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貴族の戦い方
円形の舞台を囲うように客席が並ぶ。
いつか見に行きたいと思っていたコロッセオをこんな形で目にする事になるなんて、人生は予想がつかない。
有名なローマの、じゃないけど。
学園の郊外には闘技大会用に用意されたでかい闘技場があった。この、歴史遺産として後世に残るであろう巨大建造物が学校の施設だと言うのだから、驚かされる。ロッツガルド学園は、学生の振る舞いや講師連中の有様を見ているとどこにでもありそうな二流の大学みたいに考えてしまう事がある。それでもこうして施設や、その規模をこうして見る度に、ヒューマンの最高学府であると思い知らされる。
「レンブラントさんは何を言い淀んでいたんだろう」
「娘の無事を、では無いでしょうな。その件で今日は商人ギルドに向かっているようで。それなりの厄介事やもしれません」
「ホープレイズ家の圧力か……」
「可能性はあるでしょう」
貴族と言う人種を完全になめていた。
一晩とは言え、念の為に識を張り付かせておいたんだけど、夕食に初めて訪れた店の食事には数日平衡感覚を失わせる毒が、寮の部屋に給仕が用意する水に下痢や腹痛を持続して起こさせる類の毒が、夜の間に刺客が数組と、試合を駄目にする意図の妨害工作がまさにフルコース。報告を聞いて、予想の範囲内ながら物凄く呆れたものだった。
当日。今日なんだけど、もう切り抜けたと安心していたんだ。
そうしたら今度はレンブラントさんからの突然の連絡。商人ギルドから僕に何かあったらしい。何とかしてみると彼はギルドに出向いてくれた。夫人も彼と同行した為、今日はレンブラントさんは観戦に来ていない。なんとなく、大貴族からの妨害のような気がしないでもない。
貴族って、そこまでするのか、とか思ったね。
ここは学校で、彼も実家はどうあれただの一生徒なわけで。つまり僕の想定していた毒だの刺客だのは、予想し得る最悪な手法だった。だって、闘技大会なんて言っても学園祭のイベントの一つなんだから。
「よくもまあ、ここまで……」
手元にある組み合わせ表を見る。
そこにはトーナメント表が書かれた紙。大会のパンフレットだ。
昨日ちらっと見たのと明らかに内容が違う。
戦士部門と術師部門に別れているのは一緒。異なる山になっている二部門が決勝でぶつかる形になっている。
うちの生徒ではジンにミスラ、ダエナとユーノが戦士部門。アベリアとシフとイズモが術師だ。
で、参加する生徒は本戦出場者で四十名弱。ちなみに個人戦の後に団体戦があるので個人戦参加者はあまり多くないんだそうだ。
団体戦を重視する生徒が多いと言う事だろう。個人で惨敗して団体で好成績を残すより、団体だけ出て良い成績を残したほうが良いからじゃないか、なんて邪推をしている。周囲の実力で良い成績を残す事も十分可能なんだから。直接見ていなかった人には最終の成績だけが結果として残るんだし。
団体戦に出る生徒は個人戦での負傷を恐れて出場を控えると言うのが建前にできる。良く出来ているよ。って、つい悪い方に考えてしまう。
ちなみにジン達はどちらも出る。ついでにホープレイズ家の次男もだ。
「一回戦でジン対ミスラ、ダエナ対ユーノ。勝者が次回でぶつかる。術師部門は一回戦でアベリア対シフ、勝者がシードのイズモとぶつかる、か。トーナメント表まで操作するかぁ……」
「つまり若の生徒同士の対戦ですな。これは楽しみ」
「巴……凄い前向きな考え方だね。僕はただただ驚いてるのに。何でも有りじゃないか、ルールにまで手を出すとかさ」
巴はどうも理解していないのか、的はずれな事を言う。僕が言いたいのは貴族のルール無用っぷりなんだけど。まだ学生の身でありながらここまで見事に権力を利用するかね。
