腹八分目

ボーイズラブ(BL)作家・久我有加のブログです。

番外編更新しました

6月に発売になった『華の命は今宵まで』(新書館ディアプラス文庫)の番外編を更新しました。
遅くなって申し訳ありませんでした。
ご興味を持たれた方は読んでやってください。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです!
のんびりまったり更新ですが、またぜひお越しくださいませ。







スポンサーサイト

PageTop

初恋(『華の命は今宵まで』番外)

拙著『華の命は今宵まで』の番外編です。
木崎の話です。透と実道はほんの少ししか出てきません。
それでもいいよ、という方はどうぞ。





 木崎幸正がまとまった休暇をとることができたのは、随分と久しぶりだった。
 六月にヴェルサイユ条約が締結され、長く続いた戦争は名実共に終わりを告げた。大陸に派遣されていた木崎にも帰還命令が下った。いまだあちこちに火種は抱えているものの、とりあえずは平和が訪れたと言っていいだろう。
 木崎はゆっくりと大きな通りを歩いた。数年ぶりの京都だが、街の様子はほとんど変わっていない。うんざりするほどの蒸し暑さも、わんわんと降り注ぐ蝉の声も変わらない。入営する前――中学を卒業した後に戻ったような錯覚に陥る。
 休暇にあたって帰ることにしたのは、東京の屋敷ではなく京都の屋敷だ。木崎家は京都だけでなく、東京にも大きな邸宅を持っている。多くの公家華族と同じように、木崎家も維新後に東京へ居を移した。しかし父と二人の兄が暮らす東京の家は、木崎には馴染みがない。
 木崎の母は妾である。兄たちの母が病死して七年後、父が京都の屋敷で女中として働いていた母と情を通わせたのだ。母が身ごもったと聞いて、父はたいそう喜んだという。父が母と深い仲になったのは先妻が亡くなってからだったようだし、家職の服部に聞いた話だと、父は母と結婚するつもりだったらしい。
 しかし周囲は二人の結婚に猛反対した。由緒正しい公家華族である木崎家には、何かとしがらみが多いのだ。平民で、しかも使用人の女を伯爵夫人としては絶対に認められないということで、仕方なく妾という形になったと聞いた。結果、母は使用人の身分のまま京都の邸宅で木崎を産んだ。
 華族の当主の四人に一人に、庶子――妾の子がいる昨今、木崎家も生まれてきた子供には寛容だった。特に木崎は男子だったので大切に育てられたと言っていいだろう。
 ごく幼い頃は、父が年に数回しか帰ってこないことも、母が使用人たちに対してだけでなく、息子である木崎にすら敬語を使うことも、母を「母様」と呼んではいけない、「おいねさん」と名前で呼ぶように家職の服部に言い含められたことも、それが当たり前だと思っていたから気にならなかった。
 年の離れた二人の兄も、たまに京都へやってきたときはよく遊んでくれたから、卑屈になることもなかった。邪険にされた覚えも、疎まれた覚えもない。むしろ兄たちが東京へ戻る日は寂しくてたまらなくて、もっと一緒に遊びたいと駄々をこねたものだ。
 しかし長じるにつれ、自身が兄たちとは異なる特殊な立場にいることがわかってきた。母を母様と呼べないのも、一緒に食事をとれないのも、母が妾であるからだと理解した。
 小学校へ上がると、級友だけでなく教師にまで妾の子と陰口を叩かれたりもした。何をしても兄たちと比べられるようになったのもこの頃だ。
 兄上様方は非常に優秀な成績で卒業されたと聞いていますよ。お兄様方は武にも優れておられると窺っております。お兄様方は快活で、級友からの信頼も厚くていらっしゃるそうですね。
 だからあなた様も同じように、否、お母様が卑しい生まれやからこそ、お兄様方以上に優秀にならなければ。
 そうして教師や親戚に、まるで脅迫するように圧迫され、木崎は次第に荒んでいった。どんなに励んでも、二人の兄ほどには勉学ができず、武道も上達しなかったのだ。もともと明るいとは言い難かった性格も、更に暗く歪んでいった。木崎の名に媚びてくる級友を従え、同級生たちを支配することで鬱憤を晴らした。
