「日本会議」を知るためのブックガイド――シリーズ【草の根保守の蠢動 番外編3】

 日本会議を対象とした先行研究は驚くほど少ない。安倍政権が反動色を強めるにつれ、朝日新聞や東京新聞が分析記事を出し始めたが、これもここ2、3年のこと。安倍政権誕生以前の経緯や政権外での活動などに言及された記事はほとんどない。さらに学術論文に至っては、絶無といっていいレベルで存在しない。これほどまで巨大で政権を左右するほどの組織であるにもかかわらず、この状況はいささか奇妙ではある。

 そんななか、「日本会議」を稚拙な陰謀論などに惑わされずにきちんと把握するには、断片的な資料を集め、読み解き、組み立て直すという、地道な作業が必要になる。

 今回は、数少ない日本会議関連の資料のなかから、比較的入手が容易なものを中心に何冊かの書籍を紹介する。安倍政権を支える「日本会議」とは何なのか。本連載とともに、「日本会議」を知るための入門編としてご利用いただきたい。

リファレンスとして


最新右翼辞典最新右翼辞典
著者:堀幸雄
発行:柏書房

 右翼運動や保守運動を取り扱う辞書辞典の類は戦後このかた幾度か出版されたが、2015年現在、新本として一般の書店でも買える唯一のものが本書だろう。また内容の深さと範囲の広さも戦後出版された数多の右翼辞典の中で随一といっていい。人名や団体名だけではなく、事件や運動についての記述も多く、日本会議の歴史を確認するためには必携のリファレンス。

現代日本人の宗教 増補改訂版現代日本人の宗教 増補改訂版
著者:石井研士
発行:新曜社

 日本会議と各種宗教団体は切っても切れない関係にある。その関係にばかり目が奪われると「宗教の陰謀だ!」という粗雑な結論に飛び込んでしまいがちだ。そこで本書。タイトルからは「宗教についての論考」のような印象を受けるが、本書は膨大な統計資料を駆使し「現代の日本人が宗教についてどう考えているか」を浮き彫りにする。本書が提示する圧倒的数量の定量データは、ともすると安易な陰謀論的総括に走ってしまう我々に自重の材料を提供してくれるだろう。特に、巻末の世論調査資料は圧巻の一言。

先行研究として


社会運動の戸惑い社会運動の戸惑い
著者:山口智美, 斎藤正美, 荻上チキ
発行:勁草書房

 日本会議が発足直後からもっとも力をいれて取り組んできたのが「バックラッシュ」とよばれるフェミニズム運動への反抗運動であった。本書は丁寧なフィールドワークと冷静な分析で、日本各地で巻き起こる草の根保守による「バックラッシュ」の実態を浮き彫りにする。日本会議とその関連団体の運動方式を理解するには必読。

<癒し>のナショナリズム<癒し>のナショナリズム
著者:小熊英二, 上野陽子
発行:慶應大学出版会

 本書のベースとなった上野陽子の論文は、「新しい歴史教科書をつくる会」の地方支部のエスノグラフィー。本書が書かれた2002年前後はまだ「つくる会」分裂騒動の前で日本会議と「つくる会」は共同歩調をとっていた。そんな状況下で採取された運動参加者の生の声はとても貴重だ。

保守陣営についての総論や通史


歴史としての戦後日本 上歴史としての戦後日本 上
アンドルー・ゴードン編
発行:みすず書房

 アメリカの第一線で活躍する9人の日本現代史研究者たちの論考集。当然のことながら論考の及ぶ範囲は戦後史全般であり、直接的に保守陣営や右翼の戦後史に触れる箇所はほとんどない。しかしながら、日本の国際政治と国内政治の関連性の密接さこそが戦後日本の特徴であることを明らかにするジョン・W・ダワー(「敗北を抱きしめて」の著者)の論考は、安保外交政策についても政府内外に圧力をかける日本会議や日本会議周辺の人々の「思考のメカニズム」を知る一助となるだろう。

