日韓国交正常化50周年! こじれにこじれた両国関係に解決策はあるか
現代ビジネス 6月22日(月)6時2分配信
6月22日、日韓国交正常化50周年を迎えた。まことに、この間の紆余曲折を象徴するような、すっきりいかない50周年である。
前日に、朴槿恵政権が発足して2年4ヵ月で「初めて」尹炳世外相が来日した。尹外相は、先々週には、日本の明治維新関連建造物の世界遺産登録を阻止するため、遠くドイツまで視察に出かけていったばかりというのに、お忙しい方だ。
ちなみに、日本外務省の外交官の間で、この韓国外相の評判は最悪である。21日に岸田文雄外相との日韓外相会談に臨んだが、いかにも取って付けたような、いまの日韓関係を象徴するような会談となった。かつての孔魯明外相のような、言うべきことは言いながらも日本とガッチリ手を握る知日派の外相は、もう望むべくもないのかもしれない。
韓国は李明博政権の時代から、日本との「5大問題」を掲げて対峙してきた。慰安婦問題、歴史教科書問題、靖国参拝問題、竹島(独島)問題、それに植民地時代の強制徴用問題である。それがいまは、世界遺産登録問題も加わって、「6大問題」なのだとか。これではまるで、日本は「敵国」扱いだ。
朴槿恵大統領の失敗は、中でも、慰安婦問題を日本との解決すべき第一の問題として、前面に掲げてしまったことだろう。韓国初の女性大統領として、「もはや生存者が50人しか残っていない」という切迫した気持ちが、その理由だったのかもしれない。
だが戦略的には、決して得策ではない。なぜなら慰安婦問題に関しては、日本側の理論武装が完全にできているからである。
第一に、1965年6月22日の国交正常化調印式の際に、両国は二つの重要な条約文書に署名している。「日本国と大韓民国の間の基本関係に関する条約」及び「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」である。
このうち後者の協定では、第1条で、日本から韓国に無償3億ドル、有償2億ドルを供与することが、その方法と目的を含めて、こと細かに記されている。続く第2条には、次のように書かれている。
〈 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。 〉
つまり、計5億ドルの事実上の賠償金によって、植民地時代の一切合切を解決するということだ。
ところが1990年代に入って、韓国側が「1965年当時は元従軍慰安婦たちが声を上げられなかった」と声高に主張しはじめた。そこで1995年7月、当時の村山富市政権下で、総理府と外務省の管轄下に、「女性のためのアジア平和国民基金」を設立。計61名の元慰安婦に対して、各200万円の「償い金」と、総理の「お詫びの手紙」を渡している。この事実が、日本側の第二の理論武装である。
それでも、韓国で元慰安婦の支援団体である「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)は、「慰安婦に対する法的責任を認めておらず、これは国家賠償ではない」として、元慰安婦たちに、日本からの「償い金」を受け取らないよう圧力をかけた。ここから慰安婦問題はこじれにこじれて、日本側は「それならもう知らない」となって、現在に至っているのである。
そこで6月に入って、3人の日本の専門家に会って、慰安婦問題の解決方法について聞いた。
一人目は、武藤正敏前駐韓国大使(大使在任は2010年8月〜2012年10月)である。1975年に外務省初の韓国語研修生となって以来、一貫して韓国問題に向き合ってきた外務省きっての韓国通だ。武藤前大使は厳しい表情を浮かべながら、次のような持論を述べた。
「慰安婦問題における最大の障害は、韓国最大の反日団体といえる挺対協にある。1995年に日本側が『償い金』を申し出た時、挺対協は元慰安婦たちに、受け取らないよう圧力をかけた。しかも当初受け取った7人の元慰安婦たちは、さまざまな嫌がらせを受けた。元慰安婦を救うはずの団体が、元慰安婦をいじめたのだから、これはどんな団体かということになる。
それでもその後、54人の元慰安婦が、密かに『償い金』を受け取った。挺対協は、元慰安婦たちの気持ちを代表していると言えるのか。彼らは現在まで20年以上にわたって、毎週水曜日にソウルの日本大使館前に集まって抗議を続けている。私が駐韓日本大使を務めていた2011年には、日本大使館前の公道に、無許可で『慰安婦像』を建てた。
この団体は、慰安婦が最大20万人いたなどと、あり得ない主張もしている。それなのに朴槿恵政権は、この団体の言うがままに動いている。朴槿恵政権が、こうした態度を改善することから始めないと、日韓関係自体の改善が難しい」
私は武藤前大使の話を聞いていて、ソウルの日本大使館前で彼らのデモを取材した時のことを思い出した。とにかく100人くらいの支援者たちと、支援者たちに囲まれた数人の元慰安婦が、日本大使館に向かって凄まじい声で絶叫する。取材で来た私も、日本人というだけで突き飛ばされたり罵倒されたり。あの激烈な抗議を、毎週水曜日に受けていたのだから、武藤大使の挺対協批判のボルテージが上がる気持ちも理解できる。
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