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識先生の考察
学園の正門。
この数日、夜更けともなれば人の気配が消える場所だ。
普段なら不夜城の如く明かりが尽きる事の無い門、学生の出入りもそれなりにある。
なのに今はただ、アンティークなガス灯を思わせるデザインの魔術式の街路灯が無人の道を寂しく照らすだけだった。
僕と識はただ二人でそこを歩いている。目的地は特になく、要は騒ぎから離れて来ただけだ。
何かあれば駆けつけるけど、すぐには呼ばれないだろうと思ってる。
「リミアの王も、グリトニアの皇女も。相当焦っていましたな」
「首都が攻められていればむしろ当然じゃないか? ここでも、やっぱり国の首都を攻撃されるっていうのは戦局としてはよくないでしょ?」
「そうですな、場合にもよりますが今回の様に奇襲で攻撃を掛けられるのは相当に“まずい”状況です」
「だったら焦るよ。でも、ロナと、もう一人魔将がいるらしいけど、鉄壁の守りを誇るステラ砦っていう場所に陣取っていた彼らが何で自分から攻撃をするんだろう。出ちゃったら砦の防御力関係ないよね」
「相手の戦力を削ぐだけの目的なら出ない方が得策です。ただ、戦争ですからいつかは攻めなければ相手を倒せません。何より、常時砦に篭っている印象を相手に与えておけば、奇襲はかけやすいですな」
さっき聞いた魔族の進軍について識に聞いてみる。
王都アスタと帝都ルイナス、本当のところ、同時攻撃を仕掛ける意味もわからない。
歴史の授業で習った限りだと、戦争において二面同時に戦闘を展開するのはほぼ悪手なんだって聞いた。
それをやると余程の国力の差が無いと負けるんだそうだ。
数値的な事や戦略的な事を詳細に聞かされた訳じゃない僕だけど、その先生の言う事は何となくわかる。
敵が二人いるとして、一人ずつ倒す方が同時に相手にするよりも絶対楽だと思うから。
さらにその状況で、二国が同時に攻撃してきても凌げる防御手段を持っているのが魔族だ。
巴の話から推測すると、魔族にも攻めに出る程の余裕は無いと思うんだけどなあ。
「まあ、魔族の目的はヒューマンを倒す事なんだろうから攻めるのは不思議じゃないのか……」
「リミア、グリトニア両国の戦況を知る立場にいる者のあの焦りは少々異質です。例え勇者を擁するとは言え、彼らにもわかっていない筈は……いや、ヒューマンならばそれも有り得るのか?」
識は僕に答えてくれているようで、自分に問いかけているようで。
彼も今回の魔族の侵攻には色々整理が必要なんだと思う。
と言っても僕よりはよく見えていることだろう。
澪は用事に行ってまだ戻らないし、巴は亜空だ。
識に教えてもらうのが一番早い。
ルトでもいいんだけど、彩律さんとどこかに行っちゃったから、無理に割り込むのも変な話だし。
「何か変なところがあるの?」
「魔族は侵攻を中断した後、内政と軍備、それに技術研究に時間を使ってきました。端的に言えば国の力を高めていました」
後半の言葉、凄くわかりやすくて良い。
力を付ける為に一端立ち止まったんだな。
「うん、確か国土を広げたからそういう時間が必要だったんだよね?」
「はい。つまり、彼らは大侵攻をかけた時の彼らでは無い。これは当然の事です」
「女神の干渉を削ぐような道具まで持ってるし、そうだろうね」
「あれとて、恐らく対策を打たれて尚計算の内として見せたのでしょう。魔族は現在、ヒューマンを遥かに上回る魔術を得ています。ヒューマンも当然、それは頭に入れてある筈、なのですが」
「が?」
「両国の反応を見ていると、まるで予期していなかった様に感じられました。私でも今回の魔族の攻撃のネタはわかります。彼らは姿を隠す術式を細かに発展させていましたから、それを用いて小分けにした部隊を少しずつ移動させ森や谷に隠れさせ、後から転移のマーカーを使って一所に集合させたのでしょう。帝国の場合は数箇所、ですが方法はさほど変わらぬかと。マーカーを増やしただけで対応できますし」
「……なるほど」
確かに魔族は平気でヒューマンに偽装してこの街にも来ていたし、ローレルにも入り込んでいた。
偽装も姿を偽り、隠す魔術。
ならば部隊単位の隠蔽、識が言ったような事も可能かもしれない。
彩律さんに会った時にあの、護衛に扮していた魔族二人の事を聞いたら、国元からの指示で帰還したって言っていた。
つまり、ローレルには彼ら以外にも、指示を出せるような立場にも魔族が入り込んでいる事になる。
僕を勧誘したみたいに協力者を作っているのかもしれないけど、魔族とヒューマンの関係を考えると僕の方が異質なケースだろうから、多分魔族が入り込んでいると思う。
転移だって、湖の畔にマーカーを作っておいてそこに集合するように制御するのはそこまで難しい事じゃない。
識位の知識が魔族にもあるとしたら、多分あるんだろうけど、出来ない事じゃないだろう。
