108/187
魔人の参戦③
突然始まった魔族による王都への侵攻。
王国の勇者、音無響は強い焦りと不安を抱きながら、それでも気丈に振舞っていた。
リミアの王都は魔族の侵攻に対して、勢力の境に近い不利な位置にあり響は何度か王都、もしくはその機能を別の場所に移転する案を出していた。
しかし、貴族からの反発や歴史的な問題からそれらは聞き届けられる事なく、結局この日を迎えてしまった。
先のステラ砦攻略戦の際に、危うく王都が戦火に巻き込まれる可能性もあったというのに、その反省を活かせない事への苛立ちも彼女にはある。
(戦争をしているのよ? 負けてしまったら、この街を城を焼かれてしまったなら。歴史なんてもの自体が意味を失うかもしれないって言うのに)
響が戦争をよく知っているかと言えば、それは違う。
彼女はあくまでも平和な日本から勇者として召喚されたに過ぎず、戦争の経験ならこの世界の軍人や貴族の方が上だ。
だが、これほどの苦戦を強いられてなお。
魔族を下に見る風潮は依然として存在し。
特に有力な貴族や国の上層部に位置する者ほど、魔族の脅威にどこか楽観的だった。
根拠の無い、魔族をただ下等な種族とみた楽観。
それが響にはもどかしい。
王や一部の貴族を中心に魔族の脅威や、これまでの楽観的な思考への批判は芽生えつつあるものの、まだそれは国を変えるに至ってはいない。
いくら響にとって望ましい方向に国の考えが向かいつつあっても、間に合わなければ何の意味もなかった。
「響! 城門に取り付かれた! 奴ら、あの数で本気で城を落とす気でいるぞ!」
パーティの仲間である騎士、ベルダが伝えてきた一言は事態のさらなる悪化を意味した。
今、この王都には絶対的な命令を下せる王がいない。
学園都市ロッツガルドの行事に参加している為だった。
一年に一度の学園祭。
本来なら、ステラ砦を再度攻めようと前線に部隊を送っているこの時に、王自らが出向く程のものではない。
例年でも王が行く事など滅多になかった。
しかし、今年はグリトニア帝国から実質かの国の勇者に最も影響力があると思われる皇女リリがこの学園祭に参加すると情報があった。
ともに魔族相手に前線を構築する同盟国でありながら、同時に王国と帝国はライバルでもある。
その相手が取った例年に無い行動を看過出来ず、王が向かう事になった。
響が行っても良かったのだが、ステラを攻める直接の戦力でもある彼女が向かう必要は無いと判断された。
それにステラ砦へは、こちらが攻める側。
堅い守りを敷いている魔族に、ヒューマンが砦の奪還を狙って攻撃を仕掛けるのだ。
攻撃のタイミングはヒューマン、つまり王国と帝国で決められると思われていた。
だからこそ、学園祭が終わってから攻める事にすれば問題は無いとされてしまった。
(その結果がコレ。魔族からの侵攻。私も全く予想してなかったけど、経緯が最悪よ。ヒューマン同士で足を引っ張り合って隙を見せた挙句に、なんだから)
魔族はリミア王国軍が前線に配置した部隊を、どういう手段を使ってかすり抜けて突然星湖の畔に現れた。
とんでもない事だ。
星湖は王都からそんなに離れていない場所にある、魔人と呼ばれる謎の存在によって最近作られた湖だ。
ヒューマンと魔族、多くの兵を無慈悲に巻き込んだ事件だったが、これによってその時の王都への奇襲は未然に防がれた。
手痛い教訓を思い出させてくれる存在でもある。
星湖から王都までの行軍は速度次第では数時間。
歩兵が中心ならもっとかかるし、本来なら防衛部隊だってすぐに対応する。
しかし、近い。
至近距離と言ってもよい。
こんな奇襲が国境近くの街ではなく、王都に対して成立してしまう事に響は驚愕した。
今の王国に少なくとも軍としての緩さは考えられない。
数日以内にステラ砦に攻撃を仕掛ける、つまり臨戦態勢に近い状態にあった。
警戒も相当力を入れていた筈だった。
それなのに、あっさりと部隊の侵攻を許してしまった。
以前念話の技術の高さにも驚かされたが、今回の一件を見ても魔族の技術はヒューマンを大きく上回っているのではないかと響は思う。
