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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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魔人ノ変容、勇者ノ覚醒、乱入者アラワル

「……飛ばしているな。あの位の相手なら普通に倒せただろうに」

他所見よそみとはな! 余裕のつもりか!」

 言葉の後、間髪いれずに迫る攻撃。
 腕を交差させてイオの拳を止める。

「いや、技量で勝る相手と格闘で戦ってるんだ。余裕は全く無い」

「よく言う。ここまで攻撃が通らん相手が余裕が無いとはな」

「そちらこそ、伏兵から六人、部下がどんどん死んでいるけど。気にならないの?」

 後ろに下がりながら繰り出される攻撃を数発回避。
 ミノタウロスとケンタウロスは仲良く塵になってしまった。
 識はオーバーキルを承知で指輪を利用した彼の能力を発動させたみたいだ。
 あの感じだと、基本の四つかな。

「……王都を攻める部隊は皆、覚悟を決めた者達だ。その死に同情するのは彼らへの侮辱」

「死兵、か。時代小説でもないだろうに」

 赤備え、なんて言葉を思い出した。
 蹴りか。
 巨漢だっていうのに、本当に器用な。
 テクニカルな巨人なんて全くイメージが合わないけど、この魔将イオ、僕が見てもわかるレベルの卓越した格闘能力がある。
 達人とかじゃないだろうか。
 この世界で初めて出会えた“まともなでかいの”だというのも印象的だ。
 殺すなんて世界の損失に思えるよ。

「兵の死を悼むか。やはり、やりにくい相手よ。だが!」

 ガントレットに魔力?
 受け止め損ねて腹に決まったイオの拳から炎が吹き出た。
 おお。

「属性のついた武具か。凄いね」

 戦士でも扱えるレベルで強い属性付与をされた武具は貴重だ。
 ヒューマンの鍛冶師では作れないとも言われている。
 使い手にもそれなりに魔術の心得が無いと宝の持ち腐れになる上に、当然高価。
 状況に応じて魔術で属性を付与して使った方が余程経済的で要求される魔術レベルも低い。
 この巨人、魔術もそれなり以上には扱うのかよ。

「淡々と言われた上に、吹き飛びもせぬ奴に言われてもな!」

 懐に入り込んでも彼の技量は黙ってくれない。
 捻りや溜めを駆使してクロスレンジなのに見惚れるような打撃を加えてくる。
 こんな凄い技を特等席で見れるなんて感動的だ。

「ふんっ、もらってはやれん!」

 突き出した僕の拳はよけられる。
 小柄な僕が懐に入り込んで打ったのに。
 基本的な膂力や速力は僕の方があるのにこれだ。
 仕方無い。
 ステップを繰り返して彼から距離を取る。

「警告と、確認。退く気は、無い?」

「当然だ。これ以上いたずらに戦いを長引かせるつもりも、無い」

 敵だもんな。
 いくら尊敬すら感じる人でも、戦場で対峙するなら……。
 殺すしかないか。
 いつもなら、別の方法を考えるだろうに。
 なんでこんなに簡単にあっさりと結論が出るのか。
 女神のやらかした共通語習得の弊害なのか、別の何かか。
 頭が冴える。
 戦いに適した考えが頭を埋めてくれる。
 ……凄く、楽だ。

「そうか」

「本気で来い。底も見せずにやれるほど、私も簡単ではないぞ?」

 そうだな、この人になら。
 いや。
 底を見せる必要は、無いな。
 この姿のままでも十分殺せる。
 お互いに全力で、なんて。
 どうして僕はそんな“無駄な”事を考えたんだろう。
 馬鹿らしい。
 今後もしかしたら先輩、いや勇者とも戦うかもしれないんだ。
 あまり見せる必要は無いだろう。
 このままで十分だ。

「そちらもまだ全力ではなさそうだ。なら付き合ってもらうよ」

 澪の付けた能力を適当に使うか。
 このままやって引き伸ばしているだけでも魔族は詰みだ。
 なら実力なんて見せずに適当にやっておくのがいい。
 一番効率的だし勇者にも手の内を見せないで済む。
 勇者の保護も叶うし、ステラ砦への警告はロナを通じてやれば問題ない。
 そうだ。
 識に動いてもらって街の被害を少し減らしておこうか。
 時間を稼ぐだけの仕事なんて識には少し退屈かもしれないけど、今ならうってつけの能力がある。

「ラルヴァ、七番を半開放で」

 識の力は何よりも状況への対応力が凄い。
 四番までで能力を高めないとそれ以降が解放出来ないのと、以降で同時に展開できるのは一つか二つという枷はあるものの、付け替えをすれば大抵の相手に有利に戦える。
 欠点だって鍛えていけばその内に克服できるだろうし、全ては彼の中にある力なんだからいずれは全部同時に常時開放していても問題なくなる日も来るかもしれないな。
 一礼して肯定を示してくれる識。
 じゃあ僕も。
 らしく、戦ってみようかな。
 この姿で本気でやるって、そういう事だろうし。
 多分、殺しきれる。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 凶々まがまがしい力がリッチの指先に集まっていく。
 耳障りな呪文の詠唱が続いていく。
 出来れば妨害してやりたい所だが、生憎と目の前のコレがそれを許してはくれまい。
 基本的な身体の動かし方は知っているが武術の経験は無い。
 俺の見立てだ。
 もっとも、技術として確立されている武術など、名前からして魔族と一部の亜人の間で知られている程度だろう。
 ヒューマンは一般的に体をそのまま扱う技術よりは武器を使う方を好むからな。
 女神の祝福も無手の技能を高めた者には与えられにくいと聞く。
 女神が好まぬものが奴らの間で大々的に発達する訳も無い。
 ……まったく。
 こんな訳のわからないものに乱入されても戦わなくてはならんとは、軍人も楽ではない。
 一兵卒として心のままに戦っていた頃が少し懐かしいな。

