JCR:日本放射線科専門医会・医会

医療従事者の妊娠と放射線防護について

【訂正とお詫び】
表1. 「妊娠中における主なX線検査時の胎児ひばく線量」の中で注腸検査の平均的な線量に誤りがありました。
お詫びして次の通り訂正いたします。
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  誤: 0.8ミリグレイ
  正: 6.8ミリグレイ
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この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

 

はじめに

 このホームページをみていただいてありがとうございます。これをみていらっしゃるあなたは、十分な知識をもち、自分の進む道を決めていらっしゃるかもしれません。ただ、放射線科に興味がありながら女性が放射線業務に就くなんてと周りから反対されたり、自分なりに不安を抱えていらっしゃる方も多いかと思います。そういう方に少しでも役立つページにしたいと思って書きました。例えばお酒ですと飲みすぎれば急性アルコール中毒になったりして大変ですが、少量ですと百薬の長といいます。また、日光は浴びすぎると焼けどや皮膚癌のリスクが増大する可能性がでてきますが、普通に浴びる日光は気持ちのいいものです。放射線も被ばく量が多いといろいろな害を与えますが、医療では線量をコントロールし、患者さんに有益な範囲内で利用しています。現在の医療で診断や治療に必要不可欠なものです。
 あなたの不安は、自分が放射線診療業務に就いた場合に妊娠できるのだろうか、また、妊娠していることを知らずに仕事をして、胎児に影響はないのだろうかということではないでしょうか。この2点を中心に、説明いたします。いかに心配いらないかが分かっていただけると思います。
 ところで被ばく線量を示すことばには吸収線量や等価線量、実効線量というものがあります。吸収線量はグレイ(Gy)、等価線量と実効線量はシーベルト(Sv)という同じ単位で表しますが、表しているものは別です。専門書を読むときに混乱しないでください。私たちが医療で利用する値は吸収線量で、実際に受けた放射線量を表しています。放射線の治療線量をグレイ単位で表示しているのはこのためです。実効線量は放射線従事者としての被ばく線量などを表す時に用います。これは放射線を実際に浴びた量ではなく、発がんの可能性を考慮した算定値です。

1.女性医師本人への影響

不妊にならないか
 不妊に関しては「しきい線量」というものがあります。これは、その値を超えると影響が出るという最低限の値を示したもので、100人被ばくした場合、1-5人に影響が現れる線量のことです。しきい線量に達しない場合は心配いりません。女性が永久不妊になるしきい線量は生殖腺への急性被ばくで2,500-6,000ミリグレイ(mGy)、慢性的な被ばくで1年あたり200ミリグレイとされます。急性被ばくの量は、放射線治療の1回あたり線量としてもかなり多めで、一般的な放射線診断の検査ではまず達しない値です。ましてや放射線科の医師として放射線検査を行う立場は、患者さんと違って基本的に自分が被ばくするわけではないので、あり得ない線量です。

2.胎児に対する影響

1) 形態異常は起きないか、胎児死亡(流産)が増えないか
 これらにも「しきい線量」があります。しきい線量を超えて被ばくすると形態異常や胎児死亡を起こす可能性が出てきますが、胎児の被ばく線量がこの値に達しない場合は心配いりません。胎児死亡(流産)が受精後2週以内で100ミリグレイ、形態異常が妊娠7週以内で100ミリグレイ、精神発達遅が妊娠8から15週で100〜200ミリグレイとされます。以上から、国際放射線防護委員会(ICRP)はPubl.84 (1999)で「妊娠中絶をするのに100ミリグレイ未満の胎児線量を理由にしてはいけない」と勧告しています。ちなみに同じPub.の中でICRPは妊娠中における主なX線検査時の胎児被ばく線量に関する英国のデータを発表しています(表1)。妊婦さんが受けた検査ごとのおおよその胎児線量ですが、どの検査も100ミリグレイを大きく下回っています。

