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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

105/187

女神の事情、真の意地

「若様! 虫です!!」

 識の切羽詰った声。
 その言葉は合図だ。
 僕が、以前“あいつ”に拉致された時に皆で対策を立てた一つ。
 女神の干渉を示す合図。
 識の言葉のすぐ後。
 僕ら目がけて夜空から金色の光が伸びてきた。
 たなびく光のカーテンを、縦に細く裂いたような光だ。
 綺麗にも厳かにも映るかもしれない、でも僕にとっては胸糞悪くなるだけの光。
 間違いなく、あいつだ。
 僕は合図を聞いた時から反射的に詠唱を組み上げていく。
 拉致対策。
 この状況で使う事になるとは流石に考えていなかったけど。
 術のイメージ、仕組みは単純。
 強制的な転移という嵐に対して、僕はアンカーを下ろして耐える。
 それだけだ。
 咄嗟に僕の近くに来る識と僕を光が包む。
 見上げた時に幅を感じただけあって、結構範囲が広い。
 学園の正門とその奥に広がる庭園の一部まで包み込んでいる。
 僕らを認識したのか、光のスポットが狭まってきて同時に引き上げられるような力を感じた。
 引っ張る力を感じる。
 それはつまり、僕があいつの力に抗えているという意味だと思う。
 女神の力に抵抗出来ている事実に少し嬉しくなる。
 以前よりは明らかに前進出来ていると実感できたから。

「す、凄まじい力です。若様、大丈夫ですか!?」

「まだ問題ない。ちっ、さっさと諦めて消えればいいものを。く、長いな!」

 干渉時間が長い。
 上手い事、耐えられている。
 抵抗はまだ可能だけど、識に言った通り、まだ、に過ぎない。
 続けば徐々に僕の作ったアンカーが削られて、いずれ連れて行かれるだろう。
 我慢比べという奴だ。
 同時に攻撃も仕掛けてやろうかと思ったけど、あいつが“どこ”にいるのか位置が掴めなかったからやりようがない。

「……若様、問題が」

「なに!?」

「ヒューマンの注目を集めかねません。この光、見る者は女神の光と気付くでしょう。それに抗っている我らを見られるのは……」

 っ!
 しまった。
 ここは学園の正門。
 人の目は事件で少ないとは言ってもない訳じゃない。
 これは……まずい。

「うぐっ」

 転移にかけられる力が強まる。
 あの虫!!
 タイミングが神がかりだ。
 嫌がらせの天才かよ!

「若様、これではこの数日の行動も全てが無駄になりかねません。神殿から神の敵と宣告されるのは不都合が多すぎます。ひとまずは私が周囲を闇で覆いましたが、神の力の前ではいつ消し飛ぶかわかったものでは……」

 冷静だね、識は。
 僕は、またあいつの意のままになるのかと思うと嫌でしょうがないんだけど!
 ……くそ。
 商会のメンバーとして、皆頑張ってくれた。
 僕も頑張った。
 状況はここまでそれなりに上手くいっていると思う。
 ……くそおおお!!
 力負けじゃないからな。
 連れていけよ、畜生。
 僕の体から力が抜ける。
 時間にして十秒と少し。
 僕と女神の力比べは僕の負けで終わった。
 幸いなのは、女神の光を見た者達で、最も早く駆けつけた連中でさえ、僕と識を恐らく確認できていなかった事か。
 識の助言に心から感謝する。
 僕達は、周囲の石畳と結構な量の地面と一緒に引き上げられ、光に呑まれた。

「ありがとう、識。僕一人なら意地になって張り合っていたと思う。悪いね付き合わせて」

「まさか女神と会う日が来るとは思ってもいませんでした。な、なに……良い、経験です」

 青ざめた顔で言われてもちっともフォローにならないよ、識。
 大体、あいつが顔を見せるのかどうか。
 それさえ僕は疑わしく思っていた。
 そのやりとりのすぐ後。
 僕と識は、僕がこの世界に来て最初に見た、あの白金の空間に連れてこられていた。
 上から土砂が降ってくるとか言う最悪な展開にならなくて良かった、なんて思ったり。




◇◆◇◆◇◆◇◆





 あいつ、あの女神の声を聞いた場所。
 次にここに来るのはあいつに一発入れる自信がついた時に僕からだと思ってたんだけどなあ。
 しかし、さっきの感覚を思い返すと、まだ対策は十分じゃなかったみたいだ。
 ……本当に、上手くいかないもんだ。
 まだ、神ってのは遠いかあ。
 腐っても女神だもんな。
 荒野に落とされてからの事が何故か色々と頭に浮かんでくる。
 ふふふふ。
 どうして……どうしてあの虫の都合でもう一回ここに来なきゃならないんだ!!