「全力とは、あのリッチに援護させる事をいうのか?」

「まさか。戦況は大体わかったから、時間を稼がせてもらうだけ」

「っ! それだけの力があって、まともに戦ってみせる気もなしか。その思想は我らにも近いと思ったが、どうやら私の勘違いだったようだな」

 そう。
 俺ははじめ、この白い奴の物言いから考え方は俺達に近いのではないかと思っていた。
 だが、戦いを始めてからのこいつには何か、ズレを感じる。
 打ち合う毎に別人に変質でもしていっているような、妙な感覚だ。
 拳筋にも最初は素直さや熱が伺えたが、今は冷たく無感情にすら感じる。
 戦いの最中にこうも変貌する相手は珍しい。
 今のこいつはゴーレムと言われても頷けるが、さて……。

「僕達の目的は勇者の保護、ステラ砦の陥落。それだけだ。交戦時間が長くなる事に特に問題は無い。今後誰と敵対するかもわからない状況で無駄に手の内を晒すのは、愚かでしかない」

 勇者はこの場を切り抜ける。
 少なくともこいつが目的を達せばそうなる。
 では、誰と敵対するかもわからない、とは勇者との敵対も考えている?
 一体、こいつは……。

「これまでの戦いでわかったが、お前はゴーレムではないな。その格好は相当に高い性能の防具によるもの。お前には、中身がある」

 カマをかけてみる。

「勿論。僕はゴーレムじゃない。これは防具。纏うと魔術が使えなくなるんだけどね、無粋だからって理由は酷い」

 誤魔化しも無いか。
 あのような強度の全身鎧など見た事も聞いた事も無いが、少なくともあれは防具な訳だ。
 あっさりと暴露したその余裕。
 後悔させてみせよう。

「僕との相性は実はあまり良くないんだ。無理に術を使えば自壊するようだし困ったものだよ」

「それほどの防具を得て贅沢な事を言う」

 制限はあるのか。
 魔術使用不可。
 戦士なら殆ど制限無しという事か。
 術師であれを使うメリットはあまり無いから事実上は制限と言える代物でもないな。

「いくぞ。平成シリーズが基準みたいだから結構トンデモだけどな」

 ご丁寧に合図までくれた白い奴の言葉に俺は構える。
 だが、奴はいきなりしゃがみこんだ。
 俺の正面で膝立ちになっている。
 何だ?
 何をする気だ?

「クレイモア」

 その言葉と共に。
 奴の膝立ちになった足の横に箱のような物が現れた。
 どこから出てきた!?

「ちょ!!」

 響が何か叫んでいる。
 彼女の叫びを振り切るように、その箱から四発程何かが放たれた!
 飛び道具か!
 それ程は速く無い。
 受けるにしても全部受ける必要はない。
 大体威力がわからぬものなど、避けるに越した事はない!

「むうっ」

 迫ってくる筒の様な物をかわす。
 うむ、何とか回避が間に……、なにぃ!!
 一発が軌道を変えて俺を追ってきた。
 それ以外も方向は変えたようだが俺には当たらない角度で飛んでいくようだ。
 仕方が無いか!
 四つの腕全てでソレを防御する。
 耳を麻痺させるような爆発音。
 熱と衝撃。
 発煙。
 爆裂魔術を込めた兵器!?
 こんなもの、我らでも有しては。

「シザーハンズナックル」

 平衡感覚も戻らぬ状態で、奴の声。
 胸にドンッと、爆発とは違う衝撃が加えられる。

「お前は、何を……」

「あれ、ここ心臓じゃないのか」

「お、おおおおおお!!」

 腹の底から湧き上がる衝動に任せて奴を横殴りにする。
 奴の回避は間に合わない。
 打撃を直撃させられた奴は横方向に吹っ飛んでいった。

「はあ、はあ、はあ……」

 胸を見る。
 そこには二本の刃が突き刺さっていた。
 忌々しい!
 引き抜いて投げ捨てる。
 吹っ飛んでいった奴を睨みつける。
 そこには平然と立つ白い人型。
 手の甲辺りから伸びたハサミのような刃が半ばで折れている。

「ハサミは実用的じゃないな。これは……アンカー? 澪の奴、趣味に走りすぎだ」

 来る!
 白い奴は無造作にこちらに走り出してきた。
 こいつには、この黒い肌でも防御力が不十分か。
 とてつもない化け物だな!
 俺の蹴りが届くよりも僅かに離れた場所で奴は急停止した。
 今度は何だ!?
 唐突に左腕を前に出す姿に焦りしか感じない。
 何かが打ち出される。
 また飛び道具からの攻めか!
 待て、なら何故ここまで近づいた?
 どちらにせよ、この距離とあの速度では防ぐしか無い。
 後手後手に回らされている事に苛立ちが高まるのがわかる。
 ガントレットを掻い潜って肩口に刺さる何か。
 だが、それ程威力のある物ではない。
 一体?

「う、っおおお!?」

 突如。
 俺の身体が奴の方に一気に引き寄せられる。
 抗えん!
 ヒューマンと同程度の体格しかない者に、俺が!?

