サクハシと百選で解く予備試験過去問
予備試験で開始され,行政法が科目で課されるようになってから,学部生の勉強にも少しずつ行政法が導入されるようになりました。現在,予備試験対策として光が当たり始めているのが旧司法試験ですが,行政法にはそれがありません。旧司法試験時代に行政法が課されていなかったからです。そのため,現在学部生が使用している基本的な演習ツールは『事例研究行政法』になるのかと思います。同書は,予備試験にも司法試験にも堪えうる内容であり,今後も行政法対策の主流となるでしょう。しかし,同書を解いてみると「難しい」と感じるのではないでしょうか。私自身も大学3年生の際に同書を初めて解き,その難解さに驚愕した覚えがあります。もちろん,同書を読み解くことは予備試験や司法試験の合格には必要的でしょう。しかし,他方で思うのが,予備試験の過去問を検討する限り,それほど難しい問題が出ているわけではないのでは,ということです。
そこで,本書は,学生の使用する教材としては1番有名な“サクハシ”こと,『』と,凡例百選を使用し,そして,それだけで予備試験の過去問を解いてみようというものです。
引用文献
サクハシ 櫻井敬子=橋本博之『行政法』(第4版,弘文堂,2013年)
平成23年度行政法
Aは,甲県乙町において,建築基準法に基づく建築確認を受けて,客室数20室の旅館(以下「本 件施設」という。)を新築しようとしていたところ,乙町の担当者から,本件施設は乙町モーテル 類似旅館規制条例(以下「本件条例」という。)にいうモーテル類似旅館に当たるので,本件条例 第3条による乙町長の同意を得る必要があると指摘された。Aは,2011年1月19日,モーテ ル類似旅館の新築に対する同意を求める申請書を乙町長に提出したが,乙町長は,同年2月18日, 本件施設の敷地の場所が児童生徒の通学路の付近にあることを理由にして,本件条例第5条に基づき,本件施設の新築に同意しないとの決定(以下「本件不同意決定」という。)をし,本件不同意決定は,同日,Aに通知された。
Aは,本件施設の敷地の場所は,通学路として利用されている道路から約80メートル離れているので,児童生徒の通学路の付近にあるとはいえず,本件不同意決定は違法であると考えており,乙町役場を数回にわたって訪れ,本件施設の新築について同意がなされるべきであると主張したが, 乙町長は見解を改めず,本件不同意決定を維持している。 Aは,既に建築確認を受けているものの,乙町長の同意を得ないまま工事を開始した場合には, 本件条例に基づいて不利益な措置を受けるのではないかという不安を有している。そこで,
Aは, 本件施設の新築に対する乙町長の同意を得るための訴訟の提起について,弁護士であるCに相談することにした。同年7月上旬に,当該訴訟の提起の可能性についてAから相談を受けたCの立場で, 以下の設問に解答しなさい。
なお,本件条例の抜粋は資料として掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕
本件不同意決定は,抗告訴訟の対象たる処分(以下「処分」という。)に当たるか。Aが乙町長の同意を得ないで工事を開始した場合に本件条例に基づいて受けるおそれがある措置及びその 法的性格を踏まえて,解答しなさい。
〔設問2〕
本件不同意決定が処分に当たるという立場を採った場合,Aは,乙町長の同意を得るために,誰を被告としてどのような訴訟を提起すべきか。本件不同意決定が違法であることを前提にして,提起すべき訴訟とその訴訟要件について,事案に即して説明しなさい。なお,仮の救済について は検討しなくてよい。
【資料】乙町モーテル類似旅館規制条例(平成18年乙町条例第20号)(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,町の善良な風俗が損なわれないようにモーテル類似旅館の新築又は改築(以下 「新築等」という。)を規制することにより,清純な生活環境を維持することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において「モーテル類似旅館」とは,旅館業法(昭和23年法律第138号)第2条に規定するホテル営業又は旅館営業の用に供することを目的とする施設であって,その施設の一部又は全部が車庫,駐車場又は当該施設の敷地から,屋内の帳場又はこれに類する施設を通ることなく直接客室へ通ずることができると認められる構造を有するものをいう。
(同意)
第3条 モーテル類似旅館を経営する目的をもって,モーテル類似旅館の新築等(改築によりモーテ ル類似旅館に該当することとなる場合を含む。以下同じ。)をしようとする者(以下「建築主」という。)は,あらかじめ町長に申請書を提出し,同意を得なければならない。 (諮問) 第4条 町長は,前条の規定により建築主から同意を求められたときは,乙町モーテル類似旅館建築 審査会に諮問し,同意するか否かを決定するものとする。
(規制)
第5条 町長は,第3条の申請書に係る施設の設置場所が,次の各号のいずれかに該当する場合には同意しないものとする。
(1) 集落内又は集落の付近
(2) 児童生徒の通学路の付近
(3) 公園及び児童福祉施設の付近
(4) 官公署,教育文化施設,病院又は診療所の付近
(5) その他モーテル類似旅館の設置により,町長がその地域の清純な生活環境が害されると認める場所
(通知)
第6条 町長は,第4条の規定により,同意するか否かを決定したときは,その旨を建築主に通知するものとする。
(命令等) 第7条
町長は,次の各号のいずれかに該当する者に対し,モーテル類似旅館の新築等について中止 の勧告又は命令をすることができる。
(1) 第3条の同意を得ないでモーテル類似旅館の新築等をし,又は新築等をしようとする建築主
(2) 虚偽の同意申請によりモーテル類似旅館の新築等をし,又は新築等をしようとする建築主 (公表)
第8条 町長は,前条に規定する命令に従わない建築主については,規則で定めるところにより,その旨を公表するものとする。ただし,所在の判明しない者は,この限りでない。 2 町長は,前項に規定する公表を行うときは,あらかじめ公表される建築主に対し,弁明の機会を 与えなければならない。
(注)本件条例においては,資料として掲げた条文のほかに,罰則等の制裁の定めはない。
(出題趣旨)
行政訴訟の基本的な知識,理解及びそれを事案に即して運用する基本的な能力を 試すことを目的として,旅館の建設につき条例に基づく町長の不同意決定を受けた 者が,訴訟を提起して争おうとする場合の行政事件訴訟法上の問題について問うも のである。不同意決定の処分性を条例の仕組みに基づいて検討した上で,処分性が 認められる場合に選択すべき訴訟類型及び処分性以外の訴訟要件について,事案に 即して説明することが求められる。
第1 設問1
1 行政法を読み解く上での姿勢
行政法を初めて勉強された皆さんの中には,一体何から手をつければいいのやら・・・と問題を前に呆然としてしまう方も多いのではないでしょうか。しかし,私見としては,行政法の問題は,訴訟要件であれ,本案であれ,問題になっている事柄の根拠の条文を見つけ出し,解釈すること,これに尽きるのではないかと考えています。そういうわけで,実際に本文を分析してみましょう。
2 処分性の分析
- 処分性総論
まず,本件では,不同意決定の「処分」性を検討することが求められていますが,処分性とはどのように判断するのでしょう。これについては,判例の確固たる規範があり,判例は,「公権力の主体たる国又は公共団体の行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」(最判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁,百選Ⅱ6版156事件)とされています[1]。まずは,これを示すことから始まるでしょう。
もっとも,判例のかかる規範は事案の解決の手がかりを直接示すものではありません。かかる規範の中には,判断基準となる諸要素があり,そのうちのどれが問題になるか考えなければなりません。かかる規範はまず,サクハシ278頁によれば,①公権力性と②国民の権利義務に対する直接具体的な法律規律に分類出来るとされます。
- 公権力性
サクハシ280頁によれば,公権力性とは,①法律関係を一方的(形成的)に変動させる②仮に違法なものであっても,権限のある行政庁または裁判所によって取り消されない限り有効なものとして取り扱われる(公定力)という2点より判断されるとされます。
そのため,公権力性の判断要素としては,①その行為によって,法律関係を一方的に変動させる仕組みになっているか。②根拠法令上,その行為につき,不服申し立てが認められてるか,が手がかりになるとされています。
- 実際に問題になる場合としては,私法上の契約が問題になる場合です(サクハシ281頁以下)。もっとも,そのような場合はそれほど多くはなく,次に述べる国民の権利義務に対する直接具体的な法律規律が問題になることが多いです。そのため,答案においては,行政が一方的に何らかの行為を行っている場合には,肯定してよいでしょう。
- 公権力性の判断要素としては,上記①②を挙げましたが,必ずしもそれだけに固執する必要はなく,要は処分性を推認する要素を挙げて欲しいということです(サクハシ280頁コラム参照)。
