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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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魔人の参戦④

 あれが本当に先輩なのか。
 確認したい気持ちはあるけど、それは後だ。
 普段の僕なら、もしあれが本当の先輩なら、手を振って声をかけていてもおかしくない状況での再会。
 海外旅行中に偶然知人と会うようなものだし。
 それでも比較的落ち着いて自分の中で整理出来たのには、この場の空気が影響していた。
 改めて降りた場所を見る。

 多分、王様がいる謁見の間か何か。
 らしい広さで、他より高くしてある場所に玉座らしきものの残骸もある。
 相当激しい戦闘中だったのか至る所に損傷があって、大体の人達が負傷していた。
 見た目まともなのは、勇者パーティの小さい子と……風格のある巨人くらいか。
 女神は相変わらず戦場ど真ん中に落としてくれたみたいだ。

「若様、勇者は恐らくあれでしょう。まずは彼女の保護から始めますか?」

 小さな声で識が尋ねてくる。
 ……参ったな、ライドウと呼ばれても若と呼ばれても正体を推測されそうだ。
 かと言って“あの人”がいる以上、真もまずい。
 名前を増やす?
 面倒にも程があるな。
 しかもこんな白い人状態で名乗る名前なんて金輪際使う機会もなさそうだから別に良いか。

「識、僕に話す時は名前を呼ばず用件だけでいいよ。何を名乗っても正体がバレるかもしれないから」

「確かに。了解致しました。……では、今だけはマスターとでもお呼びしましょう。私の事は……ラルヴァと呼んで下さいませ。識ではこれもバレかねませんからな」

「ラルヴァってロナが知ってたけど大丈夫?」

「あやつは私が本当に若様にお仕えしているとは思っておりませんから。ならばその誤解を利用しようかと思います。あの手の輩には想像し得ない遠い嘘よりもこちらの方が通用しやすいですから」

「任せる。取り敢えず共通語が本当に使えるかどうかを試しておきたいから僕が前に出て勇者の所にいくよ。魔将も……まあ見た感じ大丈夫そうだから」

「……そうですか。わかりました」

「多分、識には後で物凄く動いてもらうから。今は待っておいて」

「お心遣い感謝します」

 まだ頭が少し重いんだ。
 これで共通語が話せてなかったら、と思うとやりきれない。
 残念そうに僅かに俯いた骸骨に、後で出番があると暗に伝える。
 実際、そうなりそうな雰囲気だったから。
 この恥ずかしい格好だと魔力が内にこもるから、界で隠蔽する必要はない。
 だから久々に感知と周辺把握に界を使える。
 特撮のフルコスプレである事を除けば、日常生活に最も向いている装備ではある。
 除けないその一点が驚異的なまでに日常に溶け込めないから意味はないんだけどさ。

「っ!」

「……」

 勇者と巨人が十メートル程を挟んで対峙している場所に向けて歩き出す。
 僕らが動いた事で彼らの間に緊張が走り、互いに、じゃなくてどちらも僕らを凝視した。
 彼らまでの距離は五十メートル弱。
 勿論彼らの動きには注意した上で。
 感知の界で精細さを欠かないレベルを保ちながら、界の領域を広げていく。
 城から街へ、複数箇所で戦闘が行われているのを脳裏にながら、地形まで把握していく。
 大分いけるな。
 魔族の部隊構成はやっぱり亜人と魔物、それに魔族だ。
 特に偏りは無いけど、魔物は少なめかな。
 かなりしっかりした武装の、まさに軍人って感じ。
 それに、戦闘箇所がわかりやすいな。
 侵入箇所から一直線に城を目指しているように見える。
 進入路を確保する為か城を頂点にした細長い二等辺三角形のエリアに戦闘が集中している。
 近場の情報は大体わかった。
 精度を落として範囲を拡大する。
 個々の種族まではわからなくなるものの、王都の外壁部分までいけた。
 そうか……魔族は壁をぶち抜いたのか。
 凄い攻城兵器か魔術があるみたいだ。
 そこが三角形の底辺になるエリアになっている。
 魔族側の数は、奇襲作戦だからなんだろうけど数千といった所。
 対して王都の守りは数だけなら万はいる。
 ただこれは平原に陣形を敷いての戦いじゃないから、十倍も二十倍も差が無いなら決定的な差じゃないのかもしれない。
 攻撃側が少ないのは論外だけど、既に街の中に侵入してしまっている上に魔族は比較的固まって行動しているから、分散しまくっている王国側の腹を突き破るような攻めが出来たんだろう。
 進軍コースにない至る所で火事が起きて街が炎上している所を見ると、内部にも魔族の協力者か密偵が入り込んでいたのかもな。
 ロッツガルドは内部から事件が起きたんだし。

