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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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魔人の参戦②

「ふふ、あれか。勇ましいわねえ、帝国の勇者様は」

「派手な攻撃だが、威力も十分にある。夜の間は相当強いと言うのはどうやら情報通りか。ソフィア、侮るなよ」

「御剣、侮る訳が無いでしょう? 魔人を殺す予行演習だと思って、手加減なしでやらせてもらうわよ。相応しければ、だけど」

「魔人か、確かにな。この雰囲気、奴まで出てきても不思議はない。今のお前なら後れをとる事はなかろうが、強敵には違いない」

「そういう事。じゃあ、やるわよ!」

 ソフィアは腰の剣を抜く。
 それは彼女が真と戦った時とは違う剣だった。
 色合いや材質といった刀身の特徴などに共通する点もあるにはあったが、大剣サイズだった大きさは片手剣、それも細身と言っていいサイズになっている。
 当然、ソフィアも片手で剣を握っていた。
 その目は、遠く飛竜に乗って戦場を駆ける勇者とそのパーティの姿を既に捉えている。

「やれやれ」

 少年の姿をした上位竜、ランサーは指を鳴らす。
 彼の何気ない仕草に呼応して、光る剣が幾つも空に出現した。
 勇者の周りにも出ていて、飛竜の動きが鈍る。
 遠く、とは言ってもソフィアからすればこの程度の距離は無いも同じだと言う事を示していた。
 ソフィアの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
 何も手にしていない左手でランサーを持ち上げると、二人の姿がその場から消える。

「あら、あの子私に気付いたわよ?」

「……恐らく何か索敵の道具を持っているのだろうさ。古代の道具には優れた感知の力を持つ物があるとも聞く。それよりも、我は仮にも相棒だぞ。猫をつまむ様に運ぶのはやめろ」

 飛竜のやや前方、ただし地上に現れた竜殺しコンビは帝国の勇者に存在を知られた事に驚く。
 まばらとは言え、部隊が戦闘を繰り広げている場所だ。
 不意に現れた人物にすぐ気付くのは並大抵の事ではない。
 まだそれなりの距離がある中、勇者の様子に気付ける二人もまた異常な存在だったが、彼女らは気にした風もない。
 飛竜の周囲にあった光剣の数が一気に増加する。
 言うまでもなく、足止めの為だ。
 戸惑いが帝国の勇者、岩橋智樹達に見えた一瞬をソフィアは見逃さない。
 どの程度の威力で、誰が仕掛けてきたものかはっきりしない術に、これまで発揮してきた彼らの機動力が一時的に死んでしまっていた。

 トンッ。

「こんばんは、帝国の勇者様」

「!? 誰だ!」

 飛竜の背に降りたソフィア。
 光剣との位置入れ替えによる移動だが、彼女の能力を知らない智樹からすれば、突如上空から人が降ってきたようにしか見えなかっただろう。
 智樹は全身を武装で固めており、彼本人の機動力はともかく、高い防御力は間違いないと思われる格好だった。

「ソフィアよ。竜殺しのソフィア。話位には聞いた事が無い?」

「竜殺し……。竜殺しだと! あのソフィアか!?」

「嬉しいわ、勇者様に名前を知っていてもらえるなんて。貴方は帝国の勇者、トモキ=イワハシね」

「あ、ああ。突然何の用だ? 帝国の危機と聞いて俺を助けに来てくれたのか?」

「この程度、帝国には危機でも何でもないでしょう?」

 智樹の言葉をソフィアは笑い飛ばしてから、逆に彼に尋ねた。

「まあ、リリがいないとは言っても、俺がいるからな。帝国はこの程度の魔族の攻撃じゃあやられねえよ」

「勇ましい事。これは期待できそうかな」

「だが、なら何の用で今帝都に来た? あんたはそこら中を放浪していて、会おうと思っても中々会えないって事だったが」

 竜殺しソフィアは名前こそ知られているものの、あまりギルドにも顔を出さず、彼女に会いたいと思っても中々会えない事が多かった。
 それどころか、ギルドからの招集にも非協力的で、冒険者ギルドとの関係も上手くいってないのでは、と噂されている。
 だから勇者である智樹ですら、彼女とはこれまで会った事は無かったのだ。
 女で、強い。
 この二つの条件を満たしているから、智樹としては是非一度会って協力を求めたいと思っていた相手でもある。
 勿論その協力には、彼の魅了の力を使って、という前提がつくが。
 裏切られない方法があるのだから、彼にそれを使わない理由はなかった。

