安倍内閣が「連携」するグレンデール原告団とは?――シリーズ【草の根保守の蠢動 番外編】
今や、閣僚の8割以上を支え、各地の地方議会で意見書を採択させるまでの影響力を持つに至った日本会議。組織の大きさからみれば、日本会議を「草の根保守」と呼ぶのは似つかわしくないだろう。
だが、前回お伝えしたように、日本会議はあたかも地方発の運動であるかのごとく「草の根」を擬態する。そして日本会議は、各地に存在する「草の根の保守運動」に影響力を行使し「草の根」を吸収していく。
※前回「日本会議は何を目指すのか?」http://hbol.jp/26283
このシリーズのタイトルを「草の根保守の蠢動」としたのは、そんな日本会議の行動様式を描きたかったからだ。
当初は、前回のように日本会議の行動様式をお伝えし、60年代から続く彼らの系譜に言及することで彼らの「草の根擬態」を描き切ることを連載の第一弾の一区切りとし、その後各種の草の根保守運動と合従連衡する様子を描き、「草の根吸収」の様子をお伝えするという計画を練っていた。
しかし、事態は予想を上回るスピードで展開している。一見、草の根の自発的な市民の運動の背景に、日本会議の影がちらつく事件がおこったのだ。
異例づくしの菅官房長官発言
アメリカ・カリフォルニア州のグレンデール市が設置した従軍慰安婦像により「日本の名誉が傷つく」「現地の日系人がイジメにあっている」と、在米邦人らがグレンデール市を相手取り、像の撤去を求めて訴訟を起こしている、いわゆる「グレンデール慰安婦像裁判」。
この裁判について菅官房長官は、2月25日午前の記者会見で、「像の設置はわが国の立場と相いれない」とした上で、原告の関係者を含む在留邦人とは「わが国の総領事館幹部を通じて緊密に連携を取っている」と述べた。(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150225/k10015728691000.html)
民間団体が行っている訴訟について政府が言及することも異例ながら、原告と「緊密な連携を取っている」と述べるなど、まさに異例づくめの発言と言わざるを得ない。
そもそも、この原告団はいったい何者なのだろう?
なぜ政府はここまで原告団にコミットするのだろう?
グレンデール裁判原告団とは?
慰安婦像の撤去を求めグレンデール市を相手取った訴訟を起こしている団体とは、「歴史の真実を求める世界連合会/ The Global Alliance for Historical Truth」と名乗る団体だ(以下、GAHT)。
GAHTのWEB サイト(https://gahtjp.org)によると、団体の設立は訴訟に先立つ2014年2月6日。会長は加瀬英明氏(日本会議代表委員・日本会議東京本部会長/体罰の会会長)が務め、そのほか役員として、藤岡信勝氏(新しい歴史教科書をつくる会会長)と目良浩一氏(日本再生研究会会長)が共同代表として名を連ねている(※目良氏は日本会議の月刊機関紙「日本の息吹」2014年4月号に自身の活動について寄稿している。このことからも目良氏と日本会議本体との極めて濃厚なつながりをうかがい知ることができるが氏が日本会議の会員である確証や、GAHTが日本会議からの支援を受けている確証は今の所得られていない)。
GAHTの運動は慰安婦像撤去訴訟にとどまらない。
GAHTは彼らのいう「慰安婦問題」について、「慰安婦報道により日本の名誉が毀損された」「慰安婦プロパガンダにより日本人の名誉が傷つけられた」と講演会や勉強会を通じて活発に主張を展開している。
この種の「慰安婦問題啓発」運動を展開する団体は珍しくはないが、GAHTの運動を特徴づけるのは、積極的な海外活動だ。
活発な海外活動
筆者が確認できる範囲だけでも、共同代表の目良氏は、講演などの名目で昨年一年間に5回も日米両国間を往復している。また目良氏は、昨年10月にブラジルで現地の日系人相手に「慰安婦問題啓発」の講演も実施している。(「ブラジルを訪問して」,「ブラジルを訪問して2」)