「ぐうううう!!」

 宙に浮いた状態で奴の振りかぶった右拳を食らって俺が吹っ飛ぶ。
 こんな、こんな事がどうしたら起きる!?
 白い奴の攻撃は止まらない。
 さっきの飛び道具はもう効果を失ったのか、奴は自分から俺を追撃してきた。
 だが、俺はまだ奴に高速での回復と再生を知られていない。
 相当のダメージだったが、意識を集中して一気に状態を戻していく。
 間に合った!
 奴はまだ俺との距離は相当あるというのに地を蹴って宙に舞った。
 今度は上からか。
 ……これは、勝機!
 宙に飛べば、当然落ちてこなければならん。
 落下する力を威力に加えられる反面、隙も大きい。
 ならばカウンターの餌食!
 タイミングを合わせて、渾身の回し蹴りで奴を――!

「な、に?」

 蹴りは空をきった。
 奴は、一切の魔力の発動を感じさせずに宙に静止していた。
 このサイズで翼も持たず飛行能力まで持っているなど……誰が想像すると言うのだ?

「確か、これだったな。キック」

 何か呟いた奴がキックと言葉を結んだ瞬間。
 どれだけの高度から落下すればその速度になるのか見当もつかない速さで、足を突き出した姿勢で俺に突っ込んできた。
 身を捻る。
 しかし回し蹴りを外した後だ。
 十分な回避などは出来ようも無い。
 脇腹に奴の蹴りが決まり、無残に横腹を抉り取られた。
 激痛のあまり叫びそうになる。
 だが、俺の目は俺の後ろに着地した奴の姿を捉えていた。
 治れ、治れ、治れ!
 隙だらけのあの姿、響を潰した連撃ならば!
 響よりも重量があるあいつになら全弾間違いなく食らわせてやれる!
 身体の各部を確かめる。
 問題無い。
 その判断と足を踏み出すのはどちらが早かったか。
 俺の左手の一つが奴の首を掴んだ。
 化け物め。
 それでも俺は、負けられぬ!





◇◆◇◆◇◆◇◆





 白い奴が、特撮番組の宣伝でやっているみたいな攻撃をイオに浴びせた。
 信じられない事に、それはイオにとってもダメージに繋がっているみたい。
 極めつけは空中に静止してからの蹴り。
 私の全力を上回る攻撃力があったみたいでイオの腹を大きく抉った。
 なのに、イオは。
 数秒も立たずにキズを再生して白い奴を掴んだ。
 私との戦いであれだけ再生を繰り返したのに、底なしだとでも言うんだろうか。
 再生を得意とする魔物もいるけど、大抵はその能力に限界があるものだけど。
 まだまだ余裕があったのかと思うと気持ちが暗くなる。
 やはり、イオを討つには強大な一撃が必要なんだろうか。
 それは私には“まだ”無いモノだ。
 イオが白い奴の首辺りを掴んでそのまま、弧を描くように床に叩きつけた。
 アレだ。
 私は直感した。
 私がくらった連撃。
 ホルンを纏っている状態が維持できなくなって死ぬかと思った。
 反射的に再度纏えたから良かったようなものの、死んでいても不思議はない攻撃だった。

「ちょっと、ラルヴァ、殿? 貴方のマスターがピンチよ?」

 詠唱が止んだラルヴァに、結界の中から私は呼びかける。
 凄い魔力を溢れさせているリッチ。
 あの、妙な指輪を付けた時から力が明らかに跳ね上がった。
 今は魔力一つとっても私を上回っている。
 扱う術も豊富だし、何度か相手をした他のリッチとは、別物の相手だってわかる。
 最初に鎌を出した辺りまでは、強いリッチだな、位だったのに。

「答えは先と同じだ。あの程度で援護を欲される方ではない。なんでもかんでも力を合わせれば良いと考える貴様などと同じに考えるな」

「……善意の助言のつもりよ」

「不要だ。お前はむしろ、その重度の露出狂でマスターを惑わせぬよう、羽織るモノでも用意しておけ」

「っ!? 貴方が作った結界から出るなって言っておいてそれは酷くないかしら?」

「ふむ。では適当に探してこよう。しばし待て。第七階梯“ヘル”半開放、装着及び発動」

 っ。
 なに!?
 息が詰まるような、気持ちの悪い気配が広がっていく。
 結界の中は変化も無いようだけど、謁見の間の端々から染み出るように霧状の何かが出てきている。
 ……違う、ここだけじゃない。
 城全部?
 そんな広範囲に術を展開したって言うの?

「……街の外壁までで良いか。霧を扱うだけに、あの方がいると気分を害されるが、今は安心していられるな。ゆけ、“霧の神殿ニヴルヘイム”。衰弱をもたらせ」

 外壁?
 街の!?
 ラルヴァは何も嵌っていなかった小指におさまった黒い指輪を見て満足げに頷く。

「外壁って、なにをしたのよ」

「この都を衰弱の霧で包んだ。衰弱で済むのはマスターの指示だからだ、感謝するがいい」

 半開放、か。
 察するに広範囲に影響を与える術。
 手加減して衰弱なら、全力だとかなりまずい気がするわね。
 この世界、個人の力量が簡単に戦術の範囲を超える。
 数の概念や戦い方が、まるで現代世界とは違う。
 ラルヴァ、こいつは間違いなく戦略規模の能力を持っている。
 澪さんといい、在野の武将が強すぎるわよ。

