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賢人とローレル連邦
ひーふー……。
魔族が三人か。どこの国のお偉いさんかはわからないけど、自分の護衛に魔族が紛れ込むようじゃ危ないなあ。
突然話しかけてきた女性が引き連れてきた、大人しめの武装をした護衛を見てそう思う。以前この街で会った魔将のロナさんのヒューマンへの偽装。恐らく魔法なんだろうけど、それと同じような術を使ってヒューマンに紛れ込んでいる魔族が三人いた。視覚に作用しているのか認識に作用しているのかは教えてくれなかったけど、どちらにせよ僕には効かない。今回もばっちり見えてるし。
見た目がまるで違うから丸分かりなんだよな。肌の色ってはっきり違い出るし。
「ここなら人目も気にせず済みそうですね」
「……」
この女性は魔族が混じっていることに気付いて無いみたいだ。もし承知の上で使っているなんて事なら、少なくともこんな火種が満載の国際行事には同行させないと思う。ガソリン浴びてキャンプファイヤーに参加するようなものだ。
この世界では見た目であまり年齢を測れないから、こうして僕をパーティのメイン会場から連れ出した目の前の娘が、実際どのくらいの年齢でどんな立場にいるかなんて全く想像もつかない。重要人物なのは周囲の雰囲気で何となくわかる。
さっきまでいたホールで奏でられていた音楽が微かに漏れ聞こえるサロンのような場所の一角。無人の空間に彼女と僕、それに護衛の皆さんが収まる。
「貴方たちは少し外して。そうね、ここに入って来ようとする人がいたら遠慮してもらうように伝えてもらえるかしら。あの辺りで」
そう言ってこのサロンへの入口辺りを指差す女性。不健康に見える程の真っ白な肌、掴むことも躊躇うような細い手足。どんな人だったか聞かれたら間違いなく体の弱そうな人、と答えるな。あと、妙に懐かしさを感じる。初めて会う筈なんだけど……。
[申し訳ありません。先ほどから考えているのですが、どうしても貴女に見覚えがありません。以前どこかでお会いしたでしょうか?]
行事で講師が騒ぎを起こしたとなると問題だし、穏便に済ませようとここまでついては来た。でも向こうは僕のことを知っている様子なのに僕の方には覚えが無い。気持ちが悪い。クズノハ商会のライドウとして一方的に知っているだけなのか。それとも、何か別口で僕を知る理由がある人なのか。人払いをして話をしたい程度には用事があるんだろうけどさ。
「筆談、ああ、いえ私たちは初対面ですよライドウ様。貴方に興味があってこうしてお誘いしただけのこと。護衛がいると仰々しくなってしまうのは申し訳無いのですけれど、これも立場ゆえに仕方なき事と許してくださいませ」
一言、それだけで筆談を納得ね。
思っている以上に僕の情報はそこら中に漏れているんだろう。商会方面で伝わっているのなら嬉しい限りなんだけど。
[では、その興味について伺う前にお立場とお名前を教えて頂けますか。こうして向かい合う相手の名前も知らないと言うのは少々不自然かと思いますが]
「……そうですね。私はローレル連邦で巫女様とカムロの世話をしております者の一人で、サイリツと申します。我がローレル連邦について、ライドウ様は何かご存知かしら?」
ミコに、カムロ……。
確かローレルで非常に親しまれている存在、だったはず。巫女は国民の精神的な支柱、カムロはその候補だったかな。カムロなんて言うと僕の頭だと、禿と書いて遊女の見習いって感じなんだけどね。こちらでは大分扱いが違う様子。果ては花魁や太夫では無く帝を目指すという訳だ。印象違うよね。
で、ローレルと言うと……。
[実は訪れた事が無く、多くは存じませんが。三つの国が一つになった連邦国家で、巫女と呼ばれる強い力を持つ女性が複数の上位精霊と対話を行えるんだとか。巫女が政治上でも発言力を得ている為にローレルでは相当な地位にあると聞いています。また精霊との距離が近い為に女神よりも精霊に強い信仰を抱く傾向もあると。後私が存じている事は……独特な文化を発展させていて技術力にも優れると言った点でしょうか]
ローレルは幾つもの独自技術を持っている事で有名だ。宗教は精霊を重んじるとは言っても、結局は女神信仰に帰結するんだろうからあまり詳しく学んでない。
技術力が高く、巫女と言う象徴がいる国。僕の印象ではその程度だな。
「……驚きました。よくご存知で。良く勉強していらっしゃるんですね。いずれは我が国にも出店を考えておいで?」
[もちろん、許される事でしたらいずれ。まだまだ始めたばかりの商売ですが、夢は大きく持っておりますので]
「そう、その時は私に一言連絡を下さいませ。お力になりますわ」
[ありがとうございます]
会話が止まる。にっこりと笑って僕への協力を約束してくれた女性は、温和な笑顔ながら細い目で僕を見定める様に見つめている。値踏みされているような感じだな。彼女は僕の外見など気にもしていないようで、探れるものは何でも探る、なのか全身をくまなく観察されているように思えてくる。
ローレル連邦。
四大国の一つで僕が訪れた事の無い国。他の三国と違って連邦、つまり複数の勢力が一つにまとまって国を成している。三つの小国が時の巫女の名の下に集まったのが起こりなんだそうな。地図上の場所で言うと僕らの通ってきた黄金街道の南側、瀬戸内海の代わりに高い山脈が連なる山岳地帯を抜けた先にある。四国だと思えば問題ない。
他には無い特有の文化を持つらしいんだけど、お国柄が閉鎖的なのか、あまり他国に情報が流れてこない。だから余計に独自の技術と巫女の存在が目立つんだ。
文化、巫女、高い技術力。特徴だけ聞いていると日本に似ている気もしてくる。巫女を天皇陛下辺りに置き換えたらばっちりなんじゃないだろうか。
三つの国が集まっている為か人種としては統一されてない多民族国家。肌も髪も結構バラバラで気にする人も少ないようだ。情報が今ひとつ少ないのが玉に瑕だけど、一度行ってみたい国ではある。
っと。今の問題はそこじゃ無かった。何で興味を持たれたのか、だった。僕か店か。まずそこが気になる。
「でも不思議な事もあるものですわね」
女性から切り出してきた。ニコニコした表情は何を考えているのか読ませない。記憶を見るとか、こういう時に発動してくれれば申し分ないんだけどね!
