたつかせながら何度も左右に身体を転がせる様子を見て絶句しただろう。
 ここは彼の自室。
 誰も近づかない様彼が命じた区画の中。
 寝室には防音処理が施されているからこの醜態が音で外に漏れる事はない。
 まるで子供の様に。
 冒険者ギルドのマスター、ファルスことルトははしゃいでいた。
 彼の眼前にはうっすらと光る四角形の枠があり、ルトの興奮はそれによるものだと容易にわかる。

「真君は厳密には人間じゃなくてヒューマンの筈なのにな。原初の世界で人間と同じ様に生活をすると、皆ああなるんだろうか!? ああ、是が非でも試したい。彼の子を、可能性を、僕がこの身に宿せるのかどうかを!!」

 四角は物質ではなく映像だった。
 宙に浮く映像。
 そこでは目まぐるしく景色が変わり続けている。
 最悪のカメラワークと断言できる酷い映像だ。
 上下左右、一見無秩序にすら見えるブレまくった代物。
 とても見られた物では無い。
 ただ一つ、どれだけ無茶苦茶に映像が動いても、中央にはほぼ青白い人型のナニカが見て取れる。
 ソレを中心にして高速で動いている何かの視界、そんな感じだった。
 だが、ルトは映像に文句を言うでもなく、ただただ楽しげに目で動きを追っている。
 もし状況を把握しているのなら凄まじい動体視力だ。
 真にとって、かなり不穏な発言をしたものの、能力の高さには目を見張るものがある。

「つまらないイレギュラーだと思っていたのに、ソフィアも良い仕事をする。もしこの場を切り抜けられるならご褒美に一目位は会ってやっても良いか。おかげで、この目で真君の力を見る事ができたんだから」

 その可能性は無いと断定しながら、そんな事を口にするルト。
 映像の舞台はリミア王国、王都。
 とはいえ最早、都市としての機能は失われている。
 見た者の大半がそう判断する惨状だ。

「王都も、これまでだね。けれど女神の介入で勇者は命を拾い、魔将は早くも退場した。入り乱れる力の所為で巴と澪がどこで何をしているのかはよくわからないけど、真君と、ついでに識が見れるだけでも十分。開幕から爆笑ものの防具で大暴れ、きっちり笑いを取ってから本命の能力発動! 飽きるどころか、日に日に君を見ているのが楽しくて仕方が無い。どうやったら……どう考えたらそんな力に行き着くんだい?」

 ルトは映像の中央にいる、人型を纏った真に問いかける。
 青白い人型。
 それは魔力の塊。
 ただの魔力ではない。
 物理干渉を可能にした、魔術ではない魔力の活用方法。
 魔族が見限り、ヒューマンも見限った死んだ研究の果て。
 ルトは真が能力を明らかにした時、一瞬無表情になり、そして食い入る様にその姿を見つめた。
 そして、バスローブを脱ぎ全裸になって寝台に飛び込むと時間も考えずに大騒ぎし始めたのだった。

「錬金術における奥義の一つ、賢者の石の生成。万能とも言える使い勝手の良い触媒……、もしも混じり気なしなら正真正銘の“補い満たすものエリクサー”」

 ルトはある物を思い出す。
 賢者の石。
 錬金術師でも、相当に研究を進めた者にしか理解出来ない奥義によって生成される高級触媒。
 完全な物ならばその効果は触媒や薬を超える別の作用を持つ。
 もっとも、完全な賢者の石をヒューマンが作ったなどと言う話は未だに無い。
 ならば何故、ルトはその言葉に思い至ったか。
 真のやった事が壮絶に道を外れながらも、とんでもない成果を生んでいたからだった。
 そしてその成果は、ルトの脳裏で錬金術の用語と結びついていた。

「錬金術師にとって、賢者の石への到達は至高の目的でもある。だから研究者などは、錬金術師に限らず自らの目標を例えるのにその言葉を使ったりするものだ。でもね」

 真はルトにも漏らしていた。
 一度に運用出来る魔力の量を増やしたいと。
 保有する魔力に相応しい放出量が欲しいと。
 勿論、彼に好意を抱くルトは幾つかの方法を紹介した。
 だが。
 真にははっきり言ってその素質が無かった。
 だからルトの示した最も効率的できつい修練を続けても、普通のヒューマンの何分の一かの成果しか見込めなかった。
 継続は力ではあるが、これでは即効性は望めない。
 それで学園が休みになる夏休みに、真はルトの知らないどこかに篭って修練を続けた。
 気の毒だが、たかが一月やそこらで何とかなる課題ではないとルトは考えていた。
 努力する事は無駄にはならないし、真が自分を見つめ鍛える事はむしろ好ましい事だと考えたから特に意見は挟まなかったが。
 真にとって今回賢者の石にあたるのは、一度に術に込められる魔力量を目に見えて増やす事、だったはずだ。