海外での活動が活発なのは、共同代表の目良氏だけではない。昨年7月にGHATは、国連人権委員会の対日本検討会を「調査」する目的で、発起人の山本優美子氏(なでしこアクション代表)を団長とする「調査団」をジュネーブに派遣している (目良 2014) (山本, 対国連委員会調査団報告会 [桜H26/7/29] 2014)。また、山本優美子氏は昨年12月、サンフランシスコとロサンゼルスでも、「慰安婦問題」についての講演会を開催している。 (山本, 【集会お知らせ】 慰安婦問題に終止符を!12月12日東京(憲政記念館)~13日サンフランシスコ~14日ロスアンゼルスを繋ぐ 3日連続なでしこアクション 2014)
グレンデール ジュネーブ サンパウロ サンフランシスコ ロサンゼルス、そして日本……まさに、海をまたにかけた運動を実践しているのがGHATの特色だ。
海外活動とメディア戦略の顔となっている山本優美子氏
GHATの活発な外活動でとりわけ目を引くのが、山本優美子氏の存在だ。
ジュネーブ調査団の団長として国連人権委員会を調査し、その調査結果をWillなど保守系メディアで報告する一方、「戦う女性活動家」としてサンフランシスコやロスアンゼルスに飛んで講演を行う……まさに、「GHATの顔」と言っても過言でない。
このように、GHATの顔として活躍する山本氏だが、恐らく一般に広く名前を知られる存在とはいいがたい。ここで、Wikipediaに掲載された彼女の経歴をみてみよう。
Wikipediaでは「なでしこアクション代表」「歴史の真実を求める世界連合(著者注:GHAT)副代表」と現職の肩書に触れた後、彼女の経歴がつづられている。
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「日本文化チャンネル桜創立時からの協力者であり一時期在特会事務局長を兼務していたが、同会の活動がヘイトスピーチに移行するようになった時期に水島らと共に同会と距離を置くようになり、同職を退いた」 (wikipedia 2015)
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つまり、彼女は過去に、ヘイトスピーチ団体として世間の耳目を集めているあの在特会の事務局長を務めていたという記述だ。
事実、ネットには彼女が在特会事務局長を務めていたころの動画がまだ残されている。
(※閲覧注意:「5/12」『慰安婦』立法解決「朝鮮人売春婦の署名提出を粉砕せよ」)http://www.youtube.com/watch?v=97bhMI-6bnM (山本優美子氏は9:21ごろ登場))
また、筆者自身も、かつて彼女が在特会の事務局長としてデモや街宣を行っているのを目撃している。彼女がかつて在特会の幹部であったことは間違いのない事実だ。
だだし、にわかに確認が取れないのが、彼女が在特会執行部を辞任した理由である。Wikipediaの「在特会がヘイトスピーチに移行したため、同会を離れた」という記述の根拠となっているのは、彼女自身の発言ではなく水島総氏(チャンネル桜代表)の発言でしかなく、あくまでも第三者証言だ。在特会の公式サイトにのこっている人事発令文書 (在特会執行役員会 2012)も彼女の辞任理由には触れられていない。彼女自身が辞任理由をどう語っているのかを確認する必要があろう。
うってつけの文献がある。
山本優美子氏は、昨年11月「女性が守る日本の誇り」という自身の経歴と活動についての本を出版している。2015年2月の時点で確認できる文献の中で、彼女自身が彼女の経歴について語った文献はこれ以外に存在しない。この本の記述を見ていこう。
この自著の中で彼女は、在特会結成以前から桜井誠の知り合いであったこと、在特会結成直後から執行部として活動しだしたこと、そして2009年9月に在特会が秋葉原で開催した「外国人参政権反対デモ」の主催であったことなど、かなりの紙幅を割いて自身の在特会での経歴を赤裸々に語っている。 [山本 2014, 19-29]
さらに読み進めていくと、彼女が在特会執行部を辞任した理由についての記述がある。少し長いがそのまま引用しよう。
