奈良県は、希望退職者の在職中から再就職支援の体制を整えるなど、万全の対応を図りたいとしています。
(黒柳)さあこの可愛らしいお姫様のようなお嬢さんは誰でしょうか?後に歌姫におなりになったんですけど今も本当にお可愛らしい。
華原朋美さんです。
よくいらしてくださいました本当にね。
13年ぶりのご出演です。
すっかりお元気になってお帰りになりました。
とても楽しみにしています。
新しい曲もできたそうでよかったですね。
ありがとうございます。
おめでとうございます。
お願いいたします。
華原朋美さんです。
もうすっかりお元気になって。
ちょっとしばらくはお仕事をお休みになったりしてたんですけども。
やっぱり本当に歌がお好きで好きな歌が歌えるのは本当に幸せということがよくおわかりになったそうで何よりだと思っていますけど。
お可愛らしい写真も見せていただきました。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
ちょっとしばらくお休みになっていらっしゃったことありましたよね?そうですね。
本当にちょっと暗闇の中にずっとい続けましてなかなかこう…脱出することができなくてですねとどまっていたんですけれども。
今はもうすっかり…周りの方の支えがあってここまでこれました。
お元気になって活動もお始めになったということですが。
デビューちょうど20周年?そうなんです。
うわー長い!長くなりましたね。
20年は本当にまあある意味長かったですけども本当に深いいい経験をさせていただいたなと思って…。
まあね。
この間…ついこの間の出来事なんですけど夜すごく面白いことがあった…。
あなたと突然電話で話ししたんだよね。
そうなんですよもう…。
びっくりしました。
私もびっくりしました。
私本当びっくりしまして。
あの澤さんが…。
まず澤穂希さんが電話でね。
そうそう。
ちょっと代わってって…。
愛之助さんがお出になったんですよね。
そうなんです。
澤さんと愛之助さんと私で…。
これですね。
すごい。
はい。
お友達で。
この時は澤さんちで私カレーをごちそうになって。
愛之助さんもそのあと来まして澤さんの手作りのカレーを食べて3人で話をしてっていう日だったんですけれども。
そうなの?ものすごくやっぱりお料理も上手ですし。
澤さん。
はい。
いつもなんかこう女子力を高めるために色んなことを考えて…。
そう。
でもあの顔ぶれがね…。
それで澤さんが「ちょっと華原さんと代わるから」って言ってあなたがお出になったでしょいきなり。
びっくりしちゃって。
もう緊張しましたけど澤さんのお友達が徹子さんっていう…。
もうやっぱり世界が違うなと思ったりとかもしたんですけれども。
でもあの時はお電話でお話しさせていただいてうれしかったです。
ありがとうございました。
私がその時に「元気になってよかったのね」って言ったのがあなたもねうれしかったとかって。
もう本当に大泣きしたかったです道端で。
そうだったの?うれしくて。
ここで愛之助さんからあなたにちょっとねなんかメッセージ。
えー!愛之助さんから?愛之助さんよ。
ああうれしい。
「徹子さん華原さんこんにちは。
愛之助です」どうもこんにちは。
こんにちは。
「意外な一面ね…」「お忙しそうじゃないですか。
お忙しい中でも突然“見に来たよ”って言って突然大阪にいらっしゃったりするんで」「えー!って。
僕本当に知らなくって」「うちの番頭がですね“お客様で華原様…”華原様?今日…えっ?」「華原様ってどの華原様かなと思ったらご本人がいらっしゃって」「何回か驚かされたことありましたけど」「フットワークが意外と軽いという意外な一面でございました」「またサプライズ…サプライズしてください」「楽しみにしています」どうもありがとうございました。
どうもありがとうございます。
愛之助さんお忙しいのに。
いやーもう本当に素敵な方で。
お休みの日ができると…。
この時は大阪までまず愛之助さんの舞台を見に…歌舞伎を見に…。
手つきからすると車で?運転して…。
ご自分で?はい。
すごい。
何時間ぐらいかかります…?そうですね途中サービスエリアで寝るのでそれも考えたら…。
それも入れて?そうですね10時間ぐらいかけて行くんですけども。
行って大阪でひと晩泊まって愛之助さんの舞台を見て次の日神戸のほうまで行って澤さんのINAC神戸の試合を応援して見に行って。