[と言いますと?]
「ローレル連邦など行ったことも無いと仰る貴方が、どういう訳か私達が秘して一部にのみ伝えてきたあるものを使っておられる」
あるもの? 使う? ローレルは高い技術力を持つ、と言う事はもしかしてエルドワ絡み?
「クズノハ商会、店名を記した看板には二つの文字が刻まれていますね」
ああ、そりゃあ木製の看板に漢字で葛葉って入れたけど。
「あれは賢人文字。四大国、いえこの世界において我々ローレルの一部の人物しか知らぬ筈の文字です。どうしてそれが、貴方の店の屋号に使われているのでしょうね」
ケンジンモジってあなた。あれは漢字であって僕ら日本人にとっては母国語……。
[あれは私が幼い頃から使っている文字の一つです。不思議な事もあるものですね。私は果ての荒野から出てきたのですが、貴国でその文字を知る方が果ての荒野に来られてその文字を伝えたのではないでしょうか? 正確に全ての文字を知っている訳ではありませんよ。賢人文字と言う名も初めて伺いました]
こっちに落ちた異世界人が何かやらかして漢字が変な風に伝わっているのかも。でも僕には必殺の便利ワードである荒野がある。あの地域から来たと言えばこれまでの経験上、大抵の事は解決する。ある意味荒野のおかげで助かってるね、僕は。
「面白いご意見です。でも有り得ません。賢人文字を知る立場にある人物が国外に行った場合、その情報はすべて記録に残されます。該当する人物の中で過去、荒野に旅立った方は一人もおられません」
なに!? 初めて突っ込まれた。それに記録だって? この色々と杜撰な世界でよくそんなものを自信を持てる位正確につけていたものだ。
ならば次の手。
[ですが実際に私はその文字を知っていて使っております。ならば、貴国で消息不明になられたどなたかが、荒野に足を踏み入れたのでございましょう。物事は事実から優先しなければなりません。事実がある以上、どなたかがその文字を伝えたのですよ]
「確かに。事実はきちんと認めなければなりませんね。貴方が仰った通り、賢人文字が荒野に伝えられたのかもしれません。でも私は少し違う考えを持っているのです」
[お聞きしましょう]
「賢人文字はその名の通り賢人が用いた文字。即ち賢き人たる賢人ならばその文字を元々知っていたとしてもおかしくはありません」
ケンジンってもしかして賢者とかの意味か。つまり賢人って事ね。
[それは私を買い被り過ぎと言うものです。私は賢人などと呼ばれる程賢くありません。俗物ですよ、ただの商い人の一人に過ぎません]
「……ライドウ様。賢人は、賢者を指す言葉とは少し違います。賢人とは有り得ぬ知識を持つその方々を敬い、我々がそう呼んだだけの名」
あれ、何か雲行きが怪しい?
