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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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団体戦、決勝

 
 気が重い。
 もうじき僕はここにいる人たち全員を裏切るに等しい行為をする。
 ロッツガルドでの商売も、続けるのは難しいと思っていた方が良い。
 まだ会ってないけど大物何人かに目を付けられてしまったようだから。
 レンブラントさんに頼めば、なんて事は流石にやる気になれなかった。
 彼にはただでさえお世話になりっぱなしだ。
 ツィーゲでもクズノハ商会が上手くいっていたのは、それとない彼のフォローがあったんだろう。
 街の気風が自由だから、実力主義だから良いものを提供すれば成功出来ると言うものでもないんだ。
 あの街でレンブラントさんに睨まれたい奴なんて多分いないだろうし、そういう遠慮も僕の助けになっていたんだ。
 あっちの商売も上手くいっているから、僕も商売に慣れてきたなんて勘違いもいい所だった。
 ロッツガルドの商人ギルド代表は僕を一人前の商人としてすら扱ってくれなかった。
 途中からなんて完全に馬鹿にされてたもんな。
 レンブラントさんへの貸しにしたいから街を出ていけば今回は見逃してやるとまで言われた。
 あれは、本当に腹が立った。
 今思い出して湧き上がる怒りは、彼へのものと自分の不甲斐なさへのものが入り混じっている。
 あの代表は、金こそ至上、その価値観で世を生きる感じの人だった。
 彼がやり難いと表現していた所を見ると、レンブラントさんも身内が病気になる前はあんな感じだったのかもしれない。
 だって、あの代表と対等以上に渡り合うなら甘い事なんて言っていられないと思うから。
 悔しい事に僕が商人として不出来なのは事実。
 言われた事だって、わかる。
 甘かったのも、確かだ。
 結局、僕は逃げて魔族と関係を持とうとしている。
 最悪の場合、ここだけじゃなくツィーゲの店舗も、そしてあの街で築いた関係も全部……。
 いくらレンブラントさんがあんな事を言ってくれたからといって、ヒューマンと敵対して女神とも揉めている、そんな僕が彼の負担にならない訳が無い。
 父さんと母さんがいた国に引きこもる、か。
 異世界にまで来て僕は何やってるんだか。
 満員の観客が熱気を放つ闘技場で、確保した席に座っていた僕は、誰もいない舞台を見る。
 闘技大会団体戦も、残す所は決勝のみ。
 もう会う事も無くなるかもしれない生徒達の試合、きちんと見届けないとな。
 準決勝も無難に勝ち進んでいた。
 レベル制限なんてあからさまな嫌がらせも、彼らにはあまり効果がなかったみたいだ。
 ミスティオリザードとの模擬戦で連携して戦う事に慣れている所為もあるんだろう。
 ただ、少し気になる事がある。
 あのホープレイズ家の次男だ。
 彼の準決勝の試合での様子、普通じゃなかった。

「あれは、良くない感じがするな。巴、わかるか?」

「あの貴族ですか。ふむ……何らかの魔術か薬物で能力を高めていて、その副作用では?」

「澪は、どう思う?」

不味まずそうな感じがしました。ヒューマンに混ぜ物でもしたような、気持ちの悪い色合いに見えますわ」

「亜人みたいって事?」

 ヒューマンに混ぜ物って。
 どんな意味なのかわからないぞ、澪。

「いえ、何て言えばよろしいのか……。ええと、ヒューマンと亜人は種類は違うのですが同じパンと言う括りが出来る感じで、さっきの気持ち悪いのは中に何か埋め込んだような……ドライフルーツ入りのパウンドケーキみたいな……」

 わかるような、わからないような。

「そう、か……」

 僕としては巴の意見に近い印象だ。
 正気を失ったようなどこか虚ろな雰囲気。
 異様な膂力で相手を叩き潰す、だがヒューマンというよりも魔物に近い感じを受けた。
 周りのメンバーも彼ほどではないにせよ、あまり普通とも思えない。
 この大会に魔法薬などの使用は禁止されていた筈だから、薬では無いと思うんだけど……とすると魔術だろうか。
 まあ、力だけ強かろうと見たところツヴァイさん以下。
 技は言うまでもなくアオトカゲ君以下。
 三人で挑めるなら僕の生徒が勝つだろう。
 だからそこまで気にする程では無いと思うんだけど……。

