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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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たまには呑まれる夜もある

「酒が、酒が間に合わぬとは!!」

「巴さん、五月蝿いです」

「落ち着きなって。一応ちゃんと進んではいるんだろう? 別に焦らなくても……」

 でも僕もポン酢があればもっと湯豆腐は上を目指せると思うんだ。しかしそれにはどうしても醤油が必要になる。それには結局、和の発酵食品の再現が出来ないといけない。今皆でつついている湯豆腐は、未だ完成には至っていない。こちらでは結構普通に使われている香り付の塩で食べてもこれはこれで十分に美味しいんだ。そう言えば昆布塩なんて物もあったなあ。また紹介してみようか。作れるかどうかはともかく、昆布に限りなく近い海藻があるんだから可能性はあるだろう。

 忙しく動き回って、はや夕暮れ時。

 この繁忙期の走りにも関わらず、ゴテツは僕らの予約と言う暴挙を許してくれた。一部屋貸しきりなんて実に贅沢で有難い事だ。普段は見かけない程の長蛇の列、それを横目に店内に入る時は少しやましさも感じた。今夜は亜空から巴と澪を加えて従業員として店舗で働いてくれている皆と飲み会だ。昨日やるべきだった気もするけど、中々僕の段取りが悪く叶わなかった。二日酔いを残す人は僕しかいないから安心して騒ぎを見ていられるのは楽で良いね。

 巴と澪は出来るだけ和食に近い鍋をとリクエストされたので幾つかを選んで最初に頼んだ。ゴテツでは不人気の湯豆腐と、これまたあまり人気の無い塩味の鳥鍋。鳥鍋は後付の注文で昆布を浸した水をベースに作ってもらった。イメージでは一番水炊きに近い物になっている。もう、随分食べていないので怪しい部分もあるけど。

 識と従業員チームは勝手知ったる何とやらで好き好きに注文してわいわい食事を楽しんでいる模様。既に何個か空になった鍋が脇に置かれている。識はクリーム鍋を前にマヨネーズの瓶を片手になにやら思案している。あれだけは食べまい。

「若、これは美味い。実に美味いです。湯豆腐、水炊き。どちらもオリジナルでは無いのでしょうがイメージは伝わるのですよ。だからこそ! ここに日本酒を用意出来なかった自分が憎い!」

 ほふほふしながら熱弁する巴。袖をまくってジョッキにきつい度数の酒を注いでいる。琥珀色のそれはジョッキに注ぐものじゃないと思うよ……。近々日本酒が出来たとして、度数的に満足できるんだろうか?

「これが、鍋ですか……。凄く種類のありそうな料理ですのね。魚、肉、野菜に調味料、何より基本になるスープ……これは、やり甲斐のあるものと見ました!」

 澪は色々つまみながらも、やはり湯豆腐アンド水炊きコンビが気になっている模様。水炊きは結構近い味になっているんだけど、個人的に春菊の代わりになる何かを見つけられていないのがネックだ。亜空にはあるかな。鍋の具位しか僕には用途も思い浮かばないものだし、わざわざ探してもらうまでも無いかと話題にも挙げていなかった食材を思い出す。

「待っておれよ兵庫灘の男酒、京都伏見の女酒。すぐに辿り着いてみせようぞ!」

 ……。巴の理想、滅茶苦茶高い所にあるんだな。目的地がそこだとまだまだ道のりは遠いだろうなあ。男酒とか女酒なんて言い出したら米とか水とか全部試行しないと駄目なんじゃないだろうか。多分、江戸も中後期になってから日本酒なんかは盛んになったんじゃないかと思うんだけど、そこまで拘らなくてもなあ。それに、どう考えても巴は辛口一本だよ。