 阿呆やったと思う。心根まで腐ってしまっては、ますます兄たちに敵わなくなるのに。
 兄たちが父と同じ立派な陸軍将校となり、最も荒んでいた中学の頃に出会ったのが、室田透である。同級生の中でも一際華奢でおとなしい彼のことが、なぜか気になって仕方がなかった。おずおずと長い睫を従えた黒目がちの大きな瞳を向けられると、胸の辺りがざわめいた。生まれて初めてのその感覚に苛立ち、事あるごとに室田をばかにしたりからかったりした。
 当時を振り返る度、木崎は苦い気持ちになる。あのざわめきは、ときめきだったのだ。心が捩くれていたために気付けなかった。
 俺は、室田が好きやったんや。
 しかし気付いたときには、室田は主人である小一森実道と恋仲になっていた。
 そもそも室田への想いに気付いたのは、実道が木崎から室田をかばったときだ。実道に理路整然と己の行いの醜さを指摘され、全身が凍りついた。そして実道を見つめる室田の熱い眼差しと、室田を見つめ返す実道の優しい視線を目の当たりにして、今度は体が芯から熱くなった。
 俺は室田あんな目で見られたことない。なんであの目の先にいてるんは俺やないんや。
 腹が立って悔しくてたまらなかった。そのときにようやく、自分は室田が好きなのだと気が付いた。
 このままではいけない、と強く思った。才色兼備で武道にも優れているらしいあの男に勝つことはできなくても、せめて室田に恥ずかしくない人物にならなくては。
 そのときから、木崎は少しずつ変わっていった。徒党を組むのをやめ、己の行動を律した。さぼりがちだった武道の鍛錬にも真剣に取り組むようになった。母はもちろん、服部もたいそう喜んでくれた。
 しかし室田への想いは容易には断ち切れなかった。どうにか実道と別れさせられないかと、小一森家の養子となった実道を調べさせた。実道が小一守子爵の甥ではないとわかったときの暗い喜びを、木崎は今もまざまざと思い出せる。
 あの男は室田を騙してる。ろくな男やない。室田に言いつけてやろう。
 嫉妬に任せてそんな風に思ったものの、次の瞬間には己自身がどうしようもなく嫌になった。
 何が恥ずかしくない人物になる、だ。
 俺は醜い。それもひどく。
 だいたい、実道が偽者だからといって、室田の気持ちがこちらに向くわけではない。それに実道の過去を知ったところで、室田の気持ちは変わらないだろう。むしろますます強くなるかもしれない。小一森実道の過去は、木崎から見ても同情を禁じえないものだったからだ。
 結局、木崎が予想した通り、二人は別れなかった。それどころか今は共に暮らしている。
 駅までお迎えに上がりますと言ってくれた服部の申し出を断り、こうして一人歩いているのは、室田が働いている店を見るためだ。
 入営した後、我ながら未練がましいと思いつつも、年に数回、室田に手紙を送った。室田から届く返事が、想像していた以上に厳しい軍隊生活の励みになったことは言うまでもない。
 とはいうても、ほとんどが惚気みたいな内容やったけどな……。
 知らず知らずのうちに苦笑が漏れる。手紙には、実道と共にいかに充実した毎日を送っているかがしたためられていた。実道への深い想いがあふれていて胸が痛んだ。それでも、毎回添えられるどうぞお元気で励んでくださいという言葉は、木崎の心を温めた。特に外地に派遣され、過酷な環境の中にいたここ数ヶ月の間は、何度もくり返し室田の手紙を読んだ。おかげで木崎少尉には国に恋人がいると、下士官たちに噂されるまでになってしまった。
 とにかく室田が働いている洋食店を見たいと思ってここまで来たが、見てどうするのかといえば、自分でもよくわからない。室田に会いたい気持ちはあるものの、何を話せばいいかもわからない。好きだと告げたいのか、告げたくないのかも、わからない。
 何もかもわからないまま、それでも額に滲んだ汗を拭って歩を進める。
 やがて前方に洋風の洒落た店が見えてきた。室田が働く店だ。
 ごく、と我知らず唾を飲み込んだそのとき、扉が開いた。
 出てきたのは、スラリとした細身の男だった。シャツにスラックスという洋装がよく似合っている。以前より身長が伸び、体つきもしっかりしたが、間違いない。室田だ。
