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MERS① 感染に備える

6月16日 23時14分

田中陽子記者

韓国で感染者が増え続ける「MERSコロナウイルス」。16日までに感染者は154人、死者は19人に上っています。今のところ、韓国政府は基本的に医療機関の中での感染の広がりとし、ソウルなどの町なかで、感染が広がっているという状況にはなっていないとしています。しかし、15日、隔離の対象になっていた日本人2人が日本に帰国していたことが分かるなどMERSに対する不安や関心が、一段と高まっています。

WEB特集では、先週8日に「MERS 知っておくべき6つのこと」と題して、基本的な情報をお伝えしました。これに続いて、今後、流行はどうなっていくのか。仮に国内でも感染者が出た場合、どんな点に注意していればよいのか。科学文化部の田中陽子記者が、MERSに備える基礎知識をさらに詳しく解説します。

ウイルスの感染力どのくらい強いの?

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前回の特集で、MERSコロナウイルスは、3年前に見つかったばかりの新型のウイルスで、ヒトコブラクダが感染源の1つになっているとみられることをお伝えしました。韓国で次々と感染者が見つかるなか、いったいどのくらい感染力が強いウイルスなのか気になります。

ウイルスの感染力を表す指標には、「基本再生産数」というものがあります。これは、患者1人から何人が感染するのかによってウイルスの感染力を示すものです。たとえば、▽毎年冬に流行するインフルエンザは、「基本再生産数」が2人から3人。▽去年、西アフリカで大流行したエボラウイルスは、1~2人。ウイルスの中でも空気感染し、特に感染力が強いと言われるはしかは、12人~18人です(はしかは、同じ部屋にいるだけで感染するとされます)。これに対して、MERSコロナウイルスは(感染予防策が取られない場合)、0.8人~1.3人という研究結果が出ています。

つまり、MERSコロナウイルスはインフルエンザに比べても、かなり感染力が弱いことが分かります。こうしたウイルスが、韓国内で急速に広まった背景には、感染が、医療現場で起きたという特別な状況がありそうです。

病院にいる入院患者は、免疫力が落ちている人が多くウイルスに感染しやすいのです。また病室には、複数の患者が一緒にいて、医療スタッフの出入りも多いなど、ウイルスが感染を広げやすい状況にもあります。こうした状況下では、「スーパースプレッダー」と呼ばれる、1人で多数の人に感染を広げる患者が現れることがあります。韓国の場合も30人に広げたのではないかとみられるケースが出ています。

致死率40% 日本でも?

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こうした新しい病気では、致死率も気になります。前回の特集では、MERSの致死率はおおよそ40%程度とお伝えしました。かなり高い数字です。

これは、中東地域での流行をもとに出された数字ですが、実は、ウイルスの致死率というのは、そのときどきの流行によって大幅に上下します。

実際、韓国だけのデータを見ると現時点の致死率は12%。今後、死者が増えて上がっていく可能性もありますが、かなり低くなっています。これについて感染症に詳しい川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は、2つの可能性があると指摘しています。

①韓国は、中東に比べて医療水準が高く治療が功を奏している可能性。

②韓国では、感染者を徹底的に調べているため軽症者もすべて把握できていて、
 重症者しか報告されていないかもしれない中東に比べ、感染者の母数が多く
 なっていて致死率が下がった可能性です。

では日本で流行した場合には、どの程度の致死率になるのか。専門家は、40%程度になるような事はないのではないかとみていますが、どのくらいまで致死率を下げられるのか、韓国の対応状況をしっかりと見て備えておく必要があります。

WHOの緊急委員会開催

こうしたなか、WHO=世界保健機関は16日、専門家らによる緊急の委員会を開いて対策などについて議論することにしています。

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この緊急委員会、MERSコロナウイルスによる感染症が、「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」に当たるのかどうかを認定するための会議です。つまり、この病気を取り巻く状況が世界に広がっていくおそれのある"異常事態"になっているかどうかを判断し、注意を呼びかけるというものです。

「緊急事態」が宣言された場合の対応は、病気の種類やその時の状況によって変わってきますが、一般的に、その国への渡航についてなんらかの注意喚起がなされたり、検疫を強化したりなどの対応が取られることになります。

2007年に、この仕組みが運用されはじめて以降、緊急事態が宣言されたのはこれまで3回。▽2009年4月、当時の新型インフルエンザが発生したとき、▽2014年5月、ポリオがシリアやパキスタンから隣国などに広がりを見せたとき、▽2014年8月、西アフリカでエボラ出血熱の流行が広がったときです。

緊急事態は宣言されるの?

では、今回、この緊急事態は宣言されるのか。緊急委員会は、日本時間の16日、19時から開かれ、17日午後、記者会見が行われる予定ですが、今のところ日本の専門家の間では宣言されないだろうという見方が多くなっています。というのは、これまでMERSに関する緊急委員会は8回開かれていますが、いずれも緊急事態は宣言されていないことに加え、今回開くにあたっても感染の広がりの状況は、これまでの中東地域での感染状況とあまり変わっていないという見方だからです。

一方で、宣言される可能性があるのでは、と見る専門家が挙げるのは次の2点です。
①WHOは、去年西アフリカを中心に大流行し、今も感染が続く「エボラ出血熱」で対策が遅れ、強い批判を受けています。そうした背景から、今回は指導力を見せるために宣言を出すことになるかもしれないという点。

②もう1つは、中東地域からの輸入例を発端とした感染拡大という、韓国と同じ状況が各国でも起こりうると判断されれば、警戒を呼びかける意味でも宣言を出すのではないかという点です。ただ、感染者が出ている国々からしてみると、経済への影響が大きいため、できれば緊急事態の宣言は出してもらいたくないという力が働くということで、政治的な要素も絡んでくるということです。

宣言されると日本は?

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もし、「緊急事態」が宣言されると、日本ではどのような対応が取られるのでしょうか。これは、宣言の内容次第ですが、韓国から入国する人たちへの検疫を強化するなどの対応が検討されることになります。いずれにしても、韓国での感染の広がりの状況とWHOからの情報を注目してみていく必要があります。


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