実際、念話も改良を行うように指示がなされたが未だに目に見える効果は上がっていない。
(数や個体の地力で勝るとはいえ、本当にこれだけ技術に差があったら……)
「冒険者部隊が退路を確保してくれています。響様、ベルダ殿、それにチヤ。早くそちらへ」
響の思考が厳しい戦局に向こうとした時。
ベルダとは違う男性の声が響の耳に届く。
ウーディ。
宮廷魔術師で、リミアに存在する魔術師で彼以上の実力者はいない。
実力でも知識でも、また研究者としてもその名を世界に知られる存在だ。
「退く? 退けるの、この状況で?」
「響様、どうかご理解を。敵の動きがあまりにも早い。ここは一度王都を退き、周辺都市とステラに向かわせた軍を集結させた後、改めて王都を包囲、奪還するのが最良と考えます」
「……へえ、ウーディ。歴史ある王都を魔族に一時とは言え明け渡すの?」
「……響様、皮肉はおやめ下さい。今ここに王はおらず、歴史と伝統を叫ぶ馬鹿どもは既に逃亡。この城で今一番発言力を持つのは我々です。この際、結果を持って奴らを黙らせれば良いかと。この場での防衛戦は最早無謀です」
「だから王都を、せめて機能だけでもホープレイズ領辺りに移すべきだって言ったのに。大貴族に利する行為でさえ足の引っ張り合いがあるんだもの。たまらないわ」
「イルムガンド殿辺りは、かなり乗り気だったのですが」
「イルム君か。彼がいる学園都市でも何か起きてるのよね……。この事態は王様に伝わっているらしいけど情報が遅くて嫌になるわ、こういう時は念話の不便さを感じるわね。携帯って凄かったのね」
「携帯電話、でしたか。響様の国ほどに技術が発達していないのでそればかりは。皆が無事である事を祈るほかありませんな。」
学園都市と王国の間の情報共有はかなり不足していると言えた。
携帯電話があれば、と響がぼやくのも彼女の感覚では無理も無い事だった。
我々、と発言した魔術師の言葉に響は考える。
彼らはまだバレていないつもりでいるが、響はベルダがこの国の王子である事を既に知っている。
元より隠しきれるような事でも無いのだから当然だ。
だが彼女は特に言及はしていない。
ベルダは優秀な仲間だったし、何よりも彼の同行で自分達の裁量が増えているのもわかったからだ。
追求することにメリットが無いと容易く判断できた。
「そうね、ごめんなさい。で、ウーディ。勝算は?」
「十分に。奴らは奇襲する為か、それともあの数が隠蔽出来る限界かはわかりませんが少なくとも王都を攻め落とせる数では本来ありません。加えて王都は我らの庭。隠し通路や侵入方法も熟知しています。確実に殲滅出来るかと」
「確かにな。奴ら焦るみたいに城に突っ込んできている。かわして囲む方が被害が少ないか。相手の特攻にわざわざ付き合うのも馬鹿らしい」
「そういう事ですベルダ殿。奴らも城の守りにはこれまでと同じような速度を保てない筈。こうなれば王の不在はむしろ好都合。あとは響様と我々が脱出すれば……」
「ね、ねえ」
ベルダとウーディの会話に、あの集まりでは一番年齢の低い少女が遠慮がちに言葉を挟む。
ローレル連邦の巫女、チヤだ。
響を慕い、行動を共にしている。
彼女のリミア、いや勇者パーティへの同行はリミア王国とローレル連邦の間に外交上の問題を生じさせてもいるが、巫女としての実力は高い。
響達の回復と支援、それに場合によっては攻撃の火力担当としても活躍する欠かせない存在になっている。
「チヤちゃん。どうしたの?」
響がチヤの言葉の先を促す。
「うん。私たちが逃げちゃったら、街の人はどうなるの?」
「……」
「……」
「……」
チヤの問いに即座に答える事が出来る者はいなかった。
いや、言えなかった、とするのが正解だった。
どうなるか。
逃げ遅れた者の末路は、考えるまでもなかった。
「チヤちゃん。よく聞いて」
「う、うん」
「この街も、国も。絶対に魔族には渡せない。そうしない為に、これまでも沢山の命が失われてきたの。私たちはその人達の想いを背負わなければいけないし、それから逃げてはいけない」
「……」
