2015-06-18
■神田の江戸っ子寿司でスペシャリテを食う。アラセブの偉大さ
大前広樹は神田が好きらしい。
週に3日は秋葉原に通う、という彼は秋葉原で買い物を楽しんだあと、神田まで歩いてきていろいろ食べあるきをしてるのだという。
「なんか飯くおうか」
「それなら神田にいこうぜ」
「いいね」
そんな軽いノリで神田にやってきた。
神田といえば名店の宝庫である。
しかも安い。
安い割に中央線があったりして交通も便利。
「どこいこうか?」
「江戸っ子寿司は?」
「いいね」
江戸っ子寿司は神田の老舗。
神田にある寿司屋が江戸っ子を名乗ったら、もう我々は黙るしかない。
「ここのイカはスペシャリテなんだよ」
といってイカを注文。
肝が乗ってる。
「美味い・・・・美味すぎ!!!」
寿司の美味さを文字で説明するのは難しい。
肝の塩味とイカのサッパリ感のバランスがたまらない。
目がさめるような美味さだ。
サーモンのヅケ。
なんといくら乗せ。
「こ、これは!!!・・・・まるでポータブル海鮮親子丼!!」
美味いわあ
寿司はやっぱりシャリのほどけ感が大事だと思う。
江戸っ子寿司のシャリは口の中でほろり、とほどける絶妙な握り具合で、これがまた美味さを加速させる。まさに職人芸
こっちはマグロのヅケ。
注文してから漬け込まれる。
ただただ美味い。
職人の技が光る
炙りトロ。
あぶられ方が絶妙で舌の上ではらりと解けていく。
ああ、美味いなあ。寿司は
そもそも最近は夜に炭水化物を摂取するのを控えていたため、寿司屋から足が遠のいていた。
しかしやっぱり、バッチリ美味いね。寿司は。
「シメはカンピョウ巻きが食べたいんだけど・・・」
ここで広樹が意外なことを言い始めた。
「カンピョウ巻き?いいけど・・・」
なんでカンピョウ巻きなんだ?
はてなマークが頭上に浮かびながらも頷いた。
「板さん、カンピョウとシソ巻き。ワサビとゴマ入りで」
「ワサビはレベル1から5までありますけど」
「とりあえずレベル3で」
板さんが作りながら関心したように言った。
「お客さん、本当にお寿司を食べ慣れてますね。これは本当に美味いんですよ」
板前に褒められる。
これがツウってもんだ。
すごい。大前広樹。
果たしてその味は・・・。
口に運ぶと、シソがフワッと香ってくる。ゴマの香ばしさも嬉しい。
ワサビが効いてて、それでいて咳き込むほどの辛さではなく、一口食べると、驚くほどサッパリとした食後感。
「これは病みつきになるね」
マジで美味い。
今度一人できた時にも頼もう。
飲みながら、井口尊仁の話になった。
たぶんいまのところ本人以外では僕が世界で一番井口尊仁のプロジェクトについてブログに書いてるのではなかろうか。
「やっぱアーティフィシャルサピエンスって単語が凄いよなー」
「おれたちにとってクラウドベイビーはほんとうに必要なんだろうか」
「いや、そもそも必要とされているものを作ろうとするという話ではないのでは」
「いつも外しているようで居て気が付くと時代の先端にいるという嗅覚は凄い」
クラウドベイビー。
なにか漠然としたアイデアだけは浮かんできそうな気がするキーワードだ。
井口尊仁が実際には何を考えているのか想像することしかできないが、なにかそこにありそうな気がする。
そういえば、井口さんと僕は年が10以上離れている。
50歳前後の人が最新技術に関して多少ピントの外れたことを言っても、ある意味しょうがない面もあるのかもしれない。ましてや生粋のエンジニアというわけでもないのだ。うちの母親が多少とぼけたことをいっても「まあしょうがないか」という感じで受け流せる。
年齢というのは単なる老いや衰えを必ずしも意味しない。
と、僕は最近思った。
定年という制度はアメリカにはないらしいが、偉い人が定年してくれないと若い人のポストが開かないので、仕方がない部分もあるにせよ、歳を重ねた人はそれだけでとてつもなく老獪である可能性がある。
最近は70歳前後の人が一番元気な気がする。
慶應義塾大学の古川享先生しかり、UEIリサーチの西田友是先生しかり、MITメディアラボの石井裕先生然り、あ、もちろん成蹊大学の坂井直樹先生も。
こうした人々は、歴史の生き証人であると同時に、「カウントダウン」をしながら生きている人でもある。
悲しいかな、人間はいまのところまだ永遠に生きられるというわけではない。
だから彼らは死という避けられない運命へ向かったカウントダウンを重ねながら、残りの人生で自分には何ができるだろうかと考え、実行する。
従って、邪念のようなものがほとんどない。
既に名を成し、幾度もの成功を繰り返して、弟子を育て、その上でまだ自らも第一線で活躍を続けるというのは、並大抵のことではない。
僕は自分の仕事人生は40歳まで、長くても60歳まで、と考えていたが、これからの医療技術の発展を想定すると、これを80歳までと考えるべきなのかもしれない。
