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こちら来賓席のルトです
アベリア対シフ。
正直、術師部門の試合は戦士部門以上に悲惨だった。
詠唱する、放つ。
詠唱する、放つ。
以上。
どいつもこいつも殆どまともに動きやしない。初めに持ち込んだ障壁展開の道具を使って後は詠唱する、放つの以下同文だ。術の威力が強く相手にダメージを通したらほぼ勝ち。食らった方はまともに集中出来ずに詠唱が完了しなくなりのろのろ逃げるだけ。
早口言葉の大会でも見ている気分になったね。これを思えばシフが初めて講義に参加した時は結構優秀だったんだとわかる。
ここは優れた戦士と術師を輩出する為の学園だろう? もう少ししっかりしようよ、割と本気で。
巴と澪なんて二人とも爆笑していた。
一試合目で沈黙、次で耐え切れなくなったのか吹き出し、次でお腹を抑えて大笑い。試合が進むにつれて、むしろ選手達の正気を疑うような怪訝な目さえしだした。
「あの、若。これは魔術を競う戦い、ですな?」
「……オークの子どもの方が幾分かマシですわ。真面目にやっているのですよね?」
「至って真剣みたいだぞ。見世物としてすら成立していない気がするけど、周りのお客さんは大喜びで喝采を送っているし」
頭が痛いな。つまり今年が特に酷いんじゃなくて、例年このレベルだって事だ。これを見て、採用を考える担当者がいると信じたくないぞ。僕なら開始五秒で全員不採用。
「まさか、今からやる若の生徒もあんなのですか……」
「見るに、堪えません。一瞬ツマミの味を忘れる酷さです……」
いくら後方から火力を担当すると言っても、これはなあ。
音こそ派手だけど、コマンド式のバトルでも見ているかのような戦士部門の方がまだマシだ。ただの砲台鑑賞だぞ、これじゃあ。
固定観念とマニュアルって、こういう面が非難されるんだろうなと思った。安定した質を提供出来る利点もあるんだけどさ。
「おお、動いたぞ!」
「ようやくまともな術師の戦いが見れそうですわ」
二人の試合が始まった。
アベリアとシフ。残念ながら勝敗はもう決まりきっている。この舞台とルール、それに二人の術師としての力量を考えると奇跡が起きてもアベリアの勝ちは無い。大体あの子は本来の武器である弓を持ち込めてない。術師は媒介として使う杖などの武器以外は使用できないからだ。
後、シフの力が純粋に、桁外れに優れているんだ。例えレンブラントさんが見に来ていても、安心して観戦を勧める事が出来る。
場内は一瞬静まり返った。それはそうだろう。障壁を展開させるのかと思っていたら、シフはいきなり杖をアベリアに向け、アベリアはシフに向けて突進したのだから。
シフの杖は家から持ってきた愛用の物ではなく、いかにも練習用ですと言わんばかりの細い木の杖だ。一応先端に魔力制御を最低限助ける宝珠(宝はいらないかな、あの程度だと)が装着されている。
アベリアの突進は良い手だと思う。少しでも考えられるなら、普通の撃ち合いでシフと勝負になるとは思わない。シフの持ち味は、ずばり火力だ。土の精霊を使った戦場支援などもこなせるが、基本的には相性の良い火属性の攻撃を得意としている。元々、単一の対象にも範囲を対象にも攻撃手段の多い火だが、土の精霊魔術との融合を成し遂げた現在では、その火力たるや目を見張る物がある。
僕の講義で一撃の攻撃力が一番上がったのはシフだと断言出来る。……マグマとか正直反則じゃないかと思うね。溶岩弾とか、初めて見た時は、メテオだ、とか思ったし。
シフの詠唱が火の属性であると見抜いたアベリアが前進したのは、だからこそ褒められる。接近すればシフの火力ゆえの制限が出てくる。あまり威力が大きければ自身が巻き込まれる可能性がある術は選択出来なくなるし、術師の戦闘ではあまり無いかもしれないけど、アベリアの性質を考えると近接距離は彼女に有利だ。これが土属性なら、様子を見る選択肢も悪くないと思う。
放たれたスタンダードなアロー系の魔法が赤い光を纏ってアベリアに撃ち出される。矢と言うよりは尾を引く弾丸って感じだけど。詠唱が完成するまでの時間はこれまでの試合とは比較にもなっていないほど短い。観客から大きなどよめきが起こる。これでも遅いと思う僕はやっぱおかしいんだな。
走るアベリアが相手の魔術の完成を見て、足でブレーキをかけて何事か呟く。左方向にステップして再度シフに向かう彼女の杖は淡く光っている。左に方向をずらす時に詠唱を終わらせたか。アベリアの奴、こんなに詠唱早かったかな。火事場の何とかかも。……イズモの機動詠唱、まさかアベリアも使えたのか? 格好良い名前をつけて大事にしているけど、ようするに分割詠唱と短縮詠唱の組み合わせのアレ。
直進する火矢はもう回避決定かと思えば、アベリアがステップを切ったのに合わせて術も方向を変える。シフ、一回だけ見せた誘導する攻撃魔術、あれをものにしていたのか。凄いな。アベリアが一手不利になった。
再び沸き起こる歓声。
まだ開始して一分ほどだと言うのに。展開が早い。
それなりに威力のある魔術がアベリアに当たる!
