挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

81/187

ライドウ、嗤われる

 待合室を使う事なく僕は代表室と書かれた部屋に通された。
 商人ギルドでは各支部の長は代表と呼ばれている。
 商会設立の際、申請者を代表とするのもここから来ているのかもしれない。あるいは逆か?
 呼称なんてどうでもいいけどね、特に今は。
 案内してくれた受付の青年は部屋に入る事なく、一礼して去っていった。
 中にいるのは豪勢な机に肘を付く代表らしき人が一人、とその護衛が二人。もしかしたら副代表かもしれない。
 漂わせる雰囲気が用心棒を思わせるからふとそう思っただけ。
 この街に来てそれなりになるけど、これまでに商人ギルドの上層部となんて会った事がない。
 用があって来る事はあっても、大体受付で完結するから。
 もし詳しく面談が必要な場合でも中間管理職であろう人が特に同じ人という事もなく相手をしてくれるのみ。
 こうやって奥のエリアまで来る事自体が初めてだった。
 それだけ、面倒事として認識されているんだと思うと気が重くなる。

「よく来てくれた、ライドウ殿。座ってくれ」

 座っていた代表は自分の椅子から立ち上がりながら僕に着座を促す。
 一応彼がこちらに来て、応接用のスペースで先に座るのを待ってから僕も座る。
 対面する配置でソファーが二つ。間に机が一つ。
 沈み込み、かつ快適に身を支えてくれるソファー、透明ガラスの天板に細工が施された脚が付いた机。
 どちらも見た感じでかなり高価な物だとわかる。
 この世界、製造方法が異なるからかガラスはそれなりの高級品だ。
 水晶みたいな希少金属から加工されるのがこの世界の一般的なガラス。
 向こうの製造方法を使えれば、もしかしたら商売になるかもしれないな。
 荒野には結構ガラスがあったからこれまではあまり、気にしなかったけど。
 それにしても
 拘りが少ない所為もあるけど、僕の仕事部屋とはやっぱりえらい違いだ。
 簡素な机に応接スペースも最小限、こんな風に高価な品を使って絨毯を敷いていたりしない。
 来客を思うならもう少し気を遣うべきかもなあ。
 でも萎縮させるのも何だし。
 少し、平和な方に考えが逸れた。

[お呼びとの事でしたが、私にご用件とは?]

「……ああ、会話が出来ないんだったな。はじめまして、私が商人ギルドのロッツガルド支部をまとめる代表だ」

[ライドウと申します。お会い出来て光栄です]

「本来なら、もう少しギルドへの貢献度が高くなってから対面するのが習わしだが。今回は少々良くない件で会う事になった。残念だ」

 彼、代表は顔をしかめて僕を見る。
 容姿への嫌悪も少しはあるかもしれないが、彼の目にはそれ以上に僕が厄介事である事への不快が伺える。
 順調に商会を成長させて代表に会える立場になる、僕だってその上でこうした席がある方が間違いなく嬉しい。
 用件をもう一度促すよりも、彼の言葉を待ったほうが良いんだろうな。

「君への幾つもの疑惑がギルドに寄せられている」

[疑惑、ですか]

「そうだ。普通、学園祭の期間にはこうした問い合わせは減るんだがね。一部連絡先を聞く問い合わせは増えるが」

[苦情は少なくなると]

「……ああ。だがクズノハ商会の場合、四大国の中でリミア、ローレル。それ以外の国々から数件。全てその意を汲んだ商会の代表から、扱う品物やその流通について詳細な調査を要求された。中には極めて危うい意見さえある」

[極めて危うい意見?]

 穏やかじゃないな。
 ただでさえ、僕を見る目がきつい代表がさらに眉間に皺を寄せる。
 言葉を遮るのもどうかと思ったけど、思わず尋ねてしまった。

「クズノハ商会は、品物と流通手段に……魔族の協力を受けている。つまり君が魔族の陣営にあり、ヒューマン全てを裏切りながら利を貪っていると、そういう意見だ」

 馬鹿な。
 どう考えたらそんな意見が出るんだ。
 レンブラントさんの言葉を聞いた時も、魔族の件についてはそこまで深く疑ってなかった。
 この学園都市にも彼らは入り込んでいるけど、それに気付いているヒューマンはいない。少なくとも僕が知る限りでは。
 ロナさんを含めて何人かと接触もある。
 でもそれに前後して周囲に変わった動きは無い。
 つまり魔族と僕の関係なんて、完全な捏造だ。
 嫌がらせにしても度が過ぎている。

[心外です。我々は真っ当な手段で商売をしておりますし、誓って魔族に商会活動の援助などしてもらっておりません]

「恐らく、事実はそうだろうな」

[え?]

 代表がぼそりと小さく呟いた言葉に僕は反応する。どういう事だ?

