75/187
制約とフォロー
「ほっほー、これが若の生徒ですか。おお、そこの二人は肖像画を見た事がある。レンブラント、殿のご息女じゃな」
「は、はい! 初めまして、シフ=レンブラントと申します!」
「妹のユーノ=レンブラントです! 初めまして!」
「良い返事じゃ。流石はレンブラント家じゃの。こうして顔を合わせるのは初めてじゃが、儂らは――」
「クズノハ商会の巴様と澪様ですね。父からお噂は聞いております。こうしてお会い出来て光栄です」
会場内に入った僕らは識に位置を聞いてジンたちのいる場所に向かった。
ルトは最初は一緒に来る予定だった。だけど、あいつは仕事を忘れていた事を理由に、巴と澪に僕を譲ってやると馬鹿な事を言って離れていった。僕にもわかる建前だった。明らかに誰かを見つけて、そいつと会う為に別行動を取った。
あいつは、何か目的を持っている。僕に話しているのもその一つには違いないんだろう。でも、明らかに話していない他の理由もある。
核心を尋ねる事が出来れば教えてくれるかもしれない。逆に、何を企んでいるか、狙っているかと曖昧に聞いても絶対に口を割らないと思う。
ともあれルトと別れた僕は左に澪、右に巴を連れて識と生徒たちのいる所に到着した。
で、僕が学園で講義している学生を巴が面白そうに見ている。
七人、いやレンブラント姉妹を除いた五人には、巴の視線は居心地が悪いかもしれない。巴とも澪とも初対面なんだから。
「強欲じゃと言われておらねば良いがな。だが名を知っていてもらえて嬉しいぞ。澪はともかく儂はあまりツィーゲにもおらんのに」
「父はお二人のことを、ライドウ先生とクズノハ商会を公私共に支える二本柱だと申しておりました」
「あの男も、中々わかるようになってきましたね。巴さんと同列なのはともかく二本柱と称したなら、まあ良しとしましょうか」
澪、わかりやすい対抗意識だな。それとも識への新手のイジメか。何げに識を見ているし。
「私など、お二人に比べればまだまだ未熟でございます。澪殿がツィーゲを切り盛りして下さり、巴殿が外商をまとめて下さっているから、私がライドウ様の下で勉強させて頂けています。感謝しております」
識が澪の視線に応える様に、にこやかに学生の横で頭を下げた。
澪は一応ツィーゲを拠点に日々亜空と行ったり来たりしながら料理にハマっている。その傍らで冒険者のサポートを気紛れにしているだけだ。商会の仕事に関わっているなんて特に聞いた事はない。
巴は四季を求めてあっちにふらふら、こっちにふらふら。陸路で各地に放った森鬼を使って情報収集こそしてくれているけど……外商?
僕に至っては商会の運営や判断など、むしろ識に教えてもらっていることも多い。
それを、澪がツィーゲを切り盛りして、巴が外商を仕切って、僕が勉強させているだなんて。
識、そこまで気を遣わなくても良いんだよ。どこかで発散させないと前のライム失踪の時みたいに暴発しかねないな。気をつけよ。
あ、情報収集で思い出した。翼人から森鬼のやっている行商を自分たちもやりたいと言われてたな。森鬼はよくやってくれているけど人数としては不足している。それに翼人は文字通り飛べるから森鬼にとって進み難い場所も苦も無く進める利点もある。
利点だけしか無いなら何も迷う事なく彼らにも手伝ってもらう所なんだ。
問題点としては、森鬼に比べて汎用性に劣る所。それと戦闘能力も現状では一歩譲る。
前者の汎用性と言う点は、住み分けする事で、ある程度解消出来ると思う。翼人は空を飛べる代わりに海や水辺、湿地と言った場所が苦手だった。進入出来ない程では無いけど、明らかに能力を制限されている感がある。それに深い森や洞窟内部などは森鬼の方が遥かに効率的に動ける。逆に広い平地や山岳地帯を回るなら翼人が圧倒的に優れているかな。
後者は平均的な実力の者で比べた場合だから、優秀な人物に限って登用すれば大丈夫だろう。ただ優劣の見分け方も難しい。単に翼の色で分けると案外不都合が出るんだよ。多分、彼らが生活してきた環境では明らかな優劣が出るんだろう。でも、個々の能力だけを見ると向き不向きの違いと言うか……うーん。今度ゆっくり話してみようか。あのキャンプを彼らにもやってもらうのかも含めて。
[ジン、アベリア、ダエナ、ミスラ、イズモ。お前たちとは完全な初対面になるな。私が両腕と頼っているトモエと、ミオだ]
「巴じゃ。よろしく頼む」
「澪よ」
みじか。澪さん、それは自己紹介ですら……。
それでも生徒諸君は二人に礼をして答えた。シフとユーノが率先してそうしているから、倣っているのかもしれない。彼らには、多分巴と澪がどの程度の実力を持っているかは察する事が出来ないと思うし。見た感じの威厳は無い上に、こいつら隠すの上手いから。