いや、避けた!
淡く光っていた杖を前に突き出してアローの軌道を逸らしたみたいだ。あれも、僕が識を相手にいつだったか見せた記憶がある。僕がやったのは拳に魔力を纏わせて、避け切れそうになかった槍状の光を力任せに殴り散らしたんだけど。アベリアがやったのはそんな乱暴なやり方じゃなかった。アローにぎりぎり触れる位の場所に杖を突き出して、ごく弱く纏わせただけの光を炸裂させて少しだけ軌道を変えた。何て器用な奴だ。矢に魔力を付与して色々出鱈目な戦法を思いつく彼女ならではなのかもしれないが、実に末恐ろしい。
いくら誘導性があろうと自分に迫ってくる相手を魔術が追いかけるとなると、術者自身への危険度も一気に上がる。まだ多少の距離はあるけど、これはシフにはよろしくない展開だな。
加速するアベリアとシフの間で何事か会話がなされる。お互いの健闘でも褒め合ってんのかね、あの二人は意外と仲が良いしな。
アベリアの表情が歪む。そして何故か足を止めて後ろを振り返る。どうした?
瞬間。
逸らしたアローがアベリアのやや後方で爆発した。始末まできっちり考えてたか。それを告知したのか、さっきの会話。それとも起爆させる合図かも。
少し距離があるから流石に会話の内容まではわからない。読唇術なんて使えないんで。
後方からの爆風とアローの欠片がアベリアを襲う。回避は不可能と判断したのか、素早く障壁を展開する。うん、良く練習しているんだろうな。スムーズだ。複雑な術はあまり得意じゃない代わりに基本的な術の扱いはとてもこなれているのがアベリアの長所だ。その事を褒めた所、何が凄いんだという顔をされたのを覚えている。長所って意外と本人は気がつかないものなのかもしれない。
それでも、アベリアは吹っ飛ばされ、シフはその彼女から距離を取るために走り、いや距離を詰めた!?