念話にしても偽装にしても、転移の技術にしても。
魔族はヒューマンのかなり先を行っている。
ヒューマンは女神や精霊に授けてもらう形に慣れているから、魔族の様に自力でがしがし発展させていく発想が一部の人にしか無いように思える、その辺りの違いも大きいかもしれない。
僕の想像だと、恐らくその差は産業革命辺りの欧州とアジアくらいの差はありそう。
ただし、ヒューマンには女神の祝福や助力がある。まるで同じ構図になっていないのがその証拠だね。
「もしヒューマンが魔族の魔術を低く見ているか、これ程攻めあぐねていても尚女神の加護だけでどうこう出来るかと思っていたとしたなら……彼らはこれで負けるかもしれません」
「まさか」
「いえ私もまさかとは思います。まさか女神の覚醒と勇者の降臨だけで勝利できるなどと思ってはいない筈ですし、リミアやグリトニアの様な前線国家なら彼らの技術を幾つも盗んでいてしかるべきです」
「そりゃ、相手の方が優れた術を使うなら当然だよね」
「しかしこの程度の念話の妨害にも対処出来ませんでした。国王や皇女が直接対処できないのは別段おかしくありません。彼らは為政者であって技術者でも術師でもないのですから。ですが、本職がいる両国の都からこの街に念話を届けられないと言う事は、戦場でも飛び交う筈の念話すら盗めていない事になります」
「……」
確かに。
「それに、リミア王も、グリトニアの皇女も、この街が囮として襲撃を受けた、と言っていました。それも、先をまるで見ていない発言でした」
「なんで? ロッツガルドに要職の人間が集まり、放置できない状況で事件を起こす。僕らがいようとお構いなしなのは腹が立ったけど、間違いではないでしょ?」
「若様。よろしいですか? この街は精々時間稼ぎ、恐らくはただの切っ掛けです。要は一瞬でも目を逸らす為だけのもの、王族クラスがのこのここの街に来た時点でロッツガルドでの作戦は最低限の成功はしているのです。最悪これでどの軍も動かなくても彼らは気にしなかったでしょう。その時でも変異体が街中に溢れ学園都市が滅ぶだけ、魔族に損はない。実際、我々がいなければ学園が今の弱点を突く戦術を展開する頃には変異体の数は数百を越えていたでしょうから」
二日目で増殖をほぼ止めたから百足らずだけど、まあそうか。
放っておけば何百体かは発生していたかも。
となると、今の戦法で変異体に対処しても純粋に数で押し切られる。
「うん、多分この街は終わっていただろうね。増援を待つまでもなく。もしかしたら増援に来た部隊が変異体の拡散を食い止めようとしていた段階かも」
「変異体がどれだけ暴れていても魔族に不利益はありません。むしろ有難いくらいでしょう。ヒューマンが背後に危険を放置するだけなのですから」
「じゃあ、ロナの思惑よりも大分この街の状況は良い訳だ」
「ええ。多分あの女が想定している中では成功ではあるものの、最悪から何番目かの事態だと思います。何とか王国と帝国の一部の軍を引き寄せ、それにアイオンのステラ攻めの援軍が周辺都市で足止めを食っている事がロナの思惑に沿っている程度。かけた手間に見合わないと嘆くレベルかと」
「ローレルは?」
「護衛に魔族がいたとお聞きしましたが、元々ローレルは物資しかここへ送る気が無いと踏んでいたでしょうからな。もしかしたら略奪や妨害を考えていたかもしれませんが、その魔族が去っておりますから詳細はわかりません」
おっかないな。
物資でも素通りはさせなかったかもしれないのか。
何かゴキブリホイホイを思い出した。
まさに囮! って感じだよ。
「立派な囮じゃない」
「……。本当にそうなら、もう少し規模を確実に大きくしたでしょう。ロナの考えている本命の囮は……帝国です、若様」
「っ!」
何で!?
いきなり核心を突いたっぽい発言をした識に驚かされる。
あんまり僕と情報量は変わらない筈なのに、どうしてそんな結論が出る!?
その前の一瞬ポカンとした沈黙はもしかして呆れられた?
これでも、頑張っているんですが。
……もう少し猶予を下さい。
「王都へは星湖から一斉進軍、帝都にはステラからルイナスを目指す為のルイン川を渡河した辺りを中心に数箇所に分散して多方からの進軍、そして両国の主力の性質。さらに魔族の現状、時期、季節。事実として攻撃を仕掛けた以上、此度の戦い、狙いは王国です」
キラーンと目が光った。
ああ、何か昔の識、いやリッチを思い出すな。
色々企んでいた時の厭らしい目をしてる。
「王国を落とす、って事?」
それは一大事だな。
また一つヒューマンが追い込まれる事になるんじゃ。
「いいえ。奴らの狙いは王国の至宝」
「至宝?」
「勇者、でしょう。ここで王国の勇者を討ち取る気です」
「!?」
衝撃的な一言。
僕らがここに来てまだ一年ほど。
それで、もう勇者を殺す段階まで魔族は戦争を進めているのか?
