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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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覇者

 
 恋は盲目恋は闇、恋の上下の差別無し。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、か。
 良かったなあ、あの後アベリアを慰めに行かなくて。
 識の右腕に腕を絡ませる彼女を見て切にそう思う。
 特に何があったと言うのでも無いだろうけど、彼女にとっては甘ったるい時間を過ごしたに違いない。
 困った顔でアベリアの扱いに悩んでいる識には、そのままジンとシフのフォローを頼んだ。
 既に敗北した面々にも手伝わせるよう伝えると識は一礼してアベリアと席を離れていった。
 食事を挟んで、午後の部もつつがなく進行して、今はもう個人戦も佳境。
 戦士部門はジンがダエナを下して、その後は対戦相手を歯牙にもかけない余裕を見せてあっさりと勝ち進んだ。
 相手の武器を弾き飛ばして何度か軽く攻撃を当て、それからドールを二体から三体砕く一撃を打ち込む。
 大人しいと言うよりは、じっと何かを耐えているような静かな作業、いや戦い方だった。ドールは値が張るんだから一体の破損に加減してやろうとまでは思ってないようだ。そんな部分が気になる辺り、僕も商人らしくなってきているのかも。
 持っているのは木刀だと言うのに大したものだ。攻撃に入る瞬間に身体強化を使うという、変わった魔術の使い方をしている。
 一瞬だけ発動させることで効果を高めているんだろうか。見ている限りでは、ジンの普段の強化済み攻撃力よりも高まっていると思う。
 しかしあいつは今日この日まであんな特殊な使い方をしてなかった。
 ……ミスラかダエナとの試合で何かを掴んだ? 
 この日の為の秘密兵器、とは考えにくいしなあ。
 もしそうならミスラとの一戦で使っているだろう。
 ミスティオリザードとの模擬戦でも見た事が無いし。
 変態的なセンスって事で納得するしかないか。
 今夜にでも僕も出来るか試してみるか。
 身体強化自体は僕も得意な術だし、ある程度の習得は出来そうな気がする。
 まったく、優秀な生徒たちだ。やる事なす事、僕の方が教わっているんだから。
 後残っているのは戦士部門と術師部門の決勝戦と両部門の優勝者同士の覇者決定戦だけ。総合優勝者は覇者と言う背中が痒くなるような称号をもらえるらしい。
 ……つまりジンかシフがそうなる。
 まあシフだろう。
 レンブラントさんがその呼び名を喜ぶかは別にして自分の生徒が総合優勝するのは僕としては嬉しい。
 戦士部門も術師部門も僕の生徒が大会を席巻しているんだけど、術師部門はアベリアとイズモを相手にしてすら殆ど完勝したシフがまさに海内無双かいだいむそう
 イズモも疾走してシフの術をかわしながら短い詠唱で畳み掛けたんだけどなあ。
 開幕すぐにシフが土の精霊術で石壁を自分の周囲に展開。イズモはまずその壁を壊さなくてはいけなくなった。
 対するシフ、あいつは舞台が全面石と言う事もあって、そこにいる存在を見なくても感知出来る土精霊万歳な有利をばっちり活用して見えない筈のイズモを正確に狙い撃ち。
 地味だけど、文字通り凶悪な地の利。
 ……善戦したなイズモ。
 石壁がどんどん再生してもめげない根性はきっと多方面で評価されたと思うぞ。

「ふむう、シフはルールに完全に優遇されていますな。ツボにはまるとは正にこのような状況を言うのでしょう。ジンが勝つ見込みは……」

「ありませんわねえ。剣圧をある程度の威力で飛ばせるなら勝負の仕様もありますけど、出来たとしてもこのルールでは攻撃魔術と看做みなされて反則扱いされそうですし。石畳のステージで場外の活用は不可。さらに戦士側の遠距離攻撃がかなり制限されるこの状況ではシフの属性は圧倒的に有利ですわ」