 この世界に来てから実にネットの偉大さを思い知る。調べごとは本当に楽な世界にいたんだなあとしみじみ思うね。

「若、クリームとマヨネーズは意外と親和性があると思うのですが、そのような料理はご記憶にありませんでしょうか?」

「識、悪いんだけどその二つは色合い位しか共通点が見当たらない。酔う前から恐ろしい研究を始めないでくれ」

 口内で二つの味を想像するだけで食欲減退効果がありそうな組み合わせ。せめてそこから豆乳鍋とかの方向に逸れてくれれば……。

「お待たせしましたー! 追加の食材とお鍋お持ちしました!」

 元気良く個室に入ってきたのはルリア。暖簾らしきものをくぐった彼女の背越しに店の状況が伺える。

 大混雑。正に芋洗い状態だ。凄いな。鍋なんて素早く食べて席を立つ類でも無いし、待っているお客さんは鍋にありつけるんだろうか。

「大盛況だなルリア。随分と張り切って動いているが、それで一週間もの間やれるのか? 無理は身体に毒だ、明日にでも栄養ドリンクを届けよう」

 識が顔を出したルリアに声を掛ける。さりげない奴だな、見習おう。

「大丈夫ですよ、識さん! この時期の混雑は覚悟の上ですから! お姉ちゃんも手伝ってくれているし」

 え? あの司書のエヴァさんが? この状況でルリアの手伝い? 無理でしょう?

[エヴァさんは接客もこなせるのか。多才な事だ]

「え!? あ、ああ、その。……お姉ちゃんは厨房で洗い物とお野菜を切るのを手伝ってくれています」

 ……。きっと厨房に弾き飛ばされたんだろうな。そこでも洗い物と野菜切りとは。何て予想通りな人だ。直球で聞かなくて良かった。

「私がお世話になっている場所だからと毎年来てくれているんですけど、やっぱり向き不向きはありますから。家でも洗い物はいつもお姉ちゃんがやってくれるのでそっちで活躍してもらっているんです」

「そこだけ聞けば実に良い姉だな」

「識さん、ものは言い様、じゃないですよ。実際良いお姉ちゃんなんですから。あ、すみません。私戻りますね。またご注文があればいつでも呼んでください!」

 多分、ルリアもアクアとエリス同様にまるで複数人いるかに見える超接客が出来るんだろう。接客とは奥が深い。まさか、最強の戦闘職の一角!?

 次に識が話すであろう内容までも予知するなんて侮れないかもしれない。

 ……少し酔ってきたかな。

「いやいや、今日はルトに案内させて見て回りましたが、楽しい祭りですなあ。一部の催しなど大国の重職にある者が揃って見に来ておったり、貴族や大商人がお供を連れては往来で揉めておったり」

「ええ、ツィーゲでもいつも屋台は出ておりますけど、ここのは種類が豊富でした。見たことの無い調理法の料理も沢山ありましたし、明日も楽しみです。そう言えば若様、ローレルと言う国では一部魚を生で食す習慣があるそうなのですよ」

 巴と澪の話す内容はどちらも祭りが楽しいと言う趣旨なんだけど、まるで方向が違う。同行してここまで感想も違うものか。

「それに一般客の入れない学園の区画では学生たちが微笑ましい訓練などしておりました。何でも後半には武技や魔法を競う催しもあるとか。若の生徒がどれほど頑張るのか、是非観戦はご一緒させて欲しいですな」

「この機会に見聞を広めて食をさらに追及します! ルトがいればそんなに並ばなくても良いから便利ですし」

 ジンの試合は見に行く約束をしているし、巴と澪も連れて行って問題無いだろう。ルトも来たいと言っていたっけ。でもあいつの立場だと来賓扱いになるだろうから一緒に観戦は無理だよねえ。

 それにしてもルトは一日良くやってくれていたようだ。全く問題を起こしていないとは思ってない。これだけの祭りなら喧嘩みたいな揉め事は日常みたいなものだろうから、そこまで五月蝿くは言いたくない。さっき巴が言った国の重職とかとトラブルを起こさなければ良いと思う。

「ああ、一年に一回のお祭りみたいだから二人も存分に楽しんでくれると嬉しいよ。試合の観戦は皆で行こう」

 僕の言葉に従者が言葉を揃えて肯定の意を返してくれる。今日の感じだと僕と識は交代で祭りを見ても問題は無さそうだ。商品自体が殆ど昼までで売り切れると判断出来る。基本的に売る物が無くなってしまえば用事を聞いておく為の人を残しておけば何も問題は無い。連絡は取れるからね。