「品物については、何故か神殿がその品質と製造方法は保証すると連絡があった。意見を寄せた商会の者も、この事を伝えたら品物については意見を取り下げた」

 疑問の声は無視されて彼の言葉が続く。
 神殿。
 この前のあれか。
 となるとあの色っぽい声の司教さんはちゃんと約束を守ってくれたわけか。
 ヒューマンの事、とりわけ女神に関わる連中は信じてないんだけど約束が守られていた事に少し安心した。

「問題は流通の方だ。こちらでも調査したが、クズノハ商会の仕入れと思われる荷車、馬車の類はこちらでも確認出来ていない」

[我々は、主にギルド直営の市場にて原材料その他を調達しております]

「それは明らかな嘘だ。君らに売った原材料とここ二ヶ月程のクズノハ商会の販売額。大雑把な計算でも明らかに食い違う。市場以外にも何か仕入れの手段があるのは明白だ」

 二ヶ月?
 そんなにも前から調べられていたのか?
 特に報告はなかったのに。

[そのような調査は初耳ですが]

「看過できぬ意見が寄せられる以上、ギルドも動かねばならん。それがギルドに所属する商会についてなら当然だ。君らへの苦情が表立って増えたのは最近だが、仔細な資料まで添えて苦情を寄せる者は前々からいたのだしな」

[一言頂ければご協力できました]

「協力だと? 君がか。それを信じろなど、随分と甘い考えをする。その感じだと、調査には気を遣っているみたいだが、相手に悟らせない調査の仕方などいくらでもある。こそこそと人を動かして見張るだけが調査ではない」

[潔白なら疑いを晴らしたいと思うのは甘い事でしょうか]

「……なるほど、反感を買う訳だな。考えが幼稚だ。振る舞い方というものを知らん。よくそれで人を使う立場で商会などやっている。驚いたよ。なまじ順調に商売をしているだけに始末が悪い」

 ……。
 なんでここまで言われないといけないんだ。
 間違った事を言ったか?
 明らかに見下されるのを感じて怒りを覚える。

[私に、何をしろと言いたいのでしょうか?]

「痛い所には触られたくないかね。まあいい。本題に入ろう。君の流通手段を聞きたい。そしてそれがいかなる魔術、技術によるものでも即時ギルドに提供し共有する事を約束して欲しい」

 ふざ、けるな。
 幼稚だなんだと言うならそっちの方が遥かに幼稚じゃないか。
 流通手段を聞きたい?
 そしてそれを差し出せ?

[お金で解決する手立てはありませんか]

 一応提案してみる。

「金で、か。勿論可能だろう。商人の間に起こる事で金で解決出来ない事などない。だが、流通手段の共有は防げても私には少なくとも教えてもらう必要はあるし君が払える金額とは思えない」

[生憎と共有出来る技術ではありませんので、お金を払いたいと思います]

「……ライドウと言ったな。お前、本当に商人に向いていないな」

「っ!?」

 呆れたような口調で話す代表に、僕は思わず息を呑んだ。
 一応取り繕っていた彼の言葉遣いから一転して変わり、僕への嘲りが伺える。

「今、お前は最初隠そうとした流通手段の存在をあっさり吐いた。つまり最初についた分だけ信用を損なった訳だ。何も得の無い、ただの損だ。その後金で解決出来ないか聞いてきたな? それも有り得ない悪手だ。良いか? お前は苦情を寄せた商会がどの程度の規模なのか、把握できていないだろう? 俺は言った筈だぞ、国の意を汲んだ商会の連中からだと。つまりそれなりの大きさの規模だ。クズノハ商会とは桁が違う。そんな商会連中相手に金で解決? 出来て一年も経っていない商会が? 自分には規模に見合わない金がありますと宣言しているようなものだ。判断力も理解力もまるで足りてない。お前、無能の二代目か、運がいいだけの子どもだよ」

 絶句。
 一気にまくし立てられた僕は彼の言葉にただただ驚いた。
 これまでとは一変した雰囲気もある。荒々しい、攻撃的な感じになった代表が嫌な笑いを浮かべた。

「何を呆けてる? 俺でさえ、あの程度の芝居は出来る。出来なきゃ商売の世界でやっていけるか。ったく、レンブラントの御大が自ら出てきて庇うからどの程度の器かと思って会ってみれば。下らん、期待はずれも良い所だ。流通について、口頭で良いからさっさと説明しろ。それでもう良い、帰れ」

 説明して、帰れ?
 こいつ、どこまでムカつく奴だ。
 怒りが漏れ出るのがわかる。

「怒りや殺気も抑えられんのかよ。見た目以上にガキだな。俺も顔は人のこたあ言えないがな。それでも会う人、いる空間に合わせての振る舞いはわかっているしやっている。あんまり無様だから忠告してやるが、お前さんは俺より酷い顔してるんだから、もっと内面に気を配った方がいいぜ」

 彫りの深い、エキゾチックな雰囲気の代表が容姿の事にまで触れてくる。
 あんたのどこが不細工だよ、十分格好良いじゃないか。
 僕ら日本人よりも一段濃い浅黒い肌も魅力的に見える。
 そう言えば、最近どこかでこんな感じの人に会ったな。
 どこだったか……。
 いや、今はそこじゃないな。 
 説明したら、帰っていい?
 しかも口頭で良いだなんて。
 信用云々から考えるとおかしい気がする。

[帰れ、とはどういう意味でしょう]

「言葉通りの意味だ。お前もクズノハ商会も、もう詰んだ。だから相手にする必要も無くなった」

[詰んだ?]

