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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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ライドウならその展開は可能性薄です

「すまん、ライドウ殿。力が及ばなかった」

[気になさらないでください]

 生徒の健闘を労った後、商会に戻った僕を待っていたのはレンブラントさんの謝罪だった。
 どうやら、商人ギルドからの呼び出しは僕絡みの事で、結果は芳しくなかったようだ。

「どうやら商会としての活躍以上に、君は注目されている。恐らく国レベルで」

[国ですか。あまり妨害をされるような覚えは無いのですが]

 関心は持たれている国はあると思う。でも目に見えて妨害を仕掛けられる覚えは無いんだけど。

「関心を持たれているだけで、十分なのだよ」

 だがレンブラントさんは僕の心を読んだように話し始める。
 どういう意味だろう?

「どこどこの国がクズノハ商会に、またはライドウ殿に、関心を持っているから知りたいと思う。すると、当然調べる。国のそうした動きはね、それなりに早い段階で我々商人にも伝わってくる」

 うん、そこまでは何となくわかる。懇意にしている、国の用を聞く商人がいれば情報収集の一環で話を聞いたりもするだろう。アイオン王国の様に、商人その人が諜報活動を担う事もあるようだし。

「ここまではまだ良い。だが問題はここからでね。情報を得た商人は、そこに自身の意向を時に反映させるんだよ。例えばね、私はリミア王国の政務に携わる方と懇意にしているのだが実はリミア王国はライドウという商人の事を気にしているようだ。ところであの商会はこういう不審な点があるようだがギルドで調べて対処してもらえないか。そんな風に話したとする」

[その例えだと、リミア王国が僕の店に不審を感じているから商人に調べさせているという事ですね]

 僕の見解にレンブラント氏は笑みを浮かべる。

「違うよライドウ殿。この場合、リミアは君に興味を持って情報を得たいだけだ」

[しかし]

「後半は商人の個人的な意向だよ。君を良く思わない、ね。こうした事は意外と横行しているものだ。国に使われるだけじゃなく、彼らの要件を自分の利益に利用する。まあ、私もやっているからあまり他人の事は言えた立場でもないが」

 ……。ええと、嘘は言ってないけど、誤解を正す気も無いって事か。うわ、汚い。

「商人ギルドとしても特定の国から危険視されている可能性のある商会を野放しには出来ない。多くの声が集まれば、特にね」

[クズノハ商会はそれだけ多くの国に関心を持たれ、かつこの街の商会仲間にはよく思われてもいないと]

「全てでは無いだろうが、そういう連中も少なくないだろうね。つい最近も神殿から何か言われたと聞いた。それも神殿からの直接かどうかは怪しい所だ。神殿とて商会から献金を受けているから彼らの声を無碍には出来ない。そちらについては、私は意図的に距離を置いているから疎いが。ツィーゲはあの通り、神への信仰という点では少し問題がある街なのでね」

[同業者とは上手く共存していきたいのですが、難しいですね]

「利益を奪い合う関係でもあるから、近い職種ほど難しいね。私とて、ギラついた時期に君が近くで開業していたら、何か手を打とうとはしただろうし」

 そういう、ものなのかな。

「ある程度、覚悟を決めた方が良いぞライドウ殿。同業者との競争にしても、早めに決着をつけてやれば負けた方も再起できる。幸いこの都市は周りに衛星都市がいくつもある。気があれば機会はそれなりにあるさ」

[ご忠告ありがとうございます]

「いやいや、偉そうなことを言っておいて大した力にもなれなかったんだ。礼など言われたら困るよ。娘は闘技大会で怪我らしい怪我もせず、なのに覇者という最高の結果を出せた。ライドウ殿には世話になりっぱなしだ」

[実力ですよ。明日は観戦してやってください。私は行けそうにないですから]

「……商人ギルドでは君の商会の流通について、厳しく問い詰められるだろう。魔族との関わりまで疑われている。何らかの証を立てておくか、相応の罰則金を用意して金で事を収めるか、対策はきちんとしておくべきだよ。もし私に出来る事が――」