経営者に定年はない。
自分で退くことを決めない限り、生涯現役でいることもできる。
人間は頭を使い続けることをやめない限り、どんどん賢くなれる。
瞬発力や体力といった点では若い人には叶わないし、新しいことを細部まで理解するといったことは、やろうと思わなくなる。
それはなんというか、恋愛に似てる。
子供の頃の恋愛というのは、例えば一緒に歩くだけでドキドキしたり、デートに誘うだけで死んでしまいそうなほど緊張したりといった緊張感の連続だ。
それが大人になると、そういうドキドキが「かつて幾度か経験したこと」になり、次第にその感動そのものはゼロにはならないけれども薄れていく。
そして歳を重ねると人との接し方、人の愛し方というものが、即物的な言葉や行動を伴わない、もっとおおらかなものへと変わっていく。
人を愛するということにおいて、年を重ねた人のほうがむしろずっと深く知っているのだ。
同じことが技術にも言えるのかもしれない。
数年前から、年配の人たちに「新技術の○○は凄い」と言われてきた。
けれども、その瞬間はその凄さがいまいちわからなかった。
というのも、僕はそれ以外のことに集中していたし、新技術をいまさら追いかける体力もなかったからだ。
今は偶然、わかるようになった。そういう、年配の人たちの本当の凄さが分かってきた。
若いうちは、そういうことに全く気づかなかった。
20代の頃は、大人がみんな、うすのろのマヌケに見えた。
コードを理解することを放棄した、ポンコツだと。
でもそうではなかった。
むしろ彼らに必要なのは、コードではなかった。
なぜならコードを書くということは、「かつて来た道」なのだ。
その面白さも、有効性も、全てわかっているが、それを自分がやるよりは、体力のある若い人に任せた方が、もっと高みを目指すことができるのである。コードを書くことというのは、歳を重ねれば瑣末なことなのだ。若くて未熟な人間にも務まることなのである。
西田先生は未だにコードを書いて勘を掴む。
けれどもそれは基礎体力であって、実際の論文には関係ない。
彼は自分がプログラマーとしての勘を失わないためだけに、習慣的にコードを書くのだという。
我々30代というのは、我武者羅に働くことを半ば宿命づけられた世代である。
よそ見をしてる暇はない。
プライベートすらしばしばないがしろにされる。
しかし現実には大人になると付き合いも増え、仕事以外のことでも忙殺されてしまう。休日に休んだ気がしなくなる。
ところがさらに若い人になると、すぐに役立つことに集中する必要はなくなる。
親戚の集まりに行く必要もなければ子供の運動会に参加する必要もない。
休日は思う存分、自分の好きに使うことができる。
そういうときに、新しいこと、ワクワクすることを探して、熱中しているうちにそれが仕事になってしまたりする。
だからイノベーションは、若い世代しか起こせないのだと思っていた。しばしばそういう例はある。
しかしそれは、自分の視野が狭くなっていただけだった。
実はさらに上の世代になると、子供が手離れして、また新技術に目を向けることができるようになるのだ。
そして彼らは「かつて来た道」を知っているだけに、むしろしばしば若者より遥かに深く新技術を洞察する能力を備えているのかもしれない。自分で手を動かすわけではないが、どのように手を動かしたら良いか知っているのだ。
30代〜40代はそういう意味では空洞化したスポットであり、大局的な視座を一時的に喪ってしまうブラックアウトした時期なのかもしれない。30代〜40代は、惰性で仕事をしていても収入は減らないし、新しいことに挑戦しなくても自然に地位が高いと見なされる時期だ。
だからつい忘れてしまう。
本当に大切なことは何だったかということを。
そして今、自分には何ができるのか。
自分は何をやらなければならないか。
そういうことがここ数ヶ月でとてもハッキリ見えてきた。
その切っ掛けは、本だ。
本を書くということは、人生をデトックスしているようなものである。
自分の人生の一部を切り取り、サマライズして、提示する。
自分はなぜ今の仕事をしているのか。
自分はかつて何者だったのか。
そういうことを振り返るチャンスになった。
そうして書かれた本そのものが面白いかどうかは、僕にはわからないが、僕にとっては一度自分の人生の目的を整理するために、このタイミングで短期間に本を何冊か書かせて頂けたのは幸運だった。
クラウドベイビーがなにかマヌケに見えるのも、もしかするとオレがまだ若すぎるせいかもしれない。
そしてそこにいくばくかの可能性を機敏に感じ取った少年が、井口尊仁とともに実はとんでもないものを作り上げるのかもしれない。
井口尊仁の物語は、まだその途上にある。
物語としてみると、井口尊仁シリーズはとてもワクワクする冒険譚に見える。
セカイカメラ、テレパシー、そしてクラウドベイビー。