アベリアのドールの一部が契約者のダメージを背負って割れる。砕け散りはしていないが、左肩に当たる場所が無残に砕けている。それなりにダメージがあったと言う判定なのかな。
杖の石突きで舞台を一つ叩くシフ。舞台の床に敷かれた石畳がその形を変えて、大きな手の様な形に造形される。体勢を直しきれていないアベリアを、彼女の抵抗虚しく掴んだ。
二mほどの高さで石の手に掴まれたアベリアにシフが杖を向けて止まる。
捕まれていたアベリアの目から戦いの光が放たれシフに注がれるも、その目を閉じて天を仰ぐように上を向いた。決着だな。
「これはこれは。良い試合でしたなあ。お互い相手の技量をよく知っているが故の短期決戦。限られたルールの中ではあのシフが優勢だったようですが、実戦では、さてどうなるのか。面白い二人ですな」
巴は満足そうな顔をしていた。まあこれまでの反動もあってだろうが、術師の戦いとしては良かった。三分かからない短い決着だったけど二人とも良くやった。巴は禁じ手の何も無い実戦でのアベリアの引き出しの多さを感じ取ったようだった。実際、攻撃魔術のみならず支援や結界術まで矢に付与してしまう彼女の存在はパーティ単位ならその戦術を大きく増加させるだろう。
「まだまだ詠唱に時間を取られていますけど、少なくともこれまでの連中よりはずっとマシですわね」
澪は辛辣だねえ。こいつの場合、今の攻防で使われたようなのは詠唱無しでぶっ放すから感覚が根本的に違うよな。それに慣れた僕も。
アベリアの口から敗北宣言が漏れた。試合終了の合図とともに、大歓声が彼女たちに降り注ぐ。今の試合でアベリアにブーイングかます奴はいないみたいだ。傍目には術師なのに突っ込んで魔法を回避してみせたけど結局吹っ飛ばされて敗けた人。しかも二~三分で。後で自分の試合を振り返って凹むんじゃないだろうか。識がそれなりに慰めるだろうからほっといても良いか。邪魔して恨まれるのも嫌だし。
石の手が彼女の拘束を解いて舞台へと降ろす。役割を終えた手が元の舞台に戻る。精霊魔術は元々詠唱が短いから使えると無条件に有利だな。実際、これまでの予選でも精霊魔術使いはほぼ勝ち進んでいるし。ちなみにウチのアベリアなら他の精霊魔術使いどもになら楽勝なんだ。シフはなあ、術師部門で多分楽々優勝しちゃうだろうなあ。
二人が舞台から降りるのを見守りながら、僕は次の組み合わせでシフと当たるイズモの不幸を哀れまずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
来賓席は静まり返っていた。
つい先ほど、戦士部門一回戦の最終試合があった時と同じように。
アベリア=ホープレイズとシフ=レンブラントの試合。これが原因だ。
くく、くくく、前の戦士の子四人も含めて六人ともが真君の生徒。彼はどこまで僕を楽しませてくれる気なんだろう。
冒険者ギルドのマスターとして僕は今日来賓席で闘技大会を眺めている。三日にも及ぶ学園祭最大のイベントにして、各国からのスカウトがここからも客席からも光る、学生達の就職先へのアピール機会でもあるんだけど。
……まあ、見ていて面白くない。ヒューマンの戦い方にも関わってくるけど、実に退屈な大会だ。大体、ダメージをドールに転化していたら緊張感が薄れる。毎年毎年、拷問に等しい。マスターの仕事でも有数のきつい仕事だ。いや、だった、だね。今年は真君のおかげで実に楽しい。
就職と言えば、真君たちの世界では、就職するにあたって、シュウカツと言う熾烈な戦闘を繰り広げ、自らの能力を国や商会に示すらしい。真君のような、人間達が互いに本気でぶつかる戦いだ。こんなお馬鹿な見世物と違ってさぞや見応えがあるに違い無い。いつか、一度で良いから見てみたいものだと切に思う。教えてくれた人間は、まだその戦いに参加した事は無くて、参加する前にこっちの世界に来れて良かったとしみじみ語っていたから、きっと相当苦しい本気の戦いなんだろうな。
攻めきれるか、守りきれるかの戦士部門一回戦。あれは守りの少年が実に良かったな。