表1. 妊娠中における主なX線検査時の胎児ひばく線量
X線検査項目 平均的な線量(ミリグレイ)
頭部CT検査 0.005以下
胸部CT検査 0.06以下
腹部CT検査 8
骨盤CT検査 25
胸部単純撮影 0.01以下
腹部単純撮影 1.4
腰椎単純撮影 1.7
上部消化管透視検査 1.1
注腸検査 6.8
「医療放射線防護の常識・非常識」大野和子・粟井一夫編著より一部改定
ICRP Publ.84, 2000年より抜粋

2) がんが誘発されないか
 発癌については、しきい線量は明確ではありません。被ばくしなくてもがんになる子はいるのです。ただ、ある程度被ばくするとがんになる確率が少し高くなります。胎児に関しては、かなり以前のデータですが、疫学調査結果があります。これらの結果から100ミリグレイ以下では問題となるようながんの発生増加は認めていません(表2)。

表2. 放射線量の関数として示した健康な子供が生まれる確率
胎児の吸収線量(ミリグレイ)
(自然バックグラウンドを
超えた分)
子供が形態異常を持たない
確率(%)
子供ががんにならない
確率(年齢 0〜19歳)%
0 97 99.7
0.5 97 99.7
1.0 97 99.7
2.5 97 99.7
5 97 99.7
10 97 99.6
50 97 99.4
100 97に近い 99.1
「ICRP Publication 84 妊娠と放射線 」日本アイソトープ協会編より

 

3)遺伝的影響はないか
 広島・長崎の原爆被爆者の追跡調査が長年にわたって継続しています。被爆者2世からの遺伝的影響の増大は確認されていません。今では、放射線は遺伝に影響を与えないと考えられています。

3.私たち放射線科医はどのように被ばくをコントロールしているか

 私たち放射線科医師を含め、放射線に関わる機会のある医療関係者は個人線量計を身につけて自分の被ばく線量を計測しています。数字が出ますので、それで自分の状態をみますし、もし私が一定の値を超えて被ばくしたら、私の職場の管理者も法的に責任を問われてしまいます。先ほど述べた国際放射線防護委員会というところが、長年にわたって医療における放射線防護と安全に関する助言を提供する数多くの勧告を出していますが、日本ではこれに則った法律を制定することになっており、この法律によって私たちは守られているのです。たとえば医療法では“妊娠と診断された時点から出産までに腹部表面で2ミリシーベルト以内”となっています。これは、お母さんが放射線業務についていても、赤ちゃんの被ばくは、一般の公衆と同じ程度に抑えようとの配慮から決まった値です。また、100ミリグレイ以下の胎児被ばくで健康障害を考慮する必要はありませんので、かなり安全なところに被ばくの上限が規定されているといえます。
 実際、日本の医療関係者の被ばく線量は平均1ミリシーベルト/年以下で、女性医師では年間約0.2ミリシーベルト、女性医師の半数以上と看護師の8割近くの人々の被ばくは個人線量計で計測できない程少なく、前述した基準値を更に大きく下回っています。
 他科と比べても、放射線科医師は放射線への意識が高いために、より被ばくをコントロールできているのではないかと思います。

4.放射線診療業務者として働くには

 医療関係者を含めた職業人に対する放射線の線量限度は、5年間で100ミリシーベルト、単年度では50ミリシーベルトを越えないことと制定されています。これは、他の職業による死亡の危険性を上回らないようにとの考えで設定されています。例えば、日本人の産業生活による死亡確率は10万人当り、製造業で5.3人、運送業で12.7人です。実際には放射線科の医師が職業被ばくと因果関係のあるがん死をしたという報告はありません。自分の被ばく線量をきちんと確認し、防護衣を着用する、線源との距離を保つといった基本的事項を遵守していればよいのです。

最後に

 いろいろ述べましたが、放射線科は現時点では女性医師がキャリアと家庭を両立させ安心して働ける数少ない診療科の一つです。このページが放射線科医として仕事にも家庭にも生きがいを持って過ごしていただく一助になればうれしく思います。

南風病院 加治屋より子

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