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「デモの下準備や当日の運営だけでなく、日々の事務業務には、かなりの時間をついやします。そのため徐々に自分の時間をやりくりするのが難しくなりました。すべてを犠牲にして活動されている方をひていするつもりはありませんが、私はそろそろ「自分のペース」で活動してもいいのではないかと考えるようになりました。(中略)在特会の知名度があがるにつれて会員は増え、やがて一万人を超え、支部も全国にできたのです。私以外にも、たくさんの人が運営や下準備をしてくれるようになりました。だから私はもういいだろうと、2011年12月に在特会の執行部を辞任しました。桜井会長や他の会員の方がと仲良くやってきたので、申し訳ない気持ちはありましたが、『自分が出来る範囲で活動をしよう』と思ったのがすべての理由です」(山本 2014, 28-29)
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つまり、彼女自身の発言によれば、「自分のペースで活動したい」「自分ができる範囲で活動をしよう」が、在特会執行部辞任の理由だというのだ。これでは「在特会がヘイトスピーチに移行したから」というWikipediaの記述と大幅に違うと言わざるを得ない。彼女自身が自著に記した辞任理由には、ヘイトスピーチへの反省や忌避感など、一切見当たらないのだ。
幸福の科学の影
グレンデール裁判の原告団であるGAHTについて見逃せないもう一つの事実がある。それは「論破プロジェクト」という団体の存在だ。
この団体の名前や代表の藤井実彦氏の名前が、GAHTの役員や会員として言及されている形跡は確認できない。しかし、GAHTが主催する各種の講演会には、必ずといっていいほど、この「論破プロジェクト代表藤井実彦」が登場する。
この「論破プロジェクト」という団体名をご記憶の読者も多かろう。
2014年1月にフランスで開催されたアングレーム国際漫画祭で慰安婦問題に関するブースを出展し騒ぎをおこした団体だ。アングレーム国際漫画祭での騒ぎはその後一部メディアで検証報道が行われ、「論破プロジェクト」の主張する「日本人のブースが撤去された」という主張は虚偽であり、撤去されたのは論破プロジェクトのブースのみであったことが立証された上に、代表の藤井実彦が「幸福の科学」の信者であったことや、「論破プロジェクト」の運動を「幸福の科学」および「幸福実現党」が支援していたことが明らかになった。 (週刊新潮 2014)
つまり、GAHTが講演会をするたびに、幸福の科学の信者であり、幸福の科学の支援を受けて運動を展開している藤井実彦氏が登壇するわけだ。
官房長発言の危うさ
ヘイトスピーチ団体の元幹部が外国の自治体を提訴することも、宗教団体関係者が慰安婦問題について講演することも、そのこと自体は何の問題もない。レイシストであれ宗教者であれ誰であれ、政治的権利はある。彼らの活動が民間の活動として留まっている限り何の問題もあるまい。
しかし、いうまでもなく、慰安婦問題は日本の外交課題であり、本来であればしかるべき外交チャネルを用いて、旧植民地各国や諸外国と折衝にあたるべき課題だ。
にもかかわらず、菅官房長官は、ヘイトスピーチ団体の元幹部や、宗教団体関係者が関係する民間団体と「緊密に連携をとっている」という。この点について、政府内でも「今回の訴訟に政府が関与すれば、民間人が外国で起こした訴訟に関与する前例を作ることになるだけでなく、日本国内の訴訟に外国政府が関与する余地を与えかねないとの懸念が政府内にある」(http://www.sankei.com/world/news/150226/wor1502260006-n1.html)という。
政府がどのような立場で慰安婦問題にコミットするにせよ、このような団体を通じて「日本の意思を表明する」というのであれば、政府内の懸念意見のとおり、外交プロトコル無視の暴挙にもなりかねない。また、見様によっては、ヘイトスピーチ団体や特定の宗教団体の活動を政府が支援しているとも言えなくもない。やはり、今回の菅官房長官の発言は、異例中の異例と言わざるを得ないのではないだろうか。
【文献目録】
※GAHT-US. “ブラジルを訪問して.” 歴史の真実を求める世界連合. 2014年10月24日. https://gahtjp.org/?p=486 [アクセス日: 2015年2月27日].