 思わず足が止まった。胸の奥がじりりと熱くなる。
 ああ、きれいになった……。
 中学の頃も整った可愛らしい顔つきだったが、成人した今、地味ながらすっきりとした美貌の持ち主になっていた。遠目でも光り輝いて見えるのは、身も心も満たされているからだろう。
 室田は店を出たところで佇んでいる。口許に浮かんだ柔らかな笑みが眩しい。
 声をかけようか。
 息を吸ったそのとき、再び店の扉が開いた。
 姿を見せたのは、洋装の小一森実道だった。もともとの端麗な容姿に大人の男としての落ち着きが加わり、文句のつけようのない美丈夫になっている。心身共に充実しているのが一目でわかった。
 実道を目にした途端、室田はパッと顔を輝かせる。
「実道様」
「待たせたな、透」
 実道も顔を綻ばせた。室田を見下ろす眼差しは、どこまでも優しくい。
「いえ、少しも。お知り合いの方とのお話は、もうよろしかったんですか?」
「ああ、大丈夫や。さあ、帰ろか」
 はい、と室田は頷く。降ったばかりの雪のように肌理が細かく白い頬は、ほんのりと薔薇色に染まっていた。
 二人は寄り添うように並ぶと、木崎がいる方とは反対の方向へ歩き出す。
 室田が実道を見上げ、話しかけた。実道は少し背を屈め、耳を傾ける。互いに視線をからませ、甘く微笑み合う。
 木崎は二人の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
 もし、最初から室田に優しく接していたら、小一森実道のようになれただろうか。木崎が実道のような優秀で美しい男だったなら、室田は好いてくれただろうか。
 ――否。実道に敵う、敵わないの問題ではない。
 室田は小一森実道だから好きになったのだ。どんなに優しくしたところで、木崎幸正では無理だ。
 最初からわかっていた。わかっていたのに、腹の底から苦くて熱いものが込み上げてくる。
 それを苦労して飲み下した木崎は、ゆっくり踵を返した。意識して背筋を伸ばし、胸を張る。そして来たばかりの道をまっすぐに歩き出した。
 視界が揺れているのは、夏の暑さが生んだ陽炎のせいか。それとも、涙が滲んできたせいか。
 手紙を書くのはもうよそう。
 けれどこれから先も、室田に恥じない生き方はしようと思う。
 それが俺にできる唯一で、精一杯や。








PageTop

6月新刊特典情報

6月10日頃に発売予定の新刊、『華の命は今宵まで』の購入特典ペーパーの配布書店さんのリストが、新書館さんのサイトにあがっています。
ご興味を持たれた方はチェックしてやってください。
どうぞよろしくお願いします。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです!
かようにのんびり更新のブログですが、またお時間のあるときにでも、お越しくださいませ。







PageTop

とろろ昆布

長かったねこまんまブームが去り、とろろ昆布ブームがきています。
ご飯に山盛りのっけて、その上から醤油をしゅっとかけて食べるのがお気に入りです。味噌汁に入れたり、おむすびを包んだりもしています。とろろ最高!
そして相変わらず、おどり炊きの炊飯器で炊いた米は美味しいです。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました! とても励みになりました。
まったりのんびり更新ですが、またお越しくださいませ。







PageTop

お知らせ

6月10日頃に『華の命は今宵まで』(新書館ディアプラス文庫)が発売予定です。
イラストは花村イチカ先生です。
こちら、大正時代を舞台にした華族ものです。
どうぞよろしくお願いいたします。

拍手や拍手コメントをくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです!
相変わらずのまったり更新ですが、またぜひお越しくださいませ。






PageTop