「……あの、先生。両腕と仰いましたけど。識さんは……」
アベリアだ。識に傾倒しているからか、ややきつめな口調だ。
[あの二人の言う通り、識はまだ勉強中だ。ただし、商売の面のみで言えば彼は私が商会で最も信頼している一人だ。だが危険の処理、つまり運搬や調達における戦闘能力や自衛能力までも含めるとこの二人に劣る部分があるのは確かだ]
「戦闘、能力?」
「識さんが劣っている部分が?」
「……悪夢だ」
ダエナ以下三名は僕の言葉に色々と恐ろしい想像をしているようだった。
ただ僕の伝える事に疑いはあまり持っていないようだ。周囲が言う所の、非常識講義の成果かな。
「まあ、お主らの常識ではすぐに理解するのも難しい事かもしれぬ。それでも若の教えを受けているのならレベルや数値だけが勝敗を決めるものでもない事は承知しておろう?」
『……』
五人が頷く。レンブラント姉妹は彼らよりもひと呼吸早く頷いた。あはは、こりゃあレンブラントさん、巴と澪のレベルの事を多分話している。とすると僕の事もかな。ツィーゲではほぼ皆が知っている事だ。二人とも僕以上に有名だったりする。
「儂と澪はその数値でも識は圧倒出来るがの。まあ、何が言いたいのかと言えばな。お主らがそれでも強さの拠り所にしたいレベル。これもあまり当てにならんもんじゃぞ? 例えばな、儂の経験した中だとレベル一のヒューマンに、レベル千を超える者二人が軽くあしらわれた事もある」
『っ!?』
「嘘ではないぞ? ふふふ、若や識がお前たちを気にかけるのも何かわかる気がするのう。何とも微笑ましく面白い。お主らの試合、楽しませてもらおう」
「……はぁ、私には今一つ判りかねます。どうみても卵から頭一つ出しただけのひよこではありませんか。この者たちの試合なんて、ただの体当たりを眺めているようなものでは無いかと思いますけれど」
「やれやれ、教えると言う喜びを少しはお前も学ぶと良い。明日からは大人しく屋台ものでもつまんで静かにしておれ、若を不快にさせるでないぞ」
巴のは、森鬼を虐める喜びが多少混じっている気がする。だけど、教える事の楽しさを知ってくれているのは嬉しい。誰かが未熟である事を、ただ見下す事は少なくなるだろうから。
「私がそのような事をする訳が無いでしょう!」
澪も、料理を誰かに教えたりするようになれば少しはわかってくれるかもしれない。今はまだ、自分が教えを乞い、実力を高める事に夢中だから。
エマに聞いた所では、下拵えだけは他人に割り振ったりしても、料理は基本的に自分でやっているようだ。手伝ってもらったり教えたりするようになれば、澪もまた一つ変わりそうだな。
[こんな所で喧嘩はするな二人共。少しは識を見習え。識、例の件は伝えたか?]
始まりそうな気配を察して巴と澪両名を先に制しておく。今日ここに来た主な理由はジンたちへの忠告だ。レンブラントさんに万に一つも無いなんて言った手前、彼らにもしっかり警戒してもらわないといけない。
「はい。調べてみました所、あの学生はリミアのホープレイズ家の次男でした。ホープレイズは王家とも血縁のある、リミアでも三本の指に入る大貴族です。次男と言う事で家督の相続こそありませんが、戦時下でもありますから彼の扱いは長男に次ぐものとなっています」
[それはまた大物だな。行動は伴っていなかったが]
貴族の力が強いリミア王国で、大貴族ね。しかも次男か。当主や長男が戦争に参加すれば命を落とす危険もある。となれば、政略結婚の道具と言うだけの存在でも無いのか。
普通なら次男や三男、それ以降の者を従軍させれば事足りると思う所だけど、誇りやら義務やらしがらみの多いリミアではそうもいかないらしい。民主主義の日本からリミア王国に行った勇者は意外と苦労しているかもね。当たり前が通用しないんだから。
そうか、結構大物だったか。リミア、ホープレイズ家。国内で有数の貴族なら自国で教育機関作ってそこで鍛えればいいのに。
……何をしてきてもジンたちで対処させる予定だったけど、少し事情が変わったな。
度が過ぎる手段を使ってきた場合には、こっちで対処しよう。金にものを言わせて凶悪な刺客を雇ったり、毒を含めて洒落にならない薬物を使用したりするつもりならね。
「ライドウ先生、面倒な奴に絡まれるの、結構得意ですよね」
ジンめ。そのもう慣れてきましたよ、的な表情はやめて欲しい。
[ジン。お前のその物怖じしない態度は実に素晴らしい。聞いていると思うが、自分たちで嫌がらせには対処するようにな。それから、予選は皆通ったようだが、まさか全力で挑んではいないな?]
