【安保法案】政府の理屈「珍妙」 違憲指摘の憲法学者 地方からも批判相次ぐ
| 安全保障関連法案について記者会見する、慶応大の小林節名誉教授(右)と早稲田大の長谷部恭男教授=15日午後、東京・内幸町の日本記者クラブ |
▽わらにすがる
「憲法違反がまかり通ると、憲法に従って政治を行うというルールがなくなり、北朝鮮みたいな国になってしまう」
記者会見で小林名誉教授はこう指摘し、砂川判決を踏まえ合憲性を説明しようとする政府の姿勢に対し「(同判決では)集団的自衛権は問われていない。珍妙だ」とばっさり切り捨てた。
長谷部教授も「わらにもすがる思いで砂川判決を持ち出してきたのかもしれないが、しょせんわらはわら。それで浮かんでいるわけにはいかない」と手厳しい。
▽形骸化
批判は地方からも噴出した。審査会が15日に高知市で開いた公聴会。一般公募で選ばれた市民らが意見陳述した。
「いくら現実に追いついていなくても、憲法は守らなければならない。憲法は権力を縛り、国民の権利と自由を守るものだ」と主婦。
「集団的自衛権は行使できるようにすべきだ」という立場の自営業の男性は「政府の解釈変更は 弥縫 (びほう) 策。憲法の形骸化や軽視になる」とした。
他の陳述人からも「重要な地位にある方々から立憲主義を軽視するような発言が相次ぐ」と懸念が出た。
計6人の陳述人のうち、法案が合憲との立場を示したのは尾崎正直高知県知事だけというありさまだった。
▽危機感
自民党の谷垣禎一幹事長は15日の記者会見で、こうした情勢を踏まえ「手だてを尽くして説得するようにしないといけない」と述べ、国民の理解を得られるよう 国会審議を丁寧に進める姿勢 を強調したが、与党内には危機感も。ある公明党幹部は「憲法学者が違憲と言えば、影響力は無視できない。流れを変えないと駄目だ」と漏らした。
国会近くの路上では安保法案に反対する市民団体が15日から座り込みを始めた。炎天下、数百人が「戦争させない」「9条壊すな!」と書かれたプラカードを手に抗議の意思をアピールした。東京都中央区の無職大野敏之さん(68)は「学者が違憲と指摘して以降、法案をめぐる潮目が変わったように思う。砂川判決を持ち出す政府のやり方はこじつけにしか聞こえない」と疑問を口にした。
●長谷部恭男氏の発言要旨
長谷部恭男早稲田大教授の発言要旨は次の通り。
【安全保障関連法案の合憲性】
憲法9条の下で許される武力行使は、個別的自衛権までで、集団的自衛権の行使は典型的な憲法違反だ。数多くの重大欠陥のある法案は直ちに撤回すべきだ。95%を超える憲法学者が違憲だと考えているのではないか。
政府は集団的自衛権の行使を限定的に見せ掛けているが、必要と判断すれば、(事例として示した)機雷掃海を超えた武力行使がなされない法的根拠はない。安倍首相が現在は「しない」と言っていることも考えを変えればそれまでで、歯止めは存在しない。
政府は砂川事件の最高裁判決を根拠に合憲だと主張するが、事件で問題とされたのは日米安保条約の合憲性。集団的自衛権を行使し得るかどうかは全く争点になっていない。9日に示した政府見解は昨年7月の閣議決定を繰り返しているだけだ。 わらにもすがる思いで判決を持ち出したのかもしれない。
【衆院憲法審査会での発言に対する批判】
「安全保障の素人」との指摘があるが、私は憲法による軍事力行使の制限に関する専門的な書物を執筆している。今の与党議員は、都合が良いことを言ったときは専門家、悪いときは素人と言う。「憲法学者の多数は自衛隊が違憲だと考えている」という批判も、憲法学者全体を見渡すと疑問だ。私も合憲だと考えている。
「学者の言う通りにしていては日本の安全を守れない」との批判も聞くが、今回の法案は、日本の安全を危うくする。学者の意見を聞くべきだ。
【その他】
今回の法案では、自衛隊の活動が外国軍隊の武力行使と一体化する危険性は極めて高い。後方支援では自衛隊の活動地域を「戦闘地域」「非戦闘地域」などと区別せず、弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油も新たに行える。法案は活動地域を「現に戦闘を行っている現場以外」としているが、戦闘状況が刻々変化する中、現場指揮官が、武力行使と一体化しているかどうかの判断を適切に行えるはずがない。