すごすぎる。
「思ったよりもずっとホープレイズ家ってのは権力を持っていて、そして学園は公明正大な場所ではない、か。あそこにいる連中も……」
僕は一般席から遠く、来賓席に座っている奴らを見る。
見た顔が幾つも並んでいる。僕の周りも騒がしくなってきたと言う事だろうね。
顔しか知らない学園長の近くにいる何人かは知らない人だけど、多分四大国のどこかの人だろう。つまり、リミアかグリトニアだ。少し離れた位置に座っているのは、冒険者ギルドの長であるルト、神殿関係者の列に並んでいる一人はこの前会った司教、ローレルの偉い人彩律もいる。たかだか学生の試合への工作を彼らは知らないんだろう。でも、生徒が被害を被っている僕の目には同罪に見えてくる。
中には僕の軽率ゆえに関係を持たざるを得なかったり、異世界人であるから目をつけられたりした人だっている。
……思えば僕はここに来てから嘘ばかりついている。それが、徐々に積み重なってだんだんと面倒な事になってきていると感じた。嘘を守る為に嘘をつく。終わりが無い。
「若?」
「それが……巡り巡って今か。限界、かもな。なあ、巴」
「は、はい?」
なぜきょどるんだ、巴。僕が真面目な顔をしちゃ悪いか。
「亜空に四季、欲しいか?」
「! もちろんです!」
「……そうか」
「若様、面白そうな物がありましたから買ってきましたわ。……一応三人分」
「ありがと、澪」
「気が利くようになったのう、澪」
澪から紙袋を受け取るとバジルに似た香りが鼻をくすぐる。今日は香り重視かな。手には熱が伝わってきて、温かい食べ物であるともわかる。楽しみだ。
小さく、不本意です、と唇を噛む澪は見なかった事にして僕は舞台を見る。
ここまでくればもう、ジン達もやれることをやるだけ。思う所はたくさんあるけど、僕もそれを見守るほかないよな。
闘技大会の開催を告げる声が響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、次の試合は今大会出場者の最高レベル! 何と両名ともレベル九十七の二人です! まずはジン=ロアン! 学園高等部二年でありながら実技成績では常に全体上位成績者に名前が挙がる秀才であります! 特に剣技に定評のある彼の戦いには注目されている方も多いのではないでしょうか! 対するはミスラ=カズパー! 術師から最も評価されている前衛! 鉄壁に近い防御力に回復術まで扱う器用さを兼ね備えた剣士であります!」
ハイテンションな司会の声が朗々と響いた。
だが舞台に上がる二人の表情は苦虫を噛み潰したような、何ともよろしくない顔をしている。理由は僕でもわかる。手に持つ獲物だ。あとこの組み合わせもか。
ジンもミスラも、詳しい材質はわからないけど木刀を手にしていた。
一般的な片手剣を模したと思われるサイズの木刀。木剣? まあ、そこはいいや。
他の生徒は金属製の、それぞれの愛用の武器を持ち込んでいたのがわかった。中には明らかに武器の性能差で勝利している試合もあったくらいだ。
僕は木刀でやれなんて指示はしていないし、当然彼らの本意でも無いだろう。
はいこれ、と預けた武器と違う物を渡されたとしたらあんな顔にもなる。
「まずは皆様にお断りを。今年の大会では数名がレベル九十オーバーを達成しておりまして、他生徒との均衡をはかる為にいくつかの制限を設けております」
なら初めから柔道やボクシングの階級制度みたいにレベルとか年次とかで階級を分けて大会を開催すればいいだろうが。
レベルの差がどうとか言うのなら、同様に使用する武器や防具にも制限を加えて考慮しろと言うんだ。
ああ、もう心が荒む。