「良いから、さっさと説明しな。それでおしまいだ」

[理由をお聞かせ下さい]

「……だってお前、金払うんだろ? なら先方も意見なんぞ取り下げるさ、そう言う事だ」

[失礼ですがおいくらほど用意すれば良いのでしょうか]

「今用意する必要は無いだろうな」

[必要が、ない?]

「ああ。毎月の売上の九割も差し出せば誰も何も文句は言わんさ。クズノハ商会が今後一切の脅威にならない、稼げば稼ぐ程に自分たちも儲かるならその方法など気にする必要は無いからな。それが例え本当は魔族に関わっていたとしても、自分たちはクズノハ商会の流通手段について疑問を感じてギルドを通して質問した所月々お金を得る事になっただけだと言えば、さほどに責められもせん。潰れるのもお前らだけ。ほら何も損しないだろ?」

[売上の九割!?]

 しかも毎月!?
 い、いつまでだよ?

「払うんだろ? 流通を知りたがってる奴らに、金を。年間の売上でお前の商会の数十倍、数百倍になるかもしれない複数の商会に金を。あいつらが金貨何枚下さい、なんて言う訳が無いだろうが。それがお前の懐にとってどの程度の痛手かもわからん以上は」

[いつまでの事でしょうか]

「クズノハ商会が無くなるまでだな」

[明らかに不当な要求です。ギルドは黙認する気ですか]

「不当って、お前が金での解決を提案したんだろう。言っておくが今の話、俺が予想しただけであってこの通りになるかはわからんよ。それほど食い違いもしないと思うがね。あとは、ギルドは黙認するのか、だったか。その通りだ。大体黙認どころかただの商人同士の交渉事に過ぎん。弱い奴が強い奴に目を付けられれば潰される。ギルドは子守をしている訳じゃない。商売の手助けはしてやるが処世術は自分で学びな」

[それじゃあ、新たに商売を志す人は報われない]

「つくづく、甘いねえ。ああ、お前のとこ、亜人ばっか雇っているんだったよな。いっそ、客もあいつらだけにしてヒューマンの街で商売するの辞めた方がいいんじゃないか? 今の物言いを見ても、お前にはそっちのが向いてるよ」

 代表は哀れみの目で僕を諭す。
 嫌味じゃなく、本当にそうしているように感じた。

[答えになっていません]

「だから。本来商人を目指す者は今ある商会の門を叩き、商売の基本を学び人脈を築き、そこの代表に認められ、そしていずれ店を持つんだよ。金はあります。商売します。がそのまままかり通るなら小金稼いだ冒険者がちょいと勉強でもすれば誰でも商人になれちまうだろうが。そんな連中はな、大概がすぐに潰されるんだよ。冒険者の力なんてのは、殴り合いにしか使えん。お前が言う様にギルドは不当な行いは処罰するからな。相手の商人と諍いがあったから実力で排除して半殺しにしました、殺しましたなんてのは間違いなく不当だ。商人の世界じゃあな」

[そんな]

「レンブラントの御大が少し話してたが、お前強い従者がいて、自身もそこそこはやるんだろ? その力は商売にそのまま使えないってのを理解するんだな。この状況でそれをやれば……クズノハは魔族の仲間だぜ」

[馬鹿げてる]

「違う、お前がおめでたいのさ。……悪いことは言わん、ツィーゲに帰れ、ライドウ。お前にこの街はまだ早すぎる。御大の所で商売を勉強し直せよ。金の件については、俺がこっそりロッツガルドにある限りって一文加えてやるから安心しな」

[私を馬鹿にする割に親身になって協力してくれるんですね]

「……ばーか。お前みたいなカモに随分と入れ込んでいる奴は、俺にとっては相当やりにくい強敵でな。勘違いした新米の尻拭い一つがあいつへの借りに出来るなら得なだけだ」

[レンブラント氏ですか]

「丸くなってきたとは聞いていたが、こんな弱みまで作るとはな。老いたもんだよ。お前にとっては幸運だろうがな。ほら、多方転移か何かだろうがお前の流通手段を話せよ」

 幸運。
 レンブラントさんに損をさせる事で無事を得る事が?
 僕は代表に転移を使って品物を行き来させている事を話す。
 亜空の事は伏せて、何度かの長距離転移を使うだけの魔力を持った従者がいると説明して。
 そして、解放された。
 意見を寄せた商会の面々との面会の日を代表から聞いて一層憂鬱になりつつ。
 レンブラントさんに迷惑をかける。
 亜空を隠す為にまた嘘をついた。
 僕は。
 どうすれば良いんだ。
 皆と、相談しないと。
 自分が追い詰められている事を自覚しながら、帰り道をゆっくりと歩いて戻った。
 生徒達の団体戦の事はとても考えている余裕は、今の僕には無かった。


ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