「この戦争に勝つ。魔族の侵攻を止めて平和を手に入れる。私たちは生きて、成し遂げないといけない。どれほど辛い事でも、耐えるの」
「……ナバールお姉ちゃんのこと?」
「……うん。それも、あるよ。だから――」
「響、まだいるか!? いたか! 良かった!」
チヤを諭す響に新たに声が掛けられる。
響が夏にツィーゲに滞在した際、彼女の考えに共感してくれ、魔族と戦うためにリミアに一緒に来てくれた高レベルの冒険者達、そのリーダーだった。
「わりい、ウーディさん。退路の確保、ちょっとまずいかもしれん。向かってた連中から連絡が途絶えちまってな。それで俺が来たんだが、まだ無事で良かった」
「……頼んでおいた住民の避難、どの位進んでいる?」
ウーディが彼に頼んだ仕事の途中経過を尋ねる。
響からの頼みを伝えただけだが、ウーディにも気になる話だった。
彼の家族もまたその中に入っているからに他ならない。
妻と子供は、と聞かないだけの自制心はあったようだ。
「難しい。いいとこ三割、そこら中で火事が起きてパニック状態だからな。それで精一杯だ。一応、何人か割いて避難の誘導をさせてはいるが、多分五割はいかねえな。そこまでいければ上等、ってとこだろう。唯一の救いは魔族の連中の練度かね」
「魔族の練度が救い? どういう事?」
響は矛盾する言葉に思えて説明する男に聞き返す。
「……ここを攻めている連中にも、オークやゴブリンって連中がいる」
男の口からオーク、ゴブリンといった名前が登場し、その口調には侮蔑が含まれていた。
当然だろう。
より高位の魔物や特殊な能力を持った亜人に使役される事もある彼らは、本能に忠実でその行動はとにかく醜悪。
魔物を殺す事に抵抗があるという者でも、オークやゴブリンなら殺せると言う位に嫌われている存在だった。
「ええ、当然でしょうね」
響も彼らの欲望に忠実な行動は目にしてきたし、数え切れない位に斬ってきた。
「だが、この王都では略奪や女が犯されたりなんて事は、俺が見てきた限りじゃあ……無い」
「無い!?」
「そうだ。あいつらですらきっちり統率されて防衛部隊や目についた住民以外は相手にせず、城を目指して突っ込んでいやがる」
「……」
「正直驚いた。避難を促す側としては幾分楽なんだが、相手をする軍としては数倍厄介だろうと思うぜ」
「なら、住民はそれなりに無事なのね?」
「いや。犯しも奪いもしないが、奴ら目についた奴は徹底的に殺しにかかっている。隠れれば助かりやすいが、見つかればいつもの奴らよりも逃げにくいだろうな」
「っ」
「とにかく。この状況を打破するなら包囲しかねえと俺も思う。一度王都の外に出るべきだな」
「でも退路は……」
「だからウーディさんにそれを聞きに来たんだ。なあ、王都から外じゃなく、城からこっそり街に出られるような道は無いか? この際、街を一気に駆け抜けた方が混乱に乗じやすい。それであんたらを逃がしたいと思うんだが」
「……なるほど、不安要素が少ない方を、か。確かに一気に抜けるなら私やチヤがいる分、王都で暴れている連中よりもこちらに分がある」
話を振られたウーディが男に答える。
連絡が途絶える事がイコール緊急事態では無い。
だが、先の戦いでの経験がある。
念話を妨害されている可能性を考慮すると、確保された退路には何らかの問題があると考えた方が良かった。
「ああ。俺らが王都を出たら防衛に回ってる連中にも念話を出して一気に散開させる。出来るだけ急ぎたい所だ」
「わかった。案内しよう。それから今戦っている部隊は徐々に下がらせてくれて良い。他の部隊には私から連絡を回す。最終的にはこの謁見の間まで下がるといい。ここは半端な事では壊れないし、強力な支援結界もある。しばらくは耐えられる筈だ」
「助かるぜ。すぐに伝える」
男とウーディが念話を始める。
響は脇目もふらずに城に突っ込んできた、高いレベルで統率された部隊の事を考えながらややナーバスになっているチヤの肩に手を置いて脱出の時を待った。
「っ、なんだ? 響、気をつけろ。何か振動を感じる」
ベルダが臨戦態勢を取って、感じた異常に備えた。