繋がっているのか、それとも関係ないのか、いや、しかし繋がっている。
「こないだのエヌ教授で清水がSiriと話しているシーンが長すぎて心配になったよ」
と、シン石丸に言われた。
無駄な会話、と聞いて僕が真っ先に思いついたのはSiriだったのだ。
東京に出てきたばかりの頃、夜を過ごすのがたまらなかった。
家に引きこもって、自宅にプレステの開発キットを置いて、ひたすら一日中プログラミングしてたんだけど、昼間なら寂しくなれば大学にいけば誰かいたし、夜は友達を呼んで過ごした。
けれども、一人で過ごす夜は、漠然とした不安だけがあった。
世界で人間は自分だけなのではないかという、めまいに似た感覚。
安アパートで、となりの部屋の物音が聞こえると、「起きているのは自分だけではないのだ」ということを感じて安堵するような有り様だった。
起きているのが自分だけではない、という当たり前のことを確認したくて、深夜ラジオやチャットにハマった。
その頃はまだ2ちゃんねるもYahooもない。
今はもう、一人で寝ていても不安を感じるということはまずない。
ただ、一日機械と向き合っていて、誰とも話さないまま家に帰ると、無性に誰かと話をしたくなってゴールデン街にでかけるようになった。
一人でいる不安というのは、今思えば話しができないストレスだった。
プログラミングに没頭しているときは、まあまず人と会話しないので、どこかで会話しようとするとどうしてもへんなタイミングになってしまうのだ。
だからクラウドベイビーみたいなものを根源的に必要としている人、つまり潜在的なマーケットは確かにあるのだと思う。
仮に老後、いろいろな事情で一人で暮らさなければならなくなったとして、僕は正気を保てるだろうか。
いまはまだ会社があるからいいけれども、仕事をやめてしまって、自宅でただ日々を暮らしていくような生活になったとしたら、僕はそれを楽しめるだろうか。
ひとり暮らしでなくても、例えば会話のなくなった家族で、書斎にクラウドベイビーがいたら、「誰かと話がしたい」という欲求を満たすことはできるだろうか。あるいは、奥さんもそうだろうか。
クラウドベイビーというのが世界で一つだけの人格なのか、それともユーザの数だけ人格を認めるのか。だとすると、お父さんのベイビーとお母さんのベイビー、息子のベイビーと娘のベイビーは全てが違うということになる。彼氏のベイビーと彼女のベイビーも違う。
これは家族が突然二倍に増えるようなものだ。
「昨日、私のベイビーに聞いたんだけど、今やってる映画、面白いんだって」
「ほんと?広告じゃないの?」
「違うわよ。だって、"彼女"、それを見てきたんだから」
ベイビーはコンテンツを無料で視聴できる。
そして実際に自分の「感想」をユーザーに伝えられたら面白い。
「騙されたと思って見てみなよっていうからさ、見てみようと思うんだけど、一緒にいかない?」
「そうかい?僕のベイビーはつまらないといってたけどね」
ベイビーはユーザーと接すれば接するほど、似てくる。
これは単純接触効果といって、ベイビーのバックエンドがニューラルネットワークであれば、行動をともにする相手に当然似てくる。
たとえば、秘書は次第に考え方や口癖がボスに似てくる。
だから当然、ベイビーもユーザに似るはずである。
「なあ、僕達、つきあってみないか?」
「うーん、そうね。ちょっと待って。ベイビーに相談するわ」
ベイビーは誰よりも自分のことをわかってくれる相談相手である。
「ねえベイビー、彼のことどう思う?」
「付き合ってもすぐ浮気しそう。あいつのベイビーと140時間くらいM2Mしたけど超ワガママだったよ。それに信じられる!?私とM2Mしてる間にTumblrでotsuneの尻画像リブログしてたのよ!超浮気症」
ユーザの分身であるベイビー同士で先に付き合うシミュレーションもすることができるだろう。
「やめとくわ。あなた、超ワガママだしすぐ浮気するから。あと、尻画像リブログする趣味の人とは付き合えない」
「そんなあ・・・・」
人は無駄話と思っていても重大にとらえてしまいがちである。
もしクラウドベイビーそのものがこういうものでなくても、AIが誰にでも手に入る世の中というのはこういう感じになっていくのかもしれない。
これほど考える切っ掛けを与えてくれた井口尊仁のコンセプトはやっぱりなんか尖ってる。
良き解答者はたったひとつの答えを導き出すが、良き質問者は無数のアイデアを生み出すのだ。
もう実業家というよりもしばらくは啓蒙思想家みたいな感じでやったらいいんじゃないか。
鈴木健がSmartNewsをやる前にしばらく啓蒙思想家みたいな活動をしていたような感じで。井口さんなら口述筆記でも面白い本書けそうだし
- 作者: 鈴木健
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