「わ、若様?」

「……」

 識が僕の様子に気づいたのか恐る恐る呼びかけてくる。
 だけど、僕は無言で懐から護身用の打根を取り出す。
 本来はもう少し大きいから懐に持てる物でも無いんだけど、頼んで一回り小さなサイズで作ってもらっているからこんな暗器みたいな扱いも出来る。
 刀身を覆う鞘を外して、柄から伸びる長い紐を手に持つ。
 だらんと宙に揺れる打根。
 体を半身にして右腕の根元から打根の先までを一つのしなやかなモノと意識して、一気に振り上げざま前方の一点に撃ち放った。

「!!」

 識が打根が激突した一点を見つめる。
 どこからどこまでで仕切られているのかもわからない部屋で、僕らから何メートルか先で打根が止まり光り輝く壁であろう場所にヒビをつけ貫こうとしていた。
 残念ながら威力が足りなかったようで、やがて音もなく下に落ちた。
 ヒビはしばらく残っていたけど、結局は消えてしまった。
 女神、腐っても神なんだよな。
 怒りに任せてつい部屋に八つ当たりしてしまったけど、一撃を見届けて少し落ち着いてきた。
 まだ、コトを構えるのは危ないかもしれない。
 あいつの事は色々考えてはいるし、出来る限り冷静であろうとは思ってはいるんだ。
 でも……正直今の事も含めて虫と話して冷静なままでいられる自信は、無い。

「多分、女神の領域。前にも来た事がある」

 打根を回収すると、遅くなったけど識に答える。

「やはり、そうですか」

 識は緊張を感じてか、少し俯く。
 そうか、今回は識も一緒だった。
 少しは安心出来るな。
 それに世界中、どこに吹っ飛ばされたって僕は念話が使える。
 戦場に拉致された時にしても、ここは経由しなかったとは言え、結局亜空に逃れる事は出来た。
 そう。
 以前ほど恐れる事は無いんだ。
 確実に勝てるとは言えないけど、僕はあいつに近づいてはいる。

「あそこまで直前にならないと反応出来ないとなると、カウンターで相殺するのは不可能でした。予め警戒していればあるいはもう少し早く気付けたかもしれません。申し訳ありません」

「いや、次こそは対策すれば良いよ。識も拉致経験者になったことだし、僕だってアンカーをかなり削られてあのまま耐えていても結局駄目だったと思うから気にしないで」

 やや怯えも見える識に言葉を掛ける。
 その直後、巴と澪から念話が入った。
 彼女達には取り敢えず臨戦態勢で待機していてくれ、とお願いして念話を切る。
 亜空に待機させながら学園には身代わりを置いてもらう。
 これも、対策の一つ。
 女神にどこまで行動を把握されているかわからないから一応は慎重に。
 これで識ってカードは女神に確実にバレてしまう。
 巴と澪は、まだ伏せておけるなら、と淡く考えてもいる。
 はぁー、しかしショックだな。
 ひょっとしてあの女神相手なら対策も一発で成功するかなって思う所もあったのは事実。
 でも、魔族の勢力が使った例の指輪についてはまだ詳しくわからなかったし、一応相手は神。
 でもでも魔族にも出来た女神への抵抗、僕らだって出来るかなーって思ってみても、ねえ?
 まあ、たかが一回の失敗だ。
 次こそは上手くやるさ、と思っておく。
 即座に殺されたりしない辺り、女神にもその気は無いようだしね。