床に響く小さな振動が徐々に大きくなっている。
響もチヤを庇うように剣を抜き、ベルダとは違う方向に備えた。
「まさか、そんな」
ウーディが念話を終え、こちらの異常を察したようだ。
彼には何か思うところがあったのか、王の玉座に続く階段の中程を見つめていた。
そして。
彼が見つめたまさにその場所が轟音と共に爆散した。
幾つかの破片が響らに届くも、全て迎撃される。
もうもうと上がる煙から出てくるその影を、響は知っていた。
身が強ばるのを、彼女は感じる。
「退路を確保させてやれば、追われた者は大体そちらに縋るものだが。元よりここで迎撃するつもり、この場合はそう見るべきかな勇者響」
「イオ……ステラを空っぽにしてきたって訳?」
悪い冗談を見ているような顔で響は聞き覚えのある声に応じる。
四腕の巨体があらわになって、姿を確認した者らに緊張を与えた。
「攻撃と守備は常に変動するものだ。砦を持つ側が守って見せているからといって、攻めぬと約束している訳ではなかろう?」
「今砦を攻めれば帰る場所を失うわよ、いいのかしら?」
「はったりのつもりか? 既にこちらに戻るべく動き始めているようだが?」
圧倒的な戦況把握能力の差。
響は唇を噛む。
遠方の部隊を使ったブラフ一つかけられないのだから、彼女の苦々しい表情は当然だ。
「……それで? そんな場所からモグラみたいに出てきた意味は?」
「響様、あそこは私たちが使おうとしていた退路です」
「っ!」
ウーディの躊躇いがちな言葉。
「そのようだな。しばらく待っておったが一向に来ないのでな。こちらから来させてもらった」
「……こちらの兵がいた筈だけど?」
「ああ、いたな」
「彼らは?」
「聞くか、それを?」
呆れたような魔将の言葉。
「イオ、お前はまた……私の仲間をっ」
「それは、流石に了見違いと言うものだろう勇者よ。彼らは元はツィーゲにいた冒険者ではないか。彼らをこの戦いに巻き込んだのは他でも無い、お前だ。そこにいる男も、確かツィーゲの冒険者だな。辺境を探索している分には、我らもさして気にしなかったものを」
イオの言葉は正しい。
響が連れてこなければツィーゲの冒険者がここで死ぬ事は無かっただろう。
殺したイオが言える言葉でも無いのも確かだが。
「ほお、魔将ともあろう者がツィーゲの冒険者には随分と寛容なんだな?」
目を向けられた男が額から汗を流しながら大げさな身振りを添えてイオに応じる。
目を合わせて対峙した瞬間、彼には実力差がわかってしまっていた。
遠目に見かけたら全力で逃げなくてはいけないクラス。
彼が冒険者として動くなら逃げる以外の選択肢はない。
魔将イオはそのレベルの存在だった。
「……ツィーゲの冒険者は過酷な荒野に赴く者。お前達と彼の地のベースに拠点を置く冒険者達には我が王も敬意を持っておる。剣を向けぬ限りは手を出さぬよ」
「そりゃあ……どうも」
「お前達の中には魔族や亜人、魔物に偏見を抱かぬ者もいる。それは我々にとっては評価に値する事だ。リミアなどに来なければ、死ぬ事も無かっただろうに。残念だ」
「お前さんが来た方向にゃあ、それなりの奴らがいたんだがな?」
「強かったぞ。何より連携を前提とした戦いが見事だった。冬の間、部下に教える事が増えた。戦闘中ゆえに彼らを弔う事は出来んが、感謝している」
手に負えない。
男は結論を出した。
これが魔将かと感心するばかりだった。
とんでもない実力に余裕。
なのに隙が見えない。
会話の中にも動く切っ掛けを与えてもらえなかった。
「響、こりゃあ分が悪い。ここが支援結界の中でも、こいつとまともに勝負しちゃいけねえ」
「おっと、それは困る。響よ、お前にはここで私と戦い、死んでもらう。支援結界ごときは地の利と思ってくれてやる」
その身を黒く染めるイオ。
かつてのステラ砦で剣士ナバールを失った経験が響の中に蘇る。
苦く、重い記憶だ。
同時に怒りも湧き上がってくるが、流されず静かに息を吐いた。
「……悪いわね。ここで貴方とやる気は無いわ」