「ではお前の肌を隠す物を探してくるか」

 ラルヴァが呑気な事を言っている横で。
 重いものが落ちる音がした。
 そうだ。
 白い奴。
 私が音の正体を見ると、それはやっぱり白い奴だった。
 拳の乱舞に蹴りの乱舞。
 さらにガントレットの属性を利用した属性間の相乗。
 いわゆる五行のそれとは違うけれど、風から火、火から土、土から水へと流れる属性の強化作用。
 循環になっていないって事は、多分知られていない属性が隠れているんじゃないかと私は思うのだけど、その正体はわかっていない。
 あるかどうかもわからないから、今すぐに調べるべきものでも無かったし。
 つまりイオはその作用を利用して、連撃でありながら単発の威力をも更に高めている。
 生憎見る事は出来なかったけど、この時間差を考えると、私に放ったものよりも更に攻撃回数を増やしていた、筈。
 こいつ、白い奴。
 生きているのかしら?
 私が見ていると床を抉ってうつ伏せに倒れていた白い奴は首を鳴らしながら普通に立ち上がった。
 本当に、何もかも馬鹿げた存在ね。
 あ、少しふらついた。
 まったく効いていない訳じゃないのかしら。

「マスター、勇者が羽織るものを何か見繕ってきてもよろしいですか?」

 ……どういう主従関係なのか。
 関係そのもの、それにマスターって言葉の意味をも疑う言葉ね。

「あ、うん。よろしく。あー、痛かった、途中で鎧通しみたいなのを混ぜてくるんだもんな。ズシンときた」

 鎧通しって……。
 確か、発勁みたいな感じのやつよね?
 拳を密着させた状態から撃ち抜いて鎧の中にダメージを与えるとかいう。
 この世界にはそんなものまで存在しているのね。
 日本にも、私が見た事が無かっただけで“気”を使ったような技術はあったのかもしれないけど、実際に人の言葉で聞くと新鮮ね。

「マスター、そこまで害がある事では無いかと思い口を出しませんでしたが」

「なに?」

「戦いに入り込みすぎると一部分として良くない事もございます。頭の片隅にでも皆の事を置いて頂ければいき過ぎる事は無いかと愚考致します」

「……わかった。気を付ける」

「では、お気をつけて。失礼致します」

 当然の事だけど、私に対するのとは全く違う態度。
 このラルヴァを従えるなんて、どこの何者なのか。
 改めて興味が湧く。
 グリトニア、は無いだろう。
 ローレルならチヤちゃんが知っているだろうし。
 ならばアイオン?
 あそこはツィーゲに行った事があるだけであまり国の雰囲気も知らないのよね。
 少なくとも、こんなのを有していたらとっくに前線に送ってきそうだとは思うけど。
 あの国は最近の発言力の低下をかなり気にしていると陛下から聞いているし、ね。

「確かに。羽織るものがあった方がいいな。……入り込み過ぎる、かぁ」

「ねえ。名前くらい、教えてくれない?」

 思い切って聞いてみる。
 言っている事がわかるし、こちらの言葉も通じているようだったから。

「……」

 無視!?
 じっと私の方を見ていたかと思ったら、踵を返してイオとの戦いに戻っていく白い奴。
 イオ以上に情報が少なくて不気味な存在。
 そんな奴に命を預けている状況に私は気持ちの悪さを感じていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 戦場と化した謁見の間に、奇妙な静寂が生まれていた。
 四腕の魔将イオと対峙する白いスーツに身を包んだ真。
 真の後方には勇者達が識による結界に包まれている。
 その脇に識。
 リッチの姿で、左手の五本指全てに指輪を嵌めた状態で佇んでいる。
 響は識がどこからともなく調達してきた大きめのマントに身をくるんでいた。
 回復などは終了しているものの、識が睨みをきかせている為にこの場から動く事も出来ずにいる。
 非常識な戦いに驚きこそ抱いたものの、響からすれば城や街で暴れる魔族軍を撃退しに行きたいのが本音。
 今の状況はあまり良くないものになりつつあった。

「……あれで無傷か。まったく、中身は上位竜か精霊では無いだろうな。何人かいるような感覚までする。得体の知れぬ奴だ」

 戦いの初期に戻ったような、素直な雰囲気を真から感じてイオは呆れたように言い放った。
 途中の変貌が本性なのか、否か。
 流石にそこまでの事はこの短時間ではイオにも探れない。

「無傷じゃない。結構痛かった。あれだけ動けてさらに再生能力付きとか、とんでもないな」

「ふん。このような場での戦いでなければ戦いを楽しむのも悪くは無いが……」

「ん?」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 イオが大きく息を吸い込んだかと思うと、突然叫んだ。
 城中に響いたのではないかと思える程の大きな声。
 怒りか、鼓舞か。
 しばらく続いた叫びに響達が耳を塞ぐ。
 真と識はそのままだ。
 識のローブがはためいたものの、二人とも耳を塞ぐ仕草も無い。

「なに? これからが本番とか?」

「いや。俺は無能な将だと、宣言しただけだ。今頃、声が届かなかった連中にも念話が回っている事だろう」

「?」

「この攻めに参加した中でも、優秀な兵卒にはある物を渡してあってな。仲間の魔将に苦労してもらって集めた物だが」

「……」

「今のはそれを使えと命ずる合図だ。もしかすると何人かはもう使った後かもしれんがな。お前が言った……そう、死兵。兵に文字通りそうなれと命じた」

「なれって、既に彼らは死力を尽くしているだろうに」

「いや、生物の底力とは存外深く大きいものだ。俺はそれを勇者の仲間だった白い女に教わった」

「雰囲気が、変わったね。俺とか、言う人だったんだ?」

「最早、将として振舞う事もなかろうからな。恰好を整える必要もあるまい。軍としての在り様に影響するでもないしな」

「それは?」

 真がイオも取り出した青い土くれに目をつけて尋ねる。
 それは、薔薇を模したアイテム。
 工芸品にも見える。
 遠目ながらそのアイテムを視認した響が息を呑んだ。
 彼女だけではない。
 識の結界内部にいた勇者一行全員がただならぬ様子を見せた。
 真の問いにイオは薄く笑うだけ。