 明日は確か昼からレンブラント氏と一緒に姉妹の参加する発表を見に行く予定だったな。寝坊は絶対出来ない。酒はもう止めて鍋をつつくだけにしとくか。

 周りは大分出来上がっている。陽気に飲み騒ぐ巴とライム。真剣勝負の様に鍋と対峙する澪、頬はほんのりと赤い。ふちに白いリングを残した空鍋を量産する森鬼娘二人に識。ひたすらに焼肉のような汁少なめの鍋で焼いた肉と麦酒を胃袋に運ぶエルドワ。

 皆いつになくはしゃいで楽しんでいるように見える。羽目を外すのも時には必要。

 さて、僕も限定メニューを中心に攻めるとしますか!





◇◆◇◆◇◆◇◆





「ステラへの再攻撃が迫っておると言うこの時期に国を離れるなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「帝国があの皇女を出席させなければ、来る必要は無かったのですが……魂胆を確かめぬ事には憂いも残りますゆえ」

「わかっておる! 全ては帝国の勇者、そしてリリ皇女が問題だ。我がリミアへの無断入国の痕跡も見られる。戦時下に内から掻き回されてはかなわんよ。同じヒューマンの内憂に牽制など……」

「響殿と同じ勇者との事ですが、帝国にいるトモキ=イワハシは彼女とは大分考え方が異なるようです。心を許すと言うよりも利用し合う関係に留めるのが最上。下手をすれば次の敵は彼らになりかねません」

「それもわかっておる! だからこそ奴らの動向を探り牽制する為に余とお前が来ておるのではないか。帝国め、何を企んでおるのか」

 学園都市の中央に位置し、最も優秀な学生を集める象牙の塔ロッツガルド。その中でも学内で来賓を迎える一画、中でも厳重な警備を施された部屋の一つに壮年の男性と二十歳程度の青年が話をしていた。

 リミアの王と第二王子。第二とは言っても第一王子であるベルダよりも年齢は少し上である。リミアの王国内でも権力に関連して複雑な事情が存在する生きる証明とも言える。会話の内容からも、彼が王の補佐を務めている事が伺えた。

 王の怒りは言葉の端々から漏れている。それでも公の場で醜態を晒してはいない。王だからだ。彼はステラ砦、ヒューマンが長く魔族から奪還できていない重要な拠点への再攻撃を控え、本来ならば王都にいなければならない状況にあった。ロッツガルド学園祭は未来のリミアを支える人材を発見し確保する為の重要な場とは言え、今の戦況で王が出席する行事ではない。ならば何故彼がこの街にいるのか。

 帝国皇女リリ。彼女が原因である。

 響から先のステラ砦戦の後に警戒を促された帝国の皇女。皇女と言っても皇位の継承権は放棄していて事業からも次々に手を引いている、表舞台から消えようとしている娘だった。勇者からの忠告など関係なくリミアでは以前から行動をマークしていたが、継承権放棄から優先順位が下がってきていた。

 だが帝国の勇者と、彼を支えるリリ皇女の不穏な気配を伝えられ再び彼女への注目は高まった。その結果、目的の見えない不審な動きが幾つも確認された。最近など、国内に魔人と呼ばれる謎の戦力によって作られた湖付近で目撃されたと言う報告が入っている。大国の皇女が、同盟関係にあるリミアに対して行なう事ではない。その彼女が、戦いが近い現状で勇者と別行動をして、学園都市に学園祭出席の為に訪れると言う。目的は学園都市への表敬訪問と人材の発掘。リミアは当然ながらこの発表を建前であると断じた。放ってはおけないと言う訳だ。

 すると今度は別の問題が持ち上がる。狐と言ってしまって過言ではない帝国の怪しげな皇女と、リミア国内の誰が対峙するのかと言う問題だ。

 リミアは大貴族が大臣に世襲で就いている、言ってしまえば無能な者が少なくない。家の格、家の力が役職を左右するのだ。王としては改善したい大きな問題点ではある。しかしながら半端な覚悟で着手出来る事でもない。魔族との戦争に並行して行なうには大きすぎる改革と言えた。