 巴も澪もシフの勝利で決まりだと思っている。
 僕同様に。
 状況も味方につけるのは、勝ち組の持つまこと恐ろしい能力だね。
 悲しい事に誰もジンとシフの当面の決勝相手の事は考えていない。
 シフの相手は、それなりに硬くて一撃のある砲台だ。
 つまり何の問題も無い。
 装填される前に勝負は終わる。
 ジンの相手は彼、ホープレイズの次男様だ。
 試合を見たところ、驚いた事にそこそこ使える子だった。
 明らかに格の違う武器を手にしてはいたけど、身に付いた技術もそんなに悪くない。
 これまでの選手が晒した体たらくを見ていた僕からすれば、彼の実力はむしろ好感を覚えるクラスのものだった。
 ただ彼が家の蔵から出してきたらしい剣は木刀とは比べ物にならない業物で、彼の腕では宝の持ち腐れだったけど。
 伝統や格式に固執するリミアの貴族にしては戦い方も奔放、いや実戦的な部類に入る。
 ただのお坊ちゃんじゃなかったんだな。
 でもそれだけに惜しいな。
 ジン、多分叩き潰すつもりだ。
 あいつの何かに耐えるような雰囲気はホープレイズとの試合に向けてのもの。
 自分以外はどうでも良いような事を口にする癖に、あいつは仲間思いだ。
 なんだかんだと言っても自分を頼る人を見捨てられない奴。
 それが、この様だ。
 皆が気合を入れて挑んだ大会で貴族からの横槍が入ってその成績は散々な結果になった。
 僕の講義で一緒に学んだ仲間の内、ほぼ半数が一回戦負けになったんだから。
 その無念まで全部背負っている気になっていると思う。

「若? この後の戦士部門決勝に何か?」

「馬鹿じゃありませんの、見る必要も無く結果が見えてます。若様、それより次の試合までにおやつでも食べませんか? お飲み物も追加しましょうか」

「澪、食べる方は大丈夫。お前が欲しければ買っておいで。試合に思うところは無いよ。ホープレイズだなあって思っただけ」

 向けられた言葉にそれぞれ答える。
 他の誰もこんな試合展開は予想してなかったかもしれない。
 でも僕や巴達から見れば至極当たり前。なるべくしてなった流れだ。

「ああ……リミアの。たかが貴族の次男ごときが若にちょっかいをかけるとは。正直同情しますな、そやつには」

「さて、ジンはどう決める気かね。果たして明日からの団体戦にホープレイズ君は出られるのか。それが問題だ、なんてね」

 何がどうしてそこまで僕を憎むのか知らないけどさ。
 ここまでねちねちとやったんだ。多少は勝負らしい勝負をしてみせて欲しいものだ。
 両脇にいる二人に聞かせれば苦笑いされそうな願望。
 僕は司会が戦士部門決勝に出場する選手を紹介する声を聞いてステージに目を移す。
 残り三試合。
 闘技大会一日目もいよいよ終わりが近づいている。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「勝者シフ=レンブラント!」

