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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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クズノハの会合

 リリ皇女がジン達を見て手を出すか出さざるかで歯ぎしりをしていた頃。
 客席の一角では一際目を引く服装をした二人の女性が嘆息していた。
 ライドウこと真の従者、巴と澪だった。
 もう一人の従者である識は生徒の子守をする為に別行動をしている。

「詰まらんの~、流石にここまで実力差があると戦いではなくショーじゃな」

「ですから、私は昨日からそう申しているではありませんか。若様の生徒でなければこうしてもしませんわ」

「識のように教え子ならまた違う楽しみ方も出来るんじゃろうが……澪、その異様な膨らみの袋は何じゃ?」

「何って、露店で買ったどこどこ名物のあれこれですわ」

「答えになっとるようでなっとらん。いや儂が言いたいのはその量じゃよ」

 巴は横に座る澪のさらに奥、幾つかの大きな茶色の紙袋を見て半目で問う。
 澪の答えは清々しく、全部食べ物だと伝えられる。
 しかし巴が聞きたかったのは、彼女も言った様に量だ。
 満席の筈の席。
 その一つを完全に占拠してしまっている。
 澪の名誉の為に説明すると、これは本来真が座る場所であり、彼が来れないから有効利用しているだけだ。
 断じて食べ物を置くために誰かをどうにかした訳では無い。

「帰りまでには食べてしまいますからお気になさらず。……分けて欲しいなら素直に仰ってくださいね」

「いらぬよ……。胸焼けしそうじゃ」

「ふん、これがお酒なら無言で持っていく癖に……」

 二人はのんびりと舞台で繰り広げられる団体戦を眺めながら他愛の無い話をしている。
 見るべきレベルの試合が無く、肝心のジン達の試合にしても相手が弱すぎて見ていても面白くも無い。
 さらには主人である真の不在。
 彼女たちに真剣に試合を見ろと言うのも酷な話かもしれない。

「これでは明日の準決勝と決勝も期待は出来ぬなあ。まあ、若と過ごせるなら別に良いか」

「それは同感ですわ。若様と一緒の時間、場所なんてどうでもいいですもの」

「ふむ、終わったようじゃな。む」

「っ」

 巴と澪が同時に何かに気付く。

「澪、若がお呼びじゃ。戻るぞ」

「わかってますわ。少しお元気が無いようですし、急ぎましょう」

 主からの念話を受けた巴と澪は、お互いに頷いて席を立った。
 短く端的な念話。
 相談したい事があるから商会に戻って欲しい、と。
 勢いの無い落ち込んだ意思。
 心配を胸に彼女らは、途中で識と合流し商会に戻った。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「とりあえず、その代表を殺してくればよろしいですわね」

「澪、まだ話は終わっておらんだろうが。まずは落ち着け」

「何を馬鹿な。私は全く落ち着いていますわ。やる事だってしっかりわかってるじゃありませんの」

「だから、まだ待てと言うとる。話は終わってないんじゃから、少し、待て」

「若様に向かってあんな暴言……。暴言? そんな生易しいレベルじゃないですわね。どうやって殺してやろうかしら……」

「澪。その若の話を最後まで聞いて話をするのが先じゃと言っておるんじゃ」

 ひとまずの事情を話し終えると澪は立ち上がって部屋を出ようとする。
 すぐに止める気力も無い僕の代わりに巴が澪を制止してくれた。
 その様子を自分でもわかる気弱な目で僕が見ている。
 ん?
 制止だったか?
 止めてはいなかったような……。

「やはり、我々の誰かが一緒に行くべきでした」

 識だ。
 結果的には彼の言う通りだ。
 僕が巴達の誰かを同行させていれば良かったのかもしれない。
 従者の誰かを伴えば、きっと彼らが力で解決してくれる気がした。
 でも、それじゃあ意味が無いかなと。
 あのレンブラントさんですら巴を初めて会わせた時には絶句してかなり萎縮していた。
 僕は、その彼から言われた他の商人の悪意がどの程度のものか知りたかった。
 以前、初対面の彼にルビーアイの瞳を届けに行った時だって上手くやれたんだし、相手が商人であればある程度の話は出来る気でいた。
 レンブラントさんとはその前後の付き合いがあったから巴のレベルの件があっても上手くやってこれたと思うけど、今度の代表との話は僕でさえ会った事のない人だ。
 恫喝みたいな手段を最初から用意したくなかった。
 その甘い考えがこのザマだ。
 無茶苦茶な要求を押し付けられて、馬鹿にされて、負け犬みたいに帰ってきた。