「は、はい。しかしこんな事を話していて大丈夫なんでしょうか? 女神の領域なら、ここでの会話は全て筒抜けでは?」

「別に構わないんじゃない? だって聞かれていても僕らは結局あいつに抵抗するし、今回だって何かしていた事位は理解しているだろうから?」

 大体、そこまであいつが万能かね?
 識が思うほど大した奴じゃないと思う。

「……落ち着いておられますな、若様は」

「何かね、吹っ切れたと言うか。ホント、自分勝手でさ。僕も多分人の事は言えないけど。それに、もしもあいつが姿を見せる気なら一発くらい殴れるかもしれないじゃん。キングオブ自分勝手をさ」

 クイーンか? まあいいや。
 本当にその位吹っ切れていた。
 驚く程に静かな心境だ。

“随分と、舐めた事を言うようになったのね、ミスミ”

「これは女神様、お久しぶりです」

 気配が生まれた。
 その場の全てに存在しているかのような巨大な存在感。
 識の身が震えるのがわかった。
 位置の特定は……駄目か。

“一生あそこにいろと命じたのに、あっさりと破ってくれて。それに戦場を手伝わせてあげようと呼んでやれば無茶をする始末。この場所でもさっき暴れたわね? お前は自分の立場をわかっているの?”

 拉致しておいて、よく言うもんだ。
 それに僕は月読様に自由を認めてもらっているんだ。
 女神とかいう虫神じゃなく、神“様”にね。
 無茶?
 いきなり竜殺しとかと戦わせておいてお前が言うのかって言い返したいね。
 そりゃあ僕じゃなくても逃げるわと言いたい。

「事情の説明も無く、いきなり竜殺しなんて恐ろしい人と戦わせる。神とは言え身勝手ではございませんか?」

“……神が人に対してする事に身勝手など無いの。使われる者はその幸せに喜び震えるべきよ。試練を与えられたのだ、とね”

「ご冗談を。全く考え方が違うようで残念です。それで、今回はお姿を拝ませてもらえるので?」

 慇懃に応対する。
 言葉の一つ一つが気に入らない。
 先入観、いやこの場合は第一印象か。
 中々に強力だ。
 乱反射するみたいに気配が一定としないのも腹が立つ。
 こっちはそれを特定出来ないでいる自分に、だけど。

“その物言いの後でよくも。お前に見せる姿など無いわね。魔力と気配の遮断、面倒な事が出来るようになっていたおかげで最近のお前の居場所を知るのには苦労したわ。さっきは一瞬強まったみたいだけど、今はまたいるのかいないのかわからない影の薄さ。神官達をかなり使う羽目になったわ。まさか学園都市とは、随分と入り込んでくれたものねえ? ん? 一緒にいるのは……ヒューマン? いえ違う。でも魔力は確かにヒューマンの……しかしミスミに似て存在感の薄い奴ね”

「……っ」

 探るような気配。
 識が気になっているようだ。
 元ヒューマンだけど、魔力云々って言うなら彼の場合リッチ、アンデッドのそれじゃないのか?
 こいつ、本当に苛つかせる奴だな。
 悔しい事にどこにいるのか、気配は掴めないし。
 界で気配を探った代償に魔力が漏れたのをしっかり感づいていたみたいだし。
 識も女神の位置を把握できていないみたいだ。厄介な。
 思えばこの世界に来たのも、そっからの面倒の全部も、こいつが阿呆な事をやらずに大人しく僕を勇者にしておけば何の問題も無かったんじゃないか?
 言われるままに魔族と戦ったかはともかくね。
 荒野で上位竜に襲われる事も、ヒューマンに醜い不細工だと後ろ指差される事も無く。
 商売さえ、していなかったかも。

“まあ、良いわ。亜人にせよゴーレムにせよ大した力も持たぬようだし。さてミスミ。これからリミアにお前を送るから、そこで勇者を助けなさい。魔族の奇襲であまり良い状況ともいえないの。全く小賢しい奴らだわ”

「女神さまがご自身でなされば良いでしょう。僕の様な不細工に頼らずとも」

 嫌味たっぷりに言い返してやる。
 識は彼女の登場から一言も発していない。
 神との初対面で言葉を失っているんだろうか。
 声だけのやり取りも対面と呼ぶのかね。
 で、魔族の奇襲。
 勇者を助けろと。
 前回も確かリミアの王都近くでの戦いだったな。
 王都とステラ砦の距離が近いなら遷都でもすれば良いんじゃないのか?
 魔族の本命は、識の見立てではリミアの勇者。
 女神が僕を見つけて使おうと思う位だ。結構なピンチなのは間違いないようだ。
 ……帝国の勇者も援護に向かえてないんだろうな。
 つまりは識の読みが当たっている可能性が高い。

“お前に言われるまでもなく、出来るのならそうしているわ。神には神の事情があるのよ。お前などには知る資格も無い事情がね。限られた干渉ならともかく、神が気軽に降臨出来るとでも思うの、お前は?”

