proactive contribution to peace [日記・雑感]
仮令間違っていても、同じことを大きな声で反復して、メディアでも流し続けるとどうなるか。それはいつしか無関心でいる人々のなかで常識(=許されること、正しいこと)として定着してしまう危険がある。森健著『グーグル・アマゾン化する社会』(光文社新書)には「発言量の多さに意見が引きずられる」p222とあり、更にエリザベス・ノエル=ノイマンが記した「沈黙の螺旋」と言う説についても引用されている。「自分の意見が優勢と認知した人は声高に発言し、劣勢と認知した人は孤立を恐れて沈黙する。その結果、優勢意見はより勢力を増し、劣勢意見はますます少数意見になる」p226。此の辺の事実については体験していることが多いので、ごく自然な分析だと思う。歴史に於いても、語られていない部分に、より多くの真実が眠っていることがあるのではないかと思う。仏教の経典にしろ、聖書にしろ、まるで絶対的な金科玉条の如く、神聖で冒してはならない、科学的研究の対象としてはならないもののように捉える人々もいるが、所詮人間が歴史の中で纏めてきたものにすぎない。どのような心理状態で語ったのか、書いたかを研究するのも面白い。
今日は、ふと絵が描きたくなったので、画帳に鉛筆で描く。題名は"Proactive contribution to peace"である。待ちの姿勢ではない能動的、他者を動かしめる積極的な平和への貢献、そのような題であるが、それは仮の題にすぎない。50年以上前に漫画で見たようなロボットが壊されそうになっている絵だ。頭部を殴られ、目玉が飛び出している。右腕も捥ぎ取られている。彼を打ちのめして立ち上がれないようにしようとしているのは、棘の付いたカケヤを手にした頭部が空洞のお椀のようなロボットだ。その後ろ、後方では、猫ロボットが手を伸ばして、重いカケヤの頭を持ち上げて、手伝っている。この猫は壊されたロボットに言うだろう。「僕は、 君の敵ではないよ。だから心配しなくっていいし、僕のことは信頼してくれていい。間違っても僕が君に対して敵意があるなんて考えないでね。そして僕のうちに仕返しに来ないでね。」と。しかし、猫ロボットは、道具箱に更にカケヤやハンマーやフォークや大鋸などを用意してきているのだ。乱暴な彼の仲間のために。
私は何を言いたいのでもない。感じるままに描いているだけなのだ。子供が事実について、特に予備知識を持たないで見ているように、感じるままに。左上に飛んでいる鳥は、最近一つのキャラクターとして描いた鳥である。本来のキャラクターには、鳥なので、頭にプロペラは付いていない。彼は一体何を目撃し、何を考えるのだろう。
一応完成『阿呆舟』 [絵画]
今回は一応完成としている『阿呆舟』。自分の中で何かが柄がき足されなければならないと感じているので、本当の完成ではないが。そういう作品を公開することにどのような意味があるのか分からないけれども、自分の中でけじめをつける必要を強く感じているからではないかと思う。つまり、こうやって公開することもなく置いておくと、また何年も放置され、ついにはそのままになっている可能性もあるからだ。
こうしてブログに公開していると、自分がいつ頃何をしていたかが分かり、絵日記のようで至極便利である。http://boxtreeh.blog.so-net.ne.jp/2013-09-28にか「創作中」として出ていたので、既に1年以上が経過している。他にも『王の行進』が出ているので、少し驚く。室内のイーゼルの上にはいつも置いてあるので、まるで時間が経っていることに気付かないのである。並べてみてもそれほど大きな差があるようには見えないが、(カメラの感度が異なるために、今回は青みが強調されてしまっているが、実際には創作中として公開したものの方が色としては正確に反映されている)樽の木目をより細かく描いたり影を強調したり、鶏男の顔を変えたり、望遠鏡を覗く男も猫男も少しずつ輪郭を描きなおしたりしているのだ。他にも、波に一つ一つに陰を描きこんだりしてより立体感は増しているはずである。右側遠景の陸地の色も黄緑を足して、より生命感のあるようにした。最近意識していることは、とにかく細部まで自分が納得できるまで描きこむことである。