- 受験時代は,答案戦略上,①公権力性と②国民の権利義務に対する直接具体的な法律規律に分類し,①をあっさり(契約の場合は除く),②をしっかり書くというスタイルをとっていました。しかし,①の要素は②にも影響するのであり(サクハシ279頁コラム),そのように割り切れないのかとも考えています。しかし,私見としては,それを悩んでしまうと答案が処理しきれないため,①はあっさり②をしっかりを薦めます。
- 国民の権利義務に対する直接具体的な法律規律
かかる規範につき,サクハシ279頁は,①「直接」②「国民」③「権利義務を形成し,その範囲を確定する」④「法律上認められているもの」と分類できるとしています(もっとも,これを全てあてはめろというわけではなく,問題点を切り出してくる際の目安程度と考えるべきでしょう)。
「直接」は,係争行為による法的規律の直接性・個別具体性を意味し,一般的・抽象的な規範定立行為であるか否か,計画のように中間段階の行為として,法的効果が一般的・抽象的であるか否かが問題になります。これに関係していわゆる紛争の成熟性の議論もできるでしょう。
「国民」は,行政内部の行為の場合に,外部効果がなく,処分性が否定されるのではないかという視点で問題になります。
「権利義務を形成し,その範囲を確定する」は,例えば,事実行為として処分性が否定されるかという点で問題になります。
「法律」とは,その通りで,法律に基づくものであるか,を問題にするもので,例えば,通達に基づく処分であるとされます。なお,サクハシは,公権力性の判断にも重複するとしています。
- 前述したように,以上の分類は竹を割ったように分類できるのではなく,それぞれが重複するのではないかと思われます。そのため,事案分析の目安にはすべきかと思いますが,絶対視すべきではないでしょう。答案においては,何が問題になっているのかを具体的に示すことが得点につながるのではないかと思います。
- 具体的法効果の発生に関する別の視点からの分類
ア サクハシ283頁以下では,具体的法効果の発生を争う場面につき,①表示行為②規範定立行為③内部行為④段階的行為の4場面を挙げています。
イ 表示行為の例としてあげられる判例としては,交通反則制度の通告に処分性を否定した判例(最判昭和57年7月15日民集36巻6号1169頁),食品衛生法に基づき食品の輸入届出をした者に対して検疫所長が行う通知(当該食品が同法に違反する旨の通知)について,処分性を肯定した判例(最判平成16年4月26日民集58巻4号989頁),病院を開設しようとする者に対し,医療法に基づき都道府県知事が行う勧告について,処分性を肯定した判例(最判平成17年4月14日民集59巻3号491頁,百選6版Ⅱ167事件)があります(その他はサクハシ,判例百選参照)。
表示行為は,前述の要素のうち,「権利義務を形成し,その範囲を確定する」といえるかが問題になりやすいといえるでしょう。単なる,事実行為ではなく,例えば,その後の処分を捉えて,処分性が認められるかなど問題になるでしょう。
- 百選6版Ⅱ167事件について①医療機関の策定(病院開設許可申請)→②本件勧告→(不服従)→③開設許可処分→(病院建設)→(保健医療機関の申請)→④指定拒否 最高裁は,勧告を受けた者が,それに従わない場合は,「相当程度の確実さ」をもって,保険機関の医療指定を受けることができなくなる,そうすると,実際上病院の開設自体が断念せざるを得なくなるという点について述べ,処分性を認めました。 なお,本判決は,平成20年に出された土地区画整理事業の決定・公告に処分性を認めた判決に似たところがあります。しかし,同事件と異なり,後続する処分の効果を前処分に前倒ししていないところに特徴があるとされています。これについて,百選解説は,後続処分との連動性の弱さ,すなわち,勧告に不服従の場合に,指定拒否は可能であるだけで,行政が絶対に行わなければならないというわけではないという点が重視されたとしています。そのため,後続処分との連動性が弱い場合には,「相当程度の確実さ」を運営実態から判断することになるのでしょう。
- 百選解説は,これを抽象化し,①不利益な後続処分との「相当程度確実な」連動②後続処分の不利益の程度を要素として挙げています。また,判決は勧告を行政指導であるとしています。行政指導は,伝統的な行政行為の定義に含まれていません。そのため,本判決は,行政行為に含まれない行政指導についても,その仕組みを解釈し,処分にあたるとした点に,その意義があるでしょう(サクハシ79頁参照)。
- ④の時点で処分性が認められることは問題ないでしょう。問題が,②の段階で認められるかと言うことです。
- 同事件で問題になった勧告について,関連する行政過程は以下の通りです。
ウ 規範定立行為
規範定立行為としては,条例の制定に関する判例が問題になりやすいです。例えば,判例には,保育所廃止を定める条例の制定について処分性を認めたもの(最判平成21年11月26日民集63巻9号2124頁,百選6版Ⅱ211事件),水道料金の改定を行った条例について,処分性を否定したもの(最判平成18年7月14日民集60巻6号2360頁,百選6版Ⅱ162事件)があります。
規範定立行為は,「直接」といえるかについて,問題となりやすいです。具体的な法的効果が発生しているか,紛争の成熟性が認められるのか問題となるでしょう。
- 平成21年判決と平成18年判決を分けた差異はどこにあるのでしょうか。平成18年判決の百選解説によると以下の通りです。すなわち,平成21年判決は,児童福祉法改正により,保護者による保育所の選択を保障し,保護者は保育の実施機関満了までの間,当該保育所における保育を受けることを期待しうる法的地位を有し,廃止条例がこの法的地位を奪う結果を生じると考えました。これに対し,平成18年判決は,当該条例は,制定・施行後の給水契約締結者にも及び,法的地位に影響を受ける者の範囲が制定時点において特定されていないという点に差異がありました(なお,最判平成14年4月25日判時229号52頁は,公立小学校の廃止条例について,処分性を否定しました。これは,具体的に特定の小学校で教育を受ける権利が否定されたからです。)。 なお,平成21年判決は,取消訴訟や執行停止に第三者効が認められていることからして(行政事件訴訟法32条),取消訴訟によるべきという理由も付しています(より,具体的にいうと,処分性を否定し,当事者訴訟や民事訴訟で争うこととすると,個々の保護者との間で,取り扱いが異なる(例えば,ある人は勝訴し,保育園に通え,ある人は敗訴し,保育園に通えない)こととなり,それは適さないという価値観によります)。このように,実効的な権利救済の観点から,処分性を肯定するのは近時の判例の傾向であり,押さえておきたい視点です(サクハシ290頁コラム)。
- 判例は,条例制定行為の処分性について,「処分と実質的に同旨」という規範を用いています。(かかる規範にこだわる必要は必ずしもないと思いますが…,)条例制定行為は立法作用であり,行政作用とは一線を画することからかかる規範が採用されたのかと思われます。
エ 内部行為
内部行為としては,通達の処分性を否定した判例や(最判平成24年2月9日民集66巻2号183頁(百選Ⅱ6版214事件),最判昭和43年12月24日民集22巻13号3147頁(百選Ⅰ6版57事件))行政相互機関の行為について,処分性を否定した判例があります(最判昭和34年1月29日民集13巻1号32頁(百選Ⅰ6版24事件),最判昭和53年12月8日民集32巻9号1617頁(百選6版Ⅰ2事件))。
内部行為については,「国民」が問題になりやすいです。内部を越え,外部への法的効果が存在するかが問題となるでしょう。
- 通達の処分性
- 通達の処分性については,これを認めた裁判例もありますが,最高裁は認めないということで固まってるかと思います。通達については,その他の訴訟選択により,争うことになります(例えば,通達の違法性を確認する実質的当事者訴訟(4条後段),後続する処分の差止訴訟など)。
- 行政相互機関の事件について
- 昭和53年事件は,「上級行政機関」が「下級行政機関」に対して行うという点を重視しています。そのため,下級行政機関と評価できないような場合,例えば,行われる当該行為の相手方がある程度自立した権限を有している際には,判例の射程外となる可能性があります。
オ 段階的行為
段階的行為としては,土地区画整理事業の計画決定・公告に処分性を認めた判例(最判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁,百選6版Ⅱ159事件)があります。他方で,用途地域の指定について,処分性を否定した判例があります(最判昭和57年4月22日民集36巻4号705頁,百選6版Ⅱ160事件)
「直接」といえるか,「権利義務を形成し,その範囲を確定する」といえるかなどが問題となりやすいです。
- 平成20年判決の判例変更について,押さえておきましょう。平成20年判決については,従前青写真判決(最判昭和41年2月23日民集20巻2号271頁)という判決があり,処分性は否定されてきました。青写真判決は処分性否定の理由として,①事業計画の公告によって土地所有者が受ける建築制限(法76条1項)は,公告の付随的効果に留まること②後続の仮換地指定や,換地処分の取り消し訴訟でも,権利救済の目的は十分に達成でき,事業計画の決定,公告の段階では成熟性を欠いていること,を理由として挙げていました(159事件解説)。 用途地域の指定について処分性を否定した昭和57年判決との関係については,議論があり,近時では平成20年判決の射程は及ばず,なお,処分性は否定されるとされています。かかる,差異について,一般的には,「完結型」「非完結型」という説明がなされます。すなわち,平成20年判決は,公告の後に処分が控えており,非完結型であるが故に法的効果の前倒しを行い,処分性を肯定しました。それに対し,用途地域の指定は,指定後に必ずしも処分が予定されていない「完結型」です。かかる議論は,予備試験においても十分出題の可能性があり,押さえてほしい視点です(サクハシ288頁コラム,159・160事件解説)