 ホープレイズの馬鹿が時間稼ぎをしたのか、何かまた姑息な手でも用意する為なのか。
 戦士部門から行われる予定だった決勝戦は、術師部門から先に行われる事になった。
 勝者はシフ。ついさっき宣言された通り。
 やはりこのルールでは、あいつの強さは突出する。せめて土属性が精霊魔術じゃなければ、まだ戦い様もあるんだが……。
 対戦相手は俺たちよりも学年が上、なんでも卒業後はリミア王国に宮廷仕え兼研究者としての採用が内定している気鋭らしい。
 その気鋭様は今舞台の石畳から首から上だけ出して半泣きなんだけどな。
 二人は試合開始前に何か言葉を交わしていた。恐らく、その内容がシフの気に障ったんじゃないだろうか。それもかなり。
 開幕から少し後。シフに対峙した男、髪をオールバックにまとめた自称最大火力殿は、足元にぽっかり開いた落とし穴に落ちた。
 と思ったら首から上を残してその穴はすぐに塞がれた。
 それで決めてしまう事も出来ただろうに、シフは圧力をコントロールでもしたのか、その術を拘束だけに留めたようだった。
 一瞬で杖も障壁も失った彼の視界は近づいてくる女の足。
 見上げれば微笑んだシフ、そんな視界だろう。
 右手に持った杖を左手を受けにして横向きにポンポンと、まるで講師が生徒に説明する時の仕草みたいに余裕たっぷりの様子で。
 両者の距離が一メートル程に縮まった時。シフがその杖を相手に向けた。
 さっさと降伏宣言すればいいものを、男は何か喚いているだけで降伏はしてないようだった。
 あんなのでも一応は先輩だと言うのだから笑える。
 男の顎先を杖の先端にある珠がくいと持ち上げる。
 そして男を見下ろしてから審判を見るシフ。
 まだ判定しないの、とでも言いたげだった。
 勝敗はまだついていないと判断する理由はどこにも無い。
 明らかにシフの勝ちなのだから、それを宣言してやればいいのに。
 これ以上やっても、とどめの魔術で相手の心に傷が出来るだけだ。
 嘆息したシフが目を細めた。
 短く口から漏れる詠唱。
 馬鹿な奴だ。
 復学後のシフを見ていて彼女がとどめをさせない優しいお嬢様にでもなったと勘違いしていたのか。
 それともまだ何か起死回生の手段があったのかはわからないが、どちらにしても愚かだ。
 男の目が大きく見開かれる。
 そしてその口が、恐らく降伏を告げようと開かれるはずの一瞬。
 珠に収束した赤い光が男の目前の床に静かに放たれた。
 あれか、と思った。
 当たり。
 男の目の前で熱と炎が一気に炸裂し、その赤光が陽の光で十分に明るい会場をさらに一つ明るくした。
 え、えぐい。
 ドールが一瞬で三つ弾け飛んで男の聞くに耐えない悲鳴が響き渡った。
 規模から見て加減はしている。
 でもドールを全部ぶっ壊す、か。
 手加減って面では魔術は明らかに剣術その他に劣るよな。
 あの魔術もそうだ。
 シフがツヴァイさんの接近に対処する為に編み出したフレアピラー、火柱を作る術のアレンジ。
 発動地点を地面から少し下に設定して、かつ一瞬の溜めを作り継続時間を削る事で爆発力を増加、相手の足元から斜め上方に噴き上がる炎の塊を発生させる。
 あんなもの、目の前でやられるとか拷問と何が違うのかと思う。
 やっぱり、あの女の本性は変わっていないのではと思った瞬間だ。
 先生も感じる所があったのか、何やらぼそぼそと呟いていた。
 継続時間はごく短く、男の悲鳴が消える前にその炎は消え去っている。
 埋まった男の頭を頂点にして、舞台の石畳が放射状に術の影響を残して効果範囲を示唆していた。
 実際は離れるほどに威力はかなり弱まるんだがインパクトは十分。
 客席は大歓声に包まれている。
 男は頬に火傷を負い、髪の一部を焼かれていた。
 顔全体がガタガタと震え、試合が始まった頃の自信など欠片も残っていない。
 あの程度の火傷なら控え室で治療を受ければ容易く治るだろう。
 跡も残らない筈。
 ただ、心に負った方の傷は尾を引く気がする。
 審判がシフの勝利を宣言した後、彼女は生首の所に膝をついた。
 か弱く見える細腕が首に添えられる。
 そのままシフが立ち上がるのに合わせて埋まっていた男が何事も無かったように持ち上がり、女子生徒が男子生徒を片手で持ち上げる奇妙な絵が完成する。
 怯えた顔でただただ立ち尽くす敗者には以後目を合わせる事もせず、シフはそれぞれの方向から観戦する客に向けて何度かお辞儀をして舞台を後にした。 