戦後の右翼勢力戦後の右翼勢力
著者:堀幸雄
発行:勁草書房

 またまた堀幸雄である。「右翼活動家」そのもののエスノグラフィーやルポルタージュは猪野健治の右に出るものはいないが、「社会的勢力としての右翼」「市民団体としての保守運動」を通史として書かせれば堀幸雄の右にでるものはいない。前傾の「右翼辞典」の著者だけであって極めて詳細かつ堅牢に、戦後の右翼運動史を解説する。特に「最近の右傾化と右翼の戦略」と題された第7章以降は、日本会議を支える諸団体や人脈の具体的な行動履歴を詳細に記録しており、「日本会議ウォッチャー」としては外せない一冊だ。

国民の天皇国民の天皇
著者:ケネス・ルオフ
発行:共同通信

 戦後、現人神から人間となった天皇陛下。「戦後天皇制」はいかにして日本人に需要されてきたのかを知るための一冊。戦前型の天皇制を再度日本に根付かせようとする保守陣営の運動を詳細に分析している第5章は、日本会議の誕生秘話として貴重な資料。

当事者の証言


証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも
著者:魚住昭
発行:講談社

 おそらく、一般刊行物の中で「日本会議が最近の右傾化傾向の土台を支えている」と明確に指摘したのは本書が最初ではないだろうか(本書の出版は2007年だが、元原稿は岩波の「世界」で2006年に発表されている)。日本会議の設立にも深く関わった村上正邦へのインタビューを重ねることで、著者の魚住昭は「谷口雅春の思想を奉じる一群の人々」の存在に気づく。この辺りの経緯が書かれた「あとがき」だけでも、日本会議に興味がある人なら必ず目を通すべき一冊。

保守の怒り保守の怒り
著者:西尾幹二, 平田文昭
発行:草思社

「証言村上正邦」が「日本会議を作った男」の証言であれば、本書は「日本会議から切られた男」の証言だ。西尾幹二は「つくる会」の幹部として日本会議と共同戦線を張っていた。しかし「つくる会分裂騒動」の過程で日本会議の中枢部の人脈(「証言村上正邦」で魚住昭がいうところの「一群の人々」)の特殊性に気づき、袂を別つ。本書第3章の大半の紙幅はこの「特殊性」への糾弾に割かれている。身近で日本会議の中枢部に触れた人物がその印象を批判的に書き残した貴重な証言資料だ。

日本会議の「今」を知る


前衛前衛
発行:日本共産党中央委員会出版局

 日本会議がプレスリリースで流す情報を鵜呑みにはできない。彼らの発表資料には必ず秘匿されている部分がある。そんな中、日本会議が今現在何をやっていて、誰がどう動いているかという貴重なリアルタイム情報を入手できるのが、日本共産党の月刊機関紙「前衛」だ。「子どもと教科書全国ネット21」の事務局長・俵義文氏は、当代きっての日本会議ウォッチャー。彼が不定期に「前衛」に寄稿する文書は、毎回、日本会議の動きと人脈を鋭く分析する。「日本会議の今」を知るには毎月チェックが欠かせない。

まとめ


 他にも猪野健治の編纂した「右翼民族派事典」や神社本庁発行の「神社本庁史稿」など、紹介したいものはたくさんあるが入手困難であることを考慮し見合わせた。
冒頭でも述べたように、日本会議の全体像を分析する書籍は現状、全くと言っていいほど存在しない。しかし今回紹介した10冊を読み、断片的な情報をあつめれば、おぼろげながらも「巨大組織・日本会議」の輪郭がつかめてくるはずだ。

<文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)>


この特集の記事一覧

この記者の記事一覧

FOMC後のドル安の流れが継続

 昨日のドル円は、123.360円で取引を開始しました。東京市場においては日通し高値となる123.603円まで上昇した後、日経平均株価が2万円を割り込んだ流れを受けリスク回避のドル売り円買いが強まり122.86円近辺まで下落しました。欧米市場では、欧州勢が参入後に全般ドル安が進んだほか、時… [続きを読む]