「勿論です。五分の力で流して全員通過です」
おお、皆ドヤ顔で胸を張っている。予想はしていたけど、予選から全力で余裕なく戦ったりはしていないみたいだな。参加者の中だとレベルもかなり高い方だし、当然と言えば当然か。
[素晴らしい。良くやったな、皆]
『……』
[どうした、嬉しくないのか?]
「基本、先生が褒めてくれる時は何かあります」
……。
結構警戒されてるんだな、僕。アオトカゲ君からしばらく同じパターンで接しすぎたかも。とは言っても今更いきなり変えるのもね。お祭りで戦いぶりを見て、新しい生徒を加えるかどうかも判断したいから少し厳しくいかないと。
褒めてあげてこの態度は少し悲しいけどさ。
[勘が良い。まあ私は他の学生を詳しくは見ていないから予選風景は基本的にお前たちからの伝聞だけなのだが。それでもお前たちが頭一つ抜けているのは十分にわかった]
『……』
[よってだ。お前たちには制約を設ける事にした。それぞれ、識がこれから念話で伝える事を守って本選に参加するように]
来賓が多く訪れる学園祭で、出場希望者に対してのんびりと予選から大会を始めたりはしない。準備期間中に本選出場者は既に選抜が終了している。来賓の目に止まるにはまず、学内できちんと実力を示さないといけないと言う訳。
その点ではジンたちは十分な力を見せて駒を進める事が出来ていた。流石に最初のふるいでどうにかなる事もないだろうと僕は様子を見にも行っていなかった。
識から生徒に、考えていた禁止事項を順番に伝えられていく。強ばっていく彼らの表情、中には思わず声を出してしまった者もいた。
でも、こんな注目の集まる場所で己の実力を全てさらけ出させるのには少し思う所もあるし、今回は縛りを加えた彼らの戦いぶりを見せてもらう事にした。
「……あの、本気ですか」
[勿論だ。一切冗談はない。明日からの試合、全員で観戦させてもらう。楽しみにしているぞ]
用は済んだな。
巴の思わせぶりな笑み、澪の一瞥。
識はそのまま彼らのお守りに残しておく。大貴族様の妨害がどんなものかも確かめさせたい。
しかし。ローレル、アイオンときて次はリミアか。その内にグリトニアからも何かあるんじゃなかろうな。
何かあるような気はしていたけど、毎日何かあるとは思ってなかったな。四大国そろい踏みとか、お腹一杯になるなあ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「識さん、ちょ!?」
「ライドウ先生、本気、なんだよね?」
「本気だな。冗談の目じゃなかった」
「恐ろしい、やっぱりあの人は恐ろしい……」
「先生、一言くらい昨日のパーティーに触れてくれてもいいのに」
「お母様から言われた通り、私達から動かないと感想聞けないかもしれないわね」
ほぼ全面的に同意だ。でも、レンブラント家の二名。お前ら緊張感欠けてないか?
ホープレイズの阿呆から先日いきなり宣戦布告されたと思ったら、先生からは彼と揉めたとあっさり言われ、しかも貴族からの圧力や妨害も自分たちで何とかしろとまで言われた。その上、本選でも本気でやるなと言う。
いや違うか。全力を出し尽くさず本気でやれと言っているのか。とことん、常識外れな人だ。
普通、闘技大会での生徒の評価は講師への評価にも繋がる。だから何が何でも勝てと言う人はいても制約を付ける人なんてまずいない。
闘技大会だぞ? 今後一年何かと話題にされる事もある、学年や単位数によっては就職がかかってもいる大会だ。
もしかして、既にホープレイズ家からの圧力でクズノハ商会に不都合が出ていて、先生は奴からの嫌がらせの一環で俺たちの実力に制限を?