今、改めて前回の絵を見ると、海中に入った樽の下の部分がよりはっきりと描かれていた。今回はそれが波の色を濃くすることによって見えなくなってしまっている。 ところで何故『阿舟』を描くことにしたのか。何もしていないにも拘らず自分たちは賢明と思っていたり、自分たちの生き方に無関心であったり、他者に対して無関心だったり、出来事に対して無感動だったりすること、それらは何と無責任で愚かなことだろう。存在の無視、無意識、無知。知ろうとしなければ、感心を持とうとしなければ一生持たずに生き抜くこともできるだろう。しかし、それではあまりに悲しく、淋しい。大きな危険が迫ってきている時でも、その危険に対して無関心でいれば、見なければ、聴かなければ、心は平静を保っていられるだろう。その危険が彼らの身に及ぶ瞬間までは。
今週も一枚の絵を描いたが、それは抽象的な絵画。習作。
このところ考えているのは、個性とは何か。他者と異なる個性があればそれはそれで、その人間の個性(=自己)となるだろう。しかしながら、果たして他者と自己とは明確に分別できるのか。自分は人間なのだから、同じような考え方をする人間は沢山いる。知識を他者に依存していることを考えると、どこからどこまでが自分の独自の発想だと主張することができるのだろうか。知識の総合である思想、考え。空間、時間を超えて、同じような考えをしている人間はいるだろう。そも、すべてを自分で作り出す人間などは存在しないのであるから。言語を使っていること自体が、時代を超えた他者に大きく依存している証拠である。
※個性とは、自己とは、と悩んでいるのは書き始めて中断している『瓜子姫と天邪鬼』(放置して15年以上になるかもしれない)を書き上げてみたいと思ったからだ。
『猫と犬』一応完成 [絵画]
サクラの水彩絵具、クーピーペンシル、三菱の色鉛筆、マジックインキ黒、ボールペン黒、修正液を使っている。自分にとって、これらの道具は絵を描く際には標準装備なのだと今は考えている。細かいところを細い筆を使って塗るのも一つのやり方ではあるが、自分にはそれが向いていないかもしれないと感じている。尤も、気が変わって、細筆を何本も用意して描きこむことがあるかもしれない。なにしろ、小学校の頃は、細かい線で、細かい絵を描いていたので、母に細かいねと言われたくらいなのだから。
私の絵の主題の一つに争い、対立、憎悪という物がある。『猫と犬』もその種類に属する一つである。何故対立しなければならないのか、それが気になるのか、自分では意識していないのだが、改めて考えてみると、利己的遺伝子を持って生まれている生物は自分の子孫をより多く反映させるように方向付けられている。その結果、自分とは異なるもの、別の地域から来たもの、未知のものに対しては警戒心を抱き、無意識のうちに排除しようとしていることがある。
ところで、何のために私の動物や道具は車輪をつけているのか。それは自分でも何故かまだ分からない。別に足を描くのが面倒だからではない。猫や犬の足は大好きである。
『阿呆舟』は略完成したが、まだ何かが欠けているため、2012年頃に描き始めているにも拘らず、終わらせたと言う達成感を得られないままでいる。今日は、彼らの乗っている酒樽で出来た筏に線を入れ、陰をより明確にしたり、波により強い強弱をつけたりしてみた。が、まだである。何をすればよいかはある日突然分かるかもしれない。或いは毎日悩んでいるうちに、突然ひらめくのかもしれない。いずれにせよ95%出来ているのに、完成させられないのである。もしかすると”I'm always right”『あんたが大将』か『暴走する乳母車』の方が先に出来上がる可能性もある。