「お見事」

 俺は控え室に戻ろうとするシフに一声掛ける。
 あんな圧倒的な試合では対策も思い浮かばない。
 素直な称賛だった。
 覇者、出来れば取りたいんだけどなあ……。

「ありがとう、ジン。もっと早く決めても良かったんだけど、彼、明日はホープレイズのチームみたいだし。ちょっと脅かしちゃいました」

「ちょっと、じゃねえだろ。流石のシフもこのトーナメントにはお怒りか?」

「……ご想像にお任せします。でも戦士部門にいる貴方が羨ましい、と言っておきますね。ジン、わかっていると思いますけど」

「ああ、もちろんだ」

「良かった。もっとも、お金の力や権力が時にあれほど醜悪なのだと見せつけられて私も多々自省する所はあるのですけれど。……なら私は安心して覇者になるべく作戦でも練っていますね。見ておりますから、ご健闘を」

 シフは途中、自らを嘲るような顔をして俺との会話を終えて控え室に続く廊下に消えていった。
 ホープレイズにかつての自分を重ねて自己嫌悪でもしているのだろうか。
 ……まあ、大差無い感じだったと思わなくもない。
 決して口には出さねえけど。
 そういう理不尽への怒りもある。
 それに、俺はミスラとダエナを倒した重さも感じている。
 直接は戦ってないけどユーノも。
 これは闘技大会で個人戦だ。
 もちろん、仲間内での戦いも想定はしている。
 でもこれほど早くぶつかって、自分の力を客や、なによりもあの人たちに見てもらえないなんて思っても見なかった。
 互いに戦った時に、それなりに見せる事は出来たと思いもする。
 でもまともにその機会を得られたのは俺とシフだけ。
 口では軽口を叩いても、応援してくれても、また何も言わなくても。
 もしも自分がその立場なら、そう考えるとあいつらの気持ちはわかってしまう。
 そりゃあ、先生絡みでのトラブルだけど。
 あの先生と関係を持っていく気なら、ある程度のとばっちりは多分覚悟してないとはじまらないと思うけど。
 ……どうでも良い外野からの横槍は、気に入らない。
 気に入らないんだよ。
 イルムガンド=ホープレイズ。

「ジン、ジン=ロアン! 決勝を始めます、急ぎなさい!」

 係の人が背から俺に声を浴びせる。
 そうか。時間か。
 やっと、あいつとやれるんだな。

「……すぐに行きます」

 身を翻して自分が入場する側の廊下へ急ぐ。
 まっすぐ続く廊下を歩くと、見知った幾つもの気配が近くにいるのがわかる。
 最近、時々こういう事がある。
 極度に集中している時限定で、周りの様子が何となく感覚で掴める。
 良いね、調子は最高だって事だ。
 識さんとアベリア、ミスラ、ダエナ、ユーノ、イズモ。
 卑怯な手段でも使わないか周囲を警戒してくれているんだろうか。
 顔を出さないのはそういう訳か。
 上の方の客席には先生と、側近らしいお二人。
 桁外れに強いのが何となくわかる。
 確かに、これは生涯の目標にしてもその背に手を届かせることが出来るかどうか。
 ……面白い。
 先生は、よくわからない。
 まだ俺なんかが何かを感じる事が出来るレベルじゃないのか、何も感じない。
 普通のヒューマンほどにも存在を感じさせない希薄な感じだ。

「先生、見ていて下さい」

 意気込みを静かに。誰に向けてでもなく呟く。
 廊下が終わり外に出る。
 視界が一気に明るくなった。
 目の前には戦いの舞台。
 さっきの術師決勝の興奮がまだ残っているのか観客の気の乗り具合が既に最高潮。
 踏みしめる様に舞台への一歩一歩を進み、ついに上がる。

「ジン=ロアン。試合時刻は厳守しなさい。決勝に出場する者としての気持ちが出来ていない。減点します」

「……すみませんでした。気をつけます」

 言われてすぐに来てこれだ。
 だが別に良い。
 減点は判定にしか関係しない。
 審判がどちらにつこうと、この戦いの決着には意味が無い。
 視線を奴に合わせる。
 こいつだ。外野の邪魔者。
 心配しなくても体に傷を残して明日の出場に響くような事はしない。
 明日から二日、団体戦での俺たちの引き立て役もやってもらわないといけないからな。
 いいか、ドールを壊したらそれで終わってしまう。
 そして三体壊しても、あいつへのダメージが通って何を言われるかわからない。
 これまでの数試合で練習は済んだ。
 きっちり二体、壊して終わりにしてやる。