 つまりリミア王には難しい相手を牽制し、本意を探るのに適任な信頼できる腹心が少ない。そうした者には必然的に多くの仕事が割り振られてしまうし、手など空く訳も無い。さらに戦場に響と言う大きな柱が出来た事、彼が歴代の王の中でも自ら動く事を厭わない気質を強く持った王であった事、通常どんなに急いでも一週間はかかる王都と学園都市の移動を一日半まで短縮するリミア王国の転移の秘術の存在などが影響して学園祭の期間だけロッツガルドに訪問する事を決めた。戦いを仕掛ける時には国に戻る予定とは言え、かなり思い切った決定だった。

 そして、現在ヒューマンの国家でトップクラスの国力を持つリミアの国王が学園祭に出席すると言う事実は、各所にさらなる影響を与えていった。結果として今年のロッツガルド学園祭は例年よりもかなり豪華な顔触れの揃う異例の行事になった。祭りが加熱していく後半こそ催しへの出席も増えるが、それ以外は殆ど国家間の外交場所と化している。

「まだリリ皇女と話をしていませんので帝国の思惑は不明ですが。王、そろそろ次の予定が」

「確かローレル連邦だったな。たまには奴らの国の名物オンセンを我がリミアにも掘ってくれる、そんな気の利いた外交でもしてみせよと言うのだ」

「ふふ、あれは良いものだとは思いますが輸出出来るような類でもなさそうですね。そう言えば我らが勇者殿もオンセンはご存知のようです。兄さんが何とかローレルに行けないものかと悩んでおいででした」

「あの馬鹿が。済まぬな、あやつの我が侭の所為でお前には苦労をかける」

「いいえ。私には無い発想と行動力は羨ましい位です。きっと兄さんは王の跡を継ぐ器を備えるでしょう、確信していますよ」

 難しい表情を保っていた第二王子が微かに穏やかな顔を見せた。外交上は頭の痛くなる事柄も多く表情も硬くなりがちの様だが、身内の話は彼にとって和やかな気持ちを想起させるようだった。

 僅かに出来た会話の間を縫って入り口の扉がノックされる。それを聞いた室内の二人は再び気を引き締めた仕事の顔になった。

 来訪者の名が知らされ入室の許可を求める声が続く。

「入れ」

 威厳に満ちた声で王は許可を与える。

 一通りの口上や挨拶、世辞と儀礼的な内容を通過した後、部屋に設置された応接用のスペースにあるソファーに、訪れた男女数名が王の許可に促されて着席する。

「このような場所ゆえ、気を楽にされよ。さて、我がリミアに何を望んでおるのか、まずそれを申せ」

 四大国に数えられる上では同格のリミア王国とローレル連邦。しかし実際の所はリミアの方が国力は相当高い。元々頭一つ抜けていたリミアとグリトニアが勇者を得た事で更に力を増し、上位二国と下位二国に分かれているのが現状だった。
 よってローレルは下に見られ扱われる。

「……それでは率直に申し上げます、巫女様をお返し下さい」

 王の態度に含む所があるのか、代表であろう中心の男性が重く口を開く。

「ほう、巫女殿を? 彼女は今リミアに降臨された勇者響殿と共にあり、自らの意思でその戦いに同行しておる。確か貴国では巫女殿の意思は何者にも妨げられず、また妨げてはならないのではなかったか」

 対するリミア王は淡々と答える。内心では同じ事しか言えないのか、と辟易しながら。巫女の話は今回初めて交わされる話ではなかった。

「貴国を訪れていた巫女様をお救い頂いた事には感謝しております。勇者響殿へも十分な御礼を考えております。我がローレルの技術、望まれるままにお教えする用意もございます」

(良く言う。そう言って全てをつまびらかにする気など欠片も無いであろうに)