創作途中 [絵画]
が、最近は、この絵に好く当てはまる人物がしばしば新聞やニュースに登場するので、これは途中の作品であっても一旦公開しておかねばならないと考えた。人の質問を遮っても、自分が思っていることを何度でも早口で、悪い滑舌で話す、そうすれば彼が何を言いたいのかは分かる。しかも、時間制限の中でそんなことをされると、質問者は自分の質問をはぐらかされているばかりか、自分の質問時間がなくなってしまう。
遠景にも同じように子分を3羽連れた雄鶏とっつあんが走っている。
「俺は正しい。俺のいう事を聞け。」
子分達。「大将、全くそのとおりでがんす。大将はいっつも正しい。だから、俺達は付いてゆきやす。」
「コケコッコー!いいぞ、いいぞ、子分ども。いつまでも俺について来い。俺は偉いんだ。俺は飛びっきり脚が速いんだ。」
この鶏、頭は多少立体的であるが、胴体は二次元の平面。ヒヨコたちの方が三次元的で、実は実体がある。ヒヨコたちよ、どこまで付いてゆくつもりなのか。いつだって、君達には逃亡する権利が付与されているのだ。そのことに気付いてその権利を行使することを強く勧める。
最近描き始めた絵は『暴走する乳母車』。概略が出来上がっていたが昨日乳母車により濃い目の色を塗り、方向性がやっと見えてきた。実は今日『猫と犬の対決(仮題)』の絵にも筆を入れたのだが、やっと完成に大きく近付いた。他にも『阿呆舟』に少しだけ色を加えたが、まだ方向性がよく見えない。兎に角あれこれ手を加えることで何とか完成させたい。
劇団木馬座『ピーター・パン』Youtube [劇団木馬座の思い出]
舞台美術は駒宮録郎、脚本長嶋武彦・稲坂良弘、演出早野寿郎。このピーターパンの仮面制作は劇団木馬座制作部員。頭髪に使っているのはなんとダチョウの羽で、ピーターが動き回る度にふわふわと優雅に動いた。空中を飛びまわることの出来るピーターに相応しい見事な選択だと感心したものである。海賊フックの仮面は大きく好くできていた。
今日の心象スケッチ 2015-4-21 火曜日 [詩・散文詩]
ウイリアム・ブレークの蚤の肖像を思い出させる女
短髪で鋭い目が
(あぁ、柿の若葉が美しい。いつも目を癒してくれる。)
その傍らには
アンリ・マティスの眠る女
目を閉じた顔が美しい
梔子(くちなし)の香りが漂っている
ラテン語族は動詞の変化を覚えることが全て
そう親切に教えてくれたのは
大学時代フランス語の単位を
二年連続で落したボストニアンのマイケル
彼は自慢げに言っていたものだ
動詞の変化だけは何度もやったのでAを貰った
(僕だって、スペイン語の不規則動詞を何度もおさらいをしたものだが
なかなか手強い
諦めなければなんとかなると信じているが)時々動物の鳴き声のように
アクセントの強い音を発する少女たち
彼女達は何を話す人々なのか
真珠の首飾りをした美しい女性が
彼方の灯台を見ている
ふとグランド・ジャットを見ると
日本人形のような化粧をした女がいる
彼女は
スマートフォンの世界で
虜となっている
自由を奪われし者になっている
既に鉄格子の中の住人である
与えられた情報をそのまま鵜呑みにして満足している
一方的に敗北を宣言している
しかし、
敗北する為にも条件があるのだ
本当に敗北する為には
戦わなければならない
戦わずして敗北するのは
相手をそのまま受け入れたと言うことと同義である
お玉が池の剣道の千葉先生がそう言っていたよ
※自分の詩について、やっと何をしているのかが分かる。私の書いているのはコラージュだった。
今回の絵は昨年2014年2月4日に描いた、一連の絵。巷の喧騒の中にも軍靴を感じつつ、一方的に流される情報を薄気味悪く感じながら描いた一連の絵の一枚である。他にはおむすび大佐、茄子大将などの絵もある。気が向いたら挿絵として使うかもしれない。
