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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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団体戦、決着

 一方イズモとユーノは左右から隊列を組んで待ち構える六人に接近していた。
 戦士二人は既に剣と槍を構えていたが、術師の詠唱はまだ発動まで時間がかかる状態。
 最初に動いたのは、ユーノ。
 まだ最も近い戦士との間合いも詰まっていないのに、彼女は手に持った槍を二人の戦士の間を縫うように投擲した。
 真っ直ぐに鋭く飛ぶ槍は、ユーノから見て一番奥にいた男術師の胸に吸い込まれて直撃する。
 貫通はしない。
 木製で、その上先端は鈍く丸められていたから。
 槍が勢いを失ってその場に落ちるのに対して、攻撃された術師は大きく仰け反って仰向けに倒れる。

「め~いちゅ~~!!」

 朗らかな声が舞台に響く。
 心底から楽しそうな、聞いている方まで楽しくなる声だ。
 やっている事は楽しくない、むしろ凄く痛い事だと言うのに。
 ユーノは一瞬たりとも止まらない、飛んでくる槍に気を取られていた戦士がその突進を止めようとするも、彼らの足が動かない。
 イズモだ。
 彼が高速移動を止めて詠唱を完成させ、少女の挙動に注視するあまり自分への警戒が薄れた時を見逃さず、彼らの足元から氷気を登らせ、膝下までを氷で包んでしまっていた。
 そのまま戦士二人の傍で何やら術を詠唱し始めるイズモ。
 ユーノからイズモへと注意が移る。
 今度はユーノが動く。
 戦士の間を槍がそうした様にすり抜けると、彼女は迷わず一番近くにいた術師の懐に体勢低く入り込む。
 未だ完成せず、杖の先に集まるだけの魔力を一瞥すると、彼女はおもむろに術師の下顎を見据えて右手の掌底を突き上げる。
 小柄な少女の放った、握ってもいない掌の一打。
 されど下半身をバネの様に活かして体重を載せた一撃。
 受けた男の顎は跳ね上がり、その身までもが僅かに宙に浮く。
 湧き上がる歓声の途中、ユーノはトドメとばかりに隙だらけで晒された腹部に掌底から変化させた肘打ちを見舞う。
 どれもが肉体強化を施された上での攻撃だった。
 詠唱を焦る術師に耐えられるものでは無い。
 舞台外にまで無様に転がり落ちた彼のドールが弾け飛ぶ。
 一際大きな、相当響く歓声が場に満ちる。

「ひとーっつ!!」

 ユーノの目はもう次の標的を見据えている。横一線に並んだ術師全てが彼女のターゲットだった。
 最初に槍を受けた男は激しく震えながらも何とか立とうとしている。
 それさえ、彼女にはわかっていたのだろう。
 故に、「ひとつ」だった。

「ア、アウムル、リイッ、ひっ!」

 横で仲間が吹っ飛ぶ様子を目の当たりにしていた女術師の詠唱が中断される。
 ユーノ=レンブラントの次の標的と見定められた事を彼女の獰猛な目から察した故だった。

「ふたつめっ、いただきまーっす!!」

 振り回された杖を容易く掻い潜り、最早術を放つ事を諦めて突き込まれた杖の一撃をも小柄な少女はかわしてみせる。
 至近距離でどうしてこんなに目まぐるしく動けるのか、術師の女子生徒には訳がわからない。
 彼女の視界にもうユーノはいない。
 どこに消えたのか、敵が見えないその恐怖を感じる前に首の後ろに鈍く強い衝撃。
 彼女が覚えていたのはそこまでだった。

「おまけっ!!」

 一瞬で体を術師の背後に移したユーノは彼女の延髄に回転を加えた肘を打ち込んでいた。
 かなり危険な攻撃と言える。
 当然ながら彼女の身代わりであるドールも、頭部分を大きく破損させられて力無く揺れるばかり。
 まだ辛うじて壊れていない。
 だが、おまけ、と言い放ったユーノの一言と一緒に腕を掴まれ、残る術師に向けて投げ飛ばされた事でそのドールも砕けた。
 僅か短時間に恐ろしい体術で二人の術師を打ち倒したユーノ。
 まだ終わりでは無い。
 その演舞はまだ続いている。