「だが選択肢は無い。お前がここから逃げると言うのなら、私としても決死の覚悟でここに来た部下を抑えきれない。お前達が後にここを包囲した時、生きた住民は一人もいないであろうな。殺し尽くした後は、包囲などされるなら逃げた者らも追わねばならん」
「汚いわね、流石は魔族。卑怯なんて言葉は知らないか」
精一杯の挑発。
イオという男にそれが通用するかは別にして、口にせずにはいられなかった。
「勿論、恥ずべき事として知っている……武人としてはな。が、今の私は魔族を率いる将。軍人としてここにいる」
「民間人を殺すのが軍人!?」
「これは国同士の戦争では無い。種族と種族の戦争だ。その終わりはどちらかの滅亡か未来なき隷従。お前も薄々感じてはいる筈だろう? それとも、お前達は魔物の集落を潰す時に相手が兵か民かを気にするのか?」
「……」
「こちらも必死だ。さ、どうする? 私に追われながらそれでも逃げるか。ここで私を討つ僅かな可能性に賭けるか。好きに決めろ。無論、私は勝手に始めさせてもらう!」
黒き身体が響達に迫る。
その四つの腕には意匠を凝らした手甲が装着されていた。
響は決断を迫られている。
◇◆◇◆◇◆◇◆
澪は膝をついていた。
彼女が対するは下半身が蛇の様にうねる魔将レフト。
澪が身につけていた着物は大きく損傷し、肌が顕になっている。
しかし、当の澪の表情に焦りや怒りは無い。
唇を舐めた彼女は立ち上がる。
その顔には喜びが浮かんでいた。
「わからん。お前の攻撃はもう私には効かないと言うのに。わが“反射”の前にまだ何か手があるとでも言うのか?」
「ありませんわね。始めは良い様にやられていて、図体だけの雑魚かと失望もしましたが。私の攻撃を分析していたとは驚きです。褒めてあげましょう」
「……理解できぬ。お前には撃つか斬るか殴るしか攻撃の手が無い。何故全てを封じられてもまだ立ち上がる。その回復能力も明らかに常軌を逸している」
レフトは澪の攻撃をその身をもって時間をかけて分析した。
彼女が使う数種の攻撃全てを把握し、対応し、彼特有の能力である反射の枠におさめた。
次に澪自身を見定めようとしているが、澪はどうにも彼には理解出来ない行動をしていた。
ただ反射される攻撃を繰り返すばかり。
まるで子供が癇癪を起こしたかのようにも見えるが、彼女には焦り一つ見えない。
とうとう、レフトは澪に言葉を投げかけた。
異様な行動の、理由を知りたかった。
「仕方ありませんわ。だってリボルバーもワルサーも銃ですし、それに斬れそうな物といえばやはり蒟蒻以外は無双の切れ味のアレしかありませんもの。あとは素手しかありません」
「……何を言っているのかまるでわからん」
「弾数も六と八ですから合わせても十四でしょう、剣は無制限と言えば無制限ですけれど……」
澪は指折り何かを数える。
「それはお前が諦めない理由に関係があるのか?」
「あら、ワルサーはもう一発いけるんでしたっけ?」
「理解しようとするのが、間違いだったようだな。もういい。死ぬまで続けてやろう」
「ん、確かもう一発はいけた気がしますわ。今回は撃ちましょう」
澪は左手の人差し指と中指をレフトに向ける。
「またそれか。闇属性にしては結構な威力だが、もう私には……」
闇の弾が螺旋状の回転と共に彼女の手から撃ち出されレフトに命中する。
確かに命中した。
だが、その瞬間吹っ飛ばされたのは澪の方だった。
レフトの左胸に当たった筈の攻撃は、何故か澪の胸に穴を開けていた。
「……何度やっても面白いです。私には到底真似出来ない感じですわ。凄く複雑な計算をこなしているのが弱点ですけど」
何事もなく立ち上がる澪。
胸に開いた穴はあっという間に塞がってしまった。
レフトの目がまた何度目かの驚きに大きく開かれる。
否、今回は彼女の言葉にも反応しているようだった。
「見抜くか。しかし何という再生速度。お前、間違いなくヒューマンではないな。しかし、ならば何故魔王様に反逆するのか」
「全部撃ったし、これでリロードすれば元通りですね、さあ、次の十五発と斬撃。反射しきれますか?」
「無駄だ。何度やっても――」
