浅田舞 妹が天才でも姉がグレない方法

浅田舞が自身のしくじりを素に講義を行う。

妹・浅田真央の優勝回数は48回

浅田舞の妹である浅田真央がフィギュアスケートの大会で優勝した回数は48回である。これは言わずもがなすごい数で、フィギュアスケート史上一番の天才と言われても過言ではない数字である。

浅田舞グレる

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ところが妹がこんな天才だと、そのお姉さんである浅田舞がどうなるかと言えば、グレてしまう。金髪に髪を染めて、自分で自身の髪の毛を切ってショートカットにしてしまったりしていた。ちなみにテレビに出る時は浅田舞は黒染スプレーで金髪を隠していた。

この姿になった時に、親から外に出られないように、自宅の部屋に閉じ込められた。その際、浅田舞の部屋は2階だったが、自分の布団をベランダから下に投げ捨てて、それをクッションにして飛び降りて脱出した。

姉妹で同じスポーツをするということ

姉妹・兄弟だと幼少期に習い事を始める時は大体2人で一緒に始める事は多い。しかし、それ自体は悪い事ではない。

ただ、浅田舞の場合は妹があまりにも天才過ぎて苦しんだ時期があった。

姉・兄が損をする理由

そして姉妹・兄弟で同じスポーツをすると確実に上(長女・長男)が損をする。

その理由は姉・兄の失敗を妹・弟が活かすからである。やはり妹・弟は要領が良い事がある。妹・弟は親に怒られない方法だったり、怒られる前にやめる才能を持っている。

ちなみに浅田舞はフィギュアスケートの他にもクラシックバレエ、ジャズピアノなど多数の習い事をし、休みがなく本当に忙しかった。

両親は上の子には期待してしまうという心境があるのかもしれないが、そうなると上の子の心境としては「全部楽しくない」となってしまう。

やはり、結果、どれも自分がやりたいというよりも親にやらされている、やらないといけないという使命感を感じてしまう。そして、この時に自分の口から「やりたくない」という事が言えなかったのが浅田舞の一番のしくじりポイントだったという。

このように無理にやらされた結果、浅田舞はフィギュアスケートの練習でリンクを借りている間、サボってトイレに篭るようになってしまった。だから練習に行ってもやる気が出ず、行っても逃げ場がないのでトイレに駆け込んでいた。その技の名前は、「ダブルサボループ」という。

浅田真央がフィギュアスケートが上達した理由

しかし、両親も学ぶ。色んな事を一生懸命やり過ぎすぎても上手くいかない事が分かり、妹の浅田真央にはフィギュアスケート以外の習い事というのはそこまで一生懸命する事はなかった。結果、妹・浅田真央はみるみるフィギュアスケートが上達し、12歳で世界に名をとどろかせる事になる。その時の偉業が全日本選手権で3回転ジャンプを連続して3回成功させ、天才少女と呼ばれた。

本当に注目を浴びるようになり、妹・弟は兄・姉の失敗を見て学ぶ事がどんどん増えていく。

浅田舞が両親に言われた衝撃的一言

浅田舞も大人になってから両親に衝撃的な一言を言われた。それは「舞の教育は失敗だった」という事である。これを言われたのが大体高校生の時で、この言葉がグレるきっかけとなった。

浅田舞の周囲の長男・長女も結構このフレーズを言われている。

そしてこの時、浅田舞はのけぞりながらこう言った「そりゃナイワー」。

妹・弟にライバル視されてしまう

他にも姉・兄が損をする理由としては妹・弟にライバル視されてしまう事である。やはり、共に競い合う仲間がいたらどんどん成長出来るので、とても素晴らしい事であるが、その相手が兄弟・姉妹といった身近な存在になると、姉・兄が一番身近な倒すべき相手になってくる。

妹・浅田真央はとにかく負けず嫌いの性格だったので、姉・浅田舞にどんな事でも闘争心を持って挑んできたという。

姉・浅田舞に妹・浅田真央はいつ追いつき追い越したのか?

姉・浅田舞が妹・浅田真央に追い越されたのは16歳の時(2005年)である(妹・浅田真央は当時14歳)。

姉・浅田舞が15歳、妹・浅田真央が13歳の時の全日本ジュニア選手権で浅田舞は2位、浅田真央は4位。全日本選手権で浅田舞は6位、浅田真央は8位とここまでは姉・浅田舞が一歩リードしていた。

しかし、姉・浅田舞が16歳、妹・浅田真央が14歳の時の全日本ジュニア選手権では浅田舞は2位、浅田真央は1位。全日本選手権では浅田舞が8位、浅田真央が2位。世界ジュニア選手権に至っては浅田舞は出場出来ず、浅田真央は優勝してしまった。

姉妹で1位2位を取って世間には注目されたが、姉の浅田舞自身が2位という事で、本人的には喜ぶに喜べなかった。

姉・浅田舞が浴びた地獄の言葉

そしてこの年(2005年)、トリノオリンピックで、15歳の浅田真央を特例で出すか出さないか問題があった。妹・浅田真央がどんどん有名になると、姉・浅田舞は色んな人に地獄の言葉を浴びせられるようになる。それが「お姉ちゃんも頑張らないとね」という言葉である。

この時の浅田舞の状況は家族・スケートからの逃亡であった。

浅田舞・真央姉妹は習い事も共にやって、24時間ほとんどの時間を一緒に過ごしていた。そして競技で共に戦い、このように勝ち負けがついてしまうと家族の会話もそのようになってしまう。そうなると家族ともほぼ口をきかなくなってしまう。

