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競泳の大崎剛彦さん死去 ローマ五輪「銀」、輪島出身

北國新聞社 4月30日(木)3時11分配信

 輪島市出身で、1960年ローマ五輪の競泳男子200メートル平泳ぎで銀メダルに輝いた大崎剛彦(おおさき・よしひこ)氏が28日午後10時56分、間質性肺炎のため大阪府吹田市の大阪大病院で死去した。76歳。葬儀・告別式は5月1日正午から、吹田市桃山台5の3の10、公益社千里会館で営まれる。喪主は長男裕史(ひろし)氏。

 大崎氏は輪島高から泉丘高に転校した後、早大水泳部で活躍した。昭和30年代は同じ輪島市出身の山中毅氏(メルボルン、ローマ、東京五輪で銀メダル4個、銅メダル1個)、井筒賢造氏(ローマ五輪200メートルバタフライ8位)とともに日本を代表する選手となった。

 大崎家は水泳一家として知られる。2000年に死去した父の卯藤久(うとひさ)氏は平泳ぎのアジア大会日本代表選手で、石川県水泳協会副会長も務めた。長男の剛彦氏に続き、長女の恵子さんは飛び込み選手として東京、メキシコ、ミュンヘンの五輪に連続出場した。

 大崎氏はローマ五輪では男子400メートルメドレーリレーにも出場し、日本の銅メダル獲得の立役者となった。引退後は日本マスターズ水泳協会の会長を務め、2006年に国際マスターズ水泳殿堂入りを果たした。

北國新聞社

最終更新:4月30日(木)3時11分

北國新聞社