三十一歳女性がイングレスをやっている。
話題のアプリらしいんだが、私はよく知らない。
よく知らない人間に説明されるほどの地獄もないと思うが、一応知らない人のために説明しておくと、イングレスというのは、グーグルマップと連動した陣地取りゲーム(?)で、青と緑の二チームに分かれ、実際に町を歩き、いろいろな何か(地蔵とか?)を集める。いや、集めるというか、「ハック」する? しかし敵チームも「ハック」してくるので、負けじとこちらも「ハック」し返して、奪われたもの(地蔵とか?)を奪いかえす?
要するにイングレスというのは、グーグル主催の地蔵の奪いあい、というのが現在の私の認識であるが、まあ、知らない人はちゃんと調べてみてほしい。今の説明を参考にしてどこかで恥をかいても私は知らん。
さて、三十一歳は会社の行き帰りにやっているらしい。
「また井口に取られたよ!」
帰宅と同時に言われるが、私は井口ではない。上田である。そんなことを言われても困る。
「あたしが会社行くときに取ったやつ、帰るときには井口に取られてるからね。しかも毎日だよ! 井口への怒りがどんどん湧いてくるよ!」
なんでも、他のプレイヤーの名前が分かる仕組みらしい。井口という名前のプレイヤー(男なのか女なのかすら分からない)と、日々、地蔵を奪いあっているようだ。
「井口はずるいんだよ! 八人がかりでやってるからね。チーム組んでるの。あたしは一人でがんばってるのに!」
「八人がかりでやっている」の意味がさっぱりだったんだが、説明を聞いてもさっぱりだったんで、気にしないことにした。まさか八人で仲良く街を歩いてるわけじゃないと思うが。
このあいだのネコをあつめるアプリもそうだが、話を聞いているだけでは、なにをそこまで夢中になることがあるのか、よくわからんものである。しかし三十一歳は、どうも私にイングレスをやってほしいらしい。
「あんたみたいにあちこち徘徊してる人こそやるべきなんだよ!」
「徘徊じゃない。ウォーキング」
「徘徊でしょ、あんなの、昼間から!」
「夕方のときもある」
「おんなじだよ!」
私はどうもアプリで遊ぶという習慣がないんで、たぶんイングレスもやらないんだが、あまりに日々報告されるんで、ウォーキング中に地蔵を見かけると、心のなかで「ハック」とつぶやくようにはなった。「あ、地蔵だ。ハックしとこ」と勝手に考えている。自分なりのイングレスである。とくに楽しくはない。これの何が面白いんだ、とすら思う。イングレスからすりゃあ、言いがかりもはなはだしいが。