「おいおい、これは俺の家に伝わる由緒ある武具だ。このような格式ある場所や戦場へは我がホープレイズ家は必ずこのような装備で出向くのだ。そんな目で文句を言われても困る。ルールでも認めてもらっている」

 不遜な顔で次男が何か言っている。
 まったく見当違いの誤解だ。
 別に、お前の装備が準決勝までよりさらに強力になっていようとどうでも良い。
 その時間稼ぎで試合が後回しになったのも、どうでも良い。
 俺はただ、お前をどう終わらせるかを考えていただけだ。

「文句を言うつもりは無い。自分のベストを尽くすのは当然だ。良い試合にしよう」

「……気に食わんな。早々と諦めて来賓の皆様を退屈させるなよ。ライドウの講義を受けているのが、お前らの不運だったと思って必死に足掻け」

 来賓。
 そうか、そんなのもいたな。
 例年なら俺も必死に彼らや、どこから見ているかわからないスカウトの目を気にして戦っていただろう。
 今はもう、どの国の誰が見ていても気にならないけどな。

「お互い全力を尽くそう」

 あくまでも本音を隠して言葉の上だけは礼儀正しく奴に応じる。
 澄ました風に思われたのか、奴の両手、とりわけ右手が一層強く剣を握るのがわかった。
 審判が次男からの合図に頷くと手を大きく挙げた。
 ははは、完全に買収されているのかよ。

「それでは! イルムガンド=ホープレイズ対ジン=ロアン! ロッツガルド学園祭闘技大会、個人戦戦士部門の決勝戦を始めます!!」

 不思議だ。
 目の前には見ることさえ稀な凄い装備に身を包んだ秀才と名高い先輩がいる。
 だと言うのに、普段の制服に木刀一本を手にした後輩である自分がまったく恐れていない。
 蒼い鱗のリザードマンとの戦いの日々がそうさせたんだろうか。
 それとも、レベル七十を数えるホープレイズに対して俺のレベルが九十を超えているからなのか。
 剣を持つ右腕を前に出して半身に構える。
 プレートアーマーを着込んでいるとは思えない軽やかな動きで先輩がこっちに向かってくる。
 武具の全てに重量軽減か身体強化かの付与魔術がかかっているかのような動きだ。
 だが動きが素直すぎる。
 両手で大きな剣を振りかぶって上段から振り下ろす狙いがありありとわかる。
 遅い。
 コマ送りのように感じる。
 その気なら、剣を振りかぶった時には何回か斬れただろう。
 気合の声と一緒に振り下ろされる煌々と光る大剣。
 避けようかとも思ったが、すぐにその考えを改めて一歩前に出る。
 折角両手で持っているのにあの大剣、ほぼ右手だけで持っている。
 左手は添えているだけだ。
 木刀を下から打ち上げて、奴の大層な篭手を付けた右手に叩きつける。
 俺の狙い通り、見た目だけは両手で握った大剣を手放して落とすイルムガンド。
 静まり返る場内。
 背を向けて少し距離を取り再び奴に向けて木刀を構える。
 追撃はしない。
 してやらない。
 あいつの言う正々堂々、茶番で始末する。
 俺の意図を察したのか奴は剣を持ち直す。
 早くも表情は怒りに満ちている。
 おいおい、相手に自分が冷静じゃない事を伝えてどうするんだよ。
 隠せよ……俺みたいにさ。