……いや、無いな。今回の圧力その他さえ俺達の対処を楽しんでいるかに見えた。
これは、結構な正念場かもしれない。俺が今望んでいる進路を叶える為の。
「ジン、あんたは何をするなって?」
「“二刀流”するなってさ。アベリアは?」
「弓に“乗せるな”って言われた。皆は何を?」
アベリアが俺の答えを聞くと皆を集めて小声で聞いた。
「俺、この前ツヴァイさんに決めた奴、ダメだって」
ミスラだ。まさにあいつの奥義みたいなものを……。悲惨だな。鉄壁しか見せ場なくなるぞ、ミスラ。
「俺は“二段階”アウト。泣けてくる」
ダエナ、哀れとしか言い様が無いな。実質、一対一なら俺かこいつが七人で今は最強だと思う。その要となる能力なのに……。
「僕は“機動詠唱”封印。せっかく実戦で使えるレベルになってきて今回お披露目する予定だったのに……」
イズモだ。移動しながらの詠唱術を先生と識さんに食らいついて何とか形にしてきたあいつには厳しい制約だ。自分に出来るレベルで習得した新しい詠唱方式を機動詠唱と名付けて大事にしていた。
識さんに教えてもらった詠唱言語まで封印されなかったのは救いと言えるけど、論文まで書き出している機動詠唱はミスラのと同様、イズモの要だ。精神的に、きついだろうな。
「私は、武器使用一種限定だって。……意外と抜け道使えそう。やるかどうかは別だけど」
ユーノ。あの度を超えた器用さを一部封印しろと。……確かにすぐにでも思いつく抜け道があるけど、やって良いものかどうか、悩むな。
基本的にライドウ先生は端的に用件を言うし、言われなかった事や禁止されなかった事をやっても一々咎められたりはしない。でも評価されているかと聞かれると難しい。素直に言われた条件下で目標を達成すべきかとも思うからなあ。
「私は“合成魔術”禁止です。土の精霊と火の魔術の融合が……。折角土属性の有用性を世に示せると思いましたのに」
さ、最大火力封印。シフ、哀れな。それでも十分な攻撃力は残せるのがシフの凄い所でもあるが。
全員が夏休みを経て各々編み出した(先生たちに誘導された感もあるんだが……)新しい戦闘のスタイルや技を封印された事になる。
「先生、まさか本当はホープレイズ家からの圧力で……」
イズモが俺も一瞬考えた事を口にした。俺とイズモの他にもそう考えていた者がいたのか、表情を曇らせた奴が何人かいる。
「ありえませんよ、それは」
「識さん」
自信に溢れた言葉は識さんから放たれた。俺のは何となくそう思うだけで確信はない否定、識さんの言葉ははっきりした確信を持った否定だった。
「今回の大会は最近気の緩んでいた君達にとって良い機会だとライドウ様は言っておられました。何しろ、店でウチの従業員と無駄話をしている有様でしたからね」
う。そこには反論の仕様も無い。現場をしっかり見られている以上は平謝りしかやれる事がない。
「ちょっとした試験だと思って励んで下さい」
試験? 引っかかる言い方だ。
「あの、識さん。試験って、どういう事でしょうか。ちょっと、気になるんですが」
「っ、私とした事が少し失言でしたね」
失言、か。多分違うよな。元々教えてくれるつもりだった事があるんだ。
本気で識さんと化かし合いをすれば、今の俺たちはきっと何を騙されたのかもわからないと思う。
すんません、その優しさに甘えさせて下さい。
「先生の言った制約と、大会。何かあるんですか?」
答えてくれる保証は何も無いけど、気になったものは仕方無い。
既に、この大会に掛ける意気込みはさっきまでより、一層高まっているのを感じる。
「仕方ありませんね。ライドウ様には内緒ですよ? 君たちが今回の条件で良い試合を見せてくれるようなら、ライドウ様は学園祭終了後に新しい生徒さんを増やすおつもりなのです。どういう事か、わかりますか?」
新しい生徒を?
確かライドウ先生の講義は、今は希望しても体験参加も出来ない状況だと聞いている。つまり新規受付を再開すると言う事だろうか。それが示す意味……。まさか、俺たちへの講義の終了!? それは困る!