「マスター! それは薔薇の欠片ローズサインと呼ばれる強化アイテムです。別名、力の魔薬、魂喰いとも言いまして、魂を食い尽くす代わりに使用者に力を与える代物です! 本来は茶色なのでそれには何らかの改造がなされているとお考え下さい!」

「ふ、流石にリッチ。この手の道具には詳しいな。その通りだ」

 イオは正体を暴かれても動じた風もない。
 反対に真は、眉をひそめた。
 ただし表情すら見て取れない今の状態では、誰の目にも彼の様子はわからないが。

「……部下にも持たせたのか」

「多くの兵が生きて戻れぬだろう戦いだったからな。ヒューマンに持たせておくには危険だったので、最初はただ回収が主な目的だったのだがな。幸いな事にこれは精製に時間がかかるようだから、相当数を集められて安心している。しかし……強制使用の命令を下す事になるとは思ってもみなかったぞ。さて、ロナの施した改良はどの程度のものか。この身で試す事にしよう。ロナからは絶対に俺は帰れと言われたが、百程の部下にローズサインを使わせておいて、俺だけが生き延びるのもな。喜べ、お前をこれを使うだけの価値がある我らの脅威と認めよう」

「……」

「ぐうっ! なるほど、凄まじいな。この力の漲りは。どうした、相手をしてもらうぞ白いの!」

「イオ。お前の部下はし……ラルヴァの力で衰弱し、まともに動けない」

「……ヒューマンも、だろう。こう見えてそれなりの戦況把握程度は出来る。戦闘中だから念話が出来んと言うのでは将軍など務まらんからな。王都全てが対象とは、恐れ入る。その力が我らにあれば、お前が来るまでに響を討てたな」

「念話か。耳が痛いな。イオ、部下にそのアイテムを使わせる事の意味をわかっているのか?」

「勿論だ。湧き上がる力で再度立ち上がった同胞が、動けないヒューマンを虐殺する事になろうな。我らは奪わんし、犯さん。だが敵は殺す。命の限り老若男女を問わず。止めたくば、ここを離れても構わんぞ? 俺は勇者を討つという任務が残っておるからな。お前は追わん」

「戦争は勝って終わらなければ意味が無い、か。ここを攻めている全ての兵がそう考えているのなら……脅威だ」

「お前にそう思ってもらえるとは、嬉しい限り。魔将イオ、参る!」

 静かになりつつあった王都が再び騒乱に包まれるのを真は把握する。
 戦いに没入しようと加速する自身の変質をほどほどに抑えながら。
 彼はイオとの戦いに身を投じた。

 一方。

 イオの言葉に大きく反応した者がいた。
 響だ。
 仲間を、自分を慕う民衆を。
 虐殺の的にされると聞かされたからだ。
 それも、ローズサインを使って。
 かつて彼女の仲間であるナバールが、イオを相手にその身を犠牲に戦った時に使用した道具を使って。
 王都で虐殺を起こそうとしている。
 許せるものではない。
 絶対に、許せない。
 彼女は人の死を大きな視点で見る事が出来る女性だ。
 他者から期待される自分の価値も、きちんと把握している。
 だから、王都の一時放棄もそれによって生まれる犠牲も、響は受け入れる事が出来た。
 イオの乱入によって脱出が困難となった為に、実現はしなかったが。
 しかし今これから生まれる犠牲は、防ぐ事が出来る犠牲だ。
 魔将を白い奴こと真が抑え込むならば、死兵と化した魔族軍を抑えるのは十分に可能な事だった。
 ローズサインを使って強化されているとはいえ、響達は現状かなり回復している。
 じっとしている意味が無い。

「ふざけないで。そんな虐殺は見過ごせない。あいつがイオを抑えるなら! 私達は街を制圧する! 皆、用意を!」

 立ち上がる。
 その身からマントが離れて彼女の肌が顕になった。
 響の声に呼応して、パーティの面々が立ち上がる。
 謁見の間を出るべく動き出そうとして、そしてある事に気付く。
 結界が解けておらず、外に出る事ができない。 

「出れない……? ラルヴァ殿、この結界を解いて! 私達は王都の制圧に――」

「断る。やれやれ、出られぬようにしておいて正解だったな。始めに言ったな? 私は勇者を保護するのが目的。保護に自由の保証は含まれていない」

「イオは貴方のマスターが抑えているじゃない! 悔しいけど、あの人は今の私よりも強い。それは見ていてわかったわ。でもね。なら私はここにいる必要なんてない! 私は勇者よ、今やるべき事はわかるわ!」

「無謀だ」

「……ラルヴァ殿。聞いて、勝算は十分にあるわ。イオは私を追えない。あの白い人はしばらくイオを抑えるでしょう。貴方も援護すれば確実に。そして私達はこの街を知り尽くしている。絶対に、死にはしない。ゲリラをやってでも魔族を全滅させる」

「作戦の内容など聞いていない。私が無謀だと言ったのは、お前達が私に抗う事が無謀だと言っている。そうだな、せめてこの結界を自力で破ってみせろ。これはコキュートスなんちゃらと言う、名前はともかくそれなりに強力な結界を参考にしたものだ。本家には劣るがな。この程度の事が出来ずに何を救うと言うものでもあるまい」