- しかし,平成20年判決は①公告がされると,建築に許可を要することとなり(法76条1項),違反者には原状回復義務(法76条4項)や,罰則もある(法140条)。そのため,公告の段階で,換地処分を受ける地位に立たされ,法的効果は一般的・抽象的なものとはいえない(法的効果を前倒す,167事件との違いに注意)。②後の処分で取消訴訟を提起しても,事情判決が想定され,実効的な権利救済ではないという点を挙げて,処分性を認めました。青写真判決の②の理由について,変更したものといえるでしょう(これに対し,①については,建築制限を足掛かりにし,換地処分を受ける地位を認定しているため,建築制限自体が付随的効果であることは変更していない可能性はあります(159事件解説))。なお,平成20年判決の②の理由付けは,実効的な権利救済の観点から,処分性を肯定するのは近時の判例の傾向であり,押さえておきたい視点です(サクハシ290頁コラム)。
3 本問を「説く」
それでは,本件での処分性を検討していきます。
まず,本件の不同意決定が,何条に基づくのか考えてみましょう。処分性の思考のスタートは,根拠条文への着眼です。条文をみると,「同意しないものとする」(条例5条)とされています。そうすると,この条例5条が不同意についての条文であることが分かります。さて,不同意の場合の法的効果はどうでしょうか。条例5条には何ら定めはありません。条例6条はどうでしょう。条例6条は通知について規定されていますが,通知されたからといって何か法的効果が発生するわけではありません。そうすると,本件不同意は,処分性がないということになってしまうのでしょうか。しかし,そう簡単に諦めてはいけません。上記の判例の中にも,必ずしも先行する行政過程に処分性が認められなくとも,後の法的効果を捉えて,処分性を認めたものがあったはずです。そうすると,不同意だけでなく,それ以外の行政のなす行為を概観してみる必要があります。
そこで,本件での不同意まで,不同意からの流れは以下のように分析できます。
建築主の申請書の提出(条例3条)
↓
不同意(条例5条)
↓
通知(条例6条)
↓
中止勧告・命令(条例7条)
↓
公表(条例8条1項)
*公表の前に,弁明の機会(条例8条2項)
処分性を検討する際は,このように時系列に従った分析をすると,答えが見えてきます。そうすると,中止命令や,勧告はどうでしょう。これにより,何か直接的に法的な効果が発生するでしょうか。条文を見る限り,そのような効果はなさそうです。そうすると,これは,任意での協力を求める行政指導(行政手続法2条6号,32条1項等)とみることができます。
そうすると,後続する法的効果を捉えていくとなると,思い浮かぶのは,病院開設の中止勧告を問題にした百選167事件や,土地区画整理事業に関する159事件が思い出されるはずです(行政指導というところから,167事件にピンと来てもいいです)
かかる判例を参考にすると,本件ではどうでしょう。本件では公表が控えています。本県条例の造りからいって,不同意のまま工事を進めれば,公表がなされる可能性は高いでしょう。
しかし,ここで悩ましいのが,公表というのは,元来は事実行為に過ぎないとされており,処分性は認められてきませんでした。しかし,他方で,近時では,公表を情報提供と制裁的公表に分類し,後者について,別異に取り扱う見解も有力になっています。そうすると,本件でも,公表=処分性なしとせずに,もう一ひねりしたいところです。
そこで,注目すべきは,条例8条2項が,公表の前に弁明の機会を与えていることです。弁明は行政手続法上,いかなる場合に与えられた手続だったでしょうか?そうです,不利益「処分」で与えられた手続だったはずです。不服申し立ての機会に着目し,処分性を肯定する議論は,上記で確認してきたところです。そうすると,かかる点に着目すれば,処分性を認めることができるかと思います(否定してもいいかもしれません)。
- 答案においては,原則論から結論への論理を積み重ねていってください。いきなり,後続する法的効果が~とするのではなく,前提としてどうか,自分がどう考えたのか,それを答案上表すことは重要です。
- なお,本件では病院中止勧告の判例に引き付けるべきでしょう。おそらく,中止命令から,公表はそれほど連動性のあるものではなく,中止命令に従わないからといって,絶対公表がなされるというわけではないからです(167事件解説参照)。
第2 設問2
1 訴訟選択の思考
当該事案からいかなる訴訟を選択させるかの問題は,司法試験においてもしばしば出題されています。時間のない中でいかなる訴訟を提起すべきか非常に難しい面もあるのですが,こつとしては,どの訴訟がどういう目的に役立つのかを考え,自分なりに分類することです。私は以下のように分類していました。
第1.抗告訴訟(処分性がある)
1.原則=取消訴訟(3条2項)=処分がなされている場合にそれを取消す(典型事例)。
※処分がなされている以上,仮の救済は執行停止(25条)
2.例外
(1)取消訴訟だけでは満足できない場合
⇒申請の対応(不許可)について,気に入らないから取消したが,受けたかった処分(許可)がある。
=取消訴訟(無効確認訴訟)(執行停止)に+申請型義務付け訴訟(3条6項2号)
※仮の救済は仮の義務付け(37条の5第1項)
(2)取消訴訟自体ができない場合
ア.処分の時期の問題
(ア)処分がまだなされていない
a.その処分を受けたい
(a)申請がない=直接型義務付け訴訟(3条6項1号)
(b)申請がある=申請型義務付け訴訟(3条6項2号)+不作為の違法確認(3条5項)
※仮の救済は仮の義務付け(37条の5第1項):不作為の違法確認もこれで仮の救済が果される。
b.処分を受けたくない=差止訴訟(3条7項)
※仮の救済は,仮の差止め(37条の5第2項)
(イ)出訴期間の経過=無効確認訴訟(3条4項)
※仮の救済は一応処分はなされている以上,執行停止(38条3項,25条)
第2.処分性がない
処分性がない=実質的当事者訴訟(4条後段)
※仮の救済は仮処分(44条,民事保全法23条2項)
別段,これを暗記しろというわけではなく,自分なりのイメージをしながら,何等か分類してほしいという話です。さて,本問では,既に不同意という処分がありますから,これを取消したい,取消訴訟です。そして,取消すだけではダメですね。新たに許可してほしいと考えるはずです。そうすると,申請型義務付訴訟も併せて提起することになるわけです(なお,仮の救済については,問われていませんが,仮に論じるならば,執行停止と仮の義務付けです)。
2 訴訟要件を押さえる
ところで,皆さん取消訴訟の訴訟要件は?と聞かれたら全部言えますか?義務付け訴訟の訴訟要件は?といわれたら?差止訴訟は?個々の訴訟の訴訟要件の意義については,頻出事項ですが,ほとんどの受験生がきちんと押さえていないのではないかと思います。例えば,差し止め訴訟の補充性要件について,無効確認訴訟の補充性要件と混同している人をよくみます(え…と思った人は確認してくださいね)。何だか怪しいと感じる人は今一度,個々の訴訟要件を確認してください。
3 取消訴訟の訴訟要件
サクハシ278頁によれば,取消訴訟の訴訟要件は…
①処分性(行政事件訴訟法3条2項)
③訴えの利益
⑤管轄裁判所(行政事件訴訟法12条)
⑥不服申立前置(行政事件訴訟法8条)
⑦出訴期間(行政事件訴訟法14条1項)
本件では,事案に即してとされていますから,この全てを認定する必要はないかもしれません。認定するにしても,メリハリは必要でしょう。
4 被告適格(サクハシ306頁)
訴訟要件の中でも,被告適格については,特に誘導がありますから,確認しておきましょう。
被告適格については,原則行政庁が所属する行政主体(国又は公共団体)に認められるとされています(行政事件訴訟法11条1項)。これは,平成16年改正前は,行政庁にあった被告適格を変更したものです。変更した理由は,被告にとって,従前の制度は誰を被告にしていいのか不明確であったからだ,とされています。かかる改正の趣旨を理解しているかという観点から,被告適格の認定は頻出事項となっています。
- なお,行政庁が行政主体に機関として所属しない(事務の帰属ではない)場合は,当該行政庁を被告とすることになります(行政事件訴訟法11条2項,サクハシ307頁)。
5 申請型義務付訴訟の訴訟要件(サクハシ354頁)
本件のような義務付訴訟の訴訟要件は…
①「法令に基づく申請…を棄却する旨の処分」(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)
- 管轄については,行訴法38条1項で準用,訴えの利益も性質上要求される。
これを認定していくことになります。
- 直接型(非申請型)義務付訴訟との違いに注意してください。混同する答案が多いです。
以 上
- 予備試験受験に向けて
- 処分性の中でも,内部行為論,規範定立行為は出題されていないので注意!
- 個々の訴訟の,訴訟要件の内容と意義を押さえること!