 証ね。立てようがないな。巴か識に暗示でもかけてもらう手があるけど、根本的な解決にはならない。
 それにうちの商会の流通?
 黄金街道どころか、普通の街道さえ利用してない。亜空を経由した、途中一切妨害されようも無い手段。
 だがこの世界には転移を利用した輸送は一般的では無い。成功率が低いからだ。
 そこに成功率百パーセントの転移輸送をしていますなんて言えば、技術、ここだと詠唱の公開と共有を求められるに決まっている。それこそ、国が出てきてもおかしくない。
 やっぱり、やるしかないかな。
 観戦の時に巴に話した一言を思い出す。

[十分良くして頂いていますよレンブラントさん。大丈夫です、後は我々で]

「そうか。余計な心配だった。では失礼するよ、娘が眠る前に一言労っておきたいんだ」

[お気をつけて。おやすみなさい]

「ああ、君もな。おやすみ、ライドウ殿」

 シフを讃え、ユーノを慰める為にレンブラントさんが帰っていった。
 明日は団体戦だし、もう休んでいる時間かもしれないな。その場合は起こすんだろうか。それは止めた方が良い気がする。

「ライム、いるね」

「へい」

「一応、レンブラントさんの帰宅を見届けて。もし不穏な気配があるようなら一晩誰かと交代しながら付いていて欲しい」

「わかりやした」

 識とアクアには生徒の事をお願いしてある。
 やれやれ、商売とは違う所で皆に仕事を頼んでるなあ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 衝撃的な、闘技大会だった。
 ついこの春までは学園の沢山の学生と大差無かった数名の学生が、同級生どころか上級生までも歯牙にもかけない圧倒ぶりでその実力を披露した。
 実力はあれど健康上の理由で長く学園を離れていた学生。奨学生ではあるが、トップクラスでは無い学生。
 その二名が、今年度の覇者と準優勝者。
 学園祭の開催期間、図書館は閉められている。当然、司書の仕事も休みになり私は目玉企画でもある闘技大会を見に来ていた。
 改めて、思う。
 ライドウ、クズノハ商会。
 あれだ。あれこそが、この波乱の原因。そして私の、希望だ。今は学園の上層部にもマークされてもいない彼。
 もし彼が協力してくれたなら。リミアとグリトニアの維持する戦線が一気に北上して、ケリュネオンの復興も現実的な目標になると確信に近い思いが湧き上がる。
 たったあれだけの期間、学生を育ててこの成果なのだから。
 闘技大会個人戦が終わってすぐ。
 席を立ち、戻ろうとした私にそのライドウが声を掛けてきた。
 私と話がしたいと言う。
 意図はわからなかった。でも彼からの誘いなら断る訳にはいかない。私は快諾して会う時間を聞いた。
 彼の指定は夜更けと言える時間だった。
 私は、その時間に彼の商会の勝手口から店に入り二階にある彼の部屋に向かった。部屋にいるから勝手に入ってきて欲しいと言われたからだ。
 ……何を望まれようと、応じるつもりでいる。

「ライドウ先生、エヴァです。入ってもよろしいでしょうか」

 ノックをして彼の返事を待つ。と言っても彼は共通語を話せない。入口の扉にどうぞと文字が浮かび、魔術による施錠が開錠された。
 私は中に入る。
 私と彼の関係は、はっきり言って私にとって相当不利な関係だ。私は彼に多くを望んでいるのに、彼は私に何も望まないと言って良い関係なのだから。
 座って出迎えてくれて良いのに、わざわざ立ち上がって私の来訪を迎えてくれるライドウ。もっと、横柄に扱われて不思議はないと言うのに。

[こんな時間にすみませんね。今日は従業員も出払っていまして私一人なもので]

 一人。
 その言葉に僅かに緊張が高まる。やはり、そういう意図なんだろうか。
 もし考えている通りなら私には望ましい展開だ。やっと、彼に望まれる何かを見いだせる。対価となる何かを。

「ライドウ先生がお呼びなら、私はいつでも構いませんわ」

[やめて下さいよ]