 心底馬鹿にした口調で尋ねられる。
 知るか!
 神なんているかどうかもわからない世界で育ってきた僕に聞くかね!?

「以前は魔族にさえ、その干渉を妨害されていたようでしたが?」

“あれはもう二度とさせないわ。ん、お前と話している時間など無いの。答えは是のみ。行きなさい”

 何か状況が悪化でもしたのか。
 女神の声が微かに詰まり、少し早い口調に変わった。
 でも、このまま問答無用に転移させられるのは御免だ。
 だって……結局言いなりじゃあ、面白くない。
 特にこの女神の言うがままってのは。

「行っても!! 最悪僕は魔族につくかもしれませんよ?」

 魔力の作用を感じた僕は大声で意思を伝える。
 アンカーを再度形成する。
 女神が戦場、それと勇者に自由に援護や干渉が出来ないのが事実なら。
 これは取引が出来るんじゃないのか?
 珍しく冴えた頭でそんな事を思った。
 案の定かどうかはわからないが、女神の力が収まっていく。

“……正気で言っているの? お前は一応はヒューマンに連なる者。そして、勇者はお前の生まれた世界の人間よ? それを助けずに魔族につく理由は一つも無い筈よ。下らない反抗期に付き合う程暇じゃないの”

 ……。
 はん、こうきだ?
 ふざけるな!!

「あははははは!! あるじゃないですか! 貴女が嫌いだからですよ! 意思に従いたくないからですよ! どうです? 魔族と気が合いそうじゃないですか、僕は!?」

 商人ギルドで代表が態度を豹変させたのを思い出す。
 女神がどんな反応をするのか見たいのもあったけど、つい僕は彼みたいに態度を多少変えて大声で怒鳴ってみた。いっそ俺とか言って、もっと荒っぽくした方が良かったかな。
 俺、って妙に言い難いんだよな。
 昔から僕、だったし多分一生変わらない気がしなくもない。
 と、それは置いておいて。
 別に取引が始まらなくても良かった。
 リミアに行って勇者を助けるのも満更じゃないし。
 短慮だとも思う。取引なんて思いつきだし要求するものなんて決めてない、僕がこの世界で一人で突っ走って行動して良い結果になった事も多くない。
 そんな事は痛いくらいわかってるんだ!
 でも!
 女神の以前と何も変わらない言い草に頭に来た。
 どうしようもなく、怒りを覚えた。
 喉元まで何かがこみ上げて、感情のままに動いている自分を感じていた。

“何て愚かな子どもの癇癪……。世界で唯一の神である私を否定して、一体どうするつもりなの? お前も魔族も、いえこの世界の全ての住人が私の加護なく生きていく事など出来ないのに”

「笑わせるな。僕はそういう世界で十何年生きてきた。むしろ、神にべったり頼りきって生きるヒューマンの方が理解できないんだよ!」

 祝福だの加護だの。
 ヒューマンなんて連中はどこかおかしい。
 魔術も技術も少しは自分たちで発展させようとしろよ。
 唯一の神様だと偉そうにするなら、外見を磨く以外の事もしっかりと導いてやるのが役目じゃないのかと思う。無駄に亜人を蔑む事ばかり教えやがって。

“お前のいた世界と他の世界を同様に考えること自体が無知の証拠よ。この世界では私がルール、もし従わない気ならここでお前を消しても良いのよ”

「下手な脅しだね。もしお前にそれが出来るなら、前の拉致まがいの転移の後でそうしてた筈だろう。僕はお前の思う様に動かなかったみたいだから。お前は絶対のルールじゃない、嘘を言ってる。何が神だ、この歪んだ世界でさえ、全部を思い通りに出来ない欠陥品のくせに!」

