親から子への「貧困の連鎖」を断ち切ることを目指す子どもの貧困対策法が十九日、成立から二周年。子どもの貧困対策は「未来への投資」でもある。
「大学はあきらめて。お金がないから」。東京都内の大学三年生(21)は、母親に高校生の時にこういわれショックを受けた。当時、千葉県内の進学校に通っていた。
父親の家庭内暴力が原因で、両親は三歳の時に別居し、離婚。妹とともに母親に引き取られた。母親は病院の清掃員と介護ヘルパーのパートを掛け持ちし、二人を育てるが、過労がもとでうつ病を発症。入院した。
◆貧困率は右肩上がり
収入は母親の障害年金、年約百二十万円のみとなり、貯金を切り崩しながらの生活。高校時代は、食事の支度、掃除、洗濯とすべての家事をやっていた。外食やボウリングなど友人の遊びの誘いには乗ったことがない。「ずっと独りぼっちだった」。母親は高三の冬、悪性脳腫瘍で急逝した。
今は奨学金を借り家庭教師のアルバイトもしている。寮に入り、月五万円で生活する。卒業後は教育関係の仕事に就きたいという。
「ご飯をちゃんと食べられる。鉛筆や本がちゃんと与えられる。子どもがしたいことができる環境を整えたい」との思いからだ。
子どもの貧困率は一九八〇年代以降、右肩上がりだ。16・3%と、六人に一人が貧困状態にある。
こうした事態を受け、子どもの貧困対策法が二年前、国会で全会一致で成立した。にもかかわらず、政府の動きは鈍い。
子どもの貧困に取り組むNPO法人代表や研究者らが呼び掛け人の財団法人「子どもの貧困対策センター」が十九日に立ち上がる。
貧困の実態調査やそれに基づく政策提言、就学援助金の支給などを実施する。
◆やる気見えない政府
民間の取り組みも大事だが、将来を担う子どもの生活を下支えするのは政府の役割であり、社会保障政策としてやるべきだ。
子どもの貧困対策は、その恩恵を受けた子の所得が将来、上がり、税金や社会保険料を払うようになり、ひいては国内総生産(GDP)に寄与することになる。長期的に見れば、日本社会にとってもメリットになる。
しかし、「自助」を掲げる安倍政権にやる気は感じられない。政府が昨夏、取りまとめた子どもの貧困対策大綱には、具体的な施策はおろか、数値目標すら盛り込まれなかった。
ひとり親世帯の貧困率は五割を超え、先進国の中で最悪の水準だ。そのうち八割以上が母子世帯だ。母子世帯の平均年収は百八十万円余にとどまる。
日本ではまだ、子どもを抱えての正規の就労は難しい。母子世帯の八割以上が働いているが、六割近くが非正規だ。
加えて、経済的に苦しいひとり親世帯への政府からの所得移転も先進国の中で著しく少なく、貧困率の削減効果は薄い。
一方、経済協力開発機構(OECD)によると、学校など教育への公的支出がGDPに占める割合は三十一カ国中、日本は最下位だ。当然、教育費の家計負担が最も重い国の一つだ。
文部科学省の調査では、小学六年生の学力テストの結果は、親の年収にきれいに比例している。
八〇年代以降、貧困の連鎖が強まった背景には、非正規雇用の拡大や賃金の低下など「労働市場の悪化」がある。
そこでまず、政府に求めたいのが、経済的に苦しいひとり親家庭に支給される児童扶養手当の拡充だ。子どもが成長する上で家庭は最も重要であり、家庭環境を安定させたい。今、満額で月約四万円、二人目の子がいる場合五千円増、三人目以降は一人につき三千円増となっている。だが、所得制限が厳しくなり満額をもらえる世帯は絞られている。満額を支給する対象を拡大し、子の数に応じた加算額を増やすべきだ。子どもが二人になれば食費、教育費も倍近くかかるからだ。
シングルマザーの就労支援策として優先的に企業が雇用するよう、助成金を出すなどの仕組みがあってもいい。
また、教育費の家計負担を軽減することも大切だ。奨学金は日本では多くが貸し付け型だが、返済が不要な給付型を増やしたい。
◆チャンスは平等に
戦後、日本は、家庭が貧しくても勉強すれば、高等教育が受けられる、機会均等な社会を目指してきた。そして、高学歴化が進んだ。しかし、国立大学の授業料は四十数年で四十倍以上に高騰している。貧困や格差が拡大すれば、日本が目指した社会は失われてしまう。政府に、速やかな対策取り組みを求める。
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