「彼らが持っている装備はその一つ。他の参加者への配慮であります。では開始前にルールの確認を! 試合時間は十分間。ダメージはドールに分担され本人が受ける傷を肩代わり致します。このドールの破壊は戦闘不能を意味しその時点で試合終了となります。また戦士部門の試合では攻撃、回復術は使用禁止となっておりまして使えるのは自己支援系統の術のみとなります。場外に出た場合は減点対象で、時間内に決着がつかなかった場合の判定に大きく影響する事になります」
ドール、事前に手続きをしておくと受けるべきダメージを肩代わりしてくれる便利グッズ。見た目は全長一メートル程度のマトリョーシカ。こういう大会などで使われる事があり、非常に高価。
むしろ実戦で相当効果をあげそうな道具だと思ったんだけど、ドールが有効な状態になるには場所の調整、有効時間の面で多くの制約があり実際の戦闘で使用する事は実質不可能。
今回の場合、高価なドールを用意して舞台になる闘技場との間にまず契約を行い、次いで参加する生徒とドールで手続きをする。その上で十五分から三十分の間肩代わりが可能なのだとか。
ダメージの余剰、オーバーキルが起こった場合には残りのダメージが本人に帰ってしまうのでドールは一応一人につき一試合三体用意されていた。ブルジョワ学園の面目躍如と言えるな。つまり、これが一個でも砕け散ってしまうと負けと言う事だ。
それにしてもミスラを虐めているとしか思えないルールだ。回復術を使うな、早期決着させなさい。どちらもミスラには非常に大きな制約である。対してジンは殆ど何の縛りも無い状態にある。それで容赦するタマでも無いからジンによる一方的な攻勢で試合は終わってしまうだろう。判定も、当然ジンだろうな。
「それでは、ジン=ロアン対ミスラ=カズバー、試合開始!!」
やや穏やかになっていた観客席からの声がその合図を受けて怒号と呼ぶに相応しい大音量に変わる。
以前の生活では考えられない程向上した視力が二人が何やら会話をしている様子なのを伝えてくれる。
ジンが速攻で間合いを詰めて上段からの振り下ろしをミスラにぶつける。普段よりも格段に細く頼りないであろう木剣でその一撃を受け止めるミスラ。流石に防御能力では随一のミスラだけあって勢いに押されて体勢を崩すような事も無い。
まさにラッシュと呼ぶに相応しい連撃が高速かつ隙の少ない所作で次々にミスラに叩き込まれていく。予想した通り、ジンの速攻の前に有効な一撃が打てずにひたすら受け止めるだけになってしまっている。
多分、これも運だから悪く思うな、なんて会話に対してそれでも手は抜けない、とか言葉をぶつけ合っているんだろう。
「何ともまあ、地味で一方的な試合ですなあ」
巴はその試合の展開を呆れたように眺めている。間違いなく見ていて面白いショーではない。けれど、技術的に剣士や近接戦闘を主とする連中なら彼らの戦いに見るべきものはあるだろう。攻撃の繋げ方、防ぎ方など学園のこれまでの戦闘とは少々様子が違っているはずだ。
「……体当たり、と例えたのは訂正しますけど、やはりこれだけ多くの人が見る代物かと言われると私にはやっぱりよくわかりませんわ」
澪には残念ながらつまらない見世物に映ったようだ。ミスラの戦い方は防御主体。玄人好みの地味なスタイルである。訂正したって事は、技量については少し見直したんだろうな。
僕の講義を受け始めた頃とは明らかに打ち合っている時の二人の思考が練られたものになっているのが十分に伝わってきて、僕には結構見応えがあるんだけどね。
体を入れ替えたり距離を開けてみたり、ジンもミスラも実によく考えて戦っている。多分、その場の閃きだとかは既に僕よりも優れていると思う。実際、凄い才覚を持っているからなあ。
観客の目にもこれまでの試合とは速度が段違いに速く、さらに体の動きが滑らかで多彩な事には気づいたから初めは歓声が多かった。でも、ジンの攻撃ターンが終わらないから段々とミスラへのブーイングが増えてきている。不憫だ。