「ええっと、見限られる、とか……」
ダエナ君。空気を読んで発言しやがれ。頷かれたらどうする。
「まさか。それなら試験などいらないでしょう」
「なら、教える事はもう何も無い、とか」
「それこそまさかです。ふむ、わからないようですね。ライドウ様は、君たちへの講義をそろそろ次の段階に進めても良いのではとお考えになっているのですよ」
俺たちの察しの悪さに少し呆れた様子を見せながら、識さんは話し始めてくれた。
『!?』
「その為には、常に誰に対しても自分の持ち札を全部晒して全力で戦うのではなく、己に自ら制約を課してより深く考えて力と技を一層磨く姿勢を持って欲しいと仰っていました。例えば一番の切り札を隠す、とかですね」
『……』
「ジンやアベリアをはじめ、七人全員がこの課題をきちんとこなせたら、新しく生徒さんを迎え、君たちに教育役の一端を担わせ自分たちが学んできた内容を再度確認してもらう。その上で、講義を次の段階にしていきたいと、ライドウ様から今後の相談を受けています」
どれだけ励んでも背中の影さえ見えない人から、評価され認められると言う事は。
これほどまでに、嬉しいものなのかと。
俺は識さんの言葉をゆっくりを噛み締めた。
全身に力が漲る。つぐんだ口内で歯を噛み合わせる顎の力が静かに強くなる。足元からじゃなく、胸から全身に震えが広がるのがわかる。顔が無意識に笑みに歪むのが止められない。
「……もちろん私も皆さんに期待しています。是非、受講希望者の受付の件で私を事務室に行かせてください。では、これから手続きでしょうから、私は外に出ていますよ。そうですね、時間がある子は、その後に遅めの昼食を私にご馳走させてください」
そう言って識さんは穏やかに笑ったまま離れていった。
もう制約有りで構わない。あの講義に次の段階がある。俺達はその資格を試される段階まで至る事ができた。
良い試合を。出来る事を……全て。
「き、聞くんじゃなかった。緊張が全力でやばくなってきた。下痢になりそう」
人がやる気になっている横で、ミスラが細い声で緊張感の無い言葉を口にした。いや、緊張しているからなんだろうが、内容がなあ。
「ミスラの気持ちはわかるわ。正直嫌がらせとかもあるだろうし、圧力もかかると思うからお腹が痛くなる気持ちはホント良くわかる。あんな話を聞いたら適当に流すって諦めの選択肢は綺麗に消えちゃった。きっついわねえ」
アベリアは消極的で否定的な言葉とは裏腹に挑戦的な笑顔を浮かべている。
「無様な戦いは、見せられないな。識さんに飯連れて行ってもらって、後で皆でまた集まるか」
ダエナの言う通りだ。例え少しでもやれる事はしておきたい気分だ。学園祭で浮かれる生徒も多い中、俺達は相当真面目な部類に入るだろうな。必死についていくだけで、見る見る実力が上がっていく。こんな麻薬みたいな楽しみに勝る事はそうは無い。真面目になってしまうのも仕方無い事だと思う。
「お姉ちゃん、先生だけじゃなくて巴さんや澪さんも見るんだって。お父様達も来るし、これは凄いよ!? わけがわからなくなってきたかも……」
「それでも、もうやれる事をやるしか、ありません。別の意味でもう諦めの境地です……」
レンブラント姉妹は観戦者の顔ぶれに緊張しまくっているようだ。ライドウ先生が来るまでは、それなりにリラックスできていたんだけどな。
リミアの大貴族も、ツィーゲまでは大した影響力を持ってもいないらしく、卒業後にリミアに行く予定の無い二人はあまりプレッシャーも感じていないようだったから。
そう考えると、リミア出身で貴族のしがらみがない奨学生だけのメンバーである事はかなり有利かも。
あ……そうだ。
「ねえ、シフ、ユーノ。聞きたい事があるんだけど」
「なに、アベリア先輩」
「なんでしょう?」
「先生といた巴さんと澪さんって人。本当に識さんよりも強いの? 正直、識さんですらどの程度の強さかわからない私が言うのも的外れなんだけど、あのクラスの強さってそうそういるものでも無いと思うのよ……」
まさにそれだ。
アベリアの、皆の疑問を凝縮した質問に、二人は静かに頷いた。
「ライドウ先生がそう言ったなら間違いないと思う。識さんは冒険者ギルドに登録していないからレベルとかはわからないけど、あのお二人は……」
シフの目が遠くを見て泳いでいる。
「私たちもお父様に失礼が無いようにって教えてもらっただけなんだけど、お二人共ツィーゲでは知らない人がいない有名人で……」
ユーノは何処か憧れを感じる熱のある表情で語っている。なんだ、辺境の街のエースって所なのか?
ライドウ先生の側近にしては少し肩書きが弱い気もするんだが。
絶対に秘密だと言いながら、姉妹はお互いの顔を見て、決心したのか大きく頷いた。
『レベル千五百オーバーなの』
『……』
姉妹の口から綺麗に重なって出た言葉。俺たちの沈黙。
仲間内にしか聞こえない小さな声で言い放たれたそれは、聞きなれた共通語でありながら、すんなりとは頭に入ってこなかった。
なんだって?
少し空行を増やしてみました。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。