「リミアは一旦王都を捨てるつもりみたいだね。外から部隊が集まっているから王都を包囲する気なのか」

「……頭の固いリミア王国にしては柔軟な。勇者の影響でしょうか」

 変わらず向こうに聞こえない小声で識に話す。
 もう人がどの辺りに集まっているか程度しか把握できない位精度を落として一気に界を広げてみた。
 周辺の幾つかの街から人の塊が王都を目指しているのがわかった。
 王都からは逆に出ようとしている人の流れを感じたから、包囲を狙っているんだろうか、と思ったんだ。
 識は若干驚いた様子だったけど、全身から戦いたいオーラが出ているのがわかる。
 初見の心の弱い人なら気絶しそうな威圧感があった。
 それにこの姿だと発言する度に彼の暗くて赤い光の瞳が明滅するから迫力も倍増だ。
 表情を悟られないのを良い事に、僕は苦笑しながら前に向き直った。

「何者かは知らぬが、止まれ」

 巨人が僕に忠告してくる。
 姿に見合う威厳のある声。
 それにやっぱりでかい。
 指だけでも僕の腕くらいありそうな大きさ。
 でも、止まりはしない。
 ここじゃあ勇者を保護出来ないから。

「……」

 勇者の方は未だに黙っている。
 声が聞ければ、先輩かどうかわかるんだけど。
 もし先輩だと少し勇者に優しいプランに変更しないとな。
 幾らなんでも先輩相手に酷い事はなあ。
 僕が無反応で歩を進めるのを見た巨人が視線を周囲に送った。
 まだ伏せられたままだった、隠れていた兵が左右の柱から出現して僕らに突進してきた。
 警告を無視したら即排除。
 流石だ。
 勇者から息を呑むような驚きが伝わってくる。
 彼女は知らなかったのか。
 僕にすれば既に界で存在はわかっていた相手だ。
 奇襲でもなんでも無い。
 空からと陸、左右それぞれから。
 四つの攻撃が僕らに向く。
 同時では無いけど、連携した動き。
 訓練しているのがわかる。 

「……」

 やろうと思った僕を制するように識が無言で動いた。
 手には真っ黒な杖。
 学園で使うようなものじゃない。
 術師が使う杖には絶対に必要だと言われる宝珠に当たる物が無いから、これは学園では使うなと言ってある。
 見た目は杖というか……棒に近い印象だろうね。
 僕もこのスーツで動くのは慣れていないんだけど、仕方無い。
 譲ろう。

「ようやく、戦いでお役に立てる。礼を言うぞ、雑魚ども。苦しまずに逝け」

 冷たい声。
 言い放つと同時に識が杖の石突いしづきで床を軽く打つ。
 この発動、好きだよな識って。
 直後、空から迫ってきていた羽アリの人間大サイズが二匹とも爆発する。
 そのまま識は僕から右手の黒装束の魔族の横に音も無く移動。
 飾り気の無い黒い杖から刃を出してその首を刈った。
 ……普段見せる槍状の刃じゃなく、先端から横に大きく伸びる曲がった刃で。
 大鎌か。
 見た目が骸骨だと、完全に死神だ。
 最後のは識じゃなく僕に狙いを変えたのか、剣を突きの構えで固定して突っ込んでくる。
 識、間に合うかな。
 余計な心配だった。
 顔を横に向けた僕の正面に識の背中が映る。
 こういう短距離の瞬間移動は得意なのに、どうして距離が伸びると難しいのか。
 澪とかより向いているかと始めは思ったけど長距離の転移については識は苦手だ。
 さて、最後は。
 むくろの手で頭を鷲掴みにされて持ち上げられる黒い肌の……エルフっぽい人。
 頭巾があったからよくわからなかったな。
 ダークエルフって奴かな、これが。
 彼女の持っていた剣は識の胸骨辺りに当たって折れていた。
 用を為さなくなった剣を未だに持つ姿は悲惨だ。

「ぐ……」

 それが彼女の最後の言葉。
 命を形成する大事な部分を識に吸われて、瞬時に白骨化して死んだ。
 間違いなく全滅だね。
 僕は一つ頷いて無言のまま歩みを再開させる。
 識も軽く埃を払って後に従う。
 勇者側と魔族側。
 その間に到着。

「敵と見て……構わぬな?」

 巨人の言葉。
 聞いているようで、既に敵意が満ちている。

「……味方なの?」

 勇者の言葉。
 ……やっぱり、先輩か。
 聞き覚えのある声に、僕は小さく嘆息する。
 なんで貴女がこんな所に来ているんですか。
 何不自由なく。
 一生ほぼ安泰だっただろう貴女が。
 澪が妙に凝ったおかげで、僕の声は変わっている。
 この姿もあって余程は気付かれる事は無いだろうけど、何で異世界に来たのか、なんて聞けば怪しまれはするだろう。
 今の僕は謎の人物であり、どこの誰とも知れないのがメリットでもあるんだ。
 それを捨ててまで今聞くことじゃない。
 気にはなったけど言葉にはしなかった。

「女神との約定により、勇者を保護する。また、魔族は即時ステラ砦を放棄して避難しろ。そちらの念話技術ならこの距離でも連絡はつく筈だ」

「やはり、敵か。 その姿まるで見た事が無いが、古代の装備か、それとも無機質な声から見てゴーレムの類か。女神にもまだ駒はあると見えるな」

 巨人が僕を敵とみなして構える。
 黒曜石みたいに艶のある黒い肌が柔軟に動き、武術家の構えを取った。
 彼のスタイルは格闘なのか。
 武器は四つの腕に装備した手甲、いや、肩近くまで覆う特殊なそれはオーダーメイドの腕甲ガントレットとでも言った方がいいかもしれない。