参考答案
第1 設問1
1 「処分」(行政事件訴訟法,以下「行訴法」3条2項)とは,公権力の主体たる国又は公共団体の国または公共団体の行う行為のうち,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。
なお,かかる判断においては,後続する行政過程も鑑み,また,処分性を認めることが実効的な権利救済になるか否かも考慮する。
2 本件の乙町長の不同意は,乙町も類似旅館規制条例(以下「条例」)5条に基づく。もっとも,かかる不同意について,特段法的効果は定められているわけではなく,その後の通知(条例6条)も併せても,単なる事実行為である。何ら公権力の下権利義務を形成しまたはその範囲を確定するものではない。
また,本件では,後続して,中止命令(条例7条)も定められているが,それを強制的に担保する手段もなく,あくまで,任意の下行われる行政指導(行政手続法2条6号,32条1項)に過ぎない。また,中止命令に従わない場合は,公表(条例8条1項)もなされるが,これも原則としては単なる事実行為に過ぎない。以上からして,処分性は認められないようにも思える。
もっとも,公表には,それにより,被公表者に打撃を与え,義務履行を確保せしめる制裁的公表という考え方もできる。本件公表も,行政の命令に従わない旨公表するものである。かかる公表がなされれば,行政に反抗してでも建築する企業というレッテルを貼られ,信用低下につながりかねない。そのため,かかる公表はかかる信用低下を背景に,中止命令に従わせ,義務履行を確保するための,制裁的講評であるということができる。また,条例8条2項に,弁明手続が規定されていることからしても,当該公表が処分であることを推認させる(行政手続法29条1項参照)。
そして,本件では,不同意の工事をすれば,おそらく,中止命令,公表と継続していくことは相当程度確実である。また,仮に,不同意に処分性を認めず,公表を事後的に争うこととすると権利救済に欠ける。すなわち,一度公表をされてしまえば,信用は低下するのであり,仮に公表が取消されても,その信用が回復するわけではないからである。
以上からして,本件では,不同意に処分性を認めるべきであり,また,不同意に後続する行政過程に着目すれば,不同意決定は「処分」といえる。
第2 設問2
そして,処分の名宛人であるAには,原告適格が認められ(行訴法9条1項),管轄は12条1項で規律される。加えて,2011年の2月18日に不同意決定が通知され,Aの知るところとなっているところ,現在は7月上旬で,あり,未だ処分を知ってから6か月以内であるため,出訴期間も問題ない(行訴法14条1項本文)。
なお,現在新たに同意があるわけではなく,訴えの利益は消滅していない。不服申し立て前置も定められていない(行訴法8条1項ただし書)。以上から,取消訴訟の訴訟要件は充足する。
2 また,併せて,同意という「処分」を得るため,同意の申請型義務付訴訟を提起する(行訴法3条6項2号)。
そして,本件では,条例3条という「法令に基づく」同意の「申請」について,不同意とし,「棄却する旨の処分」がされている場合である(行訴法37条の3第1項2号)。また,Aは,「法令に基づく申請…をした者」であり,原告適格も認められる。最後に,本件では上記の様に取消訴訟も併合する場合である(行訴法37条の3第3項2号)。
以上からして,申請型義務付訴訟の訴訟要件も認められる。
以 上
平成24年度行政法
Aは,甲県乙市に本店を置く建設会社であり,乙市下水道条例(以下「本件条例」という。)及び乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(以下「本件規則」という。)に基づき,乙市長(B)から指定工事店として指定を受けていた。Aの従業員であるCは,2010年5月に,自宅の下水道について,浄化槽を用いていたのをやめて,乙市の公共下水道に接続することにした。Cは,自 力で工事を行う技術を身に付けていたため,休日である同年8月29日に,乙市に知らせることなく,自宅からの本管を付近の公共下水道に接続する工事(以下「本件工事」という。)を施工した。 なお,Cは,Aにおいて専ら工事の施工に従事しており,Aの役員ではなかった。
2011年5月になって,本件工事が施工されたことが,乙市の知るところとなり,同年6月 29日,乙市の職員がAに電話して,本件工事について経緯を説明するよう求めた。同日,Aの代 表者が,Cを伴って乙市役所を訪れ,本件工事はCが会社を通さずに行ったものであるなどと説明したが,同年7月1日,Bは,本件規則第11条に基づき,Aに対する指定工事店としての指定を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の通知書には,その理由として,「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため。」と記載されていた。なお,Aは,本件処分に先立って,上記の事情説明以外には,意見陳述や資料提出の機会を与えられなかった。
Aは,本件処分以前には,本件条例及び本件規則に基づく処分を受けたことはなかったため,本件処分に驚き,弁護士Jに相談の上,Jに本件処分の取消訴訟の提起を依頼することにした。Aか ら依頼を受けたJの立場に立って,以下の設問に解答しなさい。 なお,乙市は,1996年に乙市行政手続条例を施行しており,本件処分に関する手続について, 同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。また,本件条例及び本件規則の抜粋を資料と して掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設 問〕
Aが本件処分の取消訴訟において主張すべき本件処分の違法事由につき,本件条例及び本件規則の規定内容を踏まえて,具体的に説明しなさい。なお,訴訟要件については検討しなくてよい。
【資料】
○ 乙市下水道条例(抜粋)
(排水設備の計画の確認)
第9条 排水設備の新設等を行おうとする者は,その計画が排水設備の設置及び構造に関する法 令及びこの条例の規定に適合するものであることについて,あらかじめ市長の確認を受けなければならない。確認を受けた事項を変更しようとするときも,同様とする。
(排水設備の工事の実施)
第11条 排水設備の新設等の設計及び工事は,市長が排水設備の工事に関し技能を有する者と して指定した者(以下「指定工事店」という。)でなければ行うことができない。ただし,市 において工事を実施するときは,この限りでない。
2 指定工事店について必要な事項は,規則で定める。 (罰則) 第40条 市長は,次の各号の一に該当する者に対し,5万円以下の過料を科することができる。
(1) 第9条の規定による確認を受けないで排水設備の新設等を行った者
(2) 第11条第1項の規定に違反して排水設備の新設等の工事を実施した者
(3)~(8) (略)
○ 乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(抜粋)
(趣旨)
第1条 この規則は,乙市下水道条例(以下「条例」という。)第11条第2項の規定により, 乙市下水道排水設備指定工事店に関して必要な事項を定めるものとする。
(指定工事店の指定)
第3条 条例第11条に規定する排水設備工事を施工することができる者は,次の各号に掲げる要件に適合している工事業者とし,市長はこれを指定工事店として指定するものとする。(以 下略)
2 (略) (指定工事店の責務及び遵守事項)
第7条 指定工事店は,下水道に関する法令(条例及び規則を含む。)その他市長が定めるところに従い,誠実に排水設備工事を施工しなければならない。
2 指定工事店は,次の各号に掲げる事項を遵守しなければならない。
(1)~(5) (略)
(6) 工事は,条例第9条に規定する排水設備工事の計画に係る市長の確認を受けたものでなければ着手してはならない。
(7)~(12) (略) (指定の取消し又は停止)
第11条 市長は,指定工事店が条例又はこの規則の規定に違反したときは,その指定を取り消し,又は6月を超えない範囲内において指定の効力を停止することができる。
(出題趣旨)
本問は,行政処分の違法事由についての基本的な知識,理解及びそれを事案に即して運用する基本的な能力を試すことを目的にして,排水設備工事に係る指定工事店としての指定を取り消す旨の処分を受けた建設会社Aが当該処分の取消訴訟を提起した場合に主張すべき違法事由について問うものである。処分の根拠となった条例及び規則の仕組みを正確に把握した上で,処分要件規定や比例原則に照らした実体的違法事由及び聴聞や理由提示の手続に係る違法事由について検討し,事案に即して当該処分の違法性に関する受験者の見解を述べることが求められる。
第1 本案問題の思考方法
平成24年度の行政法は,平成23年度が訴訟要件について出題されたのに対し,本案についての出題です。
本案を考える上での第1のポイントは,本案には①実体法上の問題と②手続法上の問題の大きく2つがあるということです。本案が出題された場合には,その2つの視点から事案を分析してみましょう。
まず,①の実体法上の問題については,根拠条文を特定し,その要件を満たしているか,効果裁量がある場合には,その選択された効果が妥当であったかを考えることとなります。そのため,実体法上の問題を考えるに際しては,まず,根拠条文を探しましょう。そこから,周辺の条文を見ていくと素早く事案分析ができます。
次に,②の手続法上の問題については,基本的には行政手続法(条例)を参考に手続的な瑕疵がないか検討していくことになります。
私見としては,手続法上の問題の方が,行政手続法にあたればよく,それほど悩ましい問題にはならないかと思います。そのため,答案に書く順番は別として,事案検討に際しては,手続法上の問題をまず意識するべきでしょう。
第2 実体法上の違法
1 総論
今まで勉強してきた例えば民法は,基本的には問題なっている法的効果の前提としての要件が充足されているかが問題になってきたと思います。そのため,行政法の実体法上の問題においても,まずは,根拠条文の要件を検討するようにしましょう。
もっとも,行政法の場合は,効果について複数選択肢があり,それが行政の裁量にゆだねられている場合があります。その様な場合は,効果についても検討する必要があります。そのため,実体法上の違法については,要件→効果と思考していくようにしましょう。
2 根拠条文は何か
まず,根拠条文を特定していきましょう。本件では,指定工事店の指定を取り消しがなされています。これが処分であり,この取り消しをAは争おうとしているわけです。そこで,取り消しについて定めた条文がないか探してみましょう。規則11条が見つけられるかと思います。そして,この11条は条例の11条2項の委任を受けているものであるといえます。
- 条例まで遡る意味