普段から見知った相手だと言う利点こそあれ、明らかに天性の素質がある攻め側の少年の攻撃を十分間、ほぼ完全に捌ききったんだから。ドールの損傷も何箇所か小さな傷が入った程度、あれは勝負の上では彼の勝ちだろうね。途中からなんて互いの力を確かめ合う演舞のようだった。久々に剣士の戦いを見せてもらった。
次の戦士の子達はとにかく素早さと手数が目立つ試合だった。短剣を使う少年がクロスレンジに持っていこうと、槍を扱う少女相手に手数で血路を拓こうとする展開になった。ただ槍を使う子が守りに入ってなかったのがその前の試合との違いだったかな。槍の距離と短剣の距離、その間にある僅かな空間をどちらが支配するかの息の詰まる、だけど凄く楽しめる試合だった。見所は手数に圧倒されて槍の距離から短剣の距離になりかけた瞬間だった。少女の方が槍の柄を持つ場所を瞬時に変えて取り回し速度を上げて窮地を凌いだ場面。あれは思わず息が漏れた。凄い発想と実力だ。手数では少年が優っていたけど、足を使った瞬発力は少女に分があったようで、再び距離を取られてお互いのエリアを削り合う試合がその後も続いた。槍の持ち手を変えれば長さを調整できる。口で言うのは簡単だけど、よくそれを実用できたと感心するばかりだった。
途中から攻撃のパターンを読まれだしたのか、少年が手数を有効に使うようになって槍の少女を圧し始めた。苦しい展開になったけどあの子は最後、自分の武器である槍を囮に使って手放して格闘戦を挑もうとした。あんな年齢の少女がよくあそこまで戦えるものだ。もっとも、短剣の得意なエリアに入る事にもなる博打。実際、彼は背後から放たれた蹴りにカウンターを決めて槍の子を制した。いや、思わず決着の瞬間に溜めた息を吐く良い試合だったよ。
そして今回。
女の子同士の戦いだったけど、いきなり突進する子と攻撃魔術から詠唱に入る型破りな展開から始まった。誰も彼もが障壁展開から得意魔術の詠唱に繋ぐお決まりのパターンを崩した異例のスタートだ。
駆け出した方の速度は戦士部門でも十分に通用しそうな速度だった。それでも、攻撃魔術の詠唱をしていた方の子はその距離を半分も詰められない内に術の詠唱を終えた。早い。惜しいことにこの来賓席からでは使用している言語や詳しい詠唱までは聞く事は出来なかったけど、あれは明らかに詠唱そのものをアレンジして、威力の減衰や術の成功率をある程度承知の上で詠唱を短略化しているスピードだ。素晴らしい。未だまともな実戦を経験してもいない学生が、一部の優秀な冒険者がごく稀に辿り着く発想に至り、さらに実践するなんてね。煌びやかなローブに身を包んで戦場で仲良く並んで同じ詠唱をしている軍属の術師なんて目じゃないな。
放たれたのはごく有り触れたファイアアローの様だ。速度も普通、十分及第をあげられる出来だった。
駆け出した少女はその発動を確認するとすぐに真っ直ぐ進んでいた進路を左前方を目指すように方向転換した。ステップにあまり無駄がない。彼女は器用に色々こなすタイプかもしれない。となると今回の試合は純然たる術師を相手にしなければならない、実に厳しいものになると思った。
火の矢は僕の予想に反して有り触れた仕様じゃなかった。回避を目的にした方向転換に対して直進ではなく同じく途中で方向を変えたんだ。驚いた、本当に驚いた。まさか、追尾を組み込めるなんてね。だけど驚きはそこで終わらない。絶体絶命の危機にある筈の少女が手に持つ杖に淡く青色の光を帯びさせていた。全然気が付かなかったな。さらにはアローの軌道に合わせて杖を突き出し、その光を解放か炸裂かさせて自分への命中を防いだ。そして接近を再開させようと駆け出す。
そこで何事か言い交わす二人。もう一度追尾しようと、走る女の子の背後から迫るアローがいきなり爆発した。この試合で初めての轟音が場内に響き渡る。威力も十分か。いや、本当に大したものだった。
爆風に吹き飛ばされる子のドールが大きく損傷した。何か欠片にでも当たったのか。爆発させた方の子は飛ばされて体勢を崩している子の近くに自ら接近して何か短い詠唱を終えた。早すぎると思ったが、彼女の周囲から土の精霊の気配を感じて納得した。精霊魔術か。あれだけの攻撃魔術に加えて土の精霊魔術か。間違いなく今日の一番出来る子だね。
石の手に掴まれた子が敗北宣言して試合終了。で、今の沈黙に繋がる。