「私はこれしかしませんわ。貴方への敬意を表してこれ以外はしません。何度やっても、と貴方は言いましたけど。……何度でも、ですわ。この勝負、そのように貴方が優越に浸るような代物じゃない事にまだ気付きません?」
澪はくすりと笑う。
彼女にはもっと多彩な戦闘方法がある。
だが、レフトが対応した三種類の攻撃。
澪が夏に得た最もわかりやすい形の力とも言える。
真に聞いた銃の概念から生み出した二つの名銃の名をつけた闇の銃弾。
そして最初に身につけた斬撃を放つ術。
澪が好んだ、真の記憶にあったとあるアニメから発想を得たものだ。
彼女は彼女なりのルールを作ってこれらの術を用いる事を楽しんでいた。
もしもケリュネオンでの戦況がもっと悪かったなら澪は手段を問わずにレフトを殺しただろう。
しかしケリュネオンの戦況は圧倒的だった。
亜空の百は魔族の二千を容易く上回った。
周辺から少しずつ集まる加勢も次々に蹴散らされている。
ならば澪は、この不思議な芸術とも言える戦法を少しでも見定めてやろうと思っていた。
そう。
レフトは澪を見定めているようで、実のところは澪に見定められていた。
そして澪は諦めずに立ち上がっているのではない。
レフトこそ、後が無いのだ。
「なんだと?」
「貴方はその芸術的な反射を続けなさい。もし続けられなくなったその時が、敗北の時。外はもう決しましたし、ね」
「馬鹿な、こんな短時間で我らが負けるなど……デタラメを」
「その様子を見る事も、貴方には出来ない。では、いきますわよ?」
「くっ……ならばお前だけでも! お前とて無限に再生する訳ではあるまい! 何十でも何百でも返してみせる!」
「受けを止めたら、そこで死にますよ? 頑張りなさい、後数千回耐えればお前にも勝ち目はありますから」
闇の銃弾と斬撃が幾分広くなった空間に走り、その度に澪の体に穴が開き、壁に打ちつけられる。
なのに攻撃は止まない。
奇妙な光景の中、戦いは続く。
「やれやれ。しかし澪が戦いを楽しむとは珍しいのう。あの反射をモノにする気でいるのか? 儂の方はまったく歯応えが無い雑魚ばかりじゃったし……」
澪の様子を覗き見た巴が丘の頂で肩をすくめる。
ハイランドオークとミスティオリザードの部隊は容赦なく敵を蹂躙しつくした。
おかげで巴には特にやる事が残っていない。
澪の戦いに加わる手もあるが、彼女の様子を見る限り必要が無いどころか後で恨まれかねないと巴は思った。
「ふむ……若の方に行くのも良いが……この際じゃ。雑用もしておくか。適当に国境辺りを割っておけば、後の面倒も少なかろう。橋を架ける程度はさした手間でも無いからこことわかりやすい境があった方が良い。うむ、そうしよう」
巴の姿が丘から消える。
彼女が消えた後のその場には。
累々と屍が積み重なっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「姿を隠せる物、ですか」
「そう。だってこの姿のままリミアに行っちゃったら、商人のライドウだってすぐにわかっちゃうだろう?」
「確かに」
「そうしたらロッツガルドで折角巴や皆が頑張ってくれたのが全部パーになるかもしれない。あの女神がその辺りを考慮してくれる訳も無いし」
「事がこうなってしまった以上、難しいとは思いますが」
「識はさ、契約前の姿を纏えばいいでしょ。前にやってたし。巴や澪は出来ないって言ってたのに、識は器用だよね」
「……ええ、そうですな。私はそれでいけますが、若様は」
王都に突っ込んだ闇の塊。
その中で僕は識と相談していた。
姿を隠せる物について。
仮面は持ってきてないし、素顔だとまずいし。
でも早く出ないとこれまた状況がわからないし、と。
女神が準備時間もロクにくれなかった所為で大いに困っている。
「何かないかな?」
「どんなものでも、と仰るなら一応あるにはありますが」
「この際、何でも良いよ」
「では、これを」
「っ!? 何で識がこれを持ってる!?」
「流石に捨てるのはしのびないと思いまして、若様が投げ捨てた時に拾っておきました」
「余計な……いや、今となってはファインプレー?」