- 上記のように,規則を特定した後にその委任元の条例まで遡ることには意味があります。仮に,委任なく,規則のみに基づいて処分がなされたとなれば,いわゆる侵害留保原則に反し,違法となるのではないかという問題が生じます。もっとも,本件の処分はいわゆる撤回にあたります。撤回については,その権限を付与した条文に,撤回の権限も読み込まれていると考え,根拠法規は別途不要とするのが判例(最判昭和63年6月17日判時1289号39頁,百選Ⅰ6版93事件)・通説的な立場ですから,結果は変わりません。ただ,そのような論点を展開する必要がないことを示すという意味で,言及すべきでしょう。
- それでも本件では…
- もっとも,本件で悩ましいのは,条例40条に罰則が定められているということです。そうすると,条例40条に,指定取消しが定められていないのに,規則で指定取消しが定められているというのはどういうことだということに気づきます。そうすると,規則は,そのような指定取消しを委任しているわけではなく,あくまで指定工事店について,どのようなものが要求するかなどを定めた行政規則(国民の権利義務に関わらない行政の内部規範)に過ぎず,法規命令(国民の権利義務にかかわる)ではないのではないか,という問題点が見えてくるわけです。そうすると,本件では委任を受けていない規則11条は違法無効であり,明文なき撤回という論点が生じてくるわけです。筆者は当時,一応は論述しました。
3 いかなる要件に反しているか
規則11条は,「指定工事店が条例又は規則の規定に違反したとき」という要件を定めています。それでは,本件で,いかなる規定に反していることを,乙市長Bは理由としているのでしょうか。理由としては,「Aが,本件市長の確認を受けずに,下水道工事を行った」ということが挙げられています。これに対し,Aとしては,確かに,確認をしていないが,自分は工事をしたものではない。工事をしたのはCであると反論することになるでしょう。そうすると,これについては,まず,規則7条2項6号がまず対応してくるでしょう。そして,かかる規則は9条を前提にしており,条例9条をみると,「排水設備の新設などを行おうとする者」となっています。かかる規定に絡めて,Aの反論を構成すれば,Aは「条例9条の確認を受けるべき地位にある者ではないし,規則11条の工事を行った者でもない」と反論することになるでしょう。具体的には,本件はCが会社を通さずに勝手に行ったもので,自分は関係ないということです。
このように,行政はAが行ったと思っているが,真実はCなんだ,というような主張法を事実誤認といいます。事実誤認は,近時では要件裁量の逸脱濫用を導くための方法の一つですが,本来は,実体法上の違法を導くための方法として生まれました(サクハシ121頁)。そのため,本件でも,上記事由を事実誤認であるとして,論じることとなります(なお,判例は,裁量が問題になる場合の事実誤認を,「全く事実の基礎を欠く」と限定的な場合に解しています。本件は要件裁量が問題になりませんから,端的に事実誤認があったかを問題にすればよいでしょう)。
- Cは一応Aの従業員です。そのため,Cが行った行為はAの行為ではないか,といえなくもないかもしれないです。そのため,かかる点については,一考を示せると,よりよい答案になるかと思います。本問では,Cは勝手に工事をしているのであり,専ら個人の立場で行っている,かかる場合にまでAに責任を負わせるのは,流石にAが管理すべき範疇を越えている,といったところが理由になるでしょうか。
4 効果裁量
以上の様に,要件について論じました。次は,効果について,考えたいと思います。本件では,指定の取消しがなされていますが,規則11条には,効力の停止も定められています。そうすると,Aとしては,仮に,自分がCを監督できていないミスがあったとしても,それでいきなり取消すのはやりすぎだ,と考えるでしょう。
前提として,上記の様に,行政が複数選択肢をもっており,そのうちのいずれの手段によるか,また,その特定の手段について,実際に行使するかについての裁量を効果裁量といいます(サクハシ117頁)。
まず,裁量の認定をするに際して,着目すべき視点は,条文とその性質です。すなわち,行政裁量は,立法者が,行政機関に対し,独自の判断の余地を認めた場合に認められるのであり(サクハシ109頁),裁量の有無というのは,結局,立法者が裁量を認めたのかを探求していく作業です。そして,かかる作業の手掛かりとなるのが,まず,条文の文言や規定ぶりです。文言などから法を解釈するのは,行政法以外の法律でもよくある手段です。もっとも,文言などを絶対視してしまうと,時に立法者が思ってもいなかった結論となってしまうかもしれません。そのため,当該行政行為の性質からも,立法者の意思を推認するといいでしょう。例えば,専門性の要する分野(サクハシ114頁以下)などは,かかる性質があるのだから,立法者は裁量を想定しているはずだ…という認定に繋がります。
裁量を認定する場合は①文言(や規定ぶり)と②性質です。
本件で,条文は取消しと効力の停止の双方を定めています。これは,事案に応じ,適宜妥当な手段を選択してほしいという,立法者の意思が読み取れます。また,下水排水設備に関する職務は,それほど一般的な事柄ではなく,また,職務内容も単純でないため,どの業者に行わせるかについては,その判断が出来る行政機関の専門性にゆだねる必要があります。そのため,本件では効果裁量が存在すると考えてよいでしょう。
そして,裁量がある場合には,その逸脱・濫用がなければ,違法となりません(行訴法30条)。そこで,かかる効果裁量の逸脱・濫用が存在するか考えることとなります。
本件で問題になっている条例や,規則の目的は,おそらく,下水事業が適切に行われる点にあるのだと思います。そして,Aの従業員であるCが確認を受けずに工事をしたことで,かかる目的は一定程度害されているといえます。もっとも,前述の様に,それはあくまでCが勝手にやったことです。Aにも管理責任が全くないとはいえませんが,あるにしても,それほど非難できるものではないでしょう。そうすると,本件で,かかる目的を害していたのは専らCであり,Aではないといえます。そして,そうであるにもかかわらず,Aに対し,指定の取消しを行うのは,その発生している弊害につりあった手段ではなく,例えば,効力の停止ないし,注意だけ行い処分をしないことで十分だったと思われます。Aとしては,効力の停止や注意を受ければ,例えばCを解雇するなどして,再発の防止に努めるでしょう。
この様に,当該手段がやりすぎであるということをもって,裁量の逸脱・濫用を導く手段を比例原則といいます(サクハシ122頁)。
- 本件では問題になりませんが,要件裁量が問題になる場合も,①文言が抽象的であること②その問題となっている行政行為の性質から要件裁量を認定していきます。
- 行政裁量の統制については,近時の判例は判断過程審査という手法を用いています(サクハシ125頁)。しかし,私見としてはかかる判例の審査方法に丸丸乗っかってしまうことには賛成できません。なぜなら,その様に検討する答案の多くが,中身のない答案に終わってしまうからです。 本件では,効果裁量が問題になっていますが,効果裁量も同じです。単にやりすぎというのではなく,法の趣旨などとの関係で,どのような弊害があったと評価できるのか,その弊害に対する適した手段としては他にどのようなものがあったのか,なぜ,それで,適したといえるのか,これを論じることが重要なわけです。
- 上記の様に,行政裁量は,立法者がどこまで裁量の幅を認めているのかという話です。そのため,例えば,要件裁量なら,その文言や,他の条文,趣旨・目的規定,性質などから,何を見ることが想定されていて,何をみることまでは立法者は想定していないのか,その幅を論じることが重要なのです。
- 要件裁量もしくは,要件裁量とまでいえなくても,要件に事案が当てはまるのか問題にする本案事例が出題された場合は,民法などと同じように法解釈をしてください。すなわり,1条などを斟酌しながら,趣旨を述べ,規範を立て,あてはめてください。行政法だからとって別異なわけではありません。答案を採点していると,その様な方法を用いず,ただ小論文の様になってしまっている答案を目にします。しかし,それは法律答案とは言えず,評価はされないでしょう。
- 裁量を認定する場合には,何の裁量なのかを意識し,答案に示しましょう。要件裁量と効果裁量を区別せずに論じている答案が多いです。
第3 手続上の違法
1 手続を見ていく上での視点
手続きを見ていく上での視点は,基本的には行政手続法を見ていくことに尽きます(場合によっては,適正手続きの保障から,明文にない手続きの要否を考える場合もありますが,出題としては稀です)。
行手法は大きく分けて,2つに分類し,手続きを定めています。申請に対する処分(行手法5条以下)と,不利益処分(行手法2条4号,12条1項以下)です。まずは,このうちのどちらが問題になっているか,考えましょう。
そのいずれかを特定した後は,それに関する手続きを見ていって,問題点を見つけ出しましょう。
本件では,指定取り消し処分という,不利益処分(「特定の者を名あて人として,直接に…権利を制限する処分」)がなされいるといえます。
2 条例にご注意(サクハシ209頁)
本件では,取消しが,条例に委任を受けた規則に基づいてなされています。かかる場合は,行手法3条3項が適用され,行手法の適用が排除されます。そして,行手条例が適用されることになります。これは,非常に落としやすい視点なので注意してください。問題文に「なお,乙市は,1996年に乙市行政手続条例を施行しており,本件処分に関する手続きについて,同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。」とあります。これが大ヒントです。このような一文があった場合には,行手法3条3項にピンとこないといけません。
3 理由付記
本件で,通知書に理由として,「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接道工事を行ったため」という理由が記載されています。かかる理由の付記が十分だったのかが問題になります。不利益処分には,理由の提示が要求されています(行手法14条1項本文,ただし本件では条例)。
自分がAだったらどうでしょうか。処分がきた,その時に事実だけ書かれていてそれで十分といえるでしょうか。一体何条に基づく処分なんだとは思いませんか?そこで,理由付記の程度について考えてみましょう。
サクハシ206頁によると,理由付記制度の趣旨は,①行政の恣意抑制機能と②争訟(不服申し立て)便宜にあるとされています。そして,かかる趣旨からすれば,理由付記の程度としては,①いかなる事実関係に基づき,②いかなる法規を適用して処分がなされたかを記載から了知しうる程度でなければならないとされています。判例(最判昭和38年5月31日民集17巻4号617頁(百選Ⅰ6版127事件,趣旨について言及),最判昭和60年1月22日民集39巻1号1頁(百選Ⅰ6版129事件))もこの立場です。
本件では,理由の付記として,法規の記載がありませんから,理由付記の程度としては不十分であったということになるでしょう。