 王はその内心の言葉を全く表情を変えずに呑み込む。

「ふむ、響殿にもその話はしたのだがな。先にも言った通り、響殿は貴国の巫女チヤ殿の力を望まれた。巫女殿もそれを承諾された。考えてもらうまでもなく既に貴国は礼を済まされていると考えている。気にせずとも良い」

「……ヒューマンの双璧と呼ばれる大国である貴国が他国の重要人物を拉致し、更には危険極まりない戦場に参加させている。これは重大な問題になりかねませぬぞ?」

「これは心外な。虚言をもって巫女殿の現状を歪ませるのは見過ごせぬな。巫女殿は拉致ではなく自らの意思で勇者殿に同行しその力を振るっておる。リミアはグリトニアと並んで魔族との戦争の最前線、当然危険もともなおう。だがそれは巫女殿もご承知の上。いや、言わば後方支援をしている貴国にあって巫女殿は率先して前線で勇者殿を支えておられるのだ。これは貴国にとっても誇るべき事ではないのか? 魔族は我らヒューマンにとって共通の大敵であろう?」

 前線と後方支援、立場の違いを口にして相手を追い詰めるリミアの王。

「しかし、我らにとって巫女様がどれ程に重要か、貴方も良くご存知の筈だ! 常に御命を危険に晒されているなど看過出来るとお思いか!」

 黙っていた脇の女性が立ち上がって王に向かって無礼とも取られかねない語調で発言する。王子が諌めようと顔を向けるが、王は目でその先の行動を制する。

「感情的になっては議論は出来ぬ。良く考えよ。今、勇者殿の動向には世界中から注目が集まる。そんな状況で貴国が一方的に巫女殿の意思を無視して彼女を勇者殿から引き離し国許に連れ帰ってみよ。それが一体世の人にとってどういう行動に映る? 容易に想像できよう? 貴国がどうしてもそうしたいのなら使節を送られよ。巫女殿を間違いなくお渡ししよう。ただし、この件について一切の擁護はせぬ。どうしても不安ならば、そちらから精鋭を送れば良い。間違いなく巫女殿の傍に配置する事を約束しよう。巫女殿が勇者殿と共に在りたいと思っている以上、貴国がすべきは援助であると考えるが」

「リミアは、人質を取るのか」

「止めよ」

 ぼそりと呟かれた怒りの言葉。リミア側が何か発言するまでも無く、中央に座する男性がそれを諌めた。

「今の言葉は忘れよう」

「……感謝します。仰る事はごもっともです。ただ、我々にとって巫女様はかけがえの無い大事なお方。このままの状況は両国の関係に悪影響をもたらします。出来る事ならば学園都市に滞在する間に何かしらの進展がある事を願います」

「覚えておこう。この話が良き方向に進む事を我々も望んでいる」

 静かで冷たい、強い意志を感じさせる瞳の中央の男性が立ち上がる。他の連れの者も立ち上がった。彼らの瞳には冷静さよりも憎悪に近い強い光が宿っている。ローレルと言う国にとって、いかに巫女と呼ばれる存在が大事にされているかがわかる。

 振り向く事も無く彼らは退室する。気配が遠ざかるのを確認した上で王子が口を開いた。

「無礼な態度に侮辱、連邦には正式に抗議しておきましょう」

「必要無い。彼らの言い分も、まあ分からないではないからな。余も響殿が帝国に行って戻らねば同じような感情を抱く」

「それは……」

「それに今、他国と険悪な状況を生むのはまずい。帝国への牽制も、我が国が万全でなければ思う様には出来ぬからな。巫女チヤ殿の意思は偽る事なく響殿と共に在る。多少長くかかっても理解を求めるしかあるまいな」

 リミアの王は深く息を吐く。

 理想のままに行動し、それが肯定されていってくれるのなら世界もここまで混迷しなかったのではないか。青臭いとは思いながらも王はそう思う。久しく忘れていた想いだが、王国の勇者はどうにもそういった青臭い感情を想起させる存在だった。もしかしたら最良の結果を求める理想が貫き通せるのではないかと、ほのかに思わせてくれる。果たして王国を滅ぼしうる甘い毒か、それとも深く腐り果てたリミアの王政を改革する起爆剤か。