 女神については僕だって色々と考えてきた。
 こいつは僕が想像する、唯一神とか絶対神みたいな全能万能の類じゃない。
 それは人間の召喚なんて手段で問題の解決を図ろうとした事でもわかる。
 世界の現状もそう言っている。
 今だって神様のルールとやらで縛られて、僕を使って勇者を助けさせようとしているじゃないか。
 苦肉の策だって僕にも透けて見える。

“……そう。この領域に呼んでやっただけでも、どうやらお前には過ぎた扱いだったようね。私の姿など見ることもなく、お前は今――”

 あ……。
 背筋に冷気が触れた気がした。

“女神様、ご面会の方々がこれ以上待たせるつもりなら実力で入ると仰ってます!”

“っ! 何度も何度も! 察しなさいよ、会いたくないって言っているのを!”

 何か別の声が空間に響く。焦った感じだ。
 僕は背に感じた気配が遠のいたのを感じて、気持ちが落ち着いていくのがわかった。
 こみあげたものが静かに胃の方に戻っていくような。
 ……。
 言いすぎたか? 
 正直、怒りが理性を無視して暴言を吐いていた。
 こいつ相手に、冷静でいようとするのは、今の僕にはまだ難しい。
 それだけ、言いたい事も色々溜まっている相手だ。
 用事だけ言われて右から左に使われるのは本当に我慢できない。
 女神には僕を消せない理由があると思ってはいたけど、もしかして裏道がある程度の障害だった?
 正直、今ここで戦ってこいつとどこまで戦えるか。
 やってみたい気もする。いや、していた。
 だって、こいつこそが全ての元凶のように思えるから。
 でも、正気にかえって識を見ると全身ガタガタと震えている。
 武者震いじゃ無い。恐怖に震えていた。
 識だけを相当な危険に晒してしまった。
 僕には女神と戦った時の勝率がまだはっきりとはわからない。
 識は何かの指標があって、その上で震えているのかもしれない。
 だとすれば、やっぱり今はまだ時期尚早なのか……。
 確かにあいつの本体を引っ張り出す手も考えついていない。
 魔力を隠すのに使っている界を全部感知に向ければ出来るかもしれないけど……。

“しかしながら、原初の世界よりの”

“わかった! すぐに行くわ! お前は戻ってあいつらを宥めて――”

“きゃ、きゃあああああああああ”

“く、まさか強引に!? あの脳筋!”

 割って入ってくれた女神の配下らしい声に少し感謝する。
 僕にとっての空白の時間が出来た。
 考える時間が。
 しかし、残念ながらその時間も何やら尋常じゃない悲鳴に終わらされた。

“ミスミ! 貴方が私に不満を持っているのは理解したわ。ならこれを最後にしましょう。以降、貴方が積極的にヒューマンに敵対しない限り、お前には干渉しない。これでどうかしら”

 中々良い気がする。
 でも、それはあいつの提案だ。
 素直に受けてやるなんて気が収まらない。
 例え、ついさっき消されかけたかもしれないとは言っても、女神への怒りまで萎えた訳じゃないんだから。
 戦うには時期が早いとはいっても、何かしらの意趣返しはしたい。

「それじゃ足りないな。お前の要請で、僕とは直接関わりのない勇者を助けに行くんだろう?」

“……なるほどね。ごねたのは、要はご褒美が欲しかったって事。ふん、人間はその欲深さが気に入らないのよ。私のヒューマンも、ベースになった人間のその部分だけは取り除けなかった。ヒューマンでありながら人間として生きていたお前には似合いの欲深さね。とは言え、お前は運も良い。今の命拾いもそうだけれど。今は交渉に割く時間が惜しい。言いなさい、ただしすぐに”

 すぐ!?
 何を望むか。
 叶うかの勝算があった訳じゃない。
 はっきり言って考え無しの嫌がらせ目的。
 もらえるんなら、今の僕に必要なもの?
 装備品はドワーフが作ってくれている。
 魔法関連は既にこいつがくれた理解と、多分量だけなら女神以上の魔力がある。
 となるとこの外見を変えてもらうとか?
 冗談じゃないな。
 僕は生まれてからこれまでこの姿で生きてきた。
 こいつに弄ってもらって美形になりたいなんて全く思わない。
 どうする。
 どうしよう。

“時間切れ。望む物も決めずに何か欲しいなんて、餓鬼そのものの卑しさね”

「……ならば、この方に共通語の祝福を頂きたい。これまで神殿では貴女を警戒して頼んでおりませんでしたから」

 横から声が響いた。
 識?
 そうか、言葉。
 共通語が使えれば便利だ。
 筆談に慣れすぎてあまり考えてなかった。
 大きすぎない手頃な望み、に思える。

“お前の発言を許したおぼえは無いわよ、雑魚。でも……ふぅん、共通語? お前、話せないの?”

