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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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二日目は壁の花

「済まないね、用心棒の様な事をさせて」

[いえ、お気になさらず。それにこのような場所に私一人で来ても振る舞い方もわからずに困るだけでした。レンブラントさんにお誘い頂けて助かっています]

 事実、彼の半歩後ろに添え物みたいについて回っているだけ。

 ダンスホール(行った事が無いから本当にそんな名前かどうかはわからないけど)での正しい作法なんて知らないからなあ。

 学園祭二日目。一日目よりも効率的に店の営業を終えた僕は、約束していたレンブラントさんと待ち合わせをして学園へと訪れていた。今日はこれから半日近く、立食形式の夕食を終えるまで礼法などの評価会なるものが開催される、らしい。生徒の身内や招待されたお客さんに混じって僕も中にいるんだけど、明らかに僕が普段いる場所とは異質な空気を感じる。

 客であるぼくらはただパーティーを楽しめば良く、縁者である生徒の動向を見守ったり、誰彼と歓談したりと開宴の言葉を待つまでもなく好きに振舞っていられる。レンブラントさんも既に同業者数人と挨拶を終えているし、何名かの人から挨拶を受けていた。

 本来の主役である学生は普段受けている講義に応じて様々な立場でこの催しに参加し、その行動や言動を評価されると聞いている。……半日もこんな場所でテストってことだよね。正直、同情するよ。

「リサと二人でこちらに来るとなると、モリスはツィーゲで商会の業務にあたってもらわないと問題に対応できなくなってしまうかもしれないからね。君が近くにいてくれるなら心強いよ」

[奥様も無事に回復されたようで何よりです。来年はモリスさんも一緒に来れるとよろしいですね]

 彼とこの場所に来たのは、執事であるモリスさん不在、それによる氏の護衛を兼ねての同伴と言う体になっていた。でも本当の所は違うだろう。娘達に僕を連れてくるように言われたのが半分、そしてもう半分は僕に取引先を紹介してくれる為じゃないかと思っている。二つ目の理由についてはここに来てから思い至った事だ。

 本当に護衛が必要なら雇えば良いのだし、奥さんは用事があって後から来ると言うのも何だか不自然だ。レンブラントさんは自身が挨拶に行った相手にも、また向こうから挨拶に来た相手にも、折を見て僕の名前とクズノハ商会の名前を紹介してくれていたから。流石に鈍い僕でも彼の意図に気付けると言うものだ。

 奥様はきっとパーティーが始まってから遅れてレンブラントさんと合流する予定なのだろう。僕もぎこちないながらも各地方で活躍する商人や何名かの貴族に挨拶をした。初見で僕を見る彼らの目はぎょっとしたような驚きの目や、明らかに蔑む風を感じる目、レンブラントさんの連れてきた奴隷か何かだと決めている目、色々だったけど立場を説明してもらうにつれてある程度の理解をしてもらえたのか、大概の人が握手程度には応じてくれた。実際、ここでの僕が相当に浮いているのは自覚している。握手、自己紹介まで出来れば上等だと言えると思う。

 亜人なんて一人もいないからな。ヒューマンだけだ。それも誰も彼もが着飾って豪華な格好をしている。色鮮やかなドレスに身を包んだ女性たちが場を彩って実に壮観。何せドレスに負けているような容姿の人なんて一人もいない。僕だけが服に負けている状態だった。レンブラントさんが一通り挨拶を終えて奥様と合流したら僕は大人しく壁際で姉妹の様子でも眺めていよう。

「あなた、遅れてごめんなさい」

 ん、奥様のご到着か。夏にツィーゲに行った時にお会いした時にも思ったけど、この人も綺麗なんだよねえ。レンブラントさんが愛人作ってないのも頷ける。外見だけでそう思えるんだから、きっと他も色々凄いんだろう。男女を問わず三十を過ぎてくれば、内面がある程度外にも滲み出てくるものだと思うから。
 高校生くらいの子供を二人も産んだとは思えないスタイル。顔も実年齢に比べれば随分と若い。若く見られる白人ってある意味無敵なんじゃないかと。
 それなりの数のヒューマンを見てきたから、二度目に会う今では少しは年齢を考えることも出来る。グール状態から回復した姿を初めて見た時にはこの人が長女なんじゃないかと思ったくらいだ。
 ……僕もその内に自分の姉や妹と一緒にいたらおじさん扱いされる時が来るんだろうか。地味に嫌だな。自分だけ老けて見られると言うのも。

「ああ、リサ。今日は青いドレスにしたのか。よく似合っているよ」

[ご無沙汰しています。長旅の疲れなどは大丈夫ですか?]