「貴方に興味があってね」

「俺に? そりゃあ嬉しいね。だったら、城に招待するよ。ゆっくり話をしようぜ」

「ふふ、貴方の魅了とか、そういうのはどうでもいいの。私の興味は……」

「智樹様っ! 危ないっ!」

「な!」

 智樹の傍に控え、ソフィアの一挙一動に気を配っていたロイヤルガード、ギネビアが智樹の前に踊り出た。
 金属のぶつかり合う甲高い音が飛竜の背で響いた。

「中々の反応ね。トモキはマイナスだけど、騎士の貴女はプラス評価よ。そう、この匂い。貴方は竜の力を得ているのね。グロント……“砂々波さざなみ”か」

「どういうおつもりか、ソフィア殿。勇者である智樹様に剣を向ける。その意味がわからぬ方でもあるまいに」

 智樹は驚きに目を見開いている。
 剣を打ち付け合ったギネビアとソフィア以外の二人、竜召師ドラゴンサマナーの少女モーラと、錬金術の使い手である理術師フォースプレイヤーのユキナツはその身を硬くする。
 懐まで入り込んできたのが敵だと認識した為だ。

「勿論わかっているわ。言い忘れていたわね、今の私にはもう一つ肩書きがあるわ。魔族の客将ソフィア=ブルガよ。よろしくね、勇者様たち」

「!?」

「なっ!」

「魔族の!」

「客将!?」

「夜は強いって言う勇者様の評判をお聞きしまして。是非私と一曲ダンスなど、如何ですか? 月も綺麗よ?」

 おどけた風に一礼してみせるソフィア。
 敵の真っ只中で囲まれているも同然の状況なのに全く臆した様子が無い。

「……例え誰だろうと……っ!?」

 智樹が魅了の力を全開にして強める。
 この力が通用しなかった相手は数少ない。
 しかも使い慣れた所為か、その威力は徐々に強力になっていっている。
 それだけではない。
 密かに、王国の勇者や巫女に対しても有効になるように、彼自身力の増強に努めている事もあって準備が無い状態なら魔族でさえ一撃でほぼ“堕とす”事が可能になっていた。
 だが……。

「ダメよ、勇者様。私にソレは効かない。私を魅了したいのなら、上位竜をも一瞬で虜にできなければね。でもね、勇者様? もっと簡単な方法があるわよ」

「お前、魅了の魔眼の事を」

「そんな盤外戦術は徒労。ねえ、私に勝ってみなさいな。それが出来るなら、私は貴方のモノよ。そんな目がなくても、貴方に身も心も捧げるわ」

 智樹が自身を女性と見て魅了を仕掛けてきた事を逆手に取って、ソフィアは胸と太ももを強調したポーズで彼を挑発してみせた。

「レベルはまだあんたの方が上だがな。戦いはそんなものだけじゃ決まらねえって事を教えてやるよ!!」

「全く同意見よ。なら、まずはこのトカゲが邪魔ね」

 ソフィアの言葉と同時に再び彼女の剣が閃く。
 空に留まっていた飛竜、ナギから悲鳴が漏れた。

「ナギ!? つ、翼を! あんた、なんて事を!!」

 モーラの言葉が早いか、ガクンと、ナギの姿勢が崩れる。
 その拍子に反対の翼が光剣に触れ、焼ける音と不快な匂い、そして再度の悲鳴が起こった。
 智樹らが足元を不安定にしていると言うのに、ソフィアは激しく揺れながら高度を落とす竜の背でブレもせず立っている。

