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嵐の前のプチ嵐
目立っている。
和装の巴と澪。それに真っ白なスーツを着た痩躯の美青年、ルト。いや、確か人前ではええっと、ファルスとか名乗ってたな。まあ、ギルドマスターと呼んでおけば問題無いね。偽名って名前に聞こえなくもないしさ。
ともかく、そんな三人と一緒にいると僕まで異様に目立つ。
見る人のほぼ全ては男二人女二人のこの構図を見てもダブルデートとは思わないだろうと自覚はある。第一、ルトの奴がぴったり隣にいるから構図も少し変だし。ついでにそれが原因で少し後ろを歩く澪が結構お怒りになっている。
最近喚いたり手を出すだけじゃなくて冷たい目で静かに怒る事も覚えたようだ。怒りのバリエーションを豊富にする成長は別にいらない。
僕ら四人は学園祭で行われる注目イベントである、武技を競う大会の抽選会場に向かっていた。
この方向で今日開催されるめぼしい催しは無いと言うのに、人の数が凄い。普段は広い通りだと思っていた道が、歩くだけで精一杯に感じるのだから。
実際に大会が行われるのは明日からだ。そう思うと、選手として出場する生徒のお披露目でしか無い今日よりも更に人の数は増えると予想できる。
大した集客力だ。屋台を出す際、この通りが一番倍率も場所代も高い理由が良くわかった。
この人出を見て、クズノハ商会として屋台をやらなくて良かったと思ってしまう僕は、まだまだ商人としては半人前だな。
「いいものだね、こんな風に好きな人と並んで歩くと言うのは」
「変態的な言動は慎め、マスター殿」
「つれないなあ。至って真摯な気持ちでの告白なのに」
「それと周りの目が痛いから多少離れてくれないか」
「これは正当な権利。譲る気も辞退する気も無いね。今日は午前中は自由だし、僕が誰とどこを見て回っても良いんだから」
やれやれ。ルトもなんだかんだで毎日の様に来賓の一人としてあっちに呼ばれこっちに呼ばれでストレスが溜まっているのかね。
昨夜は僕が到着した時には三人とも見事に出来上がっていた。巴達の時も不思議に思ったけど、何で学園祭に入ってからの酒席は誰も彼も酔っ払うのか。ルトもざるの筈だったけどほんのり赤い顔でケラケラ笑っていた。
殆ど朝帰りみたいな時間まで飲んで、その中で今日誰が僕の隣に来るかの勝負もしていた。
まともに戦闘力剥き出しだと相当問題があるので、勝負と言っても平和的な方法を選んだ。最初は叩いてかぶってジャンケンにしようと思ったけど叩く要素が気になって、あっちむいてホイに変えた。我ながら英断だ。
で、勝者がルトだ。彼の言う権利は確かに正当、後ろの二人は敗者として仲良く並んで歩いている。
なのに、どういう訳か耳を澄ますとルトが二人の女性を侍らせて選手を見に行く中、僕が無理に彼に同行している、と言った感じの会話が聞こえる。濡れ衣だ。それはもう濡れ衣だ。こうして歩いている並びを無視するような結論が出るほど、外見の差があるとでも言うのか。ふぅ、ヒューマンのふざけた価値観には付き合っていられない。もう少し状況を素直に見ろって言うんだ……負け惜しみじゃなく。
「で、ローレルには確かに漢字が伝わってるんだな? と言う事は日本語もある程度伝わっているのか?」
「賢人文字って名前でね。日本語、は部分的な継承はあるようだけど、かなり変化していて別物とも言えるね」
「方言みたいな変化?」
「そんなレベルじゃないね。ええと、そうだ良い例えがあるよ。地球で言う俗ラテン語みたいな感じ」
「……なにそれ?」
「あれ、じゃあ口語ラテン語って言えば良い? 一部では通用するけどやっぱり学者の言葉って感じのさ。文章で書いてしまうと一部意味を理解される可能性はあるね」
「……どっちもさっぱり知らない単語なんだけど。お前、一体どんな日本人と接してきた訳?」
「至って普通だといつも本人は言うんだけどね、君を含めて」
う。でも本当に僕は普通の範疇にいる、はず。ラテン語とか、名前くらいしか知らない。普通、だよね?