「ああ、お前の呪いの所為でな」

“私はヒューマンの言葉を除外した理解を与えただけよ。学習しても話せないなんて、亜人に劣る無能ねミスミ”

「……言い争いを始める時間はあるのか? 女神」

 あ、凄い。
 特に意識しなくてもタメ口になってる。
 僕はどれだけこいつが嫌いなんだろうな。
 それとも、さっきまで慇懃に話していた反動か?

“様が抜けているわよ。どこまでも腹が立つ事。流石は私の世界を捨てた者の子。良いわ、その程度なら先払いであげましょう……あら、入らない? おかしいわね。こんなもの、入らない筈がないのに”

 僕の体、正確には頭。
 脳みそが両手で掴まれて揉まれているような異様な感じがした。
 共通語の祝福ってこんな気持ち悪いのかよ!?

「ぐ、ううっ」

“苦しいの? 妙ね。……でも良いわよね。望んだのは貴方なんだから、それで何があっても私は知らないわ。後で死んでも私の責任ではないときちんと理解しておきなさいよ、これはお前が望んだだけなのだから”

 感触が強くなる。
 まるで揉み潰されたような不気味な感触と、偏頭痛を思わせる痛みが断続的に響く。
 うっ、最悪の気分だ。
 こいつの前で呻くなんて死んでも嫌だから表情を歪ませるだけのその苦痛に耐える。
 こみ上げる強い嘔吐感にただただ閉口した。

“ふん、終わり。では約束したわよ、人から持ちかけた神との約定、果たさぬならその時は覚悟しておくのね。勇者に迫る危機を排し、そうね、ついでにあの砦も落としなさい。出来なければ死ね、いえ死んでもやるのよ”

「内容、は……勇者の保護、ステラ砦を落とす。この二点、間違いないな?」

 女神との取引を確認する。
 くそっ、これで共通語話せなかったらこいつ絶対許さん。

“……ええ、さっさと消えなさい! うっ、もう来たの? 今こちらから――”

 突如来る浮遊感。
 これも、前と同じか。
 女神の気配が言葉と共に急激に遠ざかる。
 言いたい事ばっかり言って、こちらの返答を待たないのは基本的に変わらないんだな。
 さっきの交渉が成立したのが奇跡に思える。
 もしかして、原初の世界の客がどうのってさっきの話が追い風になってくれたのか。
 どうか、あの虫が客らしい人に酷い目に遭わされますように。

「若様、鼻血が……それに目からも血が出ています」

 鼻の下と目尻を拭う。
 そこにはべったりと血がついていた。

「え、ホントだ。くそ、あいつ人の体に何か無茶したんじゃないだろうな」

 大丈夫なんだろうな。
 鼻血くらいは経験あるけど、目から血涙なんてやばそうだぞ?

「若様、あれは……やはり神です。私など戦力になれる気がしませんでした。ですが、近いうちに必ず――!」

 識は女神に対しての自分の無力を思い知ったみたいだ。
 巴と澪は、識から後で話を聞いてどう感じるんだろう。
 ちょっと気になった。
 だけど識の、無念を伝える言葉は最後まで続かなかった。
 僕と識が外的な力で密着させられる。
 無理矢理押し込められる嫌な間隔だ。
 そして。
 恐らくは懲りずに高高度から。
 僕らは捻られるような感触を味わいながら急激に下方に撃ち出された。