「じゃ、下で待ってるわ。仲間と来てもいいし、一人でも良い。ただし、私に刃を向ける以上、子供だろうが手負いだろうが気にしない。相応の覚悟をしてきなさい」

 ソフィアは、まだ一見自殺行為にしか見えない高度に存在するナギの背から飛び降りた。
 光剣で出来たナビゲートラインでランサーの位置を確認して、相棒の所へ戻る。

「どうだ? 本気、に値しそうな男だったか?」

「アレを使うまでもないわね。何人で来ても、いえ、ぞろぞろ来た方が楽に勝てそうな相手だったわね。一人の方が強いんじゃないかしらね、あの感じだと」

「ほう、一人で戦う事など滅多に無いと聞いているが」

「私の勘よ。それとあの飛竜、ちょっと良い感じだったわ。出来ればモノにしたいわね」

「……獲物は多い方が良い、か。好きにしろ。飛竜など、“紅璃あかり”だけで十分だと思うがな」

 ソフィアが飛竜を見定めた事に、ランサーは呆れる。
 同時に彼と同じ上位竜の一角、“紅璃”の名を出すが、その意図は彼の曖昧な説明では図れない。

「あれとはまた使い道が違うじゃない。あら、来たわね。飛竜はダウンか、後から探すの面倒ねえ」

 ソフィアとランサーがのんびりと戦場で話す中、智樹達が姿を見せた。
 ナギの姿はない。
 不時着した場所で安静にしているのだろう、とソフィアは見当をつけた。
 彼らが話していた場所は決して安全な場所ではない。
 戦場の真っ只中だ。
 もちろん、魔族は彼らに攻撃を仕掛けはしない。
 しかし戦場では味方からの誤射も十分にありうる。
 ヒューマンも魔族を撃退するのに必死だ。
 話をしているだけだからソフィアとランサーには両軍とも攻撃を仕掛けないというものでもない。
 降り注ぐ攻撃、血迷って攻撃を仕掛けてくる兵士達。
 全てランサーが数多くの光剣を自在に操って始末していた。
 その血飛沫が作る円の中で、彼らは他愛ない話をしていたのだった。

「ヒューマンも魔族もお構いなしかよ。狂ってやがるな、お前」

「あら、私たちに攻撃をする者、としてきちんと平等に相手をしているだけよ。さ、始めましょう。貴方が負けたら帝都と帝国がどっちも大ピンチよ。頑張ってね」

「俺は女神の加護を持つ勇者だぞ、竜殺しだからって舐めるんじゃねえ!」

「ええ、ソレは封じない。試させて頂戴、私の今の力を!!」

 ソフィアが智樹と、ギネビアが構えるその場所に剣を手に踊りかかっていく。
 凶刃が勇者と、近衛騎士を捉える。

「?」

「かかった! 泥人形の拘束マッドレイプ!」

 構えただけで斬られた二人を怪訝な顔で見るソフィア。
 彼女の疑問に答えるように、遠くから声が響く。
 ゴーレムの扱いに長けたユキナツの声だった。
 智樹とギネビア、それに残る二人の姿がドロリと崩れ、触手の如くソフィアに絡みついた。

「……へえ、見分けがつかなかった。凄い術ね」

「意識は本人から飛ばせるもの、精巧だったでしょう。言っておくけどそれを解くのは容易じゃないわよ!」

「そう? そんなに強力な材質にも……!?」

「変質するまでの時間を稼ぐ為に騒いだけど、その必要はあまりなかったみたいね」

「硬くなったわ、よく考えてあるのね」

 黒く輝く鉱石に変色した拘束物の感触を確かめてソフィアはユキナツを褒めた。

「余裕? それとも慢心? 動けない状態で、集中砲火をどこまで防ぐか、見せてもらおうじゃないの! 智樹様!」

「よくやった、ユキナツ! ギネビアは念の為に防御体勢、モーラ、俺に合わせてソフィアにお見舞いするぞ! 死なない程度にな!」

「ナギをよくも! 許さない!」

「手加減なんてしなくて良いわ。全力できてよ。そっちのお嬢ちゃんも。もうあの飛竜には会えなくなるかもしれないんだし、殺す気で、ね」

 智樹の指示に、相棒を傷つけられて怒るモーラが叫ぶ。
 しかし、ソフィアはしっかりと拘束されたまま、手加減をしろ、どころか手加減をするなとまで二人に言い放った。

「……女が、調子に乗りやがる。だったら、お望み通りにしてやるよ!」

「死んじゃえーー!!」

 智樹の持つ五種の武器が同時に発動する。
 女神の加護に拠らない、彼自身が持っていた、または身につけた適性に合致する強力な武装。
 短剣グラディウス突槍アルシェピース細剣レイピア、そしてハンドガン
 これが今の彼の通常火力を支える武器達。
 彼は今、ステラ砦まで相棒として扱っていた両手持ちの神槍はサブとして使っていた。
 ギネビアから渡されてそれも手にする。
 最大火力を発揮する装備群だ。
 左手に持った銃、右手に持った神槍の他、三つの武器は宙に浮き、智樹の周囲にある。
 これこそが彼がこの三つを扱う理由。
 三つともが、手に持たなくてもその最大火力を発揮出来る武器だった。
 強大な威力を持ち、対応する属性の放出攻撃が出来る。
 手に持つ銃は帝国の、ある街に厳重に保管されていたもの。
 光の属性を持ち、皇女によって智樹に渡された。
 形状から、リリ皇女は銃の開発に利用できるかとも考えたが、魔力を撃ち出す事に特化したマジックアイテムであるこの銃は、火薬を使用した銃器の開発にはあまり寄与しなかった。
 内部構造が参考にならなかったからだ。
 外部形状の似た、だが別の物だと判断された。
 もっとも勇者所有の強大な神器として、十分その役割を果たしてはいたが。
 智樹から放たれる五つの攻撃と、モーラが放った二つの攻撃がソフィアに振り注ぐ。
 轟音と、爆発。
 上手く軍勢に放てば千近い兵を即死させる威力だ。
 軍の陣形や余波による被害も考えるなら、かなり強力な攻撃と見る事が出来る。
 それが至近距離で、一箇所に集中して放たれた。
 ギネビアの防御壁が智樹達パーティを保護していなかったら、彼らにも被害は出ていたかもしれなかった。
 上位竜の中でも高い防御力を謳われる“砂々波”の力を与えられたギネビアだからこそ、一人で盾役をまかなえていると言える。

