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飯田一史blog

2015-06-04

ネット小説の書籍化をめぐってこれから起こること(2014.7執筆)

2014年7月に「新文化」に掲載したもの。多少加筆しましたが、あんまりいじるとそのときの空気が出なくなるのでなるべくママにしました。

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 2010年代に入り、ネット小説の投稿プラットフォーム小説家になろう」掲載の作品を書籍化するレーベルが続々誕生している。文庫四六判ソフトカバーで刊行されているこのジャンルは、多くがファンタジー小説だが、ノベルスや文芸ハードカバーの棚を奪い、書店での存在感を増している。先駆者アルファポリスは2012年3月決算では売上が約10億円、14年では20.5億円と2年で倍増していることが、勢いの一つの証左となるだろう。

 本稿では「なろう」書籍化の現況を版元寄りの視点から概観し、今後の展望を占ってみたい。

■なぜ参入するのか?

 ネット小説はウェブ上でタダで読めるが、いくら無料でも人気になる作品とならない作品には歴然と差がある。ネットでの人気投票に勝った企画力の強い作品だけを書籍化しているから、比較的手堅く売れる。もちろん、書籍自体編集が雑であったり、対象読者層とパッケージングにズレが生じているような本(たとえば30代男性向けの本をやたらと幼いデザインにしたら、本来のターゲットは見向きもしない)はこけてしまうが、それは他の本と同様であってこのジャンル特有現象ではない。

・年長向けラノベ開拓

「なろう」書籍化の読者層の多くは、30代を中心に20代後半から40代既存ライトノベルが10代をコアターゲットに伸長してきたのに対し、10代向けでは満足できない上の年齢層を獲得した。ラノベのシリーズものを買う感覚で四六判小説を「大人買い」するユーザー存在は書店にも版元にも金銭的なインパクトが大きい。文庫ではなくわざわざソフトカバーのレーベルを立ち上げる版元もあるほどだが、単価(≒利幅)を考えれば自然なことだろう。

・作品発掘コストの低減

 小説新人賞を主催すると現状のやり方では最低でも4、500万円はかかる(版元の人件費、下読み外注コスト、審査員に支払う謝礼、新人賞の賞金など)。小説を連載する紙の雑誌を刊行すれば、年間億単位のコストが発生する。

 だが新人賞受賞作や雑誌連載の作品がヒットしてリクープしてくれる打率は低い。賞の選考委員編集者マーケット意見のものではないからだ。

 対してネット小説の書籍化では雑誌運営のコストは発生せず、賞も紙ほどはかからない。だが先述のしくみがあれば、新人でも数万部売れることも珍しくない。ランニングコストがかからなければ、失敗して撤退する事態になっても火傷が少なく済む。参入者が増えるのは当然だ。

■すでに起きており、今後拡大していく事態

・人気作品の青田刈りと一作あたり売上の小粒化

 このビジネスの参入障壁はきわめて低く、しかし他の事業と比べれば「ローコストで高打率」なビジネスのため、乱立しても潰れるレーベルは、ほぼないだろう。

 とはいえ各社が競って作品の人気がネット上で熟す前から青田刈りをし、このジャンル全体での刊行点数が増えるにつれ、一作あたりの平均売上は小粒化していくはずだ。

新規参入者増加による一時的な混乱の発生

 アルファポリスやエンターブレインをはじめとするこのジャンルの先行組には、顧客特性の把握、本文の編集スキル装丁チャネル戦略(配本、書店営業)などに関するノウハウがある。新規参入組にはない。よって、しばらくは「誰に向けて、どんな価値提供する本を、どこで売るのか」という戦略が整合しないピンぼけ本が出て不評を買うことになるだろう。

 ウェブで書いている作家の間では、版元や編集者についての情報が頻繁に行き交っており、出版の条件が悪い、本づくりのピントがズレている、その他編集者と作家間のトラブルが周知されて評判が落ちれば版元は作品を確保できなくなる。レーベルが潰れるとしたら、理由の筆頭はそれだろう(実際、トラブルを連発して撤退した版元も既にある)。

ランキング権威スタイルの新人賞の確立

 人気作品は他の版元と奪いあいという状況下で毎月何点かの刊行ペースを保つには、版元が自前で新人確保する手段を設けざるをえなくなる。すでに「なろう」や「エブリスタ」などと組んで版元が新人賞を行うケースは一般的になった。

 ではこれは既存の小説新人賞と同様の方式で行っているだろうか。そういうところもあるし、そうでないところもあるようだ。

 しかしそもそも論でいえば、既存の小説新人賞の同じしくみでやっては、ウェブ発の強みは活きてこない。なぜなら編集者や下読みが選考するのは時間と金銭がかかり、作家を選考委員にすると既存の賞と同程度まで打率が下がる。ランキングを利用したローコストで高打率なしくみを手放しては、ほとんど意味がなくなってしまう。

 期限とテーマを絞って作品を募集し、ネット上のランキングのみで決める方式はどうか。某社がこれを行ったが「アクセス数で作品の良し悪しは決まらないはずだ」という批判殺到した。本が世に出たとき買うのは選考委員ではなく一般人だが、評価される書き手側は権威(選考委員)や目利き(編集者)によるお墨付きもないと納得しにくい。「人気」と作品の「価値」は別だと考える人間は少なくなく、とくに人気のない人間ほどそういう考えにすがる(そうしないと、自分否定されてしまうからだ)。

