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【埼玉】活版印刷機に吹き込む命 宮城大で学生に指導
朝霞市の活版印刷所「ワタナベ印刷」を昨年廃業した渡辺昌郎(まさお)さん(82)=新座市=は9日、10万個以上の活字などを寄贈した宮城大(宮城県大和(たいわ)町)を初めて訪問した。思い出の詰まった道具を継承して活版印刷に挑戦する学生の姿に、「これからどんな物を作るのか非常に楽しみ」と目を細めた。 (谷岡聖史) 仙台市郊外の高台にあるキャンパスに入ると、渡辺さんは「小学校も出ていない私が、まさか大学に呼んでもらえるなんてね」と笑った。渡辺さんは幼少時に病気で両脚に障害が残り、両親も相次いで死去。戦時中の混乱などで満足に通学できず、十六歳から始めた印刷の仕事を通じて漢字を学んだ。半世紀前からオフセット印刷が主流になり始めたが「独特の味わいがある」と活版印刷をやめず、「活字のおかげで生きてこられた」と振り返る。 この日、活字などの常設展示が始まった図書館で行われた式典には、学生も出席した。渡辺さんは「活字をただ見るんじゃなくて、自分で拾って組んで印刷する。それを体験し、活字というものを見直してください」と語りかけた。 渡辺さんは式典後、別棟の作業室に置かれた活版印刷機と約九カ月ぶりに再会し、「懐かしいなあ」と声を漏らした。 作業室では、活版印刷を卒業研究のテーマに決めた事業構想学部四年の鈴木紗都(さと)さん(21)、荒井柚香(ゆうか)さん(21)と対面し、約二時間にわたり二人を指導した。絶妙な調整で印刷機をスムーズに作動させ、印刷機の中に紙を一枚挟むだけで印字を鮮明にする技も伝授した。鈴木さんは「職人さんの物の見方を含めて技術を継承したい」と話し、荒井さんは「人が本を読めるようになった技術の歴史を身近に感じられてうれしい」。図書館長の茅原(かやはら)拓朗教授は「渡辺さんの指導のおかげで、活字や印刷機に命が吹き込まれた」と感謝した。 この日、一緒に印刷所を続けてきた妻喜久江さん(80)は目の病気のため出席できなかった。渡辺さんは「元気になったら、二人で学生に教えに来るつもりです」と再訪を誓った。 PR情報
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