「識、そろそろ戻ってくる頃だと思ってたよ。どう、あいつらの様子は?」

「若様直伝のジャンケンで熾烈な選手争奪戦をしておりましたよ」

「ふふ、緊張していないようで何より」

 生徒達の場所に行かせていた識が戻ってきた。
 僕の問いに彼は淀みなく学生の様子を伝えてくれた。

「識、お前はあのホープレイズの子、どう思った? 何か個人戦の時とも大分印象が違うんだけど?」

「……ええ。私も確かな事は申せませんが、何かされているように思います」

「されている?」

「はい。正気を失いかけています。あれは、魔法薬の類かと。昔私が扱った物にも似ていますが……」

 薬ね。
 本当になんでもアリに出来るんだな。
 貴族と揉めるとどういう事になるのかわかった気がする。

「ちなみにその薬はどんな効果だったの?」

「ヒューマンをグール、半死の幽鬼に変えて使役する効果の魔法薬です。もっとも、即効性こそ良かったのですが使い物にならないひ弱な代物が出来上がり失敗に終わりました」

 昔の識の所業は、さらりと聞き出せるけど真っ黒な内容も少なくない。
 これもその一つだな。
 おっかない事をしてる。

「使役かあ。少なくとも操られている感じはしないし、ひ弱でも無いなあ」

「はい。ただ予想できる戦闘能力の最大でも、最悪我々が止めれば問題ありません。生徒には、危なくなったら棄権するよう伝えてありますから。むしろ私が――」

 言葉を続けようとする識に僕が割って入る。

「……識? あいつらにそれを言ったの?」

「はい、申しましたが」

「ああ~、お前にそう言われたら、アベリアを筆頭に無茶するんじゃないか?」

 彼女じゃなくても、勝ってやる、位に意気込みそうだよね。

「彼らを案じた言葉だったのですが……」

「最悪、反則負けになっても僕らが止めに入ってやれば良いか。それで、識さっき言いかけたのは何?」

「ええ、ホープレイズなのですが。防具を付ける前の彼が身につけていた首飾りが気になります」

「首飾り? あの子、まだ何か実家から持ち出していたのか?」

「魔法抵抗効果の偽装が施されていました」

 偽装?
 それは、確かに変だ。
 隠された効果がある事になる。

「もしかして覚醒してパワーアップする系?」

 アクセサリーの類は時に武器よりもやばい効果を持っている、なんてゲーマーの考えすぎか?
 でもあの子、本当に手段を選んでない様子だからなあ。

「覚醒? いえ、それが何かを集積する作用かと思うのですが……機能している様子もなく。少々気がかりで」

 識が言い淀むなんて珍しい。
 あ、僕が言ったゲーム的解釈は忘れてくれて良いから。

「なんだか、嫌な感じですわね。この街全体が、妙な感じです」

 澪が空を見て呑気に言った。
 彼女自身が脅威とは思わないまでも何かを察知したのか?
 しかしこれだけ色々動いている中で、澪のこの言葉。

「……一応、ジン達が使えそうな武具を店から出してくれる? あの子達の控え室に置いておいてあげて。で、終わったらここで一緒に観よう」

「わかりました」

 もしかしたら、それがジン達にしてやれる最後の事になるかもしれない。
 武器なんて、降りかかる厄介事を振り払う一助にしかならないけど。
 何ヶ月か面倒を見た子達だ。多少は情が移っている。
 ……いや、かなり移ってる。そうはならないように気を付けていた心算つもりだったのに、全然駄目だな僕は。
 今は、守ろう。

「お待たせいたしました!! これより闘技大会団体戦決勝を始めます!!」

 朗々とした声が、舞台に上がった男から放たれた。





◇◆◇◆◇◆◇◆




「よし! 行くぜ! ちびっ子共、ホープレイズに限り手加減するなよ!」

「ちびっ子じゃない! 手加減なんかするもんか。ジンのやってた瞬間強化、やっと実戦でも試せるんだ、上手くいけば全力と変わらないよ僕は」

「身体の成長をからかうのって子どもだと思う! 見せ場全部持ってっちゃうからね!!」

 肩、膝、肘といった場所に厚革の防具をつけ、戦闘講義時の制服を身につける三人の学生が明るい雰囲気で話をしている。
 一際背の高い少年が最初に言った言葉が彼らを良く表していた。
 ジンとちびっ子コンビ。
 そう表現するのがしっくりと来る。
 残り二人はそれを否定していたけれど、どんよりとした空気を纏う残りのメンバー四人もそう思っていた。

「なんで、俺はあそこでグーを出した!」

「あんたがあそこであいこにしなきゃ私出れたのにぃ……」

「四連続でパーとか荒らしですか!」

「い、一回も出れなかった……」

 選手争奪戦の敗者たちである。
 意気揚々と各々の武器を取る三人とは対照的な落ち込みようだった。
 若干一名、悲惨な発言も見られる。
 スタンダードな片手持ちの剣を取るジン、体に不釣り合いな槍を取るユーノ、申し訳程度の効果を持った宝珠を先端に付けた杖を取るイズモ。
 この三人が勝者だった。
 出場こそ出来ないが、残る四人も彼らに続いて舞台付近まで来る。
 そのまま舞台に上がるジン達。
 対面にはもう七人の対戦相手がいる。