「結論で、日本語で話していてそれを理解されるおそれはあるのか?」
「また考えるのを放棄したね。その癖は直した方が良い、疑問はきちんと考えて自分なりにでも答えを見つけておく事が一番だよ。正しいかはともかく、後悔は少ない。懸念している日本語については問題無いよ。勇者に聞かれない限りはこの世界で日本語を読解される事は無い。ローレルは特殊な念話で異世界からの客人と対話しているからね。それもごく短期間で、殆どの場合はすぐに精霊を通じて祝福を受けて共通語を使えるようになる」
「特殊な念話、ねえ」
技術が開発されるほど、日本人が飛ばされて一生を過ごした事があるのか。行方不明とかでここに落とされていたら見つかりようが無い。歓迎される場所があるのは良い事には違いないけどさ……。
「ちなみにそのローレルの魔術知識、魔族の使っている高性能な念話の技術の基礎にもなってるよ。魔将とも接触したみたいだし、やっぱり気になるんだね」
「あ、ああ」
そうなのか。全く違う事考えていたんだけど。
にしても、やっぱり色々知っているよな。そしてそれをヒューマンに教えていない。多分少しは情報を流しているとは思うけど、相変わらず目的がわからない奴だ。
世界を大事にしていたから、冒険者ギルドを作ったと言った。でもこいつは、大事にしていたと過去形で言った。ただの言い回しなのかもしれない。でも僕の中に妙に残っている。今のルトは何を大事にして生きているのかと。聞いたところで君だよ、とか言われそうなので聞いてないんだけどね。
「気になると言えば――」
「若様! これ、さっきつまみましたけど美味でした。よろしかったらどうぞ」
澪だ。手が八本あるような食べ歩きを披露していたけど、あれだけ食べてみて厳選された味なら興味あるな。折角だしもらおう。
「ありがと澪。お前のオススメは大当たりばかりだから嬉しいよ」
「っ! はい!」
嬉しそうに差し出してくれるスティック状の包装。逆三角の容器に、親指くらいの狐色の物が沢山詰められていた。香ばしい油の匂い、揚げ物か。
楊枝が刺さった一つを口に運ぶ。
カリッとした外側の衣、中は肉だった。淡白な、ササミに近い肉質。旨みのある肉汁と独特の食感。ナンコツ周りの肉をブツ切りにして揚げたのかな。衣からは数種の香辛料の香りが広がって肉の旨みと食感に絡まるように味をまとめていた。そしてふりかけた絶妙な塩の具合。これは美味い。
唐揚げにはレモンをつけたい僕としては、レモン汁、もしくは柚子みたいな柑橘系のアクセントが欲しいと思った。このままでも好物に入る味に少し贅沢か。
「へえ、美味しそうだね。澪ちゃん、僕の分は?」
「あるわけないでしょう変態。お前にちゃんなどと呼ばれる覚えもありません。ああっ!?」
「あ、ライドウ殿、楊枝を借りましたよっと。ふむ、へえ、これは……。この肉はありふれた物だけど、こんな調理法は初めてだな。うん、美味しい」
「……今すぐ死にたいですか、それとも今すぐ死にたいですか」
澪、内容一緒。あっという暇も無く手にしていた楊枝をルトに取られて容器内の肉を一つ奪われてしまった。何という早業。
「これだけ良い匂いなんだし、一つくらいは勘弁してやってよ澪。折角澪のおかげで僕に新しい好物が一個出来たんだからさ」
「好物! でしたら今度食卓にも並べます。並べてみせますわ!」
「期待してる。あ、その時さ」
「レモン塩か柚子を使って香りをつけてみます。その方がお好きですよね?」
「……うん」
何故わかった。思考が表情からわかるくらい顔に出てたかな。ちょっと恥ずかしい。
「……」
「マスター殿、何を黙っておる?」
黙々と食べていた巴が口を開く。ルトが沈黙なんて珍しい事をしていたからだろうか。巴は食べるに二割、飲むのに八割と言った感じだ。今日ももう酔っている。ここでのこいつときたら、迎え酒から始まって寝酒で終わるんだからな。楽しそうで何より。
前二人、後ろ二人だった構図が澪、僕、ルト、巴の横並びに変わった。
「ちょっと思い出しただけだよ。昔、恋人にササミのフライが食べたいってねだられてね。この肉を使って苦心して料理をした事がある。凄く近い味だって褒められたな。……悔しかった」
「褒められたのであろう? なら嬉しいのではないか?」
「同じ味を、目指したんだ。彼の願いを僕は満たせなかった。悔しいさ。お前だって、侍みたいだ、とか侍っぽいって言われるんじゃなく侍だって言われたいだろう?」
「……なるほど」
「あ、若様。あの屋台、覗いてみま――」
「はい、そこまで。敗者が勝者を出し抜くのは無しだよ、澪ちゃん。はい、巴も下がる。今日彼の隣は僕。ほら会場の中でも立場を弁えてね二人共」
「くっ」
「ちっ」
もう会場に到着か。先に識が来ている筈だったな。この三人と一緒だと、時間が過ぎるのが早い。
巴と澪の協力プレーなんて面白い物も見れた。昨夜の彼も今日はまだちょっかいを掛けてこない。実の所、このメンツで巴と澪の虫の居所を考えると出てこない事を祈っていたりもした。
会場内にはルトをギルドマスターと知る人もいるかもしれない。でも彼は今日、立場で来ているんじゃなくプライベートで来ている。何か言われても個人的な友人と紹介してもらえば大丈夫だろう。
可愛い生徒はどうなっているか、少し気にもなる。ジン達が抽選の段階から入れ込み過ぎと言う事も無いだろうが、レンブラントさんに大見得を切った手前もある。
まあ、逆に気が抜けすぎていたら喝を入れると言う意味でも、大会の前に会っておくのは良い事だと思う。
僕らは会場へと入っていった。
初めてレビューを頂きました。
実は密かな目標リストの一つになっていまして、項目を埋められた事に感動してつい、短くぶつ切り投稿をしてしまいました。
前回投稿した「色々ロックオン」ですが、誤字の修正を含めて文章も手直ししました。ご指摘下さった皆様ありがとうございます。内容の変更ではありませんので既にお読みの方は読み返す程の変更では無いかと思います。
また、この物語とは大分違いますが新しく別の話を書き始めました。こちらがメインなので更新は不定期になりますが、よろしければ読んでみて頂けたらと思います。タイトルは「荒廃世界の日々」です。
それではご意見ご感想お待ちしています。
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