「へっ。生きていれば連れ帰って俺の女に加えてやっても……」

「お兄ちゃん! ナギをあんなにした女だよ!? 私は反対!」

「智樹様、私も反対です。あの者には危険な思想があるように見えました」

「入れるにしても、リリ様に聞いてからにした方が良いわ」

 智樹の勝利を確信した言葉に、仲間達がこぞって反対した。
 一人ユキナツだけは保留といった雰囲気を見せたが、その表情は苦々しい。

「おいおい、お前達。何をのんびりしている。ソフィアとやっているのだぞ? もっと攻撃を重ねて畳み掛けんか」

 少年が、その風貌に似合わない態度で勇者達に発破をかける。
 声は未だ視界の通らない、その奥からした。
 先ほど少年は、ソフィアの後ろにいた。
 当然だがソフィアともども直撃、またはそれに近い攻撃を浴びた筈だ。
 無事でいる訳が無い。
 少なくとも無傷は無いだろうと、智樹は信じられないものを見る目で爆煙晴れたその場所を見た。
 攻撃を畳み掛けろ。
 その言葉には従わずに。

「おいおい……」

「嘘」

「ありえん」

「確かに直撃だったわよ?」

 口々に漏れる現実への否定。

「凄かったわ。ほら、さっきの拘束魔術。粉々になっちゃった」

 ソフィアが立っていた。

「それに、あれだけ属性を混ぜているのに、威力はお互いに邪魔しないんだもの。芸術的な攻撃ね。そっちのお嬢ちゃんとの連携も完璧だった。魅了なんてって馬鹿にしていたけど、結構しっかりした連携もできるものなのね」

 肩を鳴らしながら剣を振っている。
 準備体操の様に。

「でもまあ、湖を作るほどじゃなかったわね。そういうぶっ放しの攻撃にはちょっと経験があるの。私たち二人ともその防御はばっちりなのよね」

 飛竜の背で一瞬見せた獰猛な獣の目をしたソフィア。
 ストレッチにも見える彼女の動きが落ち着き、ゆっくりと右腕を上げた。
 細身の剣が智樹を指す。
 笑みが、顔全体に広がっていく。
 逆に智樹の顔は僅かに引きつったように見えた。

「少し、思い出しちゃった。五割の力で撫でてあげる位かって思ってたけど、これだけ出来るならもうちょっと上げてもいいかしら、ねっ!」

 ソフィアの姿が掻き消える。
 否、消えはしない。
 事実ギネビアは反応してみせた。
 ただ常人が目で追うには速すぎるだけだ。
 智樹を守る最強の盾として、彼女はその役割を果たして見せた。

「さあ、トモキ! 見せなさい勇者の力を! 肩慣らしで終わるんじゃないわよぉぉ!!」





◇◆◇◆◇◆◇◆






「さて、周囲は片付いた。ソフィアは……ふむ、終わりか」

 ランサーは周りを見て頷くと、前方で暴れていたソフィアの様子を確かめる。
 静かだった。
 そこにはもう、誰もいない。
 ランサーの仕業だ。
 勇者と本格的に戦い出したソフィアの後ろで、目に付く者を皆殺しにして回っていた。
 目撃者を減らす、という名目もあったが、大きくは彼が今の自分の力を確かめる為の行動だった。
 一度ソフィアに殺されかけ、彼自身の力は相当に弱っていた。
 魔人こと真と戦った時も、半分ほどしか力は戻っていなかった。
 彼に痛い目に遭わされた後、約半年ほどを経て、ようやくランサーは上位竜としての己の力を完全に取り戻している。
 やっと、ここまで戻せたとランサーは満足げに頷く。