[意味が、良くわかりませんが]
「賢人とは、この世界の者ですら無いどこか遠き場所から参られた異邦の方々の総称。私の考え、それは貴方もまた賢人様ではないのかと言うものです。いかが?」
賢人、異世界人の事か。また面倒な名前をつけたもんだね。閉鎖的な国の細部なんて書物からじゃわからないし、わからなかったのはまあ仕方ないね。
漢字が、賢人文字ね。あんな屋号、いずれクチコミで勇者に伝わったらその時に話のタネにでもすれば良いかと特に重くも考えてなかった。まさか、既に漢字が存在していて、しかも結構な機密になっているなんて思わないじゃないか。漢字は独特の文字だとは思うけど、それ自体が機密になるような価値あるものでもない筈だからさ。だって所詮は文字だ。既に世界の多くの場所で使われている共通語と数字が存在する以上、そこまでの価値があるとも思えない。
とにかく。今は僕が賢人だと疑われているって訳か。疑いも何もそれで正解、だけど。
どうする。認めるか恍けるか。この女性の目的がわからない以上は、恍ける方が無難な気はする。
「あら、お答えが無くなりました。それとですね、貴方が賢人様では無いかと思う理由は他にもあるんです。それはお名前。私の名はサイリツと名乗りましたが、正確な表記ではこう書くんです」
沈黙を保つ(実際は対応を迷っているだけの)僕を急がせるでも無く、サイリツと名乗った女性は向かい合った場所から腰を上げ、僕の隣に来てテーブルに指を走らせる。
細い指が彩と律の漢字を机上に書き出す。実際にはインクを使っていないから指の軌跡がそうなっただけだ。彩律ね。日本よりも中国とかにありそうな名前だ。
「そして家名はこうです。無用な説明でしょうがカハラと読みます。カハラ=サイリツ、それが私のフルネームです。ローレルでは賢人様達は大変慕われており、民の多くが彼らと同じような韻を持つ名を持つに至っています。名付けなどは精霊を奉る神殿、我々はヤシロと呼んでおりますが、そこに子を成した親が出向いて神官に頼むことが多いのです。幾つかその子に相応しい候補を示し、二親が決めるのが習わしですね」
華、それから原。華原か。で、華原彩律さん。読みまで家名から始まるのか。殆ど日本のソレだな。彩律って名前は女性っぽくないかなと思うくらい。漢字自体は広く普及はしていないから名前をつける時は神殿の関係者、社とか言っていたから神主さんみたいな人にその知恵を借りて候補を出してもらう、のかな。精霊と女神に仕える身だと言うのに、ローレルの神官さんは漢字も勉強させられるのか? ごく一部って言っていたから違うのかもしれないが大変だろうな。
「賢人の皆様のお名前は、そのまま名付けらる事もございます。それだけ方々が尊敬と親しみを集める存在である証明でもあるのですが、ライドウ様というお名前も、どこか韻と言い、我が国の名前に似ていると思うのですが?」
……。
「それにお顔立ちもです。賢人様は我々ヒューマンとは限りなく近い別の種の方々であると考えられています。見てくれよりも中身を重視する賢人様には外見の美しさを持たぬ方も多く見えたと記録があります」
おいおい。本当か。異世界人と触れ合っている国があったのか。閉鎖的なのはそれが理由か!? 内密にするとか、ずるいぞローレル。技術力もひょっとして僕らの世界から概念を伝えられた結果? ヒューマンと人間が別の種だって認識している辺り、結構真実らしく聞こえる。別に中身を重視したから見た目がどうとかじゃないのは置いておくとして。
[そのような重要なお話、私如きにされてよろしいのですか。私はその、賢人と言う方ではないのですが]
「ライドウ様は我々を誤解なさっていませんか。私たちは不幸な賢人様たちがこの世界で不当な差別を受けずに済むように保護したいと考えております」
不幸な、か。ルトに聞いた話だと僕らの世界からここに来た人は、その殆どが事故によってだと言っていた。色々知っているようだ。
「今は良いかもしれませんが、いずれ貴方の身にも面倒事はおきましょう。ローレルならば貴方を歓迎する事ができます。出来うる限りの事はさせて頂く心算ですが」
[困りました。やはり私には貴方に保護される理由は無いようです。もしも賢人様を私がお見かけする事があれば貴国へ行く事を勧めますよ]
「……信用はしてもらえないようですね。わかりました、今はここまでに致します。急いでも良い事はなさそうですから」
僕の態度が硬くなった事を鋭く嗅ぎつけたのか、それともこれ以上は進展させられないと思ったのか彩律さんは意外にも簡単に引いた。
「そうだ、最後にライドウ様のご意見を聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」
[私などの意見でよろしければ]
「此度女神様が遣わされた二名の勇者様、我々はあの方々も賢人様では無いかと考えております。ライドウ様は、勇者様をどう思われますか?」
[答えようのない質問です。申し訳ありませんが私の意見はお役に立てそうも無い。彼らとは面識も無い私にはどう思うも何もありません]
僕の答えに何か不満を述べる事無く彩律さんは静かに席を立った。一礼すると背を向けてサロンの入口に向かって歩いていく。
「そうですか。ああ、そうそう」
緊張からの解放で一つ大きく息を吐いた僕に、振り返った彩律さんから声が掛けられた。僕の返答を待たずに彼女は続けた。
「ライドウ様のお店の看板、素敵ですね。薬を示す葛の字に、植物の葉を表す葉の文字。本来の得手はお薬ですか?」
[葛は植物の名ですよ。薬を示す字じゃない。薬を世に広めたいと言うのは間違っていませんが]
「……やはり賢人文字にお詳しい。国に戻る前に是非またお会いしたいですわ。では失礼致します」
あ。
何だろう、何か負けた気がするな。
彼女を見送った僕に一人きりになったサロンにいる理由はない。会場に戻るか。
ご無沙汰しておりました。あずです。
正直、まだ本調子には程遠いですがちまちま進めていきたいと思います。時折和名らしき人が出てくる理由を書いておきたくてついつい一話使ってしまいました。
投稿が遅くなって申し訳ありませんでした。
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