 魔族との戦争と同様に、大国リミアの行く末もまた、大きく動き出してしまっているのだと、壮年の王は直感していた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「良いではないか良いではないか~! 気に入ったぞルリアとやら。嫁に来るか!? よし来い!」

「と、と、と、と、と、巴さ~ん!? やめて、あぅ、揉まないで下さい~!」

「よっ! 巴姐さん、男前!」

「あん? バナナマヨディスってんの?」

「エリス、ミルクミルク」

「オイル、オイルが足りねえっす!! ルリアちゃん熱く燃えるさっきの喉越しもう一杯!」

「……油、そう油! 風味の強い油があればこの鍋は完成するかもしれない!」

「うーん、脂身は細かく刻んでシメの麺に……zzz」

 ……。

 その収拾のつかない地獄絵図を個室の入り口から素面しらふの僕が見ている。

 楽しい雰囲気がそうさせたのか、それとも別の何かが起因するのか。一言で言うと従者を含め、僕以外の全員が見事に酒に呑まれた。

 巴や澪、それに識はとりわけアルコールに強くて、普段からうわばみと称するに相応しい飲みっぷりなんだけど。何だって今日に限ってこうなる?

 特に変わった酒は運ばれてきていない筈だし、謎だ。

 もう夜も遅くなってゴテツは食材が無くなりつつあった。残っていたお客もお酒を楽しむ人が主になっていたんだけど、やや閑散とし始めた店でウェイトレスにちょっかいを掛ける人が出始めたんだ。

 個室から飛び出た我がクズノハ商会酔っ払い軍団は、その時店内で良くない雰囲気を出し始めていた一団を速やかに鎮圧した。

 騒ぎを嗅ぎつけた巴を筆頭に、個室から放たれた面々はチンピラを蹴散らして、そこで大人しく去れば格好もつくと言うのに何と今度は自身が周囲に絡み始めた。地獄絵図の完成だ。

 幸い備品とかはまだ破壊してないけれど放っておけば時間の問題だろう。参ったな。

 そして内心で恐れていた事が起こる。

「ライドウさん、流石にこれは困るよ」

 店長さんだ。だよねー……。僕も多少は酒が入っているとは言っても騒いでいる連中よりはまだまともだ。

[申し訳無い。普段ここまで乱れる事は無いんですが]

「他ならぬライドウさんらだから出入り禁止とは言わんけど、そろそろ連れて帰ってくれるか? これじゃあ店も閉められないし残ってる客も帰れねえからよ」

[了解です。ご馳走様でした]

 幾らかかったか計算が追いつかないので少々、いや結構多めにお金を渡す。

「ライドウさんは必ず現金で払ってくれるから助かるよ。じゃ、急ぎで釣りを持って来るから少し待っててくれ」

[いえ、ご迷惑をおかけしたので取っておいて下さい。でないと次に来る時に心苦しい]

 僕らじゃないとは言え、机や椅子が幾つか破損しているのが見えた。それにしてもこの光景、見ているだけでカオスだ。

「……んー、そう言われてもウチも随分世話になっているからなあ。そうだ! 次来た時にその分サービスするよ」

[ありがとうございます。それでは今日はありがとうございました]

「あはははは! それはこっちの台詞だって。まだまだ祭りは続くんだから、買って売って飲んで食って! また来てくれよ、いつでも待ってるから!」

 店長のおじさんの言葉に癒されながら、僕は症状の軽い奴に声を掛けて撤収を始める。

 明らかに僕よりも体の大きい澪と識を抱えて店を出ると、冷たくなり始めた夜風が心に沁みた。良かった、巴は辛うじて歩けて。ライムに肩を貸してもらって何とか歩いている。いや、あれはお互いにもたれかかっているだけかも。

 これで明日はきちんと起きるんだろうな?

 もしかしたら僕一人だけ普通に起きるとか、勘弁だ。

 一抹の不安を胸に学園祭の初日が終わった。


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