「ソフィア! それらはどうするのだ? 勇者を殺しておけば魔王にも恩が売れる。やっておくのが良いと思うが?」

 ソフィアに話しかける。
 彼女は今四人の敗者を見つめている。
 奇跡的に誰も死んでいない。
 いや、そんな都合の良い事があろう筈も無い。
 誰も殺さなかっただけだ、当のソフィアが。

「……誰もがあいつの様にデタラメじゃない、って事か。中途半端に火を点けてくれちゃって。ねえ、勇者なんでしょう!? もっと手があるでしょう!? 立ちなさいよ! 戦いなさいよ!」

「やれやれ、聞こえてないか」

 まともに反応さえ出来ない、呻くばかりの智樹にソフィアは遠慮なく斬りつける。
 既に地に伏した智樹でもお構いなしだ。
 腹を、胸を、腕を、足を、首を、頭を。
 斬られる度に痙攣するものの、彼からそれ以上の反応は無い。
 即座に再生し体は綺麗なものだが、見ていられるものではなかった。
 本来彼を守る近衛であるギネビアはもう、瀕死の重傷を負って彼から離れた場所に転がっている。
 意識があれば奇跡でもなんでも起こして智樹の所に行ったかもしれないが、意思とは無関係の痙攣をするだけの彼女にそれは酷だった。
 見開いた目には血が入り込み、だがまばたきも無い。
 全身の傷もさる事ながら、脇に開いた穴が血を溢れさせている。
 危険な状態だ。
 モーラとユキナツも似たようなもの、いや、防御力が低い分、彼女たちの方が悲惨だった。
 両足を膝下で断たれたモーラは右手もズタズタに切り刻まれて土下座するような姿勢で這い蹲り、ユキナツは大地にはりつけにされ四肢を光剣で貫かれており、全身血塗れで身動き一つない。
 まだ三人とも息はある。
 帝都の治療術師の数と能力の高さから言えば、負傷は酷いものの、助かる状態でもある。
 この状況から、逃れられればの話だが。
 かなり可能性の低い話である。
 智樹がそれを知ってか、知らずか。
 幾度目かの悲鳴の後、彼は絶叫を上げて立ち上がった。
 瞬時に癒される夜限定の不死を持つ智樹ならではの驚きの動作。
 ソフィアは追撃せず、正面で立ち上がって肩を上下させる智樹をじっと見つめた。
 表情は疲労困憊。
 無理も無い。
 夜は彼に敗北しない体、不死を与える。
 だからと言って、斬られる事がストレスにならない訳はない。
 体を刻まれるのだから、負荷にならない訳がないのだ。
 女神から下賜かしされた銀靴は、彼の疲労をも取り去るが、心の負荷までは取り除けない。
 痛みを消している智樹ですら、ソフィアに延々と斬られる精神的な苦痛は耐え難いものだった。
 死んだほうがマシだと、見る者に思わせる無慈悲な瞬間再生。
 痛覚を消しているとは言え、これで精神を正常に保ち続けられるとしたら常人ではない。
 彼がまだ正気なら、智樹の心は明らかに変質し異常な強靭さを得ているのだろう。

「あら、嬉しいわ。まだ何かあるの? ねえ、トモキ君?」

「この……バケモノの狂人め。動かない相手を何度も何度も!」

 疲労を感じさせる声。
 それでも目に宿る意思はナギの背にいた時の彼とあまり変わらない。
 睨む智樹を見て、ソフィアは内心で感嘆しながら口を開く。

「動けない、じゃないと思ったからよ。女の子たちとは違って君はまだ動けるのに、動かないでやり過ごそうとしてたでしょ? まだ何かあるんじゃないかな~って思ったのよね。あ、それから年頃の女性をバケモノ呼ばわりするのはマナー違反じゃないかしら?」

「……ヒューマンの癖に、魔族に味方するお前に説教される気は、無い!」

 智樹は自分の策が見事に読まれていた事に内心で舌打ちする。
 リリがこの場の状況を知る場所にいれば、もしかしたらもっと良い手を使って戦いを有利に運んだだろうか、と彼は考える。
 すぐに首を横に振る。
 とても、倒せる相手では無いと思ったからだ。
 今の自分達にはコレを倒す手が無いと、判断した。
 だから三人に息がある事を確認した上で殺されたフリをしてやり過ごすつもりでいた。
 だが、ソフィアはねちねちと智樹をいたぶり続けた。
 三人のリミットが迫っているのを知って智樹は焦る。
 パーティメンバーの状態をそれなりに詳細に理解出来るアイテムも彼は持っていた。
 だから今まで待てた。
 そう、智樹は三人の仲間の状態を把握していた。
 まだ大丈夫だと。
 しかし相手が諦めない限り、限界はいずれ訪れる。
 その崖っぷちが今だった。