「はい、みっつっと!!」

 仲間を投げ込まれて体勢を崩して膝を付いた女子生徒が前を向いた時には、もう彼女はそこにいた。
 膝立ちになった彼女の、膝に片足をかけて。
 ユーノのもう片方の足が、その膝が女子生徒の視界を埋めた時には勝負は決している。
 彼女はそれがシャイニングウィザードと呼ばれる誉れ高い技である事を知らない。
 ただ出来そうだからやってみせただけだ。
 この三人の術師にほぼ何もさせずに完封したユーノの動きを見て、彼女の先生であるライドウが顔をひくつかせてその成長に驚いていた事は後に彼女を大いに喜ばせる。

「槍回収~っと。でもって、よーっつ!」

「あっ、が!!」

 ユーノは投擲した槍の場所まで辿りついて武器を回収する。
 ようやくダメージから立ち直りかけた男術師の手から杖を槍で打つ。
 早速振るわれた一撃で杖が乾いた音を立てて転がっていく。
 次いで、そのまま寝ていろとばかりに術師の頭を横殴り。
 再び沈んだ彼はピクリとも動かない。
 ドールも粉砕だ。

「おしまい! 私の勝ちだね、イズモ君」

「もう少しだったんだけどな、負けたよ」

 振り返ってイズモを見るユーノ。
 その動きは勝利宣言と一緒だった。
 彼女の視界には崩れ落ちそうな戦士の満身創痍な後ろ姿があった。

「風の刃、短詠唱からの連続発動にするとやっぱり威力がかなり落ちる。数で押し込む感じになっちゃったよ。はぁ……」

 イズモの残念そうな言葉が象徴するように、然程は深くない切り傷を無数に付けられて防具もズタズタにされた体格の良い戦士がよろめき、そして倒れる。
 もう一人の戦士はとうに倒れて意識を失っている。
 身動きを封じられて、そのまま見えない大量の刃で切り刻まれた哀れな戦士たちの末路だった。

「ふっふー、それじゃあ、残りは……っ! あああーー!?」

「え、ユーノどうした……の……? ジン、抜け駆けはしないって言ったじゃないか!!」

 決勝開始から初めてになる、慌てたようなユーノとイズモの声。
 視線の先には残る一人、イルムガンド=ホープレイズと彼らの仲間であるジンがいる。
 力任せに暴れるイルムガンドに対して、ジンは一切引くことなく、だがただの一撃も直撃を許さずに一方的に打ち続けていた。
 ジンと二人が打ち合わせをした時の約束されていた、加減した風は無い。
 その攻撃の嵐は、勝負を終わらせようとする激しさを伴っていた。
 イルムガンドは三人でやる。
 だからまずはユーノとイズモで他の選手を蹴散らす。
 ジンはイルムガンドを押さえておく。
 そういう作戦、いや約束だった。

「笑える位にタフになってるじゃねえか、イルムガンド先輩! 当たれば面白い筋力だ! もっと足掻いてみせろよ!!」

「ぐっ、ううぅ、潰す、つぶ、ぎいっ」

 イルムガンドの力も技も、例年の闘技大会なら間違いなく優勝しているだけの技量がある。
 だと言うのに、ジンは彼を圧倒する。
 力に傾倒した戦い方のイルムガンドの失策もあるにはあるが。
 来賓席から既に違った目線で見ている一部の人のみならず、観客の誰もがこの異常に気付きつつあった。
 彼らの間にあるのが、ただのレベル差では無い事に。
 そして中でも聡い者達は、この戦いぶりを見せたジンと他六名が他の生徒とは違うナニカを学んでいる事を察し始めていた。

「あーっ、早くやらないと私たちの分無くなっちゃうよお!!」

「……ちょっと待って、ユーノ」

「イズモ君?」

「変だ。あれだけやられているのに、ドールの損傷が殆ど無い。見た感じ防具で全部相殺できている様でも無いのに」

「……ホントだ」

「それにジン、何度か気絶を意図する攻撃も混ぜてるのに、全然効果が無い」

「あの人、口は悪いけどあれで意外と優しい所あるもん。これだけ好き勝手やってくれてるホープレイズなんて、私なら気絶どころか延々と恥かかせるのに。多分後遺症とか色々考えちゃってるんだね」