「お、おおおおおお!?」

「識、その決意は嬉しいよ。お互い、頑張ろう」

「若様!? ここここれは一体!?」

「だって、三回目だからね。いい加減、悟るよ。僕、もうテーマパークの絶叫系も全部いける気がするんだ。リミア王都直行便でしょ多分」

 喚く識に抱きつかれながら、ぐるぐる回る視界の中で雲を突き破り、恐らくは戦場に落ちていくのだろう僕は結構冷静だった。
 まだ激突までは大分あるように思える。
 着地の制御はセルフサービスだろうから早めに動く必要はあるだろうな。
 あいつの事だから月読様がしてくれたみたいなのは多分期待出来ない。
 そうだ、女神も今頃取り込み中だろうし、巴と澪も位置を伝えて呼んでおこうか。
 ……待てよ。
 巴と、澪。
 この二人なら……。
 いや、識も言っていた。
 亜空の皆をもっと評価するべきだって。
 だったら、うん。
 もう……動いてしまおう。
 世界も良い感じで混乱しているみたいだし。

(巴、澪)

 僕は二人に念話を繋ぐ。
 識はまだ深呼吸しながら大分混乱している様子。
 彼への指示は後にしよう。

(……ご無事でしたか、若。大事ありませんか?)

(あの女神! 女神に何をされたのですか若様! お怪我などはございませんか!?)

(大丈夫だよ、二人とも。識が一応あいつを感じているから後で聞いて参考にしてみて。で、二人に頼みがあるんだけど)

(もちろん、どこへなりとも参りますぞ。今どちらです?)

(お任せ下さいませ!! すぐにでもお側に――)

(今は多分リミア王都上空。でも、二人はここに来なくて良い)

(っ!?)

(えっ!?)

 巴と澪が僕の言葉の内容に驚く。
 んー、どうしようか。
 翼人とゴルゴンはやっぱりまだ不安だ。
 なら……。

(巴、澪。こっちは僕と識で大丈夫。だからお前達と、それにハイランドオークとミスティオリザードで希望する者がいればその彼らで)

 一端言葉を止める。
 巴は僕の言わんとしている内容を察したのだろう、言葉にならない熱が感情に混じり雰囲気をこちらにまで伝えてきていた。

(ケリュネオンをとれ)

 細かな指示などは僕には出来ない。
 その場所の情報自体あまり知らないから。
 だからそう言った後、追加で大まかな事だけ幾つか伝えて、巴と澪に指揮を任せる。
 ロナが変異体を放って後、少しだけ形を変えた作戦を発動させた。
 念話を切って大きく息を吐く。
 それじゃあ、後は。
 不思議と戦場が近付いていると意識すればするほど、頭が冷たく冴えていくのがわかる。
 所詮は僕だけど、こういうのは少しゾクゾクする。
 殻を破っている瞬間のような、自分が上に変わる感覚。

「識、着地の制御は僕がやるから、しばらく姿を隠せるように周りを闇で覆ってくれる?」

「わ、わかりました。やってみます」

「それからね……」

 下に炎上する大きな街が確認出来た。
 ギリギリで間に合ったな。
 夜を照らす明かりじゃなくて街を焼かれての明かりだったんだな、とわかる距離。
 僕と識の姿は、金色の光の尾をつけた黒い玉に包まれてリミアの王都へ突っ込んでいった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「……のう、澪」

「……」

たぎるな」

「……ええ、震える程に」

 亜空にいた巴と澪はお互い、向き合いもせず各々前を向いたまま目を閉じていた。
 女神の干渉。主の二度目の拉致。
 真と一緒にいた識にも幾つか言いたい事があった二人だが、真から告げられた言葉に衝撃を受け、そんな些細な事は忘れてしまっていた。
 真の意識の変化を感じさせる、命令だった。

「これで亜空に四季が訪れますわね、嬉しいでしょう巴さん」

「ふふ、わかって聞いておるだろう澪。“そんな”事は今はどうでも良い」

 巴は身を支配する喜びと、際限なく高まっていく士気に震えながら口元を歪める。
 真に願った筈の亜空の四季。
 なのに彼女はそれを、そんな事と言った。

「初めてじゃ。若から、自分の為に戦えと、戦場に赴け、と命じられたのは。そうか、このような気持ちになれるものなんじゃなあ……。ケリュネオンを若が望まれ、そして儂らに手に入れろと命じられた。くくく、くくくくく!」