「ごめん、一人で行きたいなんて言って」

「儂らの誰かが同行しておれば、その場は血の海になっておった可能性もありますから、全ての結果が悪いことばかりでもありますまい。そうお気になさらず」

「若様は悪くありませんわ!」

 僕を慰めようとする巴の言葉に澪が反論を挟む。
 いや、どう考えても僕の対応がまずかっただろう。

「思えば我々には商いに通じた者など、おりません。皆が素人から始めているようなもの。レンブラント氏から商売に慣れた者を紹介してもらって基本から教わるなど、やりようはあったのかもしれません」

 かもしれません、じゃない。
 そうするべきだった。
 それ以前に僕自身が商売を始めたと言うのに、あれこれと手を出して商売の事を疎かにしていた。
 実際商売はそれでも上手くいっていた。
 いや、そう見えた。
 だから余計に僕も油断したんだ。
 今更、とも言うけど反省する。

「識、お前まで! どうして若様が落ち込まれなくてはいけないのですか! 大体、若様は呪病や行き届かぬ薬の不足の所為で容易く命が奪われてしまう事を憂いて、薬を行き渡らせる事を志されたのでしょう!? 何故他の商人どもに恨まれないように立ち回る処世術など覚える必要があるのですか! 皆にとって良い事をしようとしているのに、どうして! こんなのはおかしいではないですか!」

 どこまでも僕を庇おうとする澪の言葉が心に染みる。
 そうだ。
 僕は、薬を安く皆に行き渡るようにしたかった。
 その為に国とか関係なく、広く商売をしたかった。
 付随して色んな雑貨を扱うようにもなっているけど、それはおまけだ。
 良い事をする。
 その考えが心のどこかにあったから、僕は売る相手しか見ようとしていなかったんだろうか。
 同業者の事は精々、価格で無茶をしないようにとか、コピーや転売にどの程度対策しようとか、その程度の事しかしていない。
 実際、その価格ですらどうだろうか。全てを自前で採取して技術を必要とする調合で赤字にギリギリならない位。
 これは、適正の範囲内か?
 恐らく、違う。
 亜人の従業員について失礼な指摘をされてから、地域の商人の集まりにも顔を出していない。
 最近はアクアやエリス、それにエルドワの職人もそれなりにヒューマンと付き合いを持つようになってきた。でも、だからと言って僕自身が周囲の商人と摩擦を起こさずにいられたと思うのは、間違いだったんだろう。
 付き合いの放棄は、クズノハ商会の印象をより不気味にしただけだったとも考えられる。
 良い事を心がけようと、商売は商売。
 そこには当然競争がある。
 客層が重なる相手を排除しようとする者はいるし、目立った事をすれば大きな商会に目をつけられる。
 僕はその時の対処方法が無いまま今日まで過ごしてしまった。
 睨まれる端から消していけば良いなんて、流石に命令できなかったし。
 ツィーゲならいざ知らず、ロッツガルドでは僕に後ろ盾などない。
 それはつまり、無防備だと言う事だ。

「澪、それは綺麗事じゃ。タダで配るでもなく、あくまで商売でやっている以上はこういう事にもなる。若がまったく悪いとは言わんが、些か無防備であった事は認めざるをえんよ」

「……私も、同意見です。勿論、私がもっと上手く立ち回るべきであった事は確か。申し訳の仕様もありませんが」

「っ!! どうかしてますわ貴方達は! 若様は絶対なのに! 愚かなのは目先の欲しか見ていない商人どもでしょうに!」

 澪は、きっとどんな時でも僕を肯定してくれるんだろう。
 例え僕が外道になっても、世界中の敵になっても。
 同じ場所まで堕ちてくれる。
 だから、僕がしっかりしなくちゃあいけないんだ。
 彼女がそこまで堕ちるんなら、それは全て僕の責任。
 言い聞かせるように、僕の中にある不当な怒りを押し殺そうとする。
 少なくとも。
 これは暴力だけで解決して良い事じゃないと思う。
 僕に全てを委ねてくれる澪の存在は、今は僕の感情が暴走するのを防いでくれていた。

「……若。その代表、許し難い暴言を吐いたようですが、良い事も申しました。どうでしょうか、この際ヒューマンは見限り亜人達に物を売る商会として彼らの集落に店を建てていくのも一つの手かと存じます」