「トモキ君、見せてよ。君達が持っている勇者ならではの力。まだ打ち止めじゃないでしょ? 目が死んでないわ」

「ざけやがって!!」

 智樹は悪態をついた。
 ソフィアが言う様に、彼にはまだ切り札がある。
 あるが、それは今は使うに使えないものだった。
 そのジレンマが彼を更に焦らせていく。
 武器を構えるでもなく、術を仕込むでもなく。

「くそっ、くそっ、くそおお!!」

「……ふぅん、何か条件でもあるの。あ、その達がいる事が枷なのね?」

 ソフィアは智樹の、悪態を繰り返すばかりの意味不明な行動に、何か納得したように頷いた。
 自分の勘は間違ってなかったようだと、心の中でだけ笑う。

「なん、だと?」

 見透かされた方の智樹は驚くばかりだ。

「良いわ。先に女の子たちを殺せばいい? それとも、助けてくださいって言ってみる?」

 面白そうに笑うソフィア。
 いつの間にか近付いてきていたランサーはソフィアの悪い癖が出た事に嘆息する。

「……俺は、そいつらが死んだら、死んでもお前に奥の手を見せてやらん。見たいんだろ? だったら、俺の仲間を先に帝都に送れ。お前らにはそういう事が出来るはずだぞ」

「わ、半分当たり。そうね、私も見せてくれないのは困るし。助けてくださいって聞けないのが残念だけど、頼める?」

 ソフィアはランサーを見る。

「……よかろう。その死に損ないどもを帝都に放り込めばいいのだな」

「城の前だ」

「注文の多い。図々しいのが勇者の力か?」

「何とでも言えよ」

 ランサーは智樹の狂気じみた目に侮蔑の笑みを向けると、相棒の頼みでもある重傷者三名を帝都、それも城門前に移すべく姿を消す。

「約束は守ったわ。さ、見せて頂戴。女神の加護の本気を!」

「残念だったな」

「……なんですって?」

 静かな智樹の声にソフィアが一瞬険しい表情を見せた。

「これから見せるのは、女神の加護じゃねえ。世界を渡った者の中でも条件を満たしたごく一部だけが扱える、激レア能力だ。響にも使えねえ」

 智樹がランサーから向けられた侮蔑をソフィアに返す。

「ヒビキ……王国の勇者ね。ふうん、勇者は異世界から来たって話だけど、その中にもランク分けがあるの。それはびっくり。でもそういう事なら別に構わないわ。さあ!」

「……いいさ、味わえよ。かつて俺の国を焼いた屈辱の光。この世界にも再現してやろうじゃねえか! お前の所為だからな、覚悟しやがれ!!」

「大仰ね。異世界から来た者が魔人なのか、魔人が異世界から来たのか。確かめさせてくれるのならどうでもいいわ」

 智樹の両手が前に突き出される。
 聞いた事の無い詠唱が紡がれていくのをソフィアは見つめている。
 だが剣は構えている、彼女は彼女が取りうる最大の防御を、既に展開した上で智樹の攻撃を待っていた。
 やがて智樹の両手の先に光が生まれる。
 眩いばかりに輝く、直視出来ない程に強い光の珠。
 ソフィアの表情が喜色に染まる。
 かつて自らを殺しかけた“あの一撃”を凌ぐ威力を確信したからだ。
 智樹が術名らしき名を叫ぶ。
 瞬間。
 二人を中心にして珠が炸裂、夜を裂いてその場に光のドームを生んだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 帝都から少し離れた戦場に巨大なクレーターができていた。
 さらにその直径から外側のエリアも爆風になぎ倒されたのか凄惨な破壊の風景が広がっている。
 帝都までは及んでいないものの。
 智樹の放った一撃は真が以前湖を作り出したものよりも酷い爪痕を残していた。
 少し違っていたのは、キャストと、その結末。
 爆心地には一人が倒れて意識を失っている。 
 そして。
 もう一人は剣を腰に戻して青色の光に身を包んで立っていた。