「……君は意外と黒い方だよね。ま、僕もイルムガンド先輩については君と同意だけど」

「とにかく行こうよ」

「僕はここで良い。詠唱始めておくよ。君ら二人が前衛やるなら、僕は安心して後ろにいられるから」

「そ、なら……っ!?」

 ユーノはイズモとのやり取りを終えて、ジンとイルムガンドの戦いに混ざろうと足に力を込める。
 ほぼ同時に。
 ジンがイルムガンドから距離を取った。
 それも意図しての展開ではなく、緊急回避を思わせる様子で。

「来るつもりなら気いつけろ! センパイ、何かやばい感じだ」

「りょーかーい!!」

 派手な打ち合いを繰り広げながら、仲間二人の様子にも気を配っていたジンがユーノの気勢を察して忠告する。
 軽い口調で怒りを時に見せながら戦ってはいるものの、ジンは冷静に戦況を把握していた。

(こいつ、やばいってか変だな。打っても打っても動きは鈍らねえし、意識も飛ばせねえ)

 所々に鋭い技を見せる事はあっても、基本的にイルムガンドは力任せの戦い方をしている。
 大剣を振り回して相手に叩きつけ、ダメージを与える。
 剣の使い方という点では剣技を身につけた者のそれだが、その思考は力一色に染まっている。
 明らかに普段の彼では無い。
 先日彼と刃を交えたジンから見ても、異常を感じる程度にはおかしかった。

「審判! これ、続けて大丈夫なんすね!? 先輩、明らかに変ですけど?」

「全部、あいつさえいなければ……あいつさえ……」

「……戦闘継続の意思は感じられる。ドールを見る限り、君の攻撃のダメージは大した事は無い。継続しなさい」

 審判はドールでダメージの判断をしている。
 それが無事である以上、気絶などをしない限りは決着としない意向のようだ。
 ホープレイズの金が絡んでいるのか。
 一瞬、そんな考えがよぎったジンだったが、審判の好みの範囲かもしれないと思い直す。
 それに、継続で良いと言うのなら、少しでも早く終わらせてしまえば、このおかしな事に振り回される事も無いだろうと考えた。

「お、俺はっ! 勇者様と、理想、理想をっ。ライドウ、ライドウ!! 邪魔をするなっ」

 吠えるイルムガンド。その口が怨嗟の中で吐いた名前はライドウ。
 ジンでもユーノでもイズモでも無い。
 そして、これまでよりも一層、力強さが増した。
 体そのものが一回り大きくなったようにジンには感じられる。
 武器を持つジンの手が微かに震えた。
 表情にも苦々しい色が混ざる。

「……知るかよ! 俺は先生じゃねえし、お前の理想なんてどうでも良い。大会で汚い事をするような手合いが語る理想なんざ聞く価値も感じねえしなぁ!!」

 イルムガンドの言葉を切り捨ててジンが、上段から振り下ろされる大剣をかいくぐってイルムガンドに迫る。
 空いた手がフックをジンに放つも、繰り返された剣と拳の連携が彼を捉えることは出来なかった。

(嫌な予感がどんどん強くなりやがる。何を仕込んでいるのか知らねえけど、さっさと終わらせるに限る。あの様子だとユーノとイズモも何か用意しているようだし、畳み掛ければあるいは終わりに出来るか……?)

 ジンの体がバネの様に縮む。
 その身を一撃の突きを放つ発射台にする為に。
 解放された体は半身になり、右手で放たれた突きは正確にイルムガンドの下顎を狙っていた。

「ユーノ、イズモ! 何かやるつもりなら合わせろ! 畳み掛けるぞ!」

 当たる。
 そう思ったジンは目を一瞬仲間の方に向けて確認の意味を込めて自分の意思を伝える。
 既に、彼らも動き出している。
 恐らくは自分の動きに連動しての事だと思いながら、自身が起点になる事を明確に伝えた。
 ここで予想が外れる。
 ジンの突きはイルムガンドの下顎を打つ事が出来なかった。
 僅かに身を低くしたイルムガンドは事もあろうに迫る切先を顔、正確には口で止めた。
 歯で、がっちりとジンの突きを止めている。

