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 最も身近な「密室」ともいえる走行中の列車内。例えば、刃物を持った人が暴れたら、危険物を見かけたら、どう逃げますか?

 「警察官の方はいらっしゃいますか!」

 横浜市の鶴見―新子安間を走行中のJR京浜東北線の車内で6月9日午後3時25分ごろ、こんな緊迫したアナウンスが流れた。10両編成の5号車に乗っていた男(71)が男性客(50)とトラブルになり、刃渡り約17センチの包丁を突きつけたためだ。「優先席でタブレットをいじるな」というのが、男の言い分だった。

 驚いた乗客は次々と別車両に逃げた。うち数人が非常通報ボタンを押して列車を緊急停止させ、各ドアの右上にある非常用ドアコックでドアを開放。約50人が1メートル以上の高さから車外に飛び降り、逃げた。男はたまたま非番で乗り合わせた警察官に逮捕され、けが人はなかった。

 JR東によると、各車両にある非常通報ボタンが押されると、運転士は非常ブレーキをかけて列車を止める。ドアコックが操作された場合も同様だが、さらに乗務員は半径1キロ圏内のすべての列車に防護無線を発信して緊急停止させ、範囲外の列車も指令室の指示で順次止めるという。

 ドアコックは1951年、横浜市の国鉄桜木町駅で106人が死亡した列車火災を契機に設置が義務化された。列車が完全に停止していない状態でも、ドアは手動で開けることができるという。

 しかし、列車は急には止まれない。JR東では在来線の非常ブレーキのかけ始めから完全停止までの制動距離は、最大600メートル。今回の現場は6本の線路が並走し、線路脇まで逃げるために乗客は3本の線路を横断する必要があった。場合によっては、他の列車にはねられる危険性もあった。

 JR東にとっても今回、ドアコックの使用は想定外だった。同社広報部は「テロや火災などの異常時に乗務員の指示でドアコックを使うことが前提で、乗客が自らドアを開けて脱出するのは極めてまれ。走行中の飛び降りは絶対に避け、停止後に周囲を確認して降り、止まった列車のそばを移動してほしい」と話す。