- 最判平成23年6月7日民集65巻4号2081頁(百選Ⅰ6版128事件)
- 近時出された平成23年判決は,上記規範に加え,処分基準の適用関係も示すことを求めました。もっとも,かかる判例の百選解説は,特段の事由がない限り,①いかなる事実関係に基づき,②いかなる法規を適用して処分がなされたかを記載から了知しうる程度でよいとしており,本問で敢えて論じる必要はないかもしれません。なお,平成23年判決は,規範定立の考慮要素として,処分の根拠法令の規定内容,処分基準の存否・内容・公表の程度,処分の性質・内容,処分の原因となる事実関係を総合考慮するとしています。かかる要素は,事案分析の参考になりますが,敢えて答案に欠く必要まではないかなと思います。取りあえずは,趣旨から,①いかなる事実関係に基づき,②いかなる法規を適用して処分がなされたかを記載から了知しうる程度という規範をだせるようにしましょう。
- 本件で法規を示す必要はあったのか しかし,他方で,確かに,争訟の便宜にはいいですが,恣意抑止からしてどうなのかと思います。つまり,いくらなんでも法規すら記載しないのは,行政の怠慢ではないかという話です。判例には,適用法条だけを示すことで十分とした判例や,反対に,事実関係だけで十分とした判例もあります(128事件解説参照)。
- 非常に発展的視点ですから,軽く触れることが出来れば十分かと思いますが,余裕があれば指摘してみてください(ちなみに筆者は,当時なお理由付記はすべきとの結論にしました)。
- 本件は,上記の様に法規を示していないのですが,考えてみると,理由の記載からして,上記で指摘してきた条例や規則に違反することは明らかではないのかとも思えます。そうすると,本件で,理由付記に問題はないという結論も取りうるかもしれません。
4 聴聞(サクハシ216頁)
本件では,「意見陳述や資料提出の機会を与えられなかった」とあります。そのため,これを問題にすることとなります。
本件での指定取消しは,「名あて人の資格又は地位を直接に剥奪する不利益処分」(13条1項1号ロ)であり,聴聞を要します。聴聞に際しては,処分の名あて人は意見陳述や書庫書類の提出の機会が与えられます(行手法20条1項,21条1項,なお,本件は条例)。
そのため,本件では,かかる聴聞を欠いていたということになります。
5 手続の瑕疵と行政処分の効力(サクハシ219頁)
手続に瑕疵があった場合に,行政処分の効力に影響があるのかという議論があります。
かかる問題の根底には,手続の瑕疵をもって行政処分を取消しても,再度適切な手続きの下同じ処分がなされるだけであり,無意味なのではないかという問題意識があります。
しかし,現在は,行政手続法が施工された現代では,適切に手続を行うこと,つまり,結果良ければすべて良しとして,手続きをないがしろになることを防止しなければならないのではないでしょうか。
そのため,近時の有力な学説は,①告知・聴聞②理由の提示③文書閲覧④審査基準の設定・公開の4手続(適正手続4原則)については,国民の手続上の権利であり,その侵害は処分の違法事由となると考えます。
そのため,本件でも理由付記が不十分とした場合や,聴聞を欠いていることは,処分の取消事由となるでしょう。
- 判例はどのように考えているのかもっとも,聴聞については,聴聞をした場合に結果が変わるかという観点から判断しており(最判昭和46年10月28日民集25巻7号1037頁,百選Ⅰ6版125事件),また,最判昭和50年5月29日も,諮問と公聴会を区別し,前者は直ちに取消事由となるが,後者は結果に影響するかで判断するとしています。余裕がなければ,上記有力説に立って処理することで十分です。しかし,余裕があるならば,判例との関係,例えば,これらは行手法制定前の判例であり,現在では妥当しないなどと論じることは出来るのかともいます。
- このように,判例をみると,例えば,聴聞について,本件で,従前からAはCが勝手にやったことを乙市役所に主張していました。しかし,その主張が受け入れられず,処分はなされてしまいました。そうすると,例え,聴聞をしても,結局はCが勝手にやったころを再度主張するだけですから,結果は変わらなかったのではないかとも思えるわけです。
- 判例は,理由付記の瑕疵については直ちに違法であるとしています(最判昭和38年5月31日民集17巻4号617頁,百選Ⅰ6版127事件)。
参考答案
第1 実体法上の違法
1 明文なき撤回
本件では,乙市水道条例(以下「条例」)11条2項が委任する乙市下水道排水指定工事店に関する規則(以下「規則」)11条によって,Aの指定工事店の指定(条例11条1項本文)を取消している。しかし,条例40条で違反時の罰則を定めており,規則に違反時の取消しを委任しているとは考えたい,本件規則はあくまで指定工事店に関する事項を定めた行政規則であり(規則3条等参照),その指定取消し権限まで委任した法規命令ではない。そうすると,本件は明文なく,取り消していることになる。そして,本件の取消しは,指定後の事後的事情によって取消す,いわゆる撤回である。そこで,明文なく撤回し,その権利を奪うのは,いわゆる侵害留保原則に反し違法ではないか。
(1) 撤回する権限を付与した条項には,それを撤回する権限も含まれており,撤回を定めた明文がなくとも,権限を付与した条項に基づき撤回できる。
(2) 本件でも,条例11条1項本文が根拠となる。
2 事実誤認
次に,本件で,Cの工事につき,Aはその確認(条例9条)を受けずに工事しており(規則7条2項6号),かかる点につき条例・規則違反があり,指定を取消していると考えられる。もっとも,本件では,CはAを通さずに,工事をしている。また,Cは単なるAの従業員に過ぎない。確かに,下水事業を適切に施工するという条例の趣旨からすれば,指定を受けた工事店は従業員を適切に用い,工事を行わないといけない。しかし,他方で,従業員という,役員と異なってある程度会社から独立した地位の者が勝手に行ったことについて全て責任を取らないといけないということまで条例が求めているとは思われない。そのため,本件でも,従業員Cが勝手に行った工事であり,これをAが行ったとするのは事実誤認である。そのため,かかる事実誤認に基づいた処分は違法である。
3 効果裁量の逸脱・濫用
(1) 規則7条2項6号からも分かるように,権限を制限するに際しても,撤回から効力の停止,処分なしまで様々ある。特に,本件のように下水事業が問題になる場合には,下水事業に精通した者が,その業者の能力等に応じ,適切に対処する必要があり,そこにはいかなる処分を選択するか,そもそも処分をするかどうかなどの効果裁量がある。裁量については,その逸脱・濫用がなければ,違法とはならない(行政事件訴訟法30条)。
(2) 本件では,上記の様に,Aの従業員Cが確認なく工事を行ってしまった以上,多少は条例目的が阻害されたことは否定できない。しかし,前述の様に,それはCが勝手に行ったもので,Aとの関係で決して悪質なものではない。そして,本件は,指定工事店の指定というAにとってその仕事の受注を左右する重大な権限に関わるものである以上,それを取消すのに慎重であるべきである。例えば,効力の停止や,注意を行うことによっても,その後,AがCを処分・監督することで再発を十分に防げる。そのため,本件は他に取りうる手段があるにもかかわらず,過度な手段を採っており,効果裁量の逸脱・濫用があり,違法である。
第2 手続法上の違法
1 まず,本件では条例に基づく処分であるため,行政手続法ではなく,乙市行政手続条例(以下,「手続条例」)によることとなる(行政手続法3条3項)。
2 理由付記
本件処分は,不利益処分にあたるところ(手続条例2条4号本文),理由付記が要求される(手続条例14条1項本文)。本件では,「市長の確認を受けずに,下水道工事を行ったため」という理由が付記されているが,これで十分か。
(1) 理由付記制度の趣旨は,行政の恣意抑止と不服申し立ての便宜である。そして,かかる趣旨からすれば,①いかなる事実関係に基づき,②いかなる法規を適用して処分がなされたかを記載から了知しうる程度でなければ,不十分である。
(2) 本件では①は満たすが,②については法規が示されていないため,理由付記は不十分である。なお,上記理由は,条例9条や規則7条2項6号に違反することは記載からも明らかであるとも思える。しかし,いくら明らかであっても法規すら示さないのは,行政の怠慢で,恣意抑止の見地から,なお,不十分であると考える。
3 聴聞
本件では,Aに意見陳述や資料提出の機会がない。そして,本件の処分は,指定を取り消すことで,「名あて人の資格又は地位を直接に剥奪する不利益処分」(手続条例13条1項1号ロ)を行うものであり,聴聞が要求される(手続条例13条1項1号)。そして,意見陳述や資料提出の機会がなかったということは,聴聞で要求される手続条例20条1項,21条1項を欠いていたのであり,聴聞欠缺の瑕疵がある。
4 手続の瑕疵と違法
上記の様に手続の瑕疵があるところ,仮に手続の瑕疵を違法事由として取消しても,再度手続を適切に踏めば,再処分されるのではないかとも思え,そうすると,手続の瑕疵は違法事由にならないのではないかとも思える。しかし,行政手続法が制定された現行法下においては,理由付記や聴聞は重要な手続として位置付けられているのである。それにもかかわらず,結果が変わらないとして,取消事由としないのは,かかる制定の趣旨を没却するものであり,到底とりえない結論である。そのため,理由付記や聴聞を欠いていた場合には,それ自体が手続的権利を侵害したものとして違法事由となる。そのため,本件でも,理由付記の不十分,聴聞の欠缺は違法事由となる。
なお,判例には,聴聞を行った結果,行政の判断が変わる場合に違法事由となるとしたものがある。かかる判例を前提にすれば,本件でも,処分前にAが説明していた以上,結論は変わらなかったのではないかとも思える。しかし,これは行政手続法制定前の判例であり,上記の様に結論いかんを問わず,違法事由となる。
以 上
平成25年度行政法
A市は,景観法(以下「法」という。)に基づく事務を処理する地方公共団体(観行政団体) であり,市の全域について景観計画(以下「本件計画」という。)を定めている。本件計画には, A市の臨海部の建築物に係る形態意匠の制限として,「水域に面した外壁の幅は,原則として50メートル以内とし,外壁による圧迫感の軽減を図る。」と定められている。事業者Bは,A市の臨海部に,水域に面した外壁の幅が70メートルのマンション(以下「本件マンション」とい。) を建築する計画を立て,2013年7月10日に,A市長に対し法第16条第1項による届出を行った。本件マンションの建築は,法第17条第1項にいう特定届出対象行為にも該当する。しかし,本件マンションの建築予定地の隣に建っているマンションに居住するCは,本件マンションの建築は本件計画に違反し良好な景観を破壊するものと考えた。Cは,本件マンションの建築を本件計画に適合させるためには,水域に面した外壁の幅が50メートル以内になるように本件マンションの設計を変更させることが不可であると考え,法及び行政事件訴訟法による法的手段を採ることができないか,弁護士Dに相談した。Cから同月14日の時点で相談を受けたDの立場に立って,以下の設問に解答しなさい。