「っ。どうかしてるよ、あんたは!!」

 事態の異常さに表情を歪ませながらも、ジンは即座に対応する。
 柄を握っていた右手を離し、柄頭に掌底を当てる。
 足で強く石畳を踏み下半身からの力をそこに流し、一気に押し込む。
 依然として切先は歯で止められたままだったが、その力を加えられた事でイルムガンドの体が斜め後方に浮き上がった。

「うまいっ、後は任せて! ユーノ、頼んだよ。エアリアル!!」

 イズモの術が発動する。
 イルムガンドの周辺数メートルが淡く緑色に発光した。
 微かにその範囲に入っていたジンがバックステップで退避する。
 既に落下しようとしていたイルムガンドの体が空中で止まる。
 そしてそのまま手足をばたつかせながら、何かに押し上げられるように上昇していく。
 術の効果に他ならなかった。
 対象と周囲数メートルの範囲にあるものの自由を縛り、風で押し上げる。
 それだけの魔法、それ自体に攻撃力も無い。

「もって二十秒だからねっ!」

「わかってる! ではでは。いっきまーすっ!!」

 既に上昇し始めているイルムガンドを追って、攻撃的な光を目に宿したユーノが緑色を帯びた魔法の円柱の中に入っていく。
 それも、最後の一歩で思いっきり上方に飛んで。
 当然、自分から初速をもって上昇の流れに乗ったユーノはイルムガンドに追いつく。
 そこから彼女の攻撃が始まった。
 もう、滅多打ちだ。
 始めは上昇速度を相手に合わせる為の減速を狙った一撃。
 そして滅茶苦茶に振り回されるイルムガンドの手足を避けながら容赦の無い槍の連続攻撃がひたすら続く。
 しかも鎧の継ぎ目や生身の部分を選んでの攻撃。
 明らかに、彼女はこの通常では有り得ない空間での動き方を知っていた。
 ただただ翻弄されて体のバランスすら取れないイルムガンドとは全く違う、活き活きとした動きだった。

「そろそろかな~、それじゃあ食べるくらいに武器が好きな先輩に~。プレゼントですっ!」

 その身を襲う大剣の腹を足で蹴って、自分から円柱のエリア外に出たユーノ。
 投擲の構え。
 その槍に加速と、魔力の付与を行う。
 魔力の付与が体を離れても有効な効果を維持するのは人にもよるが極めて短時間。
 ユーノにとって、それはギリギリの距離だったがそんな事はおくびにも出さず。
 足場の無い不安定な状況からイルムガンドに向けて高速の槍が射出される。
 当然、上昇のエリアから外れた彼女は落下する事になる。
 ジンが彼女を案じて落下予測地点に急ぐが、それは杞憂だった。
 十メートル程から落下してきたユーノは着地よりも大分余裕を持った地点で減速、正確には不完全な浮遊を自らに使って無事に着地した。
 完全な浮遊の魔術は未だ彼女は修めていなかった。
 ユーノの着地よりも前から色を一気に薄くし始めた円柱は、彼女の着地を待たずにその効力を失い、霧散した。
 そこに残されたのは額から血を流すイルムガンドだけ。
 空中での戦闘などと言う前代未聞の大会風景を見た観客らは呆然としていたが、そのイルムガンドの姿を見た時にようやくドールを見るに至った。
 大きく破損して、揺れていた。
 まだ、破壊されてはいなかった。
 だが落下の後にどうなるのか。
 少なくとも無傷では済まないと確信をもって見ている。

「おっかねえ攻撃するな、おい」

「空中なら慣れてなければまともに抵抗されないから。初めは遊びで試してみたんだけど、意外と初見の相手には効果的かなって二人で話していたんだよ」

「これをツヴァイさんに決めるのが当面の目標なの!」

 三人は和気あいあいと集まって話をしていた。
 落下の瞬間。
 鈍く大きな音が響いた。
 イルムガンドのドールが、二つ。
 見事に割れた。

「……っ。し、終了ぉぉ! 団体戦決勝、勝者はジン=ロアン、イズモ=イクサベ、ユーノ=レンブラント!」

 しかし。
 この年の闘技大会は、まだ終わりではなかった。


 
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