「……先ほどの戦士部門の試合と言い、実に不愉快ですな」
「ま、まったくだ! あのように浅ましく手数のみに固執したり、始めから勝つ気が無いかのような守るだけの戦い方をしたり。今の術師の試合など、満足に魔術を扱えない者が小手先で足掻く術師にあるまじき所作をする始末。あのような戦い方を黙認するなど、学園は一体何を考えているのか!」
「勝った生徒は、悪名高いレンブラントの娘。貴族でも無い癖に貴族寮に住まう成金の事です、詠唱を短縮する高価な道具でも金にモノを言わせて手に入れたのでしょう」
ようやく口を開いたかと思えば、その素晴らしい試合を展開した生徒への批判が始まった。彼らの言葉を皮切りにして、そこかしこから彼らのやり方を批判する言葉が漏れ出す。あれは、リミアの貴族たちだな。……愚かな。彼らと自分の身内や関係者が試合をする時の言い訳を今から始めているつもりか? あれだけ偏ったトーナメントや彼らの武器について物言わぬ学園の執行部も含めて、この豚どもは本当に救いが無い。金や権力の介入を許せば、独立した教育機関として優れた人員を輩出する事を願った「彼」の思想はたちどころに失われてしまうと言うのに。どうして、ヒューマンは物事の本質よりも自身の利益や欲望を大事にするのだろうか。
今回、色々と暗躍しているのはリミアのホープレイズ家のようだった。道理でリミアの貴族が騒ぐ訳だ。真君、君は一体どうやって遠く離れた場所の、かの家と揉める事が出来たのか。次男がここに通っているとは言っても、広大な学園だ。そうそう知り合う機会も無いだろうに。
だがこの会話の流れは実に不愉快だ。折角、この退屈な観戦に彩りをくれた子たちの名誉を少し守ってやるとしようか。
「お止めなさい、見苦しい」
「止めよ、馬鹿ども」
あれ。先を越された。
リリ皇女に、リミア王? これはまた珍しい二人の意見が合ったものだ。騒いでいた連中の内その言葉を向けられたリミアとグリトニアの関係者が押し黙る。主に文句を言っていたのはリミアの貴族たちだったから、すっかり小声になった学生への批判はすぐにたち消える事になった。
「彼らの戦いは実に素晴らしいものでした。レベル九十を超えているのも納得出来る強さでしたし、今良いとされている戦い方に満足せず新しい手法を試そうとする考えは尊いものです。彼ら以外の生徒がしたような、例年のような有り触れた戦いを良しとしていては、魔族と対した瞬間に蹴散らされてしまうだけでしょう。ヒューマンの未来を憂いた有望な若者だと私は感じました。彼らは、称賛されこそすれ、貶められるべきでは決して無いでしょう」
発言の後でお互い顔を見合わせた皇女と王はしばらく次の言葉を発さずにいたけれど、王が一つ頷いて見せると皇女が話し始めた。リミア貴族の発言に乗った自国の貴族に対して。
「しかし皇女、あのような戦い方は卑しく卑劣であり、およそ軍人や騎士の在り方とは……」
「では、空から機動力を活かして魔族を打ち払う我が国の勇者様はどうなのです? 彼の様な戦いも卑劣ですか? その彼に救われた軍人や騎士は、卑劣では無いのですか? 言葉が根本的に間違っているのです。先ほどの試合を含め、彼らはよく考えて自らの力を高めているだけです。それは卑しくも浅ましくも、まして卑劣でもありません。今ゆっくりとでも帝国軍が取り入れつつある新たな戦い方とその源流は全く同じであると何故わからないのですか」
「……っ!? 皇女、その発言は」
「機密に当たる、ですか? 馬鹿馬鹿しい。我ら帝国と、共に戦って下さる王国は、既に魔族がどれほどの脅威かをその身で思い知っています。彼らに対応して我らが戦法を変えようと言うのなら、それは機密ではなくヒューマン全てが共有すべき情報でしょう。貴方も、今下らない発言に同調した者も、己の考えを改めなさい。……リミア王、発言を妨げ失礼致しました」
心にも無い事を。勇者の出現がもう少し早ければ、今の皇女の言葉が心からのものになった可能性もあった。あ、でも彼じゃ駄目か。リミアの完璧勇者か、荒野の暴れん坊と出会っていればねえ。もう、リリ皇女は引き返せない所にいる。手遅れってやつ。
時に狂人の言葉は誰よりもまともな事を言っているように聞こえる。今の彼女のようにね。