「かの勇者の資質は話に聞いた程度しか知りませんが、より大きな脅威と見るのは傀儡を作る帝国の勇者よりも狂信者を生む王国の勇者でしょう」
傀儡と狂信者。
ああ確か。
巴と澪が以前に話していたな。
人を惹きつける力と人を魅了する力。
澪は同じものと考えていたようで、巴が違いを説明していた。
魅了して虜にする、その先にあるのはその者の言葉が無ければ動けなくなる人形。
惹きつけて引っ張る、その先にあるのはその者の為に死力を尽くそうとする意思を持った狂人。
程度を深めるとそうなると言っていた。
魅了も途中まではカリスマと同じような作用らしいんだけど、到達点が違うとかなんとか。
限界までその影響を受けた人なんて、僕はどちらも見た事が無いから何とも言えない。
「まあ、魅了されきった、相手の言葉が無ければ動けぬなど哀れの極みじゃの。それ以外の行動をすれば嫌われてしまう、捨てられてしまうという恐怖が全てを縛るのじゃからなあ。それで何も出来なくなっておれば本末転倒じゃ、細かく指示を与えねば何もできぬ輩などゴーレムと変わらん」
「私は若様が全てですけど、そんな事はありませんが? 魅了されきっている自信は誰にも負けませんよ?」
「力による魅了か、そうでないかの違いじゃなあ。いや、澪かそうでないかの違いかもしれぬ。なんにせよ、お主はそうはならんじゃろう。安心せい」
「……それは喜んでいいのか私が至らないと言われているのか」
ふと巴と澪の話を思い出す。
ウチは平和だな。
「狂信者を生む、かあ。だから王国の勇者を先に潰したいって事か。だけど確かツィーゲから何十人か冒険者がリミアに行ったよね? 勇者に連れられてとか何とか。王国の方が戦力としてはきつい相手なんじゃないの?」
荒野でそれなりに戦える冒険者だ。
戦いのノウハウだって持っている。
いくら潰したくても結構きついんじゃないかと思うんだけど。
「若様。王国で今一番力を持っているのは、仰る通りその冒険者あがりの兵と勇者のパーティでしょう。ですが、その冒険者上がりの兵には大きな弱点もあります」
「弱点?」
「彼らは荒野でならした実力者です。向こうで調練に参加すればある程度の集団戦闘はすぐ覚えるでしょう。戦場でも活躍が期待出来る程には」
「そりゃあね」
「しかし、元々染み付いた気質という物があります。彼らは冒険者。攻めるのは得意でも、街や拠点を、特に大規模な戦闘で防衛するのは苦手です。傭兵や騎士ならそんな事もありませんが、冒険者は本来身軽。百ある己の力、守りの戦闘では精々五十もだせれば上出来かと思います」
「ツィーゲに魔物が襲撃をかける事だってあったから防衛の戦闘も出来るだろう。そこまで極端じゃないさ」
「そうであれば良いのですが。荒野に点在するベースで一年保った場所は栄えていく、などという言葉もあります。私なら冒険者を相手にするなら彼らに守りを強いる展開を狙いますな。勝利が揺らぐ可能性があり、確実に行きたいのならば特に。住民を気にしながら守る者を目一杯に背負わされた防衛戦など、騎士でも苦労する状況。奇襲も加わればさて士気はどうなりますことやら」
「……王国、沈むかい?」
助けに行くべきか?
でも会った事もない勇者、それも女神の息がかかった相手。
リミアにまで助けに行くとなれば関係も深くなってしまう可能性が高い。
行かずにうまく済むならそれが一番だ。
可能性を識に聞いてみた。
「どうでしょうか、私が思うには滅亡まではいかぬと思います。沈むという程の被害があれば勇者はどこかに逃げているでしょう、しかし王都程度の被害で済むのなら勇者が死んでいるでしょう。魔族も余裕がある訳ではありません。再侵攻の始まりだという威圧も、この戦闘には込められています。つまりは、はったりですな。勇者さえ殺せば王国の蹂躙までやる気は無いかと。もちろん、私の推測があっていれば、でございます。確証まではございません。一部不透明な点もありますし、魔王やロナの考えを全て見通すのは流石に難しいので」
はったりかあ。
でも勇者は殺す気満々と。
月読様の言葉を思い出す。
気にかけてやってくれ、か。
しかし助けに行くと思ってみても、僕らも結構手詰まりだったりする。
リミアまで行く“手立て”が無い。
「力が足りないから、まだそこまで深入りはしない、か」
「直に北は冬に入ります。そうなれば攻めるも守るも雪と氷が邪魔をしますからな。極寒の中で行軍するなど自殺行為ですし。勝ち逃げをするには今は良い時期です」
「……しかし助けに行こうにも、転移するのはなあ」
「あ、そうでしたな。巴殿が……」
そうなんだ。
ついさっきの事、巴を含めた偉い人とのやりとりを思い出した。
転移を使うとまずい、その事情を。
ややぶつ切りな更新です。
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