※ “ブラジルを訪問して2.” 歴史の真実を求める世界連合. 2014年10月24日. https://gahtjp.org/?p=539 [アクセス日: 2015年2月27日].
※/wikipedia. “「山本優美子」.” wikipedia. 2015年2月1日. http://ja.wikipedia.org/wiki/山本優美子 [アクセス日: 2015年2月27日].
岡真樹子, 山本優美子, , 松井. “大座談会 いざ往かん! 慰安婦問題に女性たちの声を (総力大特集 韓国の「性奴隷」捏造を許すな!).” Will : マンスリーウイル [ワック], 第 105 [9 2013]: 222-231.
※在特会執行役員会. “人事:執行役員の人事について.” 在日特権を許さない市民の会. 2012年1月18日. http://www.zaitokukai.info/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=45 [アクセス日: 2015年2月27日].
※山本優美子. “【集会お知らせ】 慰安婦問題に終止符を!12月12日東京(憲政記念館)~13日サンフランシスコ~14日ロスアンゼルスを繋ぐ 3日連続なでしこアクション.” なでしこアクション. 2014年12月. http://nadesiko-action.org/?page_id=7255 [アクセス日: 2015年2月27日].
※ 女性が守る日本の誇り-「慰安婦問題」の真実を訴えるなでしこ活動録. 渋谷区, 東京都: 青林堂, 2014.
※ “対国連委員会調査団報告会 [桜H26/7/29].” 歴史の真実を求める世界連合. 2014年7月29日. https://gahtjp.org/?p=358 [アクセス日: 2015年2月27日].
※山本優美子, , 寺井融. “10月号特別インタビュー 女性が声を上げたら注目が高まる : 慰安婦問題に特化して行動を起こした.” 改革者 [政策研究フォーラム], 10 2014: 10-15.
※山本優美子, , 藤井実彦. “国連人権理事会は日本左翼の巣窟 (総力大特集 朝日新聞「従軍慰安婦」大誤報).” Will : マンスリーウイル, 第 118 [10 2014]: 86-95.
※山本優美子, 涼風由喜子, , 荒木紫帆. “「慰安婦」のウソを糺せ! 立ち上がる「なでしこアクション」.” 歴史通 [ワック], 第 20 [2012]: 162-169.
※産経新聞. “米慰安婦像撤去訴訟「なぜ日本政府から同調する意見表明ないのか?」 審理で判事が疑問発言、結局は在米日本人側敗訴.” 産経新聞, 2015年2月26日.
※週刊新潮. “仏のマンガ祭から締め出された 「日本人グループ」の裏に「幸福の科学」.” 週刊新潮, 2 2014.
※小山エミ. “お粗末じゃないか”テキサス親父” (どこへ行く「慰安婦」問題と朝日新聞).” 金曜日 [金曜日], 第 48 [12 2014]: 32-33.
※小山エミ. “米国における「慰安婦」像と日系社会 (特集 日本軍「慰安婦」問題をどうとらえるか).” 戦争責任研究 [日本の戦争責任資料センター], 第 83 [2014]: 25-31.
※目良浩一. “GAHTの-国連人権委員会参加の報告.” 歴史の真実を求める世界連合. 2014年7月28日. https://gahtjp.org/?p=355 [アクセス日: 2015年2月27日].
目良浩一. “訴訟へ -米グレンデール市「慰安婦像」撤去への道.” 日本の息吹 [日本会議], 第 317 [4 2014]: 10-12.
※歴史の真実を求める世界連合. “プレスリリース.” 歴史の真実を求める世界連合. 2014年2月20日. https://gahtjp.org/?p=95 [アクセス日: 2015年2月27日].
<文/菅野完Twitter ID:@noiehoie)>
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