今日の心象スケッチ 2015-5-1 [詩・散文詩]
今日の心象スケッチ 2015-5-1 金曜日
まるで嵐のような混乱
人々が蠢く
バベルの塔から見下ろした時
人間は虫になった
そしてバベルの塔の上に立った人間たちを見上げると
もうそれは点でしかない
人間ではなく
塔についた埃でしかない
埃が虫に向かって言う
君達は地を這う虫けらに過ぎない
地を這う虫けらたちも負けずに言い返す
君達は空中に漂う埃に過ぎない
目くそ鼻くそ
団栗の背比べ喧嘩や殺し合いが好きな者はそうすればよい
血と内臓の海でもがきながら
そう言った英国の作家がいた
それは二十世紀初頭のことだった
世界大戦を暗示する空気を感じながら
自称無政府主義者の言語学者が言った
核戦争の危険が大きくなっていると
Doomsday clockは真夜中十二時三分前
もう、シンデレラは帰らなければならない
そんな時なのだ
常識の定義は別にして
常識のある人々であれば決して信じることがないような
作られた噂が羽を生やして
宛ら蝙蝠のように
裏小路や橋梁の下や下水溝などを
ふわりふわりと飛んでいる
その噂鳥はあることないことを
実しやかに触れて回る
噂話といえば
洗濯女たちとタバコ工場の女たち
それと毛づくろいをしている猿たちの十八番だが
話の断片は雪達磨式に
転がる度に尾鰭はひれが付く
薄暗いトンネルから出てきた時
その生みの母親ですら認知することを拒否するほど
奇々怪々な姿に成長している
だから、心にもないお世辞を言うのはおよし
お互いに
「あんまり川を濁すなよ
いつでも先生云ふではないか。」
※絵は移動中に手帳に描いたものに、本日クーピーペンシル、色鉛筆で彩色。
When Venus was born 交響詩『ビーナスの誕生』より [youtube]
ところで、この木島先生はとても気分屋で、生徒が五月蝿いと授業をやめてしまって、生徒の方が反省して謝りに行くと、少し機嫌を直して授業再開になったりしたことが2度位あった。また、作曲もし、歌詞は何文字でどういう区切りのものが歌を付けやすいのか、音楽の授業の時に説明した。この方法をしっかりと理解したのがホーカッサン君であり、私は漠然と納得もせず驚きもせず聞き流していた。先生は生徒達から歌詞を募り、ホーカッサン君の歌詞と上級生の歌詞が採用された。ホーカッサン君の歌詞で新入生の入学祝いの曲が、そして上級生の書いた歌詞で卒業生を送る歌が木島先生によって書かれた。両方の歌は、授業中に教えられ、私たちはそれらを覚えた。実際に、一年生と卒業生に対して歌われたのだった。
そして、ホーカッサン君は歌詞になりそうな詩をいつくか選んで、私に作曲を提案してきたのだった。その一つがデーメルの『春』。他にどのような詩を選んできたかは、残念ながら思い出せない。
さて、木島先生の話になってしまったが、話を戻すと、
今日はYoutubeに上げるために、例によってMoviemakerで画像と音楽とを一致させる。画像についてはBotticelliの絵をそのまま使うのも面白くないと考え、急遽『ビーナスの誕生』の絵の海辺を水彩絵具で描き、更に帆立貝とビーナスを別々に描き切り抜く。移動してくるところを作ってみたかったからである。ビーナスも本当は関節を可動式にして、動きをつけるのも面白いかもしれないと思ったが、さすがに時間が掛かるので、今日のところはやめておくことにした。
https://www.youtube.com/watch?v=qaAlpR6HSxQ
今日の心象スケッチ 2015-3-27 金曜日 [詩・散文詩]
毎日のように書いている心象スケッチを一つ。この連作には題名を付けないで日付のみ書くようにしている。その時の気分を反映しているにすぎず、題名を付けることが難しいからである。
今日の心象スケッチ 2015-3-27 金曜日
あぁ、あのハイヒールの踵で踏まれたら