「随分と凶暴な奥の手だったようだな」

「御剣。ええ、あの時の魔人の矢よりも凶悪だったわ。もしもあの時に食らったのがこれなら私達は死んでいたわね」

「ほう、お前にそこまで言わせるとは、流石は勇者か」

「勇者、いえどうかしらね。トモキ君自身の意地だったのかもしれない」

「トモキ君とはな。最早すっかり格下か。お前まで魅了されたか?」

「まさか。この術、術なのかもわからないけど極めて強力な火属性の力よ」

「火か」

「それも使い手の命をいくらか削る荒業。でもね、恐ろしいのはそこじゃない」

「なんだ?」

「貴方もだろうけど、受けきった者、運良く助かった者、範囲内にいなくて直接の攻撃を逃れた者にも、特殊な毒か呪いを付与している」

「!?」

「ふふふふ、勇者らしからぬ力よね。毒の炎とでも言えば良いのかしら。来て、御剣も癒してあげるから」

「我も付与されてしまっているのか。すまぬ、頼むぞ」

 ランサーはクレーターの中央でソフィアを見かけると、転がる勇者を一瞥して彼女と話し始める。
 そしてソフィアから智樹の奥の手について詳細を聞き、驚愕しながらもソフィアの傍に向かった。
 見えぬ毒、呪いなどランサーも知らない代物だが、ソフィアがそう言うのなら信じるに値すると彼は思っている。
 大人しく青色の光を浴びる。

「ん、長いな。そこまで強力なモノなのか?」

「ええ、私もまだ完全に除去できていないの。念の為に身体を調べたらやられているんだもの、参ったわよ」

「見た目にはあまりそうともわからぬが……」

「でも確実に命を蝕み、身体の根本を歪ませ変質させる凶悪なやつよ。敵も味方も関係なし。彼自身だけは除外されているみたいだけど、素敵な力よね。トモキ君は確か、ニュークスとか言っていたけれど」

「敵も味方も、か。確かにお前好みだな、そのニュークスとか言う術は。それでトモキ君か。飛竜を殺されてお前が機嫌を悪くしているかと不安だったが、その心配は必要なさそうだ」

「飛竜か、残念ではあるけど良いモノを見れたから良し。さってと、途切れた念話を繋げてと。あ、御剣。そこに転がってる勇者様には手を出さないでね。その子、面白そうだからまだ殺さないわ」

「まだ、か。まあお前のその余裕なら特に障害になる者でもなさそうだ。我は構わん」

 ソフィアは大きく伸びをして爆心地で気持ちよさそうに目を閉じた。

(ロナー聞こえる?)

(凄まじい魔力を感じたわよ!? 念話は切れるし部隊から連絡も無い。一体何がどうなっているの?)

 ソフィアは即答で念話で応じた魔将ロナの慌てぶりにクスクス笑いながら事の説明をする。
 勿論、適当に。

(トモキ君と戦ってたら奥の手を使ってきてね? ああ、夜の回復能力は本当にその通りだったわよ。敢えて修正するなら、不死に近いと思うわ。で、その凄まじい魔力は彼の一撃って訳。参った参った。とても他の部隊に気をかけてあげられる状態じゃなくてね)

(奥の手!? それはどんな?)

(かなり広範囲の火属性魔術だったみたい。ただし超広域で超威力よ。範囲と威力が両立してるから始末が悪いわね)

(勇者には術の基本概念なんて関係ないのね。理不尽な。それで勇者はどうなったの? 仕留めた?)

 ロナが勇者の状態をソフィアに問う。
 視線を下げて意識を失ったままの智樹を見るソフィア。
 規則正しく胸が上下していて、彼の命が無事なのは見て取れる。

(残念だけど、逃げられちゃった。ごめんなさい)

(……そう。でも、奥の手まで引き出せたなら十分よ。お疲れ様)

(詳細な範囲は後でクレーターを確かめると良いわ。その外もかなり被害が出ているから大体の効果範囲は確認できるんじゃないかしら)

(ありがとう。それはすぐに部下を向かわせるわ。貴方たちは一度ステラに戻ってくれる?)

(ええ、私も相当疲れたもの。休ませてもら――)

(ソフィア?)

 ソフィアからの念話が唐突に止まる。
 妨害などではない。
 ただ口ごもった感じだった。
 不審に思ったロナはソフィアを呼ぶも、反応は無い。

「御剣、見たわね?」
(御剣、見たわね?)

