内科医・酒井健司の医心電信
2015年6月22日
2015年6月12日から、豚の生レバーや生肉を飲食店で提供することが禁止されました。以前の記事の中でも述べましたが、豚を生で食べると、E型肝炎ウイルスやサルモネラ菌、有鉤条虫等の寄生虫に感染するリスクがあります。
とくにE型肝炎ウイルスは、一般的な細菌による食中毒と違って、どんなに新鮮であっても感染します。寄生虫なら冷凍して殺すこともできますが、ウイルスは冷凍しても死にません。
豚の生レバーを食べたからといって全員がE型肝炎に罹るわけではありません。また、不顕性感染といって、E型肝炎ウイルスに感染しても症状が出ないこともあります。しかし、運悪く症状が出て、重症化し、最悪の場合は死ぬことまでありうる病気です。
報道では、豚の生レバーを提供していた飲食店が「鮮度管理はしていた」「その日のうちに使い切っている」などとコメントしていました。どんなに新鮮でもE型肝炎ウイルスに感染するリスクはある、ということをご存知ないようでした。提供する側が知らないのであれば、消費者に教えることもできません。
今回の規制がなく、豚の生食が広がれば、そのうち誰か死んでいたでしょう。豚の生レバーを提供していた飲食店は、確率は低いとはいえ「死ぬこともある」ということを承知していたのでしょうか。また、お客さんのほうも、「死ぬこともある」ということを承知して食べていたのでしょうか。
むろん、「死んでもいいから豚の生レバーを食べたいのだ」という人もいるかもしれません。しかし、多くの人は「運が悪ければ、お腹が痛くなったり、下痢したりするかもしれないが、まさか死ぬことはあるまい」ぐらいの気持ちで食べていたのではないでしょうか。飲食店で出していたら、安全であると誤解されても仕方がありません。
「伝統的な食文化が消えるのは残念だ」という意見もあります。豚の生食は一般的ではありませんが、地域によっては伝統的に豚を生で食べていたところがあっても不思議ではありません。
ただ、伝統があるからといって、安全であるわけではありません。豚とE型肝炎の関係がわかったのは、ここ10年ぐらいのことです。また、E型肝炎の潜伏期は2~9週間です。伝統的に豚を生で食べていた地域があったとして、E型肝炎で死んでも豚の生食との関係が気付かれていなかったのだと思います。
価値感は人それぞれです。「死んでもいいから豚の生レバーを食べたい」「ときに死亡例が出るとしても、豚の生食は守るべき価値がある食文化である」と考える人もいるかもしれません。
ただ、議論したいのなら、まずは正確な情報を把握することが必要です。プロであるはずの飲食店ですら「新鮮なら大丈夫」と誤解している現状では、豚の生食が禁止されるのもいたしかたないと私は考えます。
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