ミスラはジンが二刀流を使うようになってさえ、捌く力を持っている子だ。しかも講義でも休みの間でも模擬戦は何度もやっている。剣術だけのセンスならジンが文句なしで上なのに経験を確実に実力に反映させて防ぎきっている。
例えば三つを超えるような連撃でさえ、要になる一撃を的確に選んで弾く。組み立ての中で、流れの中で。中核になる一手を見抜く目は彼の最大の武器と言えるだろう。ツヴァイさんと戦う事で強い攻撃のいなし方も学んできている。静かな成長株だ。
体の捌き方や距離の取り方もジンの気勢を上手く殺いでいる。流れや勢いをあれだけ殺されて、それでも攻撃を継続できるのはジンだからだ。あいつも人の閃きと獣の勘を両在させながら剣を振る驚異的なセンスを持っている。まあ、この試合のみで評価するなら僕はミスラを褒めるけど。
どちらも決め手が無いから時間いっぱいまで打ち合うしか無い。
ミスラへのブーイングが大きくなっていく。試合は既に勝敗ではなく、互いの動きや力、技を確認し合うような演武に近いものに姿を変えている。その事に気付いている人は少数だろう。
巴はその変化の瞬間、感心したように「ほう」と目を細めていた。察したようだ。
凄い試合なのに、どこか違和感がある。多くの人の感想はそのようなものだ。違和感が予定調和を感じさせる動きであるとわかるのは、以前に演武であると知って見た事がある人や、巴の様にそれなりの技術を持った人に限られると思う。ちなみに僕は前者。剣術の本気で行う演武を何度か見る機会が会ったからだ。雰囲気として似たものをジンとミスラは放っていた。
澪もわかりそうな気がする。彼女は少し退屈そうに試合を見ていた。手に持ったファストフードと試合、興味は八割二割と言った感じだな。それでも聞けば正解が返ってきそうな気がするのは、これまでの澪の直感が恐ろしい的中率だからだ。
「ん、試合終了か。これはミスラの勝ちだなあ」
「でしょうな。結局有効打は殆どありませんでした。攻めていたジンと申す子が判定で勝利するでしょうが、勝負としてはミスラと申す子の勝ちですな」
「試合に勝って勝負に負けるか。会場はミスラを臆病者扱いだっていうのに。あはは、ジンの奴、わかりやすい顔してるな。ミスラも達成感が顔にでちゃってるし」
「いや、これまでの間抜けな試合よりはかなり楽しめました。流石は若の教え子です。何せこれまでのは殆ど全員、構える、攻撃する、避けるか防ぐ、構える、反撃する、と行動のトロサと次にやる動作が丸分かりな馬鹿さ加減が全面に出ておりましたからなあ。正直、あれでは良い武器を持っていればそれだけで試合が決まりかねませぬ。反対の意味で目を見張りましたな」
「まったくだ。ジン達は他の講義で猫かぶるのが最近しんどいです、とか言ってたけど理由がわかったよ。あの中でさっきみたいな動きをしたら、そりゃあ浮くわな。何でも僕を気遣ってくれたらしいけど、よくできた生徒をもって僕は幸せだねえ」
「良きことですな。ふむふむ、とりあえず儂としましてはミスラにご褒美を考えておきましょう。手合わせか、手合わせか、手合わせか。さてどれにしようか……」
……一択かよ。
予想通り、ジンが判定で勝利を掴んだ。結果とは裏腹にやりきった顔をして舞台から降りるミスラが印象的な試合だったな。巴に絡まれたとしても良い経験には間違いなくなるだろうから学園祭終わりにでも機会を作ってやろう。
次に僕の生徒が出るのは、術師部門の一回戦か。
あまり時間がかかりそうな感じでもないし、このまま見ていればいいかな。
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