「……逆らえばその能力を全開放にする、とは言わないのね。いいの? その条件で。この結界を破る事が出来れば私達が街に向かうのを止めないのね?」

「マスターは半開放、と仰ったからな。勝手な事は出来ぬ。この結界を破る事が出来たら、止めぬとは言わんが考えてはやろう」

「それでもやるしかない自分に腹が立つけど、仕方無いわね。言っておくけど、私の攻撃もそれなりのものよ?」

「……好きにしろ」

 識は真とイオの戦いを見ていた。
 仮に響が結界を破ったとしてもまた新しく結界を作るだけ。
 彼に響を自由にする気は無かった。
 それよりも、イオだ。
 識が知る限りのローズサインという道具にあれだけの効力は無い。
 しかも魂の力を喰らう速度が大分遅い。
 正しく改良されていると言えた。
 真は防戦一方になっている。
 それなりに反撃はしているが、見かけ上は押されている。

(もっとも、まともにダメージが通っていないのだから心配など殆どいらぬがな)

 識は思う。
 彼の主である真は、ひたすらに防御力が強い。
 今はあの防具で姿を隠しながら戦っているからその身に攻撃も届くが、本来ならイオでは彼に触ることすらできないだろうと識は考えている。
 だから、数少ない真の戦いを安心して見ているのだ。
 その命令に忠実に従っているのだ。
 まだまだ識自身も力を温存している。
 最悪何かが起きたとしても、回復魔術も得意とする自分が控えている以上、真に不測の事態はない。

(大抵、防具に頼った防御力自慢の輩は直接攻撃を加えられると脆いが。若様にはそれが無い。痛みにかなりの耐性をお持ちだ。……見えぬ程の速度で動き回るような相手なら範囲を広げて術を決めてしまえばいいが、何を撃ち込んでも平然と耐えられるあの方には、私ですらどう攻めれば良いかまるでわからぬ。あの魔将、死ぬ前にも地獄を見ようとは同情に値するな)

 識は無言でイオと真の戦いを見守る。
 一応、イオがこちらに特攻してきた時に備えて、識は幾つかの術をストックしている。
 備えは十分である。
 背後から何度か力の発動を感じる識だったが、そちらには振り返りもしない。
 大体の規模は把握しており、結界を破るに足る攻撃では無いとわかっていたからだ。
 一際、大きく力が高まる。
 識が微かに反応を見せた。
 響の気合の叫びと共に、結界に彼女の一撃が一閃する。
 しかし、結界の破壊には至らず。

「もっと……力を……まだやれる。私は、もっと力を……!」

 呟く響が崩れ落ちる。
 意識を失ったのなら静かで良い。
 識は再び彼女への関心を失った。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「ここ、どこ?」

 響は周囲を見渡す。
 星空に浮かぶ自分。
 落ちも浮かびもしない。
 無様に慌てる事なく。
 警戒を絶やさず、周囲を把握しようと努める。

「女神に呼ばれた時に似ているけど……違う気がする」

 彼女の中で一番近い経験は日本で、女神に呼ばれた場での一幕だった。
 しかし、何かが違う気がした。
 あくまでも直感的なものだが、響はこの閃きを大事にしている。
 このおかげでイオとも善戦できたし、銀帯やエルダードワーフのベレンから受け取った剣の真価を引き出す事が出来たのだから。

“よく来たね。世界を転移した者”

「……誰?」

 頭に直接響く声。
 やはり、女神の時と似ていると響は感じた。

“誰かと問われると困る。名前は無いんだ。どうせこの場だけの付き合い、二度と会う事は無いから気にしないで”

「こうしてあの結界から連れ出してくれた事には感謝するわ。でも私に用事があるなら後にしてくれる? 今の私にはすぐにやらなくちゃいけない事があるの。私を王都に返して」

“慌てないで。君の体はあの結界の中だよ。ここにいるのは君の精神だけ。それに、この場での時間の経過は向こうでの刹那にも満たない。安心して良いよ”

「刹那……。一瞬と考えていいの?」

“そういう事。じゃあ、話を続けよう。原初の世界から転移をした者、音無響”

 自身の経緯を把握している声に、響の警戒が少し高まる。

「……私が勇者だと、知っているのね?」

“勿論だよ。君ともう一人、岩橋智樹。女神に選ばれた、勇者の使命を持つ者”

「あの子の事も知っているの」

“ああ、彼はもうここに来たからね……っと。彼の事はいい。君が知るべきはこれからの事だから”

 声は岩橋智樹の名を出した事に僅かに動揺した様子だった。
 失言だったのか、と響は想像する。
 何もわからないに等しい状態では、有利か不利かもわからなかったが。

「これからの……」

“そうだよ。君は資格を得た。世界を転移した者に与えられる特典を受け取る資格をね”

「資格?」

“そう。さほどには難しい事じゃないんだけどね。ここに来ずに死ぬ転移者も少なくはないよ。大雑把に言えば、特に強く己に意思を向ける事が要訣なのさ。己への拘りや渇望。まあその種類は正だろうが負だろうが構わない”

「正負って、意味がわからないわ」

“愛でも友情でも、憎しみでも妬みでもって事。……うーん、君には何故か余計な事を話してしまうな”

「……」

“条件なんてどうでもいいね。続けよう。君はこれから幾つかの問いに答えてもらう”

「クイズ?」

“違うよ。正解の無い問いかけだね。よくあるだろう、どっちも正解とか正解が無いとか。あの類のものさ。それによって君に与えられる特典が変わる”

「特典……力を増す事もできるの?」

“詳しくは君の資質を問うた後だね。さ、始めるよ。結果は何色かな……楽しみだね”

 …………。

 ……。

“はい、お疲れ様。ふふふ、響、君の結果が出たよ”

「早くして。時間が過ぎないなんて言われても気持ちは焦るの。色とか言っていたわね。早く教えて」

“はいはい、音無響。君は「黒」だ”