 しばらくして、ソフィアが念話と発言を重ねる。
 普段なら念話を切断してから発言しただろう。
 彼女には珍しいミスだ。
 ロナは突然再開された彼女の声に応じようとして、やめた。
 彼女が念話を切り忘れて話している可能性に気付いたからだ。
 息を潜め、ソフィアが次に言い放つ言葉を待つ。

「ああ、見た。確かに。あれは、奴だ」

 ランサーがソフィアと同じ方向の空をみて呟く。
 今しがた、以前見たそれと同じではないが、最初金色に輝く光条が途中で輝きを失ってリミアにった。
 二人の脳裏に苦い記憶が蘇る。

「ええ、間違いない。今の状況なら間違いなくリミア王都ね。もう力も戻ってるんだから、飛べるわよね御剣」
(ええ、間違いない。今の状況なら間違いなくリミア王都ね。もう力も戻ってるんだから、飛べるわよね御剣)

「ああ、リミアまでなら三十分もかからんよ。だがヒューマンの苦境に再び現れるか。やはり奴はヒューマンの守護者か?」

「さて、どうかしらね。でも……宿願の前に奴を殺す、またとない機会じゃない」
(さて、どうかしらね。でも……宿願の前に奴を殺す、またとない機会じゃない)

 何の事を話しているのか。
 ロナにはまだ詳細が掴めない。
 ただリミアの王都で展開されている作戦に何か不確定要素が増えた事だけは知れた。

「その通りだ。ソフィア、行くぞ。奴を討つ」

「待ってなさい、魔人。今お前を排除、殺してあげる」
(待ってなさい、魔人。今お前を排除、殺してあげる)

 ロナは声を上げそうになるのを必死で抑えて、念話を静かに切断した。
 何という事か。
 まさか最大の不安要素がロッツガルドでも帝都でもなく。
 最も確実に成功させたい王都に出現するなんて。
 まだ王都から報告は無い。
 念話による報告は常になされるようになっている。
 間もなく詳しい情報が入るはず。
 ロナはプラス材料も加味しながらその時を待つ。

「あの化け物二人まで魔人と戦ってくれると言うなら、ヒビキは間違いなく殺せる筈。それにイオの部隊ともすぐに連絡が取れる様にはしている、だから」

 イオが念話を苦手としているとは言っても、彼の部隊の誰も使えない訳ではないのだ。
 それほどのラグはなく、王都の状況は掴める、筈である。

(ロナ様)

 来た。
 ロナは今日一番集中した状態で応対を始める。

(報告をなさい)

(はっ! ただ今王都にて勇者討伐作戦を進行中。イオ様とヒビキの交戦開始、及び優位を確認)

(……)

 良い報告だ。
 既に交戦開始しているのなら、イオに間違いはないとロナは思っている。
 黙って報告の続きを聞く。

(損耗も激しいながら我らも王都の部隊と渡り合えております。が)

 部下の言葉が淀む。

(続けて)

(はい、王城に謎の光が突き刺さるのを確認しました。イオ様の側近を勤める者からの報告で、その、金色の光か闇に似た何かなのかはっきりしないそれから、乱入者が現れたようです!)

(数は? 名前は? 立場は表明しているの?)

(桁外れに魔力の高いリッチと、真っ白な人型の存在、二名であると、それ以上は一切不明と報告が入っております)

(人型の存在? ヒューマンでは無いの?)

 リッチ、と言う言葉に少し引っ掛かりを覚えたものの、それよりも人型の存在などと言う曖昧な報告に苛立つロナ。
 もしもソフィア達の言葉を信じるのなら、それは魔人、最悪の不安要素である可能性が高いのだから無理も無い。

(わかりません、我々も加勢出来れば良いのですが、抵抗も激しく中々均衡を崩せません)

(くっ。いいわ、ご苦労様。引き続き、イオ将軍のサポートをお願い)

(はっ、命を尽くして任務にあたります!)

 念話が終わる。
 リッチと白い人型。
 魔人なのか、それとも別人か。
 いやそんな事よりも。
 敵か味方か。
 ロナは立ち上がる。
 ステラを固めている場合では無いと悟った顔だった。
 僅かに残る兵に指示を与えると、帝国攻めを終え、後はイオの首尾を待つだけだったロナは、王都に向けて転移を繰り返していく。
 再出撃の疲れなど気にしている場合ではない。
 彼女にとって、いや魔族にとって極めて重要な作戦の成否がかかっているのだから。
切るかどうか悩みましたが一括で。
真が出てこないならそれなりにまとめた方が良いだろうと。
これにて今月の投稿は終了です。

次回は5/2にダイジェストを投稿する事になるかと思います。
何分初めての作業なものですからいつごろ、とかどの位の時間がかかるとかは申し上げられません。当日はご迷惑をおかけするかもしれませんがご了承下さい。

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