「無茶苦茶だよ。魔力を体外で具現化して必要に応じて使うなんて……。あの人型を構成する魔力は術を展開する一歩手前、臨界に近い状態で維持されている。確かに、魔力が一番物理に近付くのはその瞬間だろうけどさ。燃費が悪すぎて話にならないよ。僕でも十分もたない」

 限りなく非効率的な解決手段。
 真がどれだけの魔力を持っているのか。
 ルトは上限なし、と再評価した。
 無い訳はない。
 だが、計算して数値化してもゼロを書くのに疲れるだけだろうと思ったのだ。
 少量の構築だけなら数分程は可能だと考えるルトだが、とても真がソフィアを相手に見せているように実戦であれだけの量を使うなど出来るとは思わない。
 それだけの魔力を使うなら周囲一帯をまとめてクレーターにした方が早いし楽だ。
 正しく、真にしか出来ないオンリーワンの能力だった。

「臨界寸前の、多様に変質する魔力。それを具現化して自在に攻防に活用する、か。ありきたりな賢者の石を目指していたのに本物の混沌カオスを作り出すようなものだ。でも君はそれをやった。どちらが凄いとは言えないけど、限りなく馬鹿げているのは確か」

 映像が黒く染まる。
 目を離した一瞬で、ソフィアが地に墜ちたらしい。
 彼女の視界をそのまま映していた映像も、当然彼女の視界に従ってブラックアウトする。
 探し求めた万色の竜に、まさかカメラ代わりに使われているとは、ソフィアは思いもしていないだろう。
 この映像は、彼女の視界。
 ただし揺れたり、ブレたりと。
 雰囲気は顔につけた小型カメラからのソレに近い。
 ソフィアが何をされて墜とされたのか把握は出来なかったが、ルトはあまり残念そうではない。
 いや、ルトはソフィアが健闘する事すら期待していない。
 上位竜の力を幾つか手にした程度のソフィアが及ぶ相手ではないと、魔力の具現化を見た時からルトにはわかっていた。
 同時に、ルトは竜殺しの異名を持つ冒険者に哀れみの念を抱く。
 分を弁えていれば。
 ランサーとたくらみ事などせず、上位竜を狩るなどと考えなければ。
 自分ルトに挑もうとさえしなければ。
 ただ冒険者として活動してさえいれば。
 彼女は成功者としてその一生を終える事ができただろうに、と。
 今となってはもう、全て意味の無い話だが。

「魔力版“第一原質マテリア・プリマ”とでも言おうか。……もしもまだ名が無いのなら、提案してみようかな。恐らく君はその言葉も意味も、知りはしないのだろうけど。君が後回しにして逃げた魔術による創造理論。今君は、事実上それにさえ力技で到達しつつある。一切のことわりには至っていないと言うのにね。真君、君はまさに僕が描く理想のヒューマンの姿だ。思い描いて実現させようと渇望する存在が既に目の前にいる……。身体の芯が、疼いて、蕩けて……どうにかなりそうだよ」

 混沌の別称とも言うべき名を真の能力に添えたルト。
 その言葉の真意は語られず、ただ言葉の熱だけが室内に篭った。
 再び映像は空からの視点になる。
 紅い光が幾つも人型に打ち出される。
 まったく違う場所から放たれているのに、人型への着弾点は全て同じ。
 曲射のように軌道を変えて人型の一点に集中して撃ち込んでいる。
 極めて高い技術と集中力のなせる業だ。
 それでも、熱に浮かされたルトの瞳が見つめるのは。
 人型に包まれた真だけだった。
 途中からその姿を女に変え身を震わせる。
 収束しつつあるとは言え、彼のお膝元でもあるロッツガルドで起きている変異体騒動の事などまるで忘れてしまったかのように。
 ルトは眠れぬ夜を過ごす。

 
前回に投稿するはずだった残りです。
ここまで投稿する予定でいて、何故か抜けていました。
本来の続きは明後日ですね。
失礼致しました。

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