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「記憶は人為的に書き換えられる」富山大学大学院教授・井ノ口馨が語る 「脳のしくみ」と「記憶」と「自我」前編1/4

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井ノ口馨(Kaoru Inokuchi)
脳科学者、富山大学大学院教授
1955年生まれ。1979年、名古屋大学卒業後、コロンビア大学医学部博士研究員、ニューヨーク州立精神医学研究所博士研究員、三菱化学生命科学研究所グループディレクター、横浜国立大学客員教授などを経て、2009年に富山大学大学院医学薬学研究部教授に。マウスを使った実験で、異なる2つの古い記憶を人為的に新しい記憶に書き換えることに成功した。

「記憶」とは体験ではなく、単なる「思い込み」?

堀江貴文(以下、堀江) 僕、「なぜ、我々は存在しているのか」「存在していると思い込んでいるのか」っていうことに前から興味があったんです。

井ノ口馨(以下、井ノ口) 哲学的な問いかけですね(笑)。自分は生まれてからずっと存在している、「自分は自分である」ということは、誰もが当たり前に思っていますよね。堀江さんも、生まれてから40年くらいの連続した記憶があるから、アイデンティティ(自己同一性)を持っているわけですよね。

堀江 そうですね。

井ノ口 僕はずっと記憶の研究をしているんですが、人工的に記憶を埋め込むことができるようになると、もしかしたら堀江さんの今の記憶は、5分前に僕が埋め込んだものかもしれないですよ。

(編集部注:井ノ口教授はマウスを使った実験で、脳にある2つの違った記憶を人為的に組み合わせて、新しい記憶を作ることに成功した)

堀江 そういう可能性もあるんですよね。

井ノ口 そう考えると、自分が存在していると思っているこの世界は「架空の世界」かもしれません。

堀江 だから僕は、記憶は「思い込み」だと思っているんですよ。「自分が自分である」ということを脳の中でループさせて、長期記憶に定着させて、より強固なものにする。これって恋愛に似てますよね。恋愛してる時って「好きだ、好きだ、好きだ」って、その人のことが頭の中でループしてる。そして、うまくいく場合と、いかない場合があるんですが、うまくいかない場合は「なんでこんなに好きなのにダメなんだろう」って思っちゃう。

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井ノ口 ははは(笑)

堀江 それで結局、その人をあきらめて、しばらくすると他の人を好きになるんですが、例えば10年後に昔好きだったコに会うと、「なんで、彼女のことがあんなに好きだったんだろう」って思うみたいな。

井ノ口 そうですね。振り返ってみると「夢の中にいた」みたいな感覚はありますよね。脳って、ひとつの記憶をどんどん強化していく機能があるんです。フィードフォワード(予測)ループがあるんですよね。

堀江 はいはい。

井ノ口 脳は生存のために発達したものですから、ある場所で危険な目にあうと、その場所だけじゃなくて、似たような状況は全部危険だと思うようになる。経験を強化していくわけですよね。進化の過程でそういうメカニズムを獲得してきた。人を好きになるという話も、それはポジティブな面ですけど、同じようなことがおきているんだと思います。

堀江 だから僕は、記憶の積み重ねによる思い込みで自我が形成されているんだと思うんです。

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井ノ口 それは、その通りだと思います。でも、その思い込みがどこまで本当の記憶で、どこまでがバーチャルなのかがわからないですよね。

堀江 僕はそこに区別はないんじゃないかと思うんですけど……。

井ノ口 でも、今、記憶と言っているものは、少なくとも実際に体験をしている出来事なわけですよね。

堀江 そうですね。

井ノ口 そこに体験していないものを記憶として植えつけられるようになったら、それはバーチャルですよね。

堀江 ですね。

井ノ口 それを今回、我々がマウスを使った実験で成功したわけで、マウスはおそらく本当に体験したことだと思っているはずなんです。

堀江 でも、日常でも誤解とか、その時の状況を自分の都合よく変えて覚えたいたりしますよね。

井ノ口 それはよくあります。

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