それで澤さんちに泊まった時のあのさっきの写真なんですけども。
あっそうなの?ええええ。
あっそう。
そういうお休みの過ごし方をしてまして。
すごいですね。
澤さんちに泊まったの?はい泊まりました。
なんか「泊まってもいいよ」って言ってくれたのでわあーと思って。
しかも面白いのは澤さんはあなたより年下。
そうです。
これが私もうすごい信じられない。
なんかね。
はい。
年下なんですけど本当お姉ちゃんみたいで…。
絶対お姉ちゃんとしか見えない。
はいそうなんですよ。
もう本当に人間性も大好きだしもう全部好きです。
そう。
筋肉もいいしね。
はい。
前向きで全てが。
そうそうそう。
でもあなたのほうがお姉さんっていうのは信じられないですよねちょっとね。
本当にもうなんかね…そう思うんですけれども澤さんに色々助けてもらっています。
あっそう。
よかったですよねでもね。
そういうお友達がいらっしゃってね本当に。
愛之助さんもすごく仕事に対して熱心な方なのでそういうところはどんどん吸収したいなと思って。
でもそれにしても車に乗ってずっとね大阪行ってそれから神戸行ってってすごいあなたね行動力。
もう愛之助さんの舞台は本当に素晴らしくて大阪にも行きましたし博多のほうにも行きましたし。
博多は車じゃないでしょ?はいさすがに。
飛行機を自分で取って席を取ってそれで行ったんですけども。
本当に大好きで。
いきなりサプライズで?いらっしゃる。
はい。
行きました。
さっきとても可愛いお写真あったんですけどあなたのお子さん…お子さんのって小さい時の。
あれはあなたのお家ですか?自宅です。
実家だったんですけども。
でもあれですよねなんか外国のお家みたいに見えるんだけど。
お母さんがこういう趣味で。
お母様?はい。
当時はそういう感じで家具をそろえてたみたいなんですけども。
今私が逆にこういうなんか家具が好きでこういうものを集めたりとかしていて。
あっそうなの。
お父様はそういう外国のような…外国へいらっしゃるようなお仕事をしていらっしゃる?お父さんですねまた海外で…フィリピンのほうなんですけどもそっちで仕事を兼ねてあとボランティア活動をしてまして。
あっそう。
はい。
やっぱり自分が…父の気持ちとしては自分がこんなに幸せにこれたのはやっぱり感謝しなければならないっていうのでボランティア活動を通してその恩返しっていう形でやっていて。
ちょうど私が全体的にメンタルも体も駄目な時…復帰ができない時期に私もフィリピンのほうに一年間…。
いらして?はい。
そこでマザー・テレサの作ったミッショナリーズ・オブ・チャリティーという施設がありまして。
そっちのほうで父がボランティアで活動しているのでそのお手伝いをさせていただいたりとか。
なんか体に障害を持った子供たちもいてあなた随分一生懸命色んなことを手伝ったり…。
そうですね。
やっぱり生まれながら喋ることもできないし寝たきりっていう子供たちに食事を食べさせたりとか。
あとはそうですねクリスマスの時期にはやっぱりお父さんとお母さんがいない子供たちにわざわざサンタの服装をしてお父さんと一緒にサンタさんになってこういうプレゼントをいっぱい…。
あっそう。
はい。
で配って頑張ろうね楽しもうねっていう感じでやらせていただいたりとか。
本当にそのボランティア活動を通して自分がいかに自分の命を大切にできなかったかっていうことをすごく勉強しまして。
本当にお父さんとお母さんには感謝がより一層できました。
よかったですよねでも。
お父様がそういうことをなさっているっていうことも素敵ですよねとてもね。
あなたはお兄様がいらっしゃって。
はい。
兄も2人いまして。
一番上のお兄ちゃんにはもう本当に生活の部分だったりとかまあメンタルもそうなんですけどもすごく支えてもらって本当に…。
お兄ちゃんお兄ちゃん弟で3人に包まれる…。
男3人の中であなた。
はい。
じゃあもう…可愛がられてあの写真もそうですけど小さい時のお写真もそうですけどもうお人形さんかと思ったけど。
これあなた?このお洋服はお母さんの手作りで。
可愛いわね。
でも体が生まれつきあんまり強くないのでそういう意味ではすごく習い事とかをたくさん習わせてもらって。
バレエだったりとか。
でもこれ相当ちゃんと足の様子から見ると随分…かなりのところまでいったの?そうですね。
ソロで踊れるぐらいのところまではいって。