「亜人だけを相手にか」

「はい。何なら魔獣や魔物を相手にしても良いかと思います。それに若は儂に仰いましたな。四季が欲しいかと。若が荒事を好むとも思えませんから、恐らくあの場所を確保する為に魔族とも関係を持つお心算つもりなのでしょう。なれば彼らと商いするのも良いかと。このままヒューマンの社会でやっていく為に心を砕くだけと言うのは、いたずらに若のご負担になるばかりかと愚考しますが?」

「魔族はヒューマンには憎しみをあらわにしますが、他種族には寛容な所があります。巴殿の提案は十分考慮する価値はあります」

「私は……難しい事はわかりません。でも若様の施しにつけ込もうなんて輩の下にいる必要は無いと思います」

 ……。
 施し、か。
 どっかでそんな風に上から見ていたのかなあ。
 そして、周りにもそう思われていたんだろうか。

「僕は……」

「若、どうかこの頃若の考えておられた事をお聞かせ下さい。儂らは若が望まれるのなら、どこの誰とでも戦います。そして……どこの誰にでも頭を下げましょう」

 巴の言葉に澪と識も頷く。
 そうだな、彼らに隠し事をする必要なんて無い。
 僕のこの世界での家族なんだから。

「……僕は、巴が予測している通り、魔族と関係を持つ気でいる。魔将の一人と話をして魔王との面会を約束した。学園祭が終わってからになるだろうけど、僕は魔王に会って巴の言っていた亜空に四季の生まれる場所一帯を譲り受けるか借り受ける心算だ」

 意を決して自分の考えを三人に伝える。
 巴は喜色を湛えた光を目に宿し頷く。
 識は納得したように目を閉じて静かに頷く。
 澪は僕の言葉をただ受け入れて笑顔でいた。

「それで魔族に大きな借りが出来る事になるだろう。魔王と話さない事には、はっきりした事は何も言えないけど、タダで済むとは思っていない。この世界の覇権を女神とヒューマンが持ち続けるか魔族が奪い取るのか。その争いに参加する事にもなるかもしれない。理想を言えば、甘いかもしれないけど魔族と繋がりを持ちながらヒューマンともこのまま商売が出来たらと思っているけど、それは状況によってどうなるかわからない」

 僕は棚から世界地図を持ってくると執務用の机上に広げた。そして巴が以前僕に示した場所に手を置く。

「ここだったな、巴」

「はい、そこでございます」

「元エリュシオン傘下ケリュネオン国、場所は山形県月山辺りか……」

 亜空に四季を与える場所。
 そして僕と、僕が知り合った二人のヒューマンに深く関わる場所だ。

「ヤマガタ?」

「いや、それはこっちの話。大事なのはその前、ケリュネオンって国の名前だ。そこは……僕の両親の生国、らしい」

『!?』

「僕の両親はそこで出会い、後に冒険者になって旅をして世界を転移した。つまり、僕にとっても一応実家、的な場所。もちろん、それは四季と関係無いと思うから今は流してくれて良い」

 思い入れは全く無いしね。
 あわよくば両親の情報が少しでも手に入ると嬉しいけど、滅亡した国の事だ。
 ケリュネオンの情報は魔族の方が知っているかもしれない。
 彼らが侵攻の際に全てを灰にしていなければ。

「しかし若様、ケリュネオンと言えば確か司書のエヴァとゴテツのルリアが……」

 識が思い出したようにアーンスランド姉妹の名を挙げる。

「そう彼女達の生まれ故郷でもある。だから僕は彼女達のそれぞれに決断を求めた。もしも二人ともが頷くのなら、僕は――」

 考えていた内容を三人に話す。
 それは僕の苦肉の策。
 策とも言えない馬鹿げた思いつきでもある。
 けれど。

「ふっ、ふふふ。面白いではないですか、若」

「ですね。上手く成ったなら、使い様によって今抱える問題も解決するカードになり得ると思います」

「若様のお決めになった事なら文句などありませんわ。それに、ある力を使わずに悩むなんて馬鹿げてますもの」

 僕の家族たちはそれを受け入れてくれた。
 ならばもうクズノハ商会のライドウとして。
 そしてこの世界に降りた三人目の異世界人として。
 なあ。
 二人も勇者がヒューマン側についているんだ。
 一人くらい魔族側の裏方をやっても、問題無いよな虫女神。
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