なお,法の抜粋を資料として掲げるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕 Cが,本件計画に適合するように本件マンションの設計を変更させるという目的を実現するには,法及び行政事件訴訟法によりどのような法的手段を採ることが必要か。法的手段を具体的に示すとともに,当該法的手段を採ることが必要な理由を,これらの法律の定めを踏まえて説明しなさい。
〔設問2〕 〔設問1〕の法的手段について,法及び行政事件訴訟法を適用する上で問題となる論点のうち,訴訟要件の論点に絞って検討しなさい。
【資料】景観法(平成16年法律第110号)(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は,が国の都市,農産漁邑等における良好な景観の形成を促進するため,景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより,美しく風格のある国土の形成,潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り,もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与することを目的とする。 (基本理念)
第2条 良好な景観は,美しく風格のある国土の形成と潤いのある豊かな生活環境の創造に不可なものであることにかんがみ,国民共通の資として,現在及び将来の国民がその恵沢を教受できるよう,その整備及び保全が図られなければならない。
2~5 (略)
(住民の責務)
第6条 住民は,基本理念にのっとり,良好な景観の形成に関する理解を深め,良好な景観の形成に積極的な役割を果たすよう努めるとともに,国又は地方公共団体が実施する良好な景観の形成に関する施策に協力しなければならない。
(景観計画)
第8条 景観行政団体は,都市,その他市街地又は集落を成している地域及びこれと一体となって景観を成している地域における次の各号のいずれかに該当する土地(中略)の区域について,良好な景観の形成に関する計画(以下「景観計画」という。)を定めることができる。
一~五 (略)
2~11(略)
(届出及び勧告等)
第16条 景観計画域内において,次に掲げる行為をしようとする者は,あらかじめ,(中略) 行為の種類,場所,設計又は施行方法,着手予定日その他国土交通令で定める事項を景観行政団体の長に届け出なければならない。
一 建築物の新築(以下略)
二 ~四(略)
2~7(略)
(更命令等)
第17条 景観行政団体の長は,良好な景観の形成のために必要があると認めるときは,特定届出対象行為(前条第1項第1号又は第2号の届出を要する行為のうち,当該景観行政団体の条例で定めるものをいう。(中略))について,観計画に定められた建築物又は工作物の形態意匠の制限に適合しないものをしようとする者又はした者に対し,当該制限に適合させるため必要な限度において,当該行為に関し設計の更その他の必要な措置をとることを命ずることができる。(以下)
2 前項の処分は,前条第1項又は第2項の届出をした者に対しては,当該届出があった日か ら30日以内に限り,提起することができる。
3~9(略)
(出題趣旨)
本問は,事案に即して,また関係行政法規を踏まえて,行政訴訟についての基本的な知識及び理解を運用する基本的な能力を試す趣旨の問題である。具体的には,マンションの建設計画に対し近隣住民が景観計画の遵守を求めるための行政事件訴訟法上の手段について問うものである。景観法による変更命令の期間制限に照らして,実際上仮の義務付けの申立てが必要なこと,及び,当該申立てを行うには非申請型(直接型)義務付け訴訟の提起が必要なことを説き,申立て及び請求の趣旨を具体的に示した上で,原告適格を中心とする訴訟要件の論点について,景観法の趣旨及び景観という利益の性質に即して論じることが求められる。
第1 設問1
設問1は,訴訟選択とその理由を示す問題です。設問2で論じることが多くなりそうですから,設問1はコンパクトにいきたいところです。
本件で,Cが行いたいのは,本件マンションの設計を変更させるというものです。これは,いかなる訴訟を選択することで達成できるでしょうか。訴訟選択の思考過程については平成23年の解説に際しても確認しました。
第1.抗告訴訟(処分性がある)
1.原則=取消訴訟(3条2項)=処分がなされている場合にそれを取消す(典型事例)。
※処分がなされている以上,仮の救済は執行停止(25条)
2.例外
(1)取消訴訟だけでは満足できない場合
⇒申請の対応(不許可)について,気に入らないから取消したが,受けたかった処分(許可)がある。
=取消訴訟(無効確認訴訟)(執行停止)に+申請型義務付け訴訟(3条6項2号)
※仮の救済は仮の義務付け(37条の5第1項)
(2)取消訴訟自体ができない場合
ア.処分の時期の問題
(ア)処分がまだなされていない
a.その処分を受けたい
(a)申請がない=直接型義務付け訴訟(3条6項1号)
(b)申請がある=申請型義務付け訴訟(3条6項2号)+不作為の違法確認(3条5項)
※仮の救済は仮の義務付け(37条の5第1項):不作為の違法確認もこれで仮の救済が果される。
b.処分を受けたくない=差止訴訟(3条7項)
※仮の救済は,仮の差止め(37条の5第2項)
(イ)出訴期間の経過=無効確認訴訟(3条4項)
※仮の救済は一応処分はなされている以上,執行停止(38条3項,25条)
第2.処分性がない
処分性がない=実質的当事者訴訟(4条後段)
※仮の救済は仮処分(44条,民事保全法23条2項)
Bがなしたのは,法16条第1項による届出ですが,これはおそらく講学上の届出です。仮に,これが講学上の申請であれば,その後の処分をとらえた訴訟も考えられたのですが,今回はそれも難しいようです。
また,そもそも本件法の仕組みからして,そのような手段が設計の変更を導くのかという問題もあります。
そこで,本件法をみてみると,設計の変更について規定しているのは,法17条1項だけです。そうすると,本件では,この法17条1項の発動を目指していけばいいわけです。かかる命令は,事業者Bの設計を一方的に変更してしまうわけですから,処分と考えていいかと思います。そうすると,本件では,この処分がまだされておらず,その処分をしてほしい場合です。そして,申請はないわけですから,非申請型義務付訴訟(行訴法3条6項1号)だということがわかります。
もっとも,本件では,それで十分でしょうか。条文を見ていくと,法17条2項は,かかる変更命令は,届け出があった日から30日以内にとなっています。そうすると,本件では,訴訟を提起しても,30日経ってしま訴えが却下されてしまうという問題があるわけです。
そのため,今すぐにかかる命令を出してほしい,すなわち,仮の義務付訴訟(37条の5第1項)を提起することになるわけです。
- 本件法の仕組みをもう少し見ると…
- 本件法では,8条で景観計画を定めています。しかし,景観法は建築前に業者に対し,かかる景観計画を順守するように定めているわけではなく,あくまで事後的に,しかも,時間的な制限がある中で設計変更の命令を行うに過ぎません。何だか,周辺住民には酷な規定にも思えます。しかし,それ故に上記のような検討を行う必要性が生じてくるのです。
第2 設問2
1 非申請型義務付け訴訟の訴訟要件
(1) 特定性
サクハシ348頁によれば,まず,義務付け訴訟は,「一定の処分」(行訴法37条の2第1項)についてなされるものである必要があります。
これは,裁判所は判断可能な程度に特定されていることが必要であるとされています。もっとも,過度な特定を要求すると,行政訴訟を利用しづらくなり,行訴法改正の趣旨に選択肢の範囲内で何等かの処分を求めるのであれば特定性を満たすとしています。
本件でも,法17条1項は,「変更その他の必要な措置」としていますが,端的に「法17条の命令」をすることで特定されることになります。あとは,実際の訴訟でいかなる処分が妥当か具体的に審理していくことになるのでしょう。
(2) 重大性・補充性
その他には,「重大な損害を生ずるおそれ」「他に適当な方法がないとき」も訴訟要件です(行訴法37条の2第1項)。
重大な損害を生ずるおそれについては,行訴法37条の2第2項で判断します。
「他に適当な方法がないとき」とは,法律上別の救済手段が用意されているかで判断されます。無効確認訴訟の補充性要件と混同しないように注意してください。
なお,ここまでの訴訟要件は,次の原告適格に比べれば,それほど重要なところではないため,端的に記述していきましょう。
2 訴訟要件:原告適格
(1) いつ原告適格が問題になるのか(サクハシ293頁)
処分についての名あて人に原告適格が認められるのは当たり前です。原告適格が問題になり,答案上展開しないといけなくなるのは,その処分の名あて人以外の第三者が訴えを提起する場合です。まずは,これを押さえておきましょう。問題にならない場合にまで原告適格に関する論述を展開するのはとても印象が悪いです。
(2) 原告適格判断の判断基準(サクハシ292頁)
原告適格の判断基準には,①処分の根拠法令がその原告の利益を保護している場合に認められるとする法律上保護された利益説と,法で保護されていなくとも,訴訟で救済すべきだと評価される場合に認められるとする,法的な保護に値する利益説(裁判上保護に値する利益説)の対立があります。
しかし,判例は,法律上保護に値する利益説(最判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁,百選Ⅱ6版141事件,ただし不服申立ての判例)であり,また,近時では両説が接近しているとの評価もあります。そのため,答案においては,かかる説の対立を論じる必要はなく,端的に判例の規範を示すことで十分でしょう。
(3) 判例の規範
「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう」としたうえで,これを満たすのは「当該処分を定めた行政法規が不特定多数の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合」であるとしています。
なお,本件は,処分を取消すのではなく,求めるわけですから,「当該処分により」ではなく,「当該処分がされないことにより」ということになるでしょう。
- 原告適格の議論において,法規と呼ばれるのは,その処分の根拠条文であり,法令というのは,根拠条文を含んだ法律全体を指します。
(4) 判断要素(サクハシ299頁)
かかる判断については行訴法37条の2第4項の準用する9条2項によることとなります。
まず,争われている処分の根拠法令の趣旨及び目的を見ることが出来,また,この場合には,目的を共通にする関係法令の趣旨・目的も見ることが出来ます。本件では,関係法令はありません。