「誤解だ、巨人。こちらに魔族との交戦意思は無い。そちらがここから退き、かつステラ砦を放棄するならヒューマンには追撃などはさせないと約束する」

「出来ぬな。勇者はここで仕留める。今王都で戦う部下も私もその為にこの場にいる。無条件でステラを捨てる理由も無い」

「オーク達ですら略奪を行わず女を犯したりもしない。実力はともかく、これだけ優れた訓練を施した部隊を失うのは魔族にとって大きな損害ではないのか?」

「敵に褒められるのも妙なものだが、一応礼を言おう。だが、部隊を失う事と戦略レベルでの目標を放棄する事では、まるでレベルが違う。貴様の言った二つの条件は我らにとって到底のめるものではない」

 構えない僕に対して彼は仕掛けてこない。
 武人の意地と言うよりは、多分僕を見定めているだけだろう。
 この人は武人であり、軍人でもある。
 そして今の彼はどちらか。
 何故か、直感で判断できた。

「残念だ。魔族の軍は亜人や魔物も差別なく組み込んでいる。正直、ヒューマンの思考より相当進んだものと思っているんだけどね。規律ある軍隊を持ち、尊敬に値するとも」

「……私も残念だ。その様に考えてくれる者が女神の尖兵である事がな。例えどれだけの種族を内包しようと、我らは言わば魔王様の剣。王が振るう剣には威厳と畏怖が宿らなくてはならん。鍛えるのは当然の事。低俗な振舞いは剣を汚し、王と国の価値を下げるだけだ」

 まだまだ戦闘を継続するに十分な余力があるから、か。
 巨人にはもう、話す気も無いように見えた。

「ただ一振ひとふりで終わろうと?」

「そうだ。我が王は、我らの行い全てを背負うと仰る。ならば我らは皆、一振りで欠片に砕けようとも……必ず敵を討つ。そうでなければ信頼に応えられまい。貴様の提案は却下だ。どけ、勇者を庇わぬなら貴様は討たぬ。そこまで考えられるなら、女神の統治する世界の闇にも気付いている筈だ」

「料金は先払いでもらっている。悪役だとは思うが、ここは勇者につくよ。信頼など欠片も無い相手との約束でも、僕自身が破りたくないから」

「残念だ。ならば貴様もろともに勇者を討とう。我が名はイオ。魔将イオだ」

「……」

「名乗らぬか。ふっ、しかし響を仕留めようとすると二度までも白い奴が邪魔をする。これも勇者の天運というものか」

 やっぱり、先輩で確定か。
 帝国の勇者も、名前は覚えていないけど日本人っぽい名前だったし、日本は異世界で大人気だね。
 挨拶代わりのつもりか、イオの拳が突き出される。
 下半身に僅かに力を入れて左手でそれを止めた。

「止めた!?」

 先輩の驚いた声が背後からする。
 体格を考えたら確かに、異常だよね。

「リミアの勇者さん。仲間と一緒に脇に。ラルヴァ、連れていって」

「言っている事から味方でも無いような口ぶりだけど。今は信じていいのね?」

「勿論。貴女には指一本触れさせません。ラルヴァ」

「はっ」

「イオは桁外れに強いわよ。間違っても力の勝負なんてしない事。技で及ばなかった敗者からの助言」

「参考にしましょう」

 多分、力で勝負すると思うけどね。
 僕は巨人のもう一撃を右手で止める。

「その身体でよくも! だが!」

「なるほど、腕が足りない」

「そういう、ことだっ!!」

 鈍く遠い衝撃が脇腹に伝わる。
 次いで太い腕の間をかいくぐるように顎にも。
 器用だな。
 でも、足りない。
 威力がね。

「なっ!?」

「判断が早い。でもね」

 攻撃が思った威力を発揮できていない事に気付いたイオが即座に飛び退く。
 合わせるように彼を追う。
 焦っているイオになら一発くらいは当たるかも。

「背をっ……ぐっうう!?」

 懐に入り込んで彼に背を向ける。
 そのままくるっと回って裏拳を一発。
 四つの腕でがっちりガードされてしまった。
 でもある程度ダメージはありそうだな。

「……竜殺しの裏拳だ」

「冗談にも聞こえぬ所が怖いな。まさか貴様までローズサインと言う訳でもなかろうが……響よりも楽しめるかもしれんな」

 半分は本気だよ。
 ガードを解いたイオが荒ぶりながらも冷たい理性を窺わせる目で僕を見る。
 さて、攻撃力強化、防御力低下のこの状態が吉と出るか凶と出るか。
 戦場にいると意識はしているのに、考えがシンプルに、でも冷静なままでいられる。
 不思議だな。
 気のもちようだけでこうも違うのか。
 ヘタをすれば学園で講義をしているよりもリラックスした気持ちだ。
 再び機を伺うイオを正面に置いて。
 僕の、リミア王都での戦いが始まった。
サプライズ。
になったでしょうか。
……GWですね。

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