 もちろん、版元サイドに立って考えても、レーベルによってカラーがある。こういう路線で売っていく、こういうテイストのものを提供する、というブランドがある。だから、たんに人気順に作品を選んでいっては、カラーがぶれてしまい、ブランド価値を毀損することになる。

 したがって、うまく組み合わせるしかない。ある版元の新人賞のように、一般ユーザーによる人気ランキングや投票(推し行動)と編集部や選考委員による評価を組み合わせたもの、あるいは作家が出版申請をし、読者から一定の投票がなされるなど、人気の基準を満たしたものを検討するしくみが良いだろう。

 応募作品に対するアクセス数は足切りていどに使い、ある一定以上の人気の作品のなかから編集部や審査員が選ぶのが現実的方法ではないかと思われる。

映像化作品の増加による人口への膾炙

「なろう」書籍化の主要読者層の年齢は既存のライトノベルより高く、購買力がある。よってDVDやBlu−rayの販売を軸にしたアニメビジネスとの親和性は高くなるだろう。

 スマホ向けゲームやトレーディングカードゲーム、パチンコやスロットの企画メーカーは、製作委員会方式でアニメを制作するさい出資者として欠かせない存在だが、「なろう」で人気の小説の大半はもともとファンタジーRPG的な設定を元にしており、これらの商材とも相性が良い。既に『魔法科高校の劣等生』や『ログホライズン』のようにアニメ化された作品もあるが、今後は映像化作品も増え、その恩恵を受け市場は当分拡大するはずだ。

 個別の版元レベルでは、映像化の出資体力やノウハウがあるレーベルはシェア上位に、ない企業は下位になっていく。

・有望なサブカテゴリ発見と棲み分けの必要性

 では版元は寡占化するか。そうはならない。映像化のGoが出るほど売れはしないが1万部〜数万部売れるニッチ市場が多数存在するのもネット小説の特徴だからだ。

 今は30代男性向けの異世界ファンタジーに注目が集中している感があるが、本来、ネット小説の書籍化がもたらした商機は何だったか。

 既存の小説新人賞と編集者の感覚では拾いきれなかった才能とマーケットを発見し、紙の小説のあたらしい売れ筋を"いくつも"開拓したことだ。

 たとえばアルファポリスは女性向けファンタジーをレジーナブックス、大人の女性恋愛ものをエタニティブックスなどと分け、さらに性描写の度合いを本の表紙に記載されたロゴマークの色で判別できるようにしている。なぜ細かい分類が必要なのか。読者の需要の多様性に応えるためだ。

 つまり本来あるべきは、レーベルごとにコンセプトを定め、それぞれに異なる特定の顧客層を相手にし、特有の価値を提供することで、ほどよく競争せずに棲み分ける――ジャンル内のサブカテゴリを見つけてポジションを取り、作家と読者双方に対して「ああいうのはあそこ向きだよね」という状態をつくることである。

 単に「なろう」のランキング上位から順に声をかけていくやり方では、レーベル固有のファンが付くことはない。特徴がなければ、ある作品に対して複数の版元からオファーがあって取り合いになったとき、作家に選ばれる理由もない。ポジショニングが下手なレーベル、ブランディングに失敗したレーベルは、食い合って消耗していく。

 私が取材したあるレーベルの編集者は、ウェブ上で絶大な人気を誇っている某作品について、人気もあることはもちろん知っているし、個人的にも好きだったが、自社のレーベルコンセプトとは違うので声をかけなかった、と話していた。このような「何をし、何をしないか」の選択と集中をする版元が、存在感を増していくだろう。

 いずれにしろ一部の映像化作品は大ヒットし、それ以外は、多様な作品が多様な顧客層に対して手堅く売れる状態に収斂していくはずである。

     *

 これらはエンタメ小説の関係者以外には関係ない話だろうか? 同様のことは、小説よりも市場が大きいマンガでは、より顕著に起こっている。ウェブ発で紙になるコミックの存在感は日に日に増している。

 おそらくは他のジャンルでも、ネット小説書籍化の躍進から得られるヒントは無数にある。

 ネット小説書籍化のしくみは、F2P、リーン・スタートアップ、グロースハック、A/Bテストなど、近年、ベンチャーやデジタルマーケティングの世界で確立されてきた手法と同型の発想が、小説に適用されたにすぎない(横文字がうざったいとか、すかしていて気に入らないという意見もわかるが、どれも原理はそんなにむずかしいことは言っていない)。

 従来ティーン向けとみなされがちだったサブカル領域における高課金の年長者マーケットの開拓も、ゲーム/アプリ業界が先行していたことである。

 それぞれの手法については解説書もあるから、詳しくはそれらを参照いただきたい。

 確実に言えるのは、前述した手法を用いて作品を「ローコストで高打率」化させるしくみは出版業界全般に応用できる、どころか、先細りしていく出版界では、「ネットで人気」「テレビで人気」という保険がかかったものしかほとんど本にならなくなっていくし、なったところで「ネットで人気」「テレビで人気」の本より売れる可能性は限りなく低い、ということである。オーガニックな紙発の書籍がネットで勝ち上がってきた作品に勝つことは、確率的に言ってきわめて低い。これは個々の作品の問題ではなく、しくみの問題である。打率では、紙発は確実に負ける。

 その現実に対してどう考え、どう振る舞うかは、各々に委ねられている。

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