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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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ある学生の背景(下) ~暗躍~

 ライドウが学園の講師として赴任した。
 しかも一部の学生には好評を得ている。
 イルムガンドは以前学生に渡された薬を服用するようになっていた。
 彼が自覚できる限りでは説明の通り副作用はなく、身体能力も魔力も強力になった。
 その強化は今も続いている。
 高まった能力は彼のレベル上げをより早め、彼のレベルは七十に届こうとしていた。

「ライドウ、あいつは学園でまでちょろちょろと!」

 だがイルムガンドの苛立ちはまるで止む事はなかった。
 簡単な話だ。
 力を得ても尚、イルムガンドはまともにルリアと会えていない。
 それどころかゴテツにはライドウや識が出入りしていて、ルリアと仲良く楽しげに話している姿を何度も報告されている。
 面白い訳が無い。
 そこにいる筈なのはライドウではなく、イルムガンド、彼自身である筈だったのだから。
 自分の居場所に入り込み自分が受けるべき笑顔を奪っている存在。
 彼の中でライドウは殺しても飽き足らない存在になっていた。
 さらに一度、ライドウの講義を継続して受けている学生の一人に大敗を喫した。
 イルムガンドが方々に圧力をかけてライドウの講義に受講申請を出すのも止めるよう促しても、それでも受講を止めようとしない奨学生の内の一人。
 敗北などあって良い事ではなかった。
 しかもその生徒はイルムガンドを倒した瞬間にこう言ったのだ。

「あ、しまった。加減間違えちゃった」

 彼女は小さくそう呟いて生徒の列に戻っていった。
 イルムガンドに聞こえるように零したと言うよりも、独り言が漏れた感じだった。
 名前は、アベリア=ホープレイズ。
 グリトニア出身の奨学生だ。
 ホープレイズ。
 イルムガンドと同じ家名だ。
 だが彼との繋がりは全くない筈の女子生徒だった。
 少なくとも彼は関連を知らない娘。
 アベリアから特に話しかけられた事は無いし、偶然の一致と彼は考えていた。
 実際アベリアは貴族の出身ですら無かった事もあり、イルムガンドにとってその名への興味は既に失われていたものだった。

「手加減? この俺が手加減された?」

 重要なのは名前ではなく、加減されたと言う事実だった。
 学年も下、レベルも下、さらに祝福も無い状態の女子に最高学年にしてトップクラスの実力者である自分が手加減されて負けた。
 認められる訳が無かった。

「ライドウの! あのライドウの生徒にか!? ふざけるな! ふざけるなあああああ!!」

 少しずつ、無意識に、彼は感情をコントロール出来なくなっていた。
 ゆっくりと、止まることなく静かに進行していた。
 この頃の彼はその人相も厳しさときつさが増し、取巻きもその数を減らしていた。
 部屋に帰って荒れる彼の様子も少しずつ噂になって広まってきている。
 今日は特にひどかったが。
 周りの調度品に当たり散らして破壊音と喚き声とが耳障りな音になって部屋の外にまで響く。
 ひとしきり暴れたイルムガンドは寝台に腰掛けると突然怒鳴り出した。

「おい、出ろ! おい、いないのか!?」

 念話だ。
 声に出す必要も無いのに、念話の発言を口に出すイルムガンド。
 相当苛立っている証拠だった。

(……ごめんなさい、手が離せなかったものですから。イルム様、どうされました? お薬が無くなりそうですか?)

 怒鳴り声に応じた声は落ち着いた艶のある声。
 薬をもらうようになって経過の報告などをしている薬の開発責任者である。
 学生に上司と聞いていただけの時はてっきり男性だとイルムガンドは思っていたが、念話を繋いでみると女性であった。
 彼女はイルムガンドの感情むき出しの声にも極めて落ち着いて対応した。

(違う! あの薬の効果よりもたかが臨時講師の講義が効果を上げるとはどういう事だ! あれもお前らみたいな、学園が秘密で進めている企画の一つだとでも言うのか!?)

(……イルム様、落ち着いて下さいませ)

(これが落ち着いていられるか! 俺は今日、たかが数回あいつの、ライドウの講義を受けた学生に負けたんだぞ! レベルも一回りは低い女にだ!)

(そのような企画は無い筈ですが……。ライドウ、その講師の名前はライドウと言うのですか)

(そうだ! あの不細工、商人ごときがどこまでもこの俺を馬鹿にしやがって!!)