 あ。

 しまった。僕もドレスを褒めておくべきだった? つい普通に対応してしまった。

「ありがとう。折角持ち込んだんだもの。コレ、買ってから着る機会が無くてかわいそうだと思っていたのよ」

 にこやかにレンブラントさんに応じて奥様が体の向きを変えてドレスを見せてくれる。ややタイトな印象の深い青色のドレス。普段は確かに着る機会がなさそうな。でもこういうパーティーであれば凄く映える。レンブラント家程の商人家族なら機会が無いなんて事も無い筈だけどな。

 ……あ、グールか。呪病で伏せている間には招待に応じられる訳も無く、また主催者としてもてなすのも無理だ。下手に口にする前に思い出せて良かった。

「ライドウ様、恩人の貴方に主人のお守りをさせてごめんなさいね。娘たちも学校でお世話になっているようですし、お願いばかりしているようで」

[娘さん達は優秀ですので、お世話と言う程の事はしておりませんよ。私の方こそ、ツィーゲでは商会の皆がご迷惑をおかけしています]

「主人のお守りは私が代わりますから、ライドウ様はシフとユーノを見てやってください。二人共、きっと喜びます。それから栄養ドリンク、でしたか。差し入れに頂いた飲み物。お陰様で学園都市に着いた時に感じていた疲れが嘘のように無くなりましたわ。ありがとうございます」

[それは良かった。あ、どうやら始まるようですね]

「あら、本当。私、随分とゆっくり来てしまったみたい。恥ずかしいわ」

「そう堅苦しい場でも無いよ。気にする事はないさ。では、ライドウ殿。すまないが私達は席の方に移動するよ」

[ごゆっくり。お帰りの頃にまたお声掛け下さい。私はゲストの席におります]

 そう。この会場内には始まってからある程度の席分けと言うか場所分けと言うかがある。

 僕は生徒の身内では無く、身内の方からお誘いをもらっただけだ。だから扱いとしては彼らとは少し異なる。元々ご夫妻の間に居座って邪魔をする気はなかったから丁度良かった。

 さりげなく腕を絡ませた二人の背を見守る。仲睦まじい。

 夫妻の後ろ姿を見ていて、もう少し自分の身長も伸びないものかと考えたりしながら給仕の子に飲み物をもらって移動する。壁際壁際と。

 途中で何人かレンブラントさんに紹介してもらった人たちとすれ違う。軽く会釈しながら通り過ぎていく。彼らは今も挨拶回りなのか、熱心だな。

 僕にとっては薬の普及が商会を経営する上での主な目的になっている部分があるからこれまでこういった、ロビー活動? 根回し? 人脈作り? まあそんな類の行為をあまりしてこなかった。不必要かとも思っていたんだけど、やっぱり違うかもしれない。

 新しい場所で商売を始めるならギルドへの挨拶だけじゃなくて周囲の商人や貴族、有力者に個別に関係を持っておくことも円満な商売に有効な方法。確かに一理ある。

 僕自身が築いたコネクションと言えばレンブラントさんと……一応あの準司祭さんもか。いや、あれはまだコネとも言えない気がする。

 うん、怠けてるな。

 人外路線だと、上位竜二匹と災厄の蜘蛛、話したことがあるってレベルでなら神様一柱。何げに豪華。だけどこの路線だと、敵対者に上位竜一匹と神様(?)一柱もいる。差し引いて残るのは従者の竜一匹と蜘蛛一匹か。いや差し引いて良いのかどうかわからないけども。

 もう少し、ヒューマンサイドとも人脈を作るべく努力すべきかもしれない。有力なのは勇者二人とその周囲かな。同じ地球出身者として仲良く出来る可能性もあると思うから。

 今日この場にもリミアやグリトニアからの賓客が来ているんだろうか。ここの学園祭は世界的に有名な行事のようだから勇者が来る事もある、のかな。大学の学園祭に来る芸人でもなし、それはないか。大規模な衝突はこの頃無いとは言え、魔族との戦争は決着している訳じゃないんだから。

 そんな事を考えながら上を見る。二階席だ。あそこに学園側が招いた各国の来賓がいるとの事。用事があれば降りてくる事もあるが基本的にはあの隔離された場所で国同士の話などしている。降りてきても護衛さん達が大変なだけだろう。今ここで歓談したり踊ったりしている人の中には二階席から見初められて玉の輿に乗る人もいるのかねえ。