「今日の個人戦、生徒さんの優勝、おめでとうございます。あの後、大変だったんですよ。誰が彼らを鍛えたんだ、って」

[彼らの実力が開花しただけですよ。誰の手柄でも無い]

「謙虚なんですね……学園では私だ私だと講義を受け持つ講師が手を挙げて困っていると言うのに。もちろん、共通の講義が貴方のものだとわかれば、矛先は先生に向くでしょうけど」

 私がシフ=レンブラントの優勝を祝っても、彼には驕った様子は見られない。
 ただ生徒の実力と言うだけだ。春から半年弱。ただそれだけの期間で頭一つどころではない突出した成長を遂げさせたのは間違いなく彼だと言うのに。
 四大国のどこがこの情報を知っても、引き抜きにくるのは確実だ。臨時講師などよりずっと良い条件で。もしライドウがそれに応じたとしたら、私と彼の接点は減ってしまう。だが、不思議とそんな考えは出てこない。
 彼は、きっとどんな好条件を提示されてもどこかの国に所属したりしないのではないかと思う。理由は無いが、何故か。多少の付き合いから何か感じ取った結果かもしれない。

[そうならないよう、エヴァさんもあまり余計な事は言わないで下さいね]

「もちろんです。先生の害になるような事はしませんわ」

[それで、今日の要件ですが]

 きた。
 私は余裕ある笑みで彼の次句を待つ。

[その前に。この件はルリアにも秘密にしてください。貴女と私の間だけの事にすると約束して下さい]

 ルリアにも?
 別に、もとよりこんな事、妹とは言え話すような事じゃないと思う。
 私は頷いてみせる。

[では]

「っっ!!」 

 彼が私を招き寄せ、他人の目をはばかるように小さく文字を書き出していく。
 思わず私は息を呑む。
 それは。
 ライドウが私に示したその提案は。
 予測などしようのない、私の思惑など消し飛ばすような内容だった。
 いや長く私の中に燻っていた狂気さえ、忘れてしまうような衝撃的な提案。

「先生、いえライドウさん。これ、本気で……」

[一切の冗談はありません。二日の猶予をあげます。返答は明後日、この時間に]

「明後日!?」

[ええ。長く考えても一緒でしょう。私の都合もありますので。用事は以上です。今日はもう遅いですから、後の用事が無ければ空いている部屋でお休み下さい]

 そんな、二日でこんな大事な事を決めろって言うの?
 それも妹にさえ秘密にして?
 明日の団体戦を楽しみにしていた。
 もう、そんな事はどうでもよくなってしまった。試合の観戦などしている場合では無い。
 いざとなれば私からライドウを誘惑しようと思っていた事さえも忘れて、私は部屋を借り、眠れぬ夜を過ごす事になった。





◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゴテツ裏手。エヴァさんに部屋を貸した僕は彼女の妹ルリアに会うために出てきていた。
 酒も供するゴテツはこんな期間はかなり遅い時間までやっている。案の定、今日もまだ営業していた。

[すまないな、こんな時間に]

「ライドウさんなら構いませんよ。でもごめんなさい、連日遅くまでの営業でちょっと疲れが溜まってて。手短にお願いしてもいいですか」

[ああ、すぐに済ます。ルリア、これはエヴァさんにも内緒だ。絶対にな。君に一つ決断して欲しい事がある]

「え、ええええええ!?」

[明後日、返事を聞きに来る。遅い時間に済まなかったな]

「明後日!? ちょ、ライドウさん!? ライドウさーーん! ……本気、なんだよね。あの人、冗談とかあまり言わない人だし。寝てる場合じゃなくなっちゃったよお。どうせならライドウさん栄養ドリンクも置いていってくれたら良かったのに……」

 明日、商人ギルドでどう釈明しても。
 今後も次から次へと嘘がトラブルを運んでくる。かといって一度ついてしまった以上、嘘は無かった事にも出来ない。
 中途半端なのがいけないんだ。いっそのこと……。
 僕の中に、一つの、これまででもっとも大きな影響を世界に与えるだろう考えが定まりつつあった。
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