「あ、あの時の彼か」
九州地方のJリーグクラブを取材している立場からすると、「29歳の日本代表初招集選手」に対してそんな印象を抱いた。
16日のロシアワールドカップアジア2次予選・シンガポール戦でのフル代表初キャップの時を待つDF丹羽大輝。彼には昨季の「ガンバ大阪三冠達成の立役者の一人」という肩書きのほかに、もうひとつ注目すべきキャリアがある。
「レンタル移籍によるJ2在籍期間が長い」
じつに3年半も「下積み」の時期を過ごしている。これは過去の日本代表招集選手でも最長レベルではないか。
'04年にガンバ大阪ユースからトップチームに昇格、3年間ほとんど出場機会を得られないまま、'07年にJ2徳島ヴォルティスにレンタル移籍。その後、'08年にJ1大宮アルディージャ、そして同年シーズン途中から'11年までの3年半、アビスパ福岡でプレーした。
レンタル移籍期間だけでもじつに5シーズンに及ぶ。うち、大宮での半年、福岡がJ1に昇格した1年を除く3年半をJ2で過ごした。
長かったJ2時代。代表選手となった今と何が違う?
筆者はギラヴァンツ北九州のファンとして、近隣のクラブ・アビスパ福岡で活躍する彼の姿を見ていた。'10年シーズンに守備ラインの中心としてアビスパ福岡がJ1昇格を果たした際には少々複雑な思いも抱いた。一方で、福岡のクラブハウスでインタビューする機会なども得ていた。彼はその取材後、あらゆる現場で向こうから必ず挨拶をしてくれるようになった。
あの時の彼か、と。
いまや日本代表ヴァイッド・ハリルホジッチ監督をして「CBと右サイドバック双方での適性がある」と言わしめる存在だ。
その原点のひとつ「J2時代」にスポットを当ててみた。
3シーズン半在籍し、109試合出場3ゴール(うち2011年はJ1で30試合出場)を記録したアビスパ福岡での時を、彼はどう過ごしたのか。
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