「いや、余が思うところもほぼ同じであった。気になされるな。良いか、伝統や格式で戦場の被害は減らぬ。領土も守れぬ。真に守らねばならぬものと、そうではないものを履き違えるな。お前達が否定した三つの試合は、すべて余が心惹かれた試合である。思わず、王国に降臨されたばかりの勇者殿の戦いぶりを思い出したわ。貴様たちの発言は勇者殿への侮辱とも取れる、実に不愉快な言葉だった。常に我らの先陣に立ち、その身を危険に晒してくれておる勇者殿をだ。仮にも我が国の貴族であるなら、どれほど時が経とうと誇りを驕りに変えるでない」
王の言葉に反論は無しか。リミアの貴族は萎縮してしまっている。
それにしても意外な発言。神殿の関係者や、ローレルから来ている連中も王の言葉に少し驚いた様子だ。
僕の記憶では彼自身、誇りに拘る古いタイプの王なんだけど。驕っている様子もあったし。あの完璧勇者、王様の在り方まで少し変えたみたいだね。
幾らなんでも王政への疑問までは彼が抱く事は無いと思うけど、全くあの勇者の影響も馬鹿に出来ない。彼女の目指す理想はやはり民主主義による統治なのかな。この世界を訪れる多くの人間がそれを最も良い政治形態だと信じ込んでいるようだからね。何故そんな考えを持っているのかはわからない。そういう教育でも受けているのかも。今度真君とも話してみようか。
さて、静かになった。
一応、何もしてないと真君に思われるのもアレだから、僕も一言くらいは言っておこうか。彼の場合、どこの誰と繋がっているか予想できない部分があるからな。この大会の開催期間はなんだかんだで拘束される時間も多くて、彼に協力出来ない事も多いし。
「……王と皇女の後に発言するのは恐れ多いのですが、私からも一言。彼らの戦い方は実に素晴らしいと言わざるを得ません。私は勿論敬虔なる女神の信徒ですが、彼らの様に力や技、それに魔術、全てを活かして己の力を高めていこうとする人の前には、ただ女神の祝福を得ただけの人など、さしたる障害にもならないのではないかとすら思います。その彼らが我らが女神の祝福までも得たと想定すると、魔族など物の数にも入れない戦いぶりを示すかもしれません。もっとも、私としましては彼らには是非次代を率いる冒険者として活躍して頂きたいですが」
「……ファルス殿が女神を否定するとは考えておりません故、その言葉は純粋に彼らへの期待からの発言と受け取りましょう。貴方の仰る通り、彼らが信仰により女神の祝福を与えられれば、その力は更に高まると私も確信しております。なにぶんにも、このような戦いをする学生を初めて見たので、彼らへの評価は今すぐに出来るものではありませんが」
リミア王にくっついてきた神殿の大司教が僕に牽制しながらも学生の擁護には基本的に賛成の立場を取った。
彼の視線を追うと、そこにはロッツガルドの司教がいた。なるほど、彼らの存在をどうして把握してなかったのかって事か。最近赴任してきたばかりなんだから、むしろその責任は死んだ前司教にあるだろうに、彼女も災難だね。多分お叱りを受けるんだろう。で、その前司教を始末したのは真君のとこ。まあ前の司教はロッツガルドでの、あの組織のまとめ役でもあったしね。もう一人の学園講師ブライト某も彼らに消されたようだし。
まだ表舞台に出てきてない所とも火種を作るんだから、真君のトラブル体質は結構筋金入りだと思う。
「そろそろ二回戦が始まるようですねえ。昼食も楽しみですが、闘技大会も実に楽しみです」
気の抜けた事を言ってこの重くなっていた空気を霧散させる。やっぱり観戦は気楽にいきたいよね。それが僕にとって娯楽になるほど見応えがあるのなら余計に。
出来れば一般客席から真君たちと一緒に楽しみたかった所だけど、流石にそれは無理と言うもの。
ふふふ、この分だと団体戦もかなり楽しめるはず。
彼らの戦いを見て、少しでも学園の生徒たちに意識改革が起これば初代の学長も喜ぶだろうな……。
僕はかつての友人の顔を思い出して郷愁の念に目を細めた。
これにて今年の更新は終了です。
皆様、良いお年を。
12/31 一部内容修正しました。
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