「……」

 恥をかくのは嫌だよな。
 お前の国の王も、親類も見ているだろうこの試合で。
 トロトロと身体強化の術を詠唱して自分にかける対戦相手を待ってやる。
 なんだ、もう得意技の出番か?
 引き出しの無い奴。
 おっと。そうだった、さっきの一撃。
 ドールの破損は……見た目には殆ど無いな。
 あってもヒビがどこかに入った程度か。
 随分と防御効果の高い鎧を用意したもんだ。
 身体強化後の低い姿勢からのダッシュ、相手を剣の間合いに入れた瞬間に必殺の横薙ぎ。
 前情報通りの動作でダッシュしてくるイルムガンド。
 俺は奴の情報なんてそれほど熱心に集めちゃいない。
 なのに得意な攻撃から必殺のパターンまで次々に聞こえてくる。
 隠そうとしていないのだから当然でもある。
 間合いを詰めるのと攻撃が完全に別の動作になっている為にいくらでも妨害する隙があるのと、間合いギリギリで攻撃する為に相手も身体強化を用いれば一歩引くだけでよけれると言う。
 まあ、俺の場合は強化するまでもなく回避できるけど。
 コマ送りが多少早くなった所で何も変わらない。
 実際にはそこまで俺とイルムガンドの速度に差は無いと思う。
 でも頭で次々に思考するからか、相手の動きが遅く感じるんだ。
 ああするこうすると考えてから体を動かすまでの遅延を少しでも減らそうと常に意識しているおかげもあるのかもな。

「っ!?」

 迫る横薙ぎ。
 その大剣の腹を俺は全力で打ち付けた。
 またも地に落ちる剣。
 良い剣なんだろうけど、持ち手がこいつじゃ何の意味も無い。
 奴は剣を持っていた両手の掌を、その場で上向けて震わせていた。
 衝撃で痺れたのか。
 ははは、つまり俺とこいつは膂力でさえ初見の時の俺とツヴァイさんくらいの差があるんだな。
 かなり加減して剥き出しの顔に木刀の薙ぎ払いをお見舞いする。
 ドールが衝撃に揺れて大きくひび割れる。
 まだ試合は終わっていない。
 俺はもう一度、奴から距離をとって剣を構えて待つ。

「――ッ! 審判!!」

 審判を呼びつけて顔を抑えながらもう片方の手で俺を指差して何事か怒鳴るイルムガンド。
 剣士なら、まずは落とした剣を拾えよ。
 何度か頷く様子の審判。
 今度はなんだよ。
 素手でやれとでも言うかね。
 別にこっちは素手でも一向に構わないが。

「ジン=ロアン。先程から相手の出方を伺う待ちの姿勢ばかり見受けられます。己の力を出し切って積極的に攻める様に」

「わかりました。もう終わらせます」

「っ!?」

 再び剣を手に立ち上がるイルムガンド。
 白さが自慢の肌は真っ赤になって酔っ払ったような顔色だ。
 さあ、最初で最後の攻撃といこう。
 ボッコボコにしてやるのは団体戦の時だ。
 しっかりどっちでも恥をかいてもらう為にも個人戦はこのへんにしておいてやる。
 大体、俺だけで再起不能まで追い込んだら後で皆に何を言われることか。

「ジンだったな! ジン=ロアン! 貴様、貴様許さんぞ! なっ」

 ルール、ルールとうるさい大会だ。
 ちゃんと審判の開始のジェスチャーを確認した後、俺は初めて自分から前方に駆けて奴との間を詰める。
 ただそれだけの事に、想定してなかったのかイルムガンドの口から吐かれる脅しか何かは中断されて驚きの声が漏れた。
 慌てて剣を構えるイルムガンドに対して、俺は剣の間合いよりも遥かに内側に入り込んで鎧に守られた腹に蹴りを食らわせる。
 鎧に守られて肉体へのダメージは無くても衝撃は伝わるから奴は後方に吹っ飛んで尻餅を突いた。
 追いついてその頭に上段斬りを放つも、イルムガンドの剣による防御が間に合って頭への攻撃の線が遮られてしまう。このままだと木刀は真っ二つだ。
 上半身を引いて剣の軌道を手前にずらし、奴の剣との打ち合わせを防ぐ。
 大剣を通り過ぎ、その下まで木刀を振った所で剣を止めてそこから上段斬りを刺突に変化させた。
 顔面を狙った突きは綺麗に決まり、イルムガンドの頭が後方に大きくのけぞる。
 そのまま石畳に後頭部を打ち付けて止まる。
 だが俺は構わず、まだ伸ばしきっていない腕を前に出して突きを完成させる。
 イルムガンドの頭が頭一つ分のめり込んだかと思うと、石畳が低く鈍い音を立てて割れ、場内に音が響いた。
 俺の物でも無い木刀をそのまま煙立ち石畳が割れる奴の所に投げ捨てて審判の傍まで下がる。