「悪いものではありませんしね」
識が手渡してきたのは長細い筒状の物。
サイズは手のひらに収まるくらい。
澪が以前僕に嬉々として渡してきた……変身アイテムだ。
そう、変身アイテム。
一瞬で全身フル装備で特撮ヒーローになれる狂ったアイテム。
日本で売り出せば大人気かも。
僕とは能力的な相性も良くなくて、結局使ってなかったんだけど……。
というか、亜空で言われるがままにスイッチを押した後で怒り半分羞恥半分で思いっきり投げ捨てた。
まさか識が拾っていたなんてなあ。
……使うしかないか。
勇者がいるとなると、恥ずかしさも倍増だけど。
正体がバレるよりはおおいにマシだ。
覚悟を決めてスイッチを押す。
「若様、壁が解けます。ご用意は」
「おっけー。あれ、色が……」
「以前は青でしたのに、今回は白ですな。能力はあまり変わっていないようですが」
「白って、白って……」
白って何か、青だった時よりも恥ずかしい。
能力は変わらないって事は、僕にとっては防御力ダウンに攻撃力アップ、か。
逆なら嬉しかったんだけどなあ。
大体変身して防御力ダウンとか誰得なんだか。
まもなく識の言葉の通り、黒い壁に大きくヒビが入り砕けた。
「行こうか」
「はい、若様。御身は私が全力でお守り致します!」
凄いやる気になっている識を横目に僕は一歩前に出る。
識だけじゃなくて、僕も今回は戦う気でここにいるけどね。
そういう意味では僕の初めての戦場になるのかもしれない。
僕こと白い特撮野郎と黒地に金の刺繍で文様を描かれたローブをまとった骸骨が戦場であろう場所に出た。
僕が戦場にいて何が出てくるか見ていたなら多分目が点になるな。
うん、間違いない。
「……」
案の定。
何人かいた人達は漏れなく言葉を失って僕らを凝視していた。
四つの腕の巨人族らしい人が一番警戒心をこちらに向けている。
ん、あれって魔族の軍の人か?
周囲にも魔族関係者らしい人が何人かいた。
それにヒューマンが数人だけ、かなりまずそうな状況で戦っているみたいだ。
……。
うーん。
こうやって見ているだけでも、魔族の方に肩入れしたくなるよ。
魔王様って言うのは、随分と人望があって理解もある人なんだな。
未だ会ってない魔族の王に僕は密かに敬意を抱いた。
いわゆるケンタウロスと言うべき半人半馬の亜人、ミノタウロスと言うべき半人半牛の亜人。
それに魔族に、四腕の巨人。
多分あの巨人がボスなんだよな。
つまり、魔族は亜人や魔物の混成部隊で構成されていて、その将を魔族じゃなくて巨人、つまり亜人か魔物に分類される人がやっている。
魔族もまた亜人の一種とは言っても、これはスゴイよね。
ヒューマンの軍では亜人なんて使い捨ての尖兵にしか扱われていないって言うのにさ。
考え方も随分進んでいるんだと思った。
僕が約束を果たす以上、勇者の味方をせざるを得ないけど、はぁ……。
「勇者は……あそこか」
位置関係から多分勇者だろう人に見当をつける。
……。
すっごい格好だな。
露出半端無い。
過激なコスプレ見てるみたいだ。
ん?
……え?
「まさか、嘘だろ?」
「若様?」
「音無会長? 先輩、なのか?」
こちらを見る負傷した女性。
多分勇者であろうその人。
こちらでもそうそうは見ない過激な格好で剣を握るその姿は……。
いや、そっくりと言っても彼女が勇者なら僕と同じ世界の出身な訳で。
月読様も言っていた、一人はかなり近いところでって……。
元の世界にいた時の高校の先輩で、地元の有名人。
関わりといえば部の予算の件で数度話しただけの……生徒会長その人に見えた。
先輩が……勇者?
思わず小さく彼女の名前を呟く僕は、そこが戦場である事を忘れてじっとその姿を見つめてしまった。
5/2に本編書籍化に伴い、該当部分をダイジェストに差し替え致しました。
よろしければそちらもご覧下さいませ。
真も出せましたので恐らくこれで本来の長さに戻して投稿していけると思います。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。