そして、その当時、浅田舞はスケートから離れたい一心だったので、練習をさぼり、3時間ほど携帯電話を握りしめ、あてもなく歩き続けた時期もあった。その技の名前が「トリプルアルコウ」である。

とは言え、このトリプルアルコウも、自身の小さな反発なので、親御さんはこの小さな反抗・変化を見つけなければならないという。

グレてアクセル全開の行動

グレた時の浅田舞のアクセル全開の行動を紹介。

家出をしてしまう

まずはシングルアクセル。家出をしてしまうのである。浅田舞は妹・浅田真央が全日本選手権3連覇を成し遂げた2008年にフラフラしていて、親から「家族の縁を切る」と言われてしまった。今までは親に対して意見を言えなかった浅田舞であるが、この時ばかりは腹が立ち「縁を切ってもらって結構」と言い放ってしまった。

そして、当時貯めていた貯金を握りしめ家出をしてしまった。

とは言え、ノープランだった浅田舞は夜の繁華街をさまよい歩いていた。ちなみに金髪にしたり、ショートカットにしたのは、夜の街を歩いていてもバレないように変装しようという目論見があった。

この家に帰らなかった日々はどう過ごしていたかと言えば、漫画喫茶で寝泊まりをしていたという。

こんな時期を過ごしていた浅田舞だが、結果すぐに見つかってしまった。この見つかった理由は携帯電話のGPS機能であった。

この失敗を後悔の意味を込めて、浅田舞は名古屋GPS(名古屋グランプリシリーズ)と呼んでいる。

飲酒&恋愛解禁

次にダブルアクセル。飲酒&恋愛解禁に走ってしまうのである。

時は2010年、この年は浅田姉妹にとっても涙涙の年となった。妹・浅田真央がバンクーバー五輪に出場し、涙の銀メダルで終わってしまった。

浅田舞も当時、バンクーバーに一緒に行って、浅田真央の応援もしたが、帰国後すぐにグレる行動が再発してしまった。

そして、浅田舞はアルコールで人生初の涙の事件を起こしていた。元々、浅田舞はお酒が弱く、二十歳過ぎてもお酒を飲む機会があまりなかった。

ところがある日、1人でバーに行ってしまった。バーに行く時にシラフでナチュラルで行くのは格好悪いと考え、コンビニでお酒を飲んでからバーに行った。

そして、バーでもお酒を飲み、案の定気持ち悪くなってしまい、この時に最大のしくじりをしてしまった。気持ち悪くなり過ぎて、家に帰れないので、親に電話をし、迎えに来てもらい、そのまま帰宅後、お手洗いの方でリバースしてしまった。

その状況が「ミスアンドクライ」と言える。

妹・浅田舞が五輪の舞台で悔し涙を流したが、姉・浅田舞は家のトイレで苦し涙を流していた。

しかし、このミスはお酒だけではなかった。

二十歳過ぎて、恋愛も徐々にし始めたが、彼氏に何度も浮気されたり、騙されたりもした。

当時の初めての彼氏は大学の仲の良い男友達が紹介してくれた男性だった。初めての恋愛だったので浮気に全然気付く事が出来なかった。しかし、しばらく付き合って、だんだんと彼氏がボロを出すようになった。

そして最近は自身のプライベートをバラエティ番組で隠す事なく表に出してしまうので、その結果、すぐにネットニュースに掲載されるようになってしまった。

ちなみに2014年の浅田舞に関するネットニュースは

  • 「織田信成“オネェ疑惑”に証言」
  • 「シクラメンのDEppaと浅田舞の結婚報道 ファンの反応に違いも!?」
  • 「“真央に合コンセッティング”報道を否定」
  • 「ツイッターで“来春結婚”報道を否定」
  • 「彼氏との結婚の可能性はハーフハーフ」
  • 「妹・真央の活躍の裏で夜遊びに走った過去告白」

といった具合である。

セクシー解禁

最後のトリプルアクセルはセクシー解禁である。

2014年のソチ五輪は妹・浅田真央が6位入賞で終わった。その年の年末に姉・浅田舞はアクセル全開にして水着グラビアに初挑戦した。

元々胸が大きい浅田舞はフィギュアスケートに出る時は衣装の下にさらしを巻いて出場していた。というのは、フィギュアスケートではジャンプしたり、激しく動くので、大きな胸は邪魔者以外の何者でもなかったからである。

ちなみに水着グラビアをするきっかけとなったのは浅田舞自身のSNSに投稿した水着写真であった。しかし、実はこのSNSは浅田舞の近しい人だけが見れる非常にプライベートなモノであったが、何故かこの写真が流出したしまっていた。

まとめの教訓

このような破天荒な人生を送ってきた浅田舞がまとめた教訓を紹介。その教訓とは「氷上を 離れて和らぐ 表情よ」というものである。

また、浅田姉妹は優等生姉妹と言われてきたが、ごく普通の姉妹である。

そして、妹や弟が優秀でコンプレックスを感じている長男・長女に向けて「自分は自分」という事をきちんと意識しなければならない。当たり前の事だが、兄弟・姉妹で小さな頃から比べられるとなかなかこのように思う機会はない。浅田舞と同じように悩んでいる姉・兄にはこのような言葉をかけてあげたいという。こうする事で、弟・妹に尊敬出来、コンプレックスは克服出来る。

しかし、兄弟・姉妹でコンプレックスがなくなる事はないので、ハーフハーフで思う事が大事である。

コンプレックスと上手く付き合い、自分に自信を持つ事が大事なのである。

浅田舞先生のしくじりまとめ

  • 金髪にして反抗
  • 自分の意見を言えなかった
  • 他人のせいにしていた

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