 イルムガンドの激昂ぶりは、彼が侮蔑する愚かな貴族の癇癪そのものだった。
 それすら、イルムガンドの意識は気にしていない。
 自覚できる副作用はない。
 確かに。
 当人たるイルムガンドはその異変を意識出来ずにいる。
 相変わらず落ち着いた声で念話を続ける女はライドウと言う名が出た事に少し考え込む。
 もう少し時間がかかるかと思っていた。
 少しずつ、彼女はイルムガンドの心の平静を崩してきた。
 彼の心が負に傾くように。
 あくまでも薬の効果を補助する程度で、本格的な暗示などは掛けていなかった。
 だから、結実までは早くともまだ半年は必要だろうと目星を付けていたのだ。
 しかしイルムガンドは思ったよりも早く追い詰められ、彼女にとっては良い感じに仕上がりつつあるようだった。
 だが同時に早過ぎもすると懸念もある。
 加速度的にイルムガンドを壊してくれる要因であるライドウ。
 その人物を一度見ておく必要があると彼女は感じていた。
 何よりも強化したイルムガンドを一回りもレベルが違う女生徒に倒せるとは思えない。
 女は念話にせず、心の中で呟いた。
 少なくともヒューマンには、と。
 既に直接向かう必要は無い筈の学園都市に、彼女の興味が向いた。

(わかりました、イルム様の無念、よくわかりました。もう少し体を慣らされてからと思っていたのですが、次の薬を処方しましょう)

(!? 次の薬だと!? そんな物があるなら最初からそれを出せ!)

(申し訳ありません。何分、こちらの薬には軽い副作用がございます。感情を自制出来ない方には危険を伴いますし、何より体にも……)

(構わん! 感情など自制できている! 俺を馬鹿にしているのか貴様は!)

(申し訳ございません、出過ぎた事を申しました。お許し下さいイルム様。では、いつもの者にすぐに届けさせます。それから、魔法抵抗を高める首飾りがあるのですがこちらは私共からの贈り物です。一緒にお送りしますのでお使い下さい。嵩張るものでもございませんので、邪魔にはならないかと存じます)

(ふん! その程度の貢ぎ物で出し惜しみした事を償えると思うなよ!)

(勿論です。今後も一層の協力を惜しみませんので、どうかご容赦下さいませ)

(その言葉、忘れるな!!)

 イルムガンドが一方的に念話を切断する。
 薄暗い室内にいた女は、その失礼な態度に溜息でも漏らすかと思えば静かに口元を歪めて笑みを浮かべた。

「ふふふ、随分と良い風が吹いてきているみたい。感情の自制は出来る、か。笑わせるお坊ちゃんねえ。ホープレイズはこれで崩れた。リミアは動かざるを得なくなるでしょう。だけど……ライドウ? だったかしら。いき過ぎも困るし一度どんな輩か確認しておこうかしら」

 青い肌、角の無い顔。
 ただ一人部屋に佇む女、魔王軍魔将ロナは思案げに手を口元に添えた。
 彼女がカレン=フォルスと偽って学園にやってくる少し前の話だ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 タイミング。
 時機を見誤ってはいけない。
 これは作戦の最後の詰めだ。
 念入りに仕込んだ仕掛けの最終段階。

「ここまでは本当に面白い位に上手くコトが進んでいる。リミアはともかく、グリトニアからどの程度の高官を引っ張れるかが問題だったけど、リリ皇女が釣れるとは思わなかった。しかも皇女がリミア王を釣ってくれるし。笑いが止まらないわね」

 一つだけ懸念はある。
 クズノハ商会、ライドウ。
 中立だと口にしたが、彼もヒューマンだ。不安材料ではある。
 恩は売りたいが作戦に支障が出ても困る。
 少なくともラルヴァがいるならこの件でライドウの身に危険は及ぶまい。
 あのリッチがどこまで忠義を尽くすかにもよるが、ライドウ自身相当な戦闘力を持っている。
 最悪、彼が事態の鎮圧に動く事も考えられる。
 それでも、混乱した状況でのヒューマンの情報伝達能力を考えると問題は無い。
 そう、今回は彼への通知の方が魔族としてのデメリットが大きい。

「ライドウ、魔王様への謁見を了承したんだからそれなりに私たちに興味はあるんでしょう? それなら今回は大人しく見逃しなさいよ……」

 誰かに祈るような響きだと我ながら呆れる。
 祈る神など私たちにはいないのに。

「ロナ!」

 今回の作戦の相方、同じく魔将である巨人イオの大声が響く。
 さあ、結実の時だ。
 勇者の最後を見届けよう。
 魔王様にかの者の死を、我らの勝利を伝えよう。
短いですが投稿です。
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