さぞかし痛からん
と思われる踵
ところでリバーダンスは最近作られた芸術
タップダンス、フラメンコ、コサックダンス
ただ純粋なもののみ美し
私はそう思った
白い大きなマスクをした
小粒な目をしたアナグマ
隙あらば卵を盗もうと虎視眈々と山鳩の巣を狙っている
あの顔は近所のどこででも見かける顔だ
最近、ああいう顔を見ているのが嫌になってきた
嗚呼、しかし自分の肉体は自分で選べない
親を選ぶことはできない
自分の行為は何一つやらなかったと、否定することはできない
時々、宿命論者、運命論者になる
一挙手一投足、それは自分が動いた結果である
そして人生は一本の一筆描きであり
本の一瞬も途切れることがない
便宜上、その連綿たる軌跡を
幼年期、少年期、壮年期、老年期
と呼ぶことはあっても
その連続性には変わりない
過去にやったことは
好いことにしろ悪いことにしろ
取り返しがつかない
特に悪いことについては生きて償い続ける以外にはない悪とはなんだろう
そうしなければ苦しかったからした行為
きっと誰にでもあるだろう
腹が空いた熊は畑の作物を食べるだろう
人間はそれを、熊が畑を荒らしたと言う
しかし、その境界は人間が一方的に作り出したもので
実体などありはしない
(人間が決めたもので実体があるものはどれだけあるのか
あるとされているものの限りない脆弱さ)
にも拘らず
この問題が人間対人間になると一転する
蝦夷と呼ばれる人々を
朝廷は征圧し続けた
江戸時代にも北海道のアイヌに対して同様のことをし続けた
和人たちが和人の理屈で
和人の規則を押し付けたのだ
和人のやり方に慣れていなかったアイヌたちは
次々に土地も文化も奪われていった
同じ強者の論理が過去に世界中で使われたし
現在も至る所で使われている
便利だからね
日向で鼾をかいていたら
もう、陸地が見えてきた
私にとって、対象の周囲に色を塗ることが
どのような意味があるのだろう
あぁ、心配御無用
地球は当分回り続けるだろうし
F先生もお元気だろうし
※今日の絵は、昨年取り掛かって、相変わらず完成させることが出来ない創作途中の作品。何とか、近々描き上げたいと思っている。
Melancholic Spring 憂鬱な春 [youtube]
午後二時半頃だったが、麻生川沿いの桜の並木下には花見のためにシートを広げている人々がいる。数は随分少なく、年配者、それも男性が多い。出店もいくつかあるが、どうも活気がないように見える。何しろ、帰り支度をしている人々もいる位なのだから、盛り上がるはずもない。
今年も写真機は携帯していたのだったが、一枚も撮る気になれず、用事のある女房殿と別れてからは、そのまま買い物に行った。野菜の値段が高止まりしている。通常の倍の価格になっている。天候の不順による物価の値上がりは、常に人間の脆さを知らしめる。
ところで、今日は中学校の時からの親友の作った曲を編曲でもしておこうと考えていたのだったが、どうもその旋律を編曲する気が起こらない。やむを得ず、自分が書いた短い歌曲の方にする。題名は『春』だったと思うが、中学時代の五線譜ノートがどこかに行ってしまったので確かめることができない。友人Hokassan君が選び出した詩に旋律をつけたのだった。私が選んだのはデーメルRichard F. L. Dehmel(1863-1920)短い詩である。
春になる
かすみ始める
沼のここで
ころ、ころ
初蛙
めでたや
このような詩だったと思う。デーメルについてはよく知らないが、wikipediaによればR. Strauss, A. Schoenberg, A. Webernなどが曲を付けている。発禁処分になった詩集もあるようで、頽廃的作品を書く詩人だったらしい。機会をみて、本を借りてみよう。
https://www.youtube.com/watch?v=OB9BIoLrkgQ&feature=youtu.be