安保法制の整備で抑止力が高まるというが、相手も軍備を強化する。安全保障環境はますます悪化する。
●小林節氏の発言要旨
小林節慶応大名誉教授の発言要旨は次の通り。
【安全保障関連法案の合憲性】
これまでの政府見解は、憲法9条は国際紛争を解決するための戦争、すなわち侵略戦争だけを放棄していて、自衛のための戦争は放棄していないとしている。主権国家である以上、自然権としての自衛権があり、これは憲法9条があっても誰も否定しない。しかし、9条2項で軍隊を持たない、交戦権を認めないとしている。日本のテリトリーで警察や海上保安庁が対応できない大きな力で襲われた場合、法的には第2の警察である自衛隊が出る専守防衛というのは自然だが、海外に軍隊と称するものを出すことはできず、他国防衛のための海外派兵を本質とする集団的自衛権行使はできない。自民党は持っているが行使できないのはおかしいと言うが、おかしくはない。
【衆院憲法審査会での発言に対する批判】
政府や与党が合憲とする根拠に砂川判決を引用するのは珍妙だ。問われたのは米軍基地の合憲性で、日本の集団的自衛権などは問われていない。高村正彦自民党副総裁が砂川判決について言い出したときは驚いた。安保法案の議論を見ていると政治が劣化したと思う。閣議決定から1年ぐらいたっており、安倍晋三首相は丁寧に説明すると言ってきたが、そういう説明があった実感はない。国会で質問されると、全然関係のないことを、とうとうとしゃべっている。長谷部氏の指摘に(与党は)「学者は(憲法条文の)字面に拘泥している」と言うが、当たり前だ。憲法を政治家が無視しようとしたときに待てと言うために学者がいる。それを言われたらわれわれがいる意味がない。法治主義や法の支配がなくなってしまう。
【その他】
法案は撤回するべきだ。違憲だから当然だが、恐ろしいのは違憲がまかり通ると憲法に従って政治をするというルールがなくなって、北朝鮮みたいになる。これは絶対に阻止しなくてはならない。違憲訴訟を起こすこともできるが、判決には4年程度かかる。その前に次の選挙で自民党政権を倒せばいい。民主党がだらしないことは事実だが、連立でもいいので、政権交代をして法律を廃案、廃止する手続きを進めるべきだ。
●地方公聴会の発言要旨
衆院憲法審査会の地方公聴会での主な発言は次の通り。
土倉啓介氏(自営業) 集団的自衛権を行使できるようにすべきだが、憲法改正が必要だ。政府の解釈変更は 弥縫 (びほう) 策を講じているとしか思えない。解釈変更や安全保障関連法の整備は、憲法の形骸化や憲法規範の軽視になる。
竹田昭子氏(主婦) 憲法がいくら現実に追いついていなくても、憲法は憲法として守らなければならない。憲法は権力を縛り、国民の権利と自由を守るものだ。政府側が改憲を推し進めるのは危険だ。
岡田健一郎氏(高知大准教授) 憲法解釈の変更は説得力に欠ける。徴兵制は憲法に反しないと政府解釈を変更し、徴兵制を導入することも可能ではないか。(現行憲法の)平和主義や立憲主義に深刻な影響を与える。政府は撤回すべきで、違憲と言わざるを得ない。
筒井敬二氏(高知全労連自治労連執行委員長) 法案には率直に疑問と不安を感じる。法案には(自衛隊活動に)地理的制約がない。法案が成立すれば、立憲主義の根幹に関わる。憲法9条の容認する範囲を超え、違憲ではないか。
尾崎正直氏(高知県知事) 諸外国との協調なくしてわが国の存立はない。一定の集団的自衛権は許される。あくまで自衛が目的だ。現代の実情を踏まえた(解釈)変更は必要で、法律を作ることは容認されるのではないか。
佐野円氏(翻訳者) 重要な地位にある方々から立憲主義を軽視するような発言が相次ぐ。多くの憲法学者が支持しないような強引な解釈を、どうして国民が納得できるのか。解釈変更は限界で、(法案は)違憲だ。
(共同通信)