「審判、ドールは三つとも割れたようですが」

 やりすぎた。
 ちらっと見えただけだったが、ドールを全部壊した挙句、あいつの額も軽く割ってしまったようだ。
 流血するのがわかった。
 ま、治らないような怪我じゃない。
 あれで団体戦を欠場するなら場外戦で決着でもなんでもつけてやるさ。
 だけど、出てくるよな? 
 これだけコケにされたんだ。
 団体戦でも姑息な手を考えて復讐する気だよな?
 イルムガンド=ホープレイズに恥をかかせて圧倒して勝つ。
 かつあまり負傷はさせない。
 最低限の目標は達成出来たと思う。
 識さんと先生からの所感がもらえると嬉しいんだけどなあ。
 優勝者として自分の名が呼ばれる中、俺はそんな事を考えながら舞台を後にした。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 本年の覇者はシフか。
 舞台全部を深い沼状にされたら今のジンにはどうしようも無いわなあ。
 その上シフは一方的に表面に浮いてサーフィンみたいにすいすい動くんだからさあ。
 デム・レイとか言う爆発するビームを斬り払って見せた時は思わず唸ったけど、ジンの見せ場もそこ位だった。
 僕としては何の参考にもならなかったけど。
 だってあんな直感とセンスの塊みたいな芸当、真似出来る訳が無い。
 精々がアベリアの見せてくれた術の軌跡を変える位が現実的な目標と思われる。
 巴と澪は面白いと言っていた。
 あの二人は多分、ジンがやってみせたような事が現実的な技術に見えているんだろう。
 その前の一戦でシフが使ったフレアピラーのアレンジ。
 あれは今回は出番がなかったようだ。接近しなければあまり使いどころも無いんだろう。
 密かに僕がパワーゲイザーと名付けた術。
 彼女が初めて放った瞬間、思わず小声で「ぱ、ぱわーげいざー……」って呟いてしまった思い出深い術でもある。
 接近に対処する術と言うよりも接近して叩き込む技、いや術だよな。
 魔術である以上、発動地点をずらしたり時限式にしたりすれば色々使い道はあると思うんだけど、幸いな事にシフはまだそこまで考えていないようだ。
 あの火力に地形干渉、さらに地雷まで備えたら要塞だよまったく。
 今回も、パワーゲイザーかよ、えっぐいなあ、と呟いた所。
 お供の二人が耳聡く聞きつけて、術の様子を思いだし、

『……ぱわー、げいざー』

 と何やら目をキラキラさせたのが微妙に嫌な予感をさせた。
 お前らが使うような術じゃないと思うぞ。






◇◆◇◆◇◆◇◆





 暗い部屋。
 寝台に腰掛け貧乏ゆすりを続ける男がぶつぶつと呟いている。
 数刻前に男の元に何やら報告をしに来た者がいたが、用を済ませるとそそくさと部屋から出て行った。

「わかっている、迷ってなどいない。全部、わかっている。俺を誰だと思っているんだ……」

 一際大きくなった声が部屋に響く。
 祭りの夜の喧騒も何一つここには届かない。
 俯いた男の声は夜通し止む事は無かった。

 
 
あけましておめでとうございます。今年の投稿を始めますね。
旧年中は拙作を応援して頂き、本当にありがとうございます。
本年も宜しくお付き合い頂けますと幸いです。

ご意見ご感想お待ちしています。
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