「潰す、潰す、潰す……」

「おいおい、今日はお薬でも使ってきたのかよセンパイ。今更無駄だって」

「醜い……」

「キモ……」

 据わった目でぼんやりとジン達の方を見ながら片手で大剣を持つイルムガンド=ホープレイズ。
 その様子に気負う事なく、ジンもユーノもイズモも整列した。
 選手の紹介が順番にされていく。
 本来この場所に立っている事は学園に通う生徒にとっては最高のシチュエーションなのだが、この決勝は奇妙な雰囲気に支配されていた。
 三対七。それもある。
 だが、妙に浮ついた六人と明らかに普通ではない一人の七人の側と、臆した風もなく緊張感なく不敵に笑う三人の側。
 そして観客席と来賓席から注がれる、例年を超える試合への強い関心の目。

「はじめっ!!」

 戦況はいきなり激しく展開した。
 ジンの両脇にいたユーノとイズモ。
 彼らがそれぞれ左右に弾けた。
 強化された急激な加速、それは二人が個人戦で見せていたものよりも更に速い。
 ジンが使い出した瞬間的な強化の概念を、彼ら二人もごく短い間に習得していたが為だった。
 観客席にいた真が目を見張ったのは余談。
 そしてもう一つの動き。
 イルムガンドだ。
 彼は個人戦での遺恨もあったのか、一直線にジンに向けて突進してきたのだ。
 その加速はユーノとイズモには劣るが、大柄な彼が防具を全身にまとって大剣を持っての加速。
 迫力は二人とは比べ物にならない。
 残念な事にジンがそれに気圧される事は全くなかったが。

「センパイよお! これが最後の試合だ、覚悟しろよおおお!!!」

 イルムガンドの突進をジンは嬉々として受け入れる。
 望むところだった。
 イルムガンドの陣営にいる残り六人には両脇からユーノとイズモが迫っている。
 そちらはジンが心配することは何もない。
 四人いる術師は詠唱を始めたところだし、残る二人の戦士もそれぞれ個々に迫ってくる二人を迎え撃とうとしている様子が見て取れた。
 愚かだ、とジンは口元を歪めてそう思う。
 こちらの二人が何を考えているのか読めていないと、確信できたから。

「邪魔なゴミはあああああああ、潰すううううう!!」

 先日潰された加速からの横薙ぎを懲りずに放ってくるイルムガンド。
 ジンはその攻撃を受け止める。
 潰さなくても問題ない。
 それを教えてやりたかったから。
 だが、予想外の力が打ち合った剣から伝わる。
 魔力を這わせて一度くらい打ち合っても問題ない状態になっている筈の木剣に刃が食い込み、ジンの体が押し込まれる。

「ちっ!!」

 舌打ちを漏らしつつ剣を引いて攻撃を流そうと身体の動きを切り替えるジン。
 そこにまた予想外の攻撃が加えられる。
 大剣をそのまま薙ぎ払って体が流れたイルムガンドが一歩を無理矢理に踏み込み、空いていた手でジンに殴りかかった。
 明らかに身体の負担を考えない無茶苦茶な行為だ。
 狂気さえ感じさせる一撃。
 本来ならそれでも食らう一撃ではなかったが、彼にはイルムガンドをどうやって這いつくばらせてやろうかとそちらを主に考えていた。
 ジンの油断だ。

(よけられねえ、野郎っ)

 顔に迫る拳。
 回避出来ないタイミングになった事を察したジンは、半ば本能的に剣を持っていた手を上げる。
 正確には肘を。
 大したものではないとは言え、そこには防具を着けている。
 奇跡的にその防御は間に合い、イルムガンドの拳はジンの右肘と激突した。
 肘に当たった事など意にも介さず、そのまま振り抜かれる拳。
 ジンはやや後方に飛ばされて転ばされる。
 即座に立ち上がり、剣を構え直すジン。
 肘への思わぬ衝撃にも剣を離さないのは、流石だった。

「貴族様の戦い方かよ、それ。ちっ、先生が見てる前でやってくれやがって」

 ジンの目に激しい怒りが揺らめく。
 一撃をもらったのは、彼の油断も大きいのだが、戦いの高揚でそんな事は思考に入らない。

「ユーノ、イズモ。悪ぃな、先始めるわ」

 小さく。
 ジンの呟きが漏れる。
 再び彼に向け突進するイルムガンドを制するように、今度はジンも駆け出した。
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