- 根拠法規が委任する下位規則がある場合に,これは,関係法令ではなく,根拠法規の一部です(最判平成21年10月15日民集63巻8号1711頁,百選Ⅱ6版178事件は,下位規則による下剋上的解釈を行いました)。また,通達は,法規や法令ではないですが,その解釈指針として,原告適格の判断に寄与します。
また, 処分において考慮されるべき利益の内容・性質も考慮します。その際には,害されることとなる利益の内容や性質,害される態様や程度も勘案します。
(5) 原告適格判断の3STEP
上記で見てきた原告適格に関する判断規範ですが,実際の答案では,次の3STEPを踏みます。
まず,不利益要件です。当該処分に関連し,訴えを提起する者がいかなる不利益を被るのか検討します。
次に,保護範囲要件です。当該問題となる利益が根拠法規によって保護されているのかを検討します。
最後に,個別保護要件です。権利保護要件で保護されるとした利益が,個別的利益として保護されているか検討します。この際に,関連法令を斟酌することもあります。
答案において,問題になりやすいのが,最後の個別保護要件です。当該法令や関係法令を斟酌し,個別保護の趣旨が読み取れないかも検討しますが,特に,問題になるのが,処分に関係する利益の性質や,その侵害の程度です。
ア 生命・身体への侵害(サクハシ295頁)
まず,判例は,当該処分に関連し,訴えを提起する者の生命・身体への直接的な侵害が予想される場合には,原告適格を肯定してきました(最判平成4年9月22日民集46巻6号571頁(百選Ⅱ6版171事件),最判平成13年3月13日民集55巻2号283頁(百選Ⅱ6版175事件),最判平成14年1月22日民集56巻1号46頁(百選Ⅱ6版176事件)など)。
これは,生命・身体という利益はまさに個人の利益であり,その重大性からしても公益に吸収するのではなく,個別的に保護すべきだという価値観からでしょう(百選Ⅱ6版171事件解説など)。
イ 住環境(サクハシ302頁)
生命・身体に直接かかわらない住環境については,判例は,これについて従来は厳しく考えていました。最判平成10年12月17日民集52巻9号1821頁(百選Ⅱ6版174事件)は,良好な風俗環境について,個別的な保護を否定しました。
このように,近時では,「著しい被害」をメルクマールに,原告適格を生命・身体以外に拡大する傾向があります(もっとも,振動・騒音にしろ,日照にしろ,その訴える者の身体・健康にかかわるものであり,それが著しい被害を生じせしめているために原告適格を認めているのではないかとも思えます)。
ウ 経済的利益・文化的利益(サクハシ297頁)
判例(最判平成元年4月13日判時1313号121頁,百選6版Ⅱ172事件)は,特急料金認可について,日常的に当該路線を利用していた住民が認可処分の取消しを求めたのに対し,原告適格を否定しました(経済的利益の事例)。
また,史跡指定解除処分に対し,その研究を行っていた学者が処分の取消しを求めた事例において,判例(最判平成元年6月20日判時1334号201頁,百選Ⅱ6版173事件)は,その原告適格を否定しました(文化的利益の事例)。
かかる判例からわかるように,判例は経済的利益や文化的利益について,なかなか原告適格を認めない傾向にあります。もっとも,経済的利益については,上記平成21年判決が(百選Ⅱ6版178事件)が,著しい業務上の支障が生ずるおそれのある医療施設の関係者について,原告適格を認めました。これは,経済的利益について,原告適格を拡大する傾向にあると評価できます(百選Ⅱ6版172事件解説)。
エ 本問の方向性
以上からして,原告適格の方向性としては,①生命・身体に引き付ける場合と②経済的利益に引き付ける場合の2つが想定されます。そうすると,本件はどちらかといえば,①かなと思います(景観が害され不動産の値段が下がるともいえなくはないですが,本件Cの不満は景観侵害自体で,経済的なものに引き付けているわけではないでしょう)。
そして,①については,生命身体に直接の侵害があれば原告適格は認められます。しかし,そうではなく,単に住環境を侵害するにとどまる場合は,「著しい被害」が要求されます。そして,これは,結局,健康・身体に引き付けることが出来なければならないのではないでしょうか。
そうすると,本件の景観侵害は,どちらかといえば,原告適格は否定筋が素直かと思います。
(7) 3STEPを踏んでみる
ア まず,本件でCの主張する不利益は,設計の変更がなされなければ,景観が害されるということです。
イ 次に,根拠法規からかかる利益が保護されているか見てみましょう。そうすると,根拠法規である法17条1項は,要件として「良好な景観の形成のために」としています。また,「景観計画」への適合のために設計の変更措置等が取れるとしているわけですから,どうやら,根拠法規は景観利益を保護すべき利益と考えているようです(趣旨や目的に言及してもいいですが,言及するまでもないかもしれません)。
ウ そして,問題になるのが個別保護要件です。
根拠法規からは,個別保護がされているか明らかではありません。そこで,法の趣旨や目的をみてみると,法1条は,「景観の形成促進」をうたっていますが,それを国民に権利として付与しているのかまでは不明です。むしろ,「もって国民生活の向上並びに国民経済…の健全な発展」としていることからして,反射的利益として国民が享受すると読めなくもないです(もちろん逆にも読めますが)。
また,2条は「良好な景観」の重要性をうたっていますが,「国民共通の資産」としており,これもまた微妙な表現をしています。すなわち,国民の権利だと読めなくもないですし,他方で,共通の資産ですから,個々の国民に権利として保証したとまでは言えないのではないのかとも思えます。
私見として,かなり厳しくなるのが,法6条です。法6条は良好な景観の形成は住民の責務であるとしています。そうすると,権利というより,むしろ,国民がその形成を負う立場にあるのでは,と思えるわけです。
そして,景観というのは,最近では個々人の権利として光が当たり始めましたが,やはり一種の公共的利益であり,個人の権利として切り取るのは容易でない権利でしょう。また,生命や身体,健康の場合と異なり,景観利益が害され,著しい被害が生じるとまでいえるのかというのは上記でも示した悩みです。
そのため,本件では,原告適格は否定されると考えるべきでしょう。
3 仮の義務付け
仮の義務付訴訟の訴訟要件は以下の通りです。
① 義務付訴訟の継続(行訴法37条の5第1項)
② 「償うことのできない損害」
→原状回復ないし金銭賠償による填補が不能であるか,又は社会通念に照らして相当に困難
③ 「緊急の必要」
→損害の発生が切迫し,社会通念上これを避けないとならない緊急の必要性が存在すること
④ 本案について理由がある(行訴法37条の5第3項)
本件では,義務付訴訟が却下され,①を欠くため,仮の義務付も認められません。
参考答案
第1 設問1
まず,Cが設計を変更させるには,景観法(以下「法」)17条1項の変更命令による必要があるところ,この発動を達成できるのは,非申請型義務付け訴訟である(行政事件訴訟法,以下「行訴法」,3条6項1号)。
そして,本件では,2013年7月10日にBが法16条の届出を行っているところ,それから30日経過すれば,命令は不可能になる(法17条2項)。現在,7月14日であり,直ちに命令の発動をさせる必要がある。そのため,仮の義務付訴訟も申し立てる(行訴法37条の5第1項)。なお,同訴えは,義務付けの訴えの提起を要するため(行訴法37条の5第1項),上記義務付け訴訟も提起しなければならあい。
第2 設問2
1 まず,非申請型義務付け訴訟の命令「処分」は,「一定の」(行訴法37条の2第1項)といえるだけ特定する必要があるが,これは,裁判所が判断可能な程度に特定していればよい。本件では,法17条1項の命令,としていれば特定が果たされる。
2 そして,本件でCは景観利益を害されてしまうことを「重大な損害」(行訴法37条の2第1項)として主張する。また,「他に適当な方法がない」については,特段法定された代替手続きがなく,これを満たす。
3 そこで,問題は,Cが「法律上の利益を有する者」(行訴法37条の2第3項)といえるかである。
(1) まず,「法律上の利益を有する者」とは,当該処分がされないことにより,自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者である。そして,かかる判断は,当該処分を定めた行政法規が不特定多数の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むかにより判断する。これについては,行訴法9条2項も斟酌し,判断する(行訴法37条の2第4項)。
(2)ア 不利益要件
本件で,Cの主張する不利益は,自己の住むマンションから見える景観利益の侵害である。
イ 保護範囲要件
そして,本件の処分の根拠法規である,法17条1項をみるに,「良好な景観の形成のために必要があるとき」としており,また,「景観計画」への適合を目指すものであることからして,景観を保護する趣旨はある。
ウ 個別保護要件
もっとも,それをCに対し,個別に保護する趣旨を含むか。まず,根拠法規からは特段個別保護は読み取れない。
そこで,1条の「目的」を見るに,良好な景観の形成を目的としているが,それによる国民の利益について,「もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展」としており,景観自体ではなく,そこから派生する利益を国民に保障しているようにみえる。また,2条は,良好な景観を「国民がその恵沢を享受できるように」と権利として与えているようにも見えなくはないが,他方で,「国民共通の資産」としており,個別に保護する趣旨か悩ましいところがある。むしろ,国民共通の公共財と考えているようにも見える。そして,何より,法6条は,良好な景観の形成を国民の責務としており,これは,良好な景観が国民に個別的な権利として保護されているわけではなく,むしろ国民が形成していかなければ,享受できないものである「趣旨」を意味している。このように,考えると法文上は,個別保護を読み取ることは難しい。
また,本件で考慮されるべきCの景観利益から法の趣旨を考えるに,景観利益というのは,生命・身体・健康の利益などのように,侵害されればその者の生き死にかかわるような重大な利益とまではいえない。また,景観を害されることで侵害される財産的損害も,その場所が景観として重要な意味を持てば格別であるが,そのような事情もない本件では,そこに住める以上,それほど毀損されていない。そのため,いずれにせよ,Cの景観利益が害され,著しい被害が生じているとまでは到底評価しがたく,かかる点からも法の個別保護を読み取ることは難しい。本件の利益は,専ら一般的公益の中に吸収解消される利益で,Cは,「法律上の利益を有する者」に当たらない。
そのため,本件で非申請型義務付け訴訟は,原告適格を欠き,不適法である。
4 仮の義務付け訴訟も,非申請型義務付け訴訟の係属(行訴法37条の5第1項)を欠く以上,不適法である。
以 上
[1]
サクハシ278頁