「黒?」

 意外な色を聞いて響は聞き返す。
 あまり自分を黒色と例えられた事はない。
 黒色には良いイメージも多いが悪いイメージも多い。
 影の印象もあって、響はあまり好きな色ではなかった。
 身につける物も黒一色の物は少ない。

“そう、黒。最上位の色の一角だ”

「最上位、良い結果なのね?」

 最上位、と聞かされてもそもそも問いかけに色分け、聞いた事もない事ばかりだ。
 響には判断がつかない。

“ああ、勿論だよ。智樹も同じだったけど、ここに転移してきた転移者は優秀だね”

 岩橋智樹と同じ。
 そう聞いて響の表情が曇る。
 決してそうではないのだろうが、彼と同格だと言われた気がしてあまり良い気はしない。

「……それで黒には何ができる訳?」

“黒はね、神々では決して得られぬ色。人間だけが極稀に得る事が出来るんだ。別名……アラユルイロ。攻撃、防御、支援、回復、召喚、それ以外。出来ない事の方が少ないなあ”

「あらゆる色……」

“さあ、響。能力を作ろう。まずはどんどん提案して。その代償は僕が教えてあげる。その上で決定すればいいから。それが転移者の特典。おっと、そうだった。一つだけ注意点がある。既に同じ時間軸で選ばれた系統の力は創造出来ない。さっき話してしまったけど、もう一人の勇者が攻撃の力を手に入れたから君は攻撃魔術のような力は選べない。……ただ、星の召喚みたいな裏技は使えるけどね”

「なら世界を制圧する力、なんて物も可能なの?」

“勿論。その力なら代償は君の全魔力及びあの世界の八割の生命って所かな。誰を残すかは選べないけど君は確実に生き残れる”

「……却下ね」

“そうかい? 確実に戦争は終わるよ? あの女神が何て言うかは知らないけど彼女に君は罰せないし。あ、また余計な事を言っちゃった”

「黙って」

 響は考える。
 攻撃魔術の枠は智樹が持っていったらしい。
 つまり彼には今強大な攻撃魔術があると見て良い。
 星の召喚などで実質攻撃に当たるような裏技を使って攻撃手段を得る事は可能。

(なら、私は智樹に対抗出来る防御魔術を得るべき? ダメね、それじゃあラルヴァの結界一つ破れない。なら回復? 有効だとは思うけど、今王都を救えなければ意味が無い。実質攻撃に当たる能力、も有りと言えば有りだけど……)

 あまりにも広大で曖昧な提案に響は悩む。
 ふと。
 出来ない事を羅列していく事はしない声に何らかの意図は感じた。

「出来ない事は、攻撃系統以外には教えてくれないの?」

“ふふふ。それは出来ないんだ。君は自分の中から望む力を選ばないといけない。それもルールの一つ。あんまり聞かれない事だけど、君は頭が良いんだねえ”

 声は聞かれた内容が興味深かったのか楽しそうに応じた。
 答えは拒否だったが。

「ねえ。……過去に戻る事って、出来る?」

 しばらく考えていた響が口を開いた。
 それは今王都を救う手ではないが、全てをやり直す手段の一つ。

“時間遡行かい? それなら可能だよ。時間連続体としての同一世界で行うと代償が大きくなるから、ケースを絞った方が実用的だけど”

「時間連続体……つまり、そっくり過去に戻る能力だと代償も大きくなるのね。回数を制限してもダメなの? 同一世界じゃない世界の過去に行っても意味は無いし」

“意味が無い事はないよ。平行世界もまた世界だからね。二人もの人間が流入した事であの世界には今膨大な平行世界が生まれているし、君が世界だと思う場所が君の世界なんだ。色んな世界で可能性を試すのも面白いじゃない。王都がああならない世界も作れるかもしれないし”

 声は時間遡行を勧めているようにも聞こえる意見を述べた。

「ちなみに代償はどうなるの?」

“同一世界の過去に遡行するなら一度きり、君は三十歳で死ぬ。平行世界の過去に移動するなら移動毎に寿命が一年削られるよ”

「……無茶苦茶ね」

“あはは。これにも裏技があってね。人間をやめなきゃいけないけど、年を取らない寿命の存在しない種族に変異すればデメリットは無くなるよ。黒じゃなかったら時間に干渉する能力なんて使えないけど、ここから出た後に人間をやめる分には問題はないんだよねぇ”

「ご親切にどうも。リトライは実質無理に近いか……」

“え、時間遡行はリターンであってリトライではないよ。いわゆるループで良いなら平行世界でならローリスクで貰えるけど?”

「……貴方、私に時間を操作する能力を持たせたいの?」

“聞かれた事に親切に答えただけさ。他意は無いよ”

(出来れば何度も使えて代償は小さく。現状も打破出来るような……)

 悩む響は黙り込む。
 声も自分から提案はしないのだろう、何も発言しない。

「……どんな魔術も消し去る。ディスペルマジックなんてのは有り?」

“うわ。つまらない能力だね。まあ、可能だよ。代償も魔力だけ、そうだねえ、今の君でも五、六回は問題無く扱えるんじゃないかな”

「そう。つまり永続的な代償は無いのね?」

“うん。でもディスペルなんてあそこにいる子が使えるじゃない”

 声はさらりと驚きの内容を口にした。

「は!?」

“巨人と戦ってる子。彼がディスペルを使えるって言ったんだ。もう他人が使える、もっと言えば今後の努力で手に入る力なんて詰まらないじゃない”

「白い奴。あいつ、そんな芸当も出来たの!?」

“それは彼に頼んでみたら? 君のお願いなら聞くかもしれないよ?”