「本当に……あの方の為に動くのは勿論嬉しいですが、こうして言葉にされて頼られて、任されるというのがここまで心地よいとは」

 彼女達にとって大事なのは、真から自発的な命令をされたという事実。
 これまで真に色々と頼まれもしたし、命じられもした。
 しかしそこにはいつも、真の欲するものを純粋に叶えると言うよりは、別の意図も含まれる事ばかりだった。
 ケリュネオンとて最初はロッツガルド学園に勤める司書エヴァから伝わった情報ではある。
 しかし、真はこの国に両親の事もあって強い興味を抱いた。
 彼が自分で色々と考えて、それで“欲しい”と結論付けたのだ。
 巴と澪の主人である深澄真、彼が欲しいと言ったものを、彼からの命令により手に入れて献上する。
 主の私情を叶える。
 それが、堪らなく嬉しかった。

「まずは儂が示した場所だけで構わない、と仰ったが……わかるな、澪?」

「勿論。一帯全てから魔族も、それに与するものも消えてもらいますわ」

「うむ、すぐにでも行って二人で暴れたい所じゃが。若は亜空に住む種族の事も認められつつあるようじゃ。ここは奴らにもこの喜びを分けてやらねばならぬ。同じ亜空に暮らす若の従僕としてな」

「……ええ。リザードとオークでしたね」

 真は二人に最低限の指示は与えている。
 ケリュネオンであった国の、巴が以前示した地図の場所付近を手に入れろ、と彼は命じた。
 それに際して、巴と澪両名だけでなく、希望する者がいるのならハイランドオークとミスティオリザードも参加して構わないと言ったのだ。
 亜空に住む亜人や魔物達を、ただ守護し共に暮らす友人として見ていたこれまでの真からはにわかには考えにくい言葉でもある。
 しかし、事実だ。
 希望者、と言ったが巴と澪も確信している。
 話を伝えにいってすぐ、ロッツガルドから呼ばれるかもしれないと待機していた部隊以外の者までが武装して参加したがると。
 むしろ、巴などは既に呼ばれてしまったリザード達がハズレを引いてしまったのかもしれないと思っていた。
 二人はすぐに既に屋敷を通りこして屋敷群と化しつつある亜空の真の住まいを出てそれぞれの種族に事情を伝えに行った。
 巴が向かったリザードの居住地、澪が向かったオークの居住地で時間差で咆哮が起こる。
 喜びの雄叫び。
 満足げに巴と澪は頷き、出撃について真の言葉と目的が神妙な面持ちの戦士達に伝えられた。

「若も別の場所で戦っておられる。良いか、完全な勝利を若に届けよ」

「お前達が亜空で過ごした訓練の日々、そしてそれをお認めになられた若様。どちらも裏切る事は許しません、全力をもって臨みなさい」

 筆頭に立つ巴と澪の言葉が静かに響く。
 次いで亜空でも滅多に見かけない巨大な霧の門が出現した。
 この時言葉は無かった。
 歩き出す二人を追い、静かにリザードとオークの混成部隊が門をくぐり、消えていく。
 内に秘めた熱が、口を開く事で僅かでも漏れるのを嫌ったのか、もうすぐに爆発するその瞬間までじっくりと溜めているのか、それはわからない。
 亜空はこの日、初陣を迎える。
ぜろ。
という事で女神も出てきた事ですし、大きな報告がございます。あ、真がムキになって子供っぽい事をしでかしていますがご容赦を。相手が女神の場合、彼も怒りが先行してしまいますので。

さて、拙作「月が導く異世界道中」がこの度株式会社アルファポリス様より書籍化して頂ける事になりました。
発売は5月末予定です。
詳細は活動報告にて書いておりますので興味を持って頂けたら、そちらもご覧頂ければと思います。

取り敢えず、ここに月読神社の賽銭箱を置かせて頂きます。
お賽銭をと言っていただけるありがたいお方は大歓迎でございます。

チャリン……お気に入りにいれてやるか
チャリチャリン……評価もつけてやるか。
ドサッ……予約が始まったらポチってやるか。
ドカッ……甘ったれるな。

一番下以外ですと、漏れなく作者のモチベーションも上がります。
カウントダウンは亜空からの初出撃、女神の再登場、書籍化のお知らせと色々重なったのでやってみました。
それでは長々と失礼致しました。
ご意見ご感想お待ちしています。
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