 おお。

 あそこにいるの、レンブラント姉妹だ。それに、あれ? もしかしてアベリアも参加しているのか。

 化粧とドレス、どちらも物凄いギャップを生む魔法だ。普段駈けずり回っている三人しか見ていないから余計にそう思うんだろうが、化けっぷりが凄い。

 自己紹介をして回る姿を遠目で見守る。いやいや、ここで見ていても同年代とは思えない色気がある。シフは真紅、ユーノはパステルカラーの柔らかい青、アベリアは光沢の強いエメラルドグリーンのドレスに身を包んでいた。意匠もそれぞれ違っているようだ。シフは肩まで布地があって下も足元近くまでドレスが伸びている、大人しい、いや落ち着いた感じ。ユーノは肩を見事に露出していて、ここからだと良く見えないけれど下は膝が隠れるか隠れないか位の短いもの。結構大胆だ。アベリアはホルターネックで体のラインを綺麗に出すタイプ。三人ともパーティー用と言うと少し嫌らしいけど、ドレスに負けないだけの笑顔で周囲と歓談している。

 ああいうのもソツなくこなすんだよな、ここの学生は。大したものだと思う。アベリアなんて特待生で、生まれは普通の家庭だったらしいからここに来て身に着けたんだろうし。ジンと喧嘩交じりに戦闘指揮をしている時の彼女の面影は全く感じられない。

 遠くから見ていて良かったな。いきなり近くであの三人に近付いてこられたら照れて挙動不審になりそう。レンブラントさんはもっと近くで姉妹を見ているんだろうね、締まりのなくなった表情が目に浮かぶ。ついでに言い寄ろうとする男に凶悪な殺気も放っていそうだ。身内の目が集まるあの環境でそんな猛者がいればの話だけどね。僕には考えられないけど、学生が結婚していたり先生に打算でプロポーズしたりするこの学園だと無いとは言えない。

 う、気付いたみたいだ。流石に距離があるからか近寄っては来ない。手を振ったりもされなかった。マナーが色々あるんだろう。代わりに三人から揃った笑顔を向けられた。手を振るのはまずいかもしれないと思ったので肩よりも少し高い位置に手を挙げて僕も笑顔で応じる。とても彼女達のように自然に満面の笑みを浮かべる事は出来ずぎこちないものになった。はぁ、少しこっちの方も勉強しないとなあ。

 しばらく特に何を思う事も無くレンブラント姉妹とアベリアの様子を眺めて時間を過ごしていると、BGMが変わった。これまでホールに流れていた耳障りではない主張しない音楽から動きや流れを感じるものに。ああ、ダンスの伴奏だとこんな感じなのかな。

 音楽再生機器は無いようだから、これは室内楽団による演奏と言う事になる。生演奏、そう考えると贅沢だ。

 案の定、ダンスが始まった。踊れない僕にはあまり関係は無い。むしろ、夕食を待つまでもなく、酒の肴ではない食べ物が欲しい。ダンスを見ていても優劣なんて殆どわからないからなあ。花より団子。綺麗な人を見ていてもお腹は膨れないんだよ。

 そうだ、万が一ダンスに誘われても断るのが大変かもしれない。万が一程にも可能性は無いかもしれないけど。

 もう少し静かな壁際を目指して移動しておこうかな。

 あれ、なんだろう。

 二階席を目だけを上向かせて見ながら壁にもたれて微炭酸の甘い酒を口にしていた僕。周りにも休憩なのか同じような人がそれなりにいる。

 特に問題はない(と思う)光景。なのに右手が騒がしい。

 不自然な人の塊が近づいてくる。

 はて、もしかして僕に客? いや、こんな注目を集めるような知り合いは……。

 っ!?

 まさかルトか!?

 今日は約束してない筈だぞ! それに正直、今日はあいつに会う覚悟が出来てないですぞ!?

 情けなくも混乱をきたす。

 逃げようかと壁にもたれた腰を浮かせたその時。

「ライドウ様でございますね? 少々お話をさせて下さいませんか」

 誰?

 物々しい護衛を引き連れた状況で口を開いたのは、見たことも無い一見大人しそうな女性だった。
腰をやりました。何とか動ける程度に痛い、嫌な感じです。
あまりお待たせするのも心苦しいので短いですが区切って投稿しました。

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