「……ちょっと待って。彼? あの白い奴の事を知っているの!? まさかここであの特撮変身セットでももらった!?」

“ぶっ、あははは!! ここであんなキテレツな物を欲しがった人はいないよ。まあ、知っているかと聞かれたら知っているけど。彼、ヒューマンだしね。どうかな、ここに来る事は無いと思うけどねえ”

「知り合いなら話も出来るでしょう!? ……うん? 私の頼みなら、聞く? それって……」

“残念だけど、知り合いじゃないね。一方的に知っているだけ。それにそこまでの肩入れは出来ないな。はい、この話は御終い。響、力を決めなよ”

「くっ。そっちから話しておいて!」

 沈黙する声。
 響は再び頭を悩ませていく。

「……だったら……」





◇◆◇◆◇◆◇◆





“残念。あの子は時間能力を選ばなかったか。それにしても、英雄を地で行くような能力を創造しちゃってまあ。ふんふん、でも初めての能力だったな”

 声が誰もいなくなった空間で呟いていた。
 姿は響がいた時と変わらず、どこにもない。

“常時発動型、他者から向けられる想念を自身の力に変える、か。カリスマのある娘だったし、どこまで肥大するかな? 代償も最大魔力の削減だけだったし、すぐに取り戻しそうだ”

 響の推測は正しかった。
 声は彼女に時間を移動する能力を選ばせたかったようだ。
 それほど強くは思っていなかったようだが。

“平行世界を爆発的に増やしてくれれば、退屈しないと思ったんだけどな……”

 やや残念そうな声が虚空に響いた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「なんと……」

「破ったわよ、ラルヴァ殿! 行かせてもらうからね!」

 先程までとは全く桁が違う威力の一閃が内から結界を砕いた。
 正体不明の勇者のパワーアップに識は思わず振り返った。

「まるで別人だな。それも勇者の力か?」

「秘密よ。私達を、止めるつもり?」

「マスターのご命令なのでな。む……」

 識は響の強い意思の宿った目から視線を外し、あらぬ方向を見る。
 何もない、天井の一角を見ているように響には思えた。

「助かるわ! 行かせてもらうわね!」

「いや、待て! 何かが来る! マスター!」

 彼に出来た隙を利用して謁見の間を飛び出していく響達。
 舌打ちを挟んだ識が彼女らに呼びかけ、そして真を呼ぶ。
 一進一退で輝くイオと戦う真は識の言葉にイオとの距離を取る。
 だがイオは逃がしてくれない。
 色とりどりの拳の嵐に、再び真は飲み込まれていた。

「ラルヴァ! いい! 勇者と一緒に行け! 彼女達を頼む。……マジか。この状況でお前まで来るのか、ソフィア!」

 いくばくかの余裕はあるのか、真は識の声に応える。
 状況が悪化していく事を彼は理解していた。

「何を言っている、お前の相手は俺だろう!? それとも響を追って良いのか!」

「ちっ勇者を追わせる訳にはいかない! 冬を越してから再戦でもいいだろうに! 退けよ!」

「戦争を知らぬ若造が知った口を! 放っておける脅威なら必死に討とうとせんわ!」

 真は接近する存在を知っていた。
 それは彼が戦った中で最強と認識している相手。
 敵意と悪意と殺気をぶつけてきた相手だ。

「奴ら何かする気だ! 気をつけろ!」

「御意! ……ここは見させません。場合によってはどうぞ、ソレをお脱ぎ下さい」

「わかった。……多分そうなる」

 識が真に背を向けて勇者を追って転移する。
 威力が馬鹿らしい程に上がった拳にスーツが軋むのを、従者を見送った真は感じる。
 感知から強化に戻した界でリカバリーする。
 次いで、力を込めて迫る拳にこちらも思い切り拳をぶつけて反動を得た。
 再び両者の間に距離が出来る。
 魔術無しではこちらも決め手が無い、と思っていた所ではある。
 時間切れを待てる以上真の勝ちは動かないし、負ける事は無いだろうが。
 戦いに没入しないように意識している真としては、出来ればイオも死なせずに済ませたいと思っていた。
 敵なら殺す。
 その段階に入り込まない程度の深度で彼は今戦っている。
 だが更に相手が増えるとなると話は別だ。
 識の言葉は真にとっても有難かった。
 魔術を使えば安全域は更に広がるのだから。
 直接攻撃の威力が上がる事など、今の彼には利点でも何でもなかった。 
 スーツには姿を隠す以上のメリットが無いのだ。
 だから響を行かせた。
 識をつけておけば安心だと判断して。
 なぜならソフィアは間違いなく自分を狙ってくる。
 真には不思議な確信があった。

 忌々しげに上を見上げる真。

 瞬間。

 無数の光の剣が王都に降り注いだ。
 光と爆発。
 リミア王国の都は崩壊の時を迎えているように見えた。

今日でGWも終わりですね。

九連休で今日はお仕事という方や、飛び石連休で今日が最終日という方、カレンダー通りで最終日の学生の方。
……容赦なく働く接客業やサービス業の方。
「連休」をお過ごしの皆様に楽しんでもらえていたら嬉しいです。

あ、真無双ですか?
それは次からです。相手は、ご想像にお任せしますね。

長くしたのに今回じゃない理由は、私は上述の一番最後に属する人間だからです。多少の怨念が漏れ出ました。

感想返しの前に投稿を優先したので返信が遅れておりますがご容赦下さい。少しずつ返しますので。複数回の返信になってしまう場合も同様にお許し頂けると嬉しいです。

最後に、書籍についての続報がございます。
興味を持って頂けた方は是非、活動報告をご覧下さいませ。

長々と失礼致しました。
それでは。

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