発表会で踊らせてもらったんですけれども。
すごい。
それであなた「馬飼って」って…。
「馬飼っちゃうのは駄目?」ってお家で仰ったそうですけど。
馬習ってすごいのねあなた。
国体にお出になって。
馬…乗馬。
そうなんですね。
「べにばな国体」という山形の国体でえーと…4位という成績で。
すごいのね。
学生の時の…。
高校?はい。
…ことなんですけれども。
あっすごい。
あら可愛い。
障害飛越の競技で。
えっ!飛び越える。
うわー怖い。
私も乗馬やったんですけど。
もう大好きで。
好き?大好きです。
よくあの障害できますね。
私障害絶対駄目なの怖くて。
そうなんですか?うん。
でもすごくなんかこうやっぱり…お話ができない分体で感じるっていうことはすごく教えてもらいましたね。
お父さんがまたこういう育て方をしたことで20代の時の挫折と30代の時の挫折をすごく責める時期がありまして。
「お父さんがこんな甘やかしたから朋美はこうなっちゃったのかな」って言った時がありまして。
お父様が自分を責めて?はい。
「そんなことない」「お父さんこれは私の責任だから」って言って。
「でも本当にお前が可愛くてここまできてね…」って言ってちょっと涙を流した時がありまして。
その時に強く自分の中で…。
でもあなたは中山美穂さん『ベストテン』なんかでご覧になっていいなと思って歌手におなりになることになったんだけど。
割とデビューをなすってすぐもう1曲目から曲が売れたのね。
そうなんです。
あの時期はご存じだと思いますけども小室さんがものすごくこう…。
そう。
すごかった。
はい。
そういう時期に私出会いまして。
ちょうどそこの波に乗っかれたっていうのは大きかったですよね。
でも本当に一番最初の曲からずっとね100万枚とかそういうふうに売れたんで…。
でもご自分でその時驚きました?それともまあこんなもんだろうと思った?やっぱりまだ若かったせいかそのことにすごくこうなんか…うわー!っていう感覚よりもあっそういう流れなんだっていうふうに受け止めてしまって。
まあこういうもんかって。
ちょっとヒット曲のVTRがあるので歌っていらっしゃるところね当時のがあると思いますのでちょっとご覧ください。
「素直な自分をどんなとき誰に見せるの?」21。
はい。
21ですねもうこの時は。
これ小室さんかしらね?一緒に。
そうです。
小室さんが演奏をしてくれて。
私でも目の周り真っ白にしてたんで。
そうそう。
お化粧。
街で会うと「あっ白い人」って言われて。
そうなの?はい。
随分大きな装置ですねこれ。
これこの時CGでこういう映像を作って…。
もう既に?はい。
すごいなと思いました。
もうこれは本当に私の人生を大きく変えてくれた曲でもあるのでこの『I’mproud』は。
『I’mproud』。
そうですね。
なんか今の私にとってもすごく支えになる曲です。
なるほど。
本当にすごいねあれが…。
なかなかね。
後ろのなんていう…写真っていうのかしら。
はい。
今じゃ経験できないようなことを…。
これ小室さん?そうです。
素敵ですよね。
素敵。
ありがとうございます。
わあすごい。
『I’mproud』っていうのも100万枚以上って…全部ほとんどお出しになるものが小室さんの曲だったこともあってみんな100万枚。
100万枚ですからねびっくりしますよね。
もう本当に今じゃ考えられないような世界でした。
でもまあそんなもんじゃない?っていう感じでねそんなに…。
今だったらもう感謝しますとかありがたいとかって思うかもしれないけど。
当時だとねよくそんなおわかりにならないから。
そうですね。
みんなもこうなのかなとかね。
なんかその時の私っていうのは今みたいにやっぱり経験がなくて急にそこに行ってしまったっていうのもあって人に対する感謝の気持ちだったりありがたみっていうものがものすごくなかったような気がします。
なのでまたそういうことがずっと続いてしまったためにやっぱり父は自分のことを責めてしまったりとか家族を傷つけたりファンの人たちをある意味裏切ったという…。
心配させたり。
っていうことがあってやっぱり自分が自分を頑張って見直していかなきゃいけないんだっていう気持ちにもある意味させてくれて…。
またでも今そういう経験があったからそういうことを歌にして歌っていけるっていう…。
それからやっぱりそれがあなたのやっぱり…なんていうのかしらね。
一番最初のそういう素晴らしい出来事があるので現在またこうやってね歌いますって歌い始めてじゃあやってみてくださいっていうことができるのであってね。
はい。
それはねとてもよかったことですよね。
なかなかそう思ってても戻れる世界ではなかったと思うので。
そういう意味では事務所の社長さんだったり周りのスタッフの方にはもう本当に感謝です。
それからやっぱり…あなたみんなになんて呼ばれてるんだっけ?「朋ちゃん」って言われて…。
そうですよね朋ちゃん。
「朋ちゃん」って「朋ちゃん」ってみんなが言ってる…その「朋ちゃん」って言ってた人たちも今こうやってお元気にこういうふうにお話しして「当時はどうでした」っていうこともどんどんお話しできるあなたをご覧になったら皆さんうれしいでしょきっとね。
喜んでくださるでしょうね。
もう本当に私の役目は今そこにあるんじゃないかなと思いまして。
苦しかったこととか経験したことっていうのを今…今だからこそ言えること歌えることっていうそういう形に変えて…。
暗闇の中でずっと…い続けてしまったその自分の世界だったりそこから抜け出したいんだけど抜け出せないそういう自分だったりっていうものを今作詞させてもらって新しい歌で伝えていこうと思っています。
もう歌手デビューなすって20年っていうことですけれども。
『徹子の部屋』にいらっしゃったのはちょうどデビューして7年目七年目の時に『徹子の部屋』へいらっしゃいましたんで。
その時どんなふうだったかちょっと見ていただいていいですか?えー恥ずかしいです本当。
「高1。
高校1年生の時にカラオケへいらっしゃって」「はいそうなんです。
カラオケブームというか…」「中山…中山美穂さんの曲を歌わせていただいたりとか色んなことをしているうちに私ももっともっと歌手になりたいなって」「もっともっと…っていうか」「うん本当の歌手に」「もっともっと夢がすごく広がったというか」「毎日毎日オーディションを受けて毎日毎日落ちてました」今拝見してると今のほうがずっとこうなんか元気そうっていうかね。
あっそうですか。
若々しい感じがする。
あの頃はやっぱり色々悩みがあったんでしょ?あなたにもねきっとたぶんこの頃。
そうですね。
自分で全てをこうなんか抱えて自分でどうにかしようっていうなんかもう…そういうことばかり考えてしまって…。
なかなかこう…本当の自分っていうのが出せなかった時期でもあったので。
また今こうして色んな経験をさせていただいてこういうお話ができるっていうのは本当にありがたいですね。
よかったですよね。
でもあの20代のご自分のことをご覧になってもしも仰ることがあったら何かあります?「もう少しきちんと落ち着いて徹子さんの目をきちんと見てお話ししなさい」って言いたいですね。
まあね。
お若いですものね。
でもその間ずっとあなたトレーニングを…声のトレーニング。
元々声のいい方なんだけど随分トレーニングなすったの?そうですね。
復帰の前には本当にボイストレーニングっていうところには何カ所か通いまして。
色んな先生のレッスンを受けて色んなことを吸収してっていうことはずっとやり続けていたんですけれども。
あなた筋トレもやってるんだって?最近もう特にやっぱり…太りやすいので体質的には。
そうなの?はい。
なので…。
あっすごい。
ジムでトレーニングっていうのは欠かさずやってるんですけれども。
やっぱり私も好きなものを食べたいのでとにかく好きなものはよく食べるんですね。
それで食べ過ぎたりとかするとこうやってきちんとトレーニングをするっていう…。
これも相当ね。
はい。
これもねなかなか…もうつかなかったんですけども最近ようやく柔らかくなってきまして。
そうですってね。
体が柔らかくなるとやっぱり声の出し方とかも柔らかく出てきたりとか。
これもすごいわね。
これやっぱり腕上げて…。
背筋をこう…作るためにやってたりするんですけれども。
そうなの。
相当裸になるのね。
フフフ…。
もうね…裸に近い状態で見てないと鏡を。
どんどんどんどん太ってきちゃうと思っちゃうんですよね。
自分で心配になっちゃう?はい。
自宅には体重計は一切置かないで。
体重計にとらわれるよりも自分が見てここはちょっともうちょっと鍛えたほうがいいなとか思う時あるんで。
そういう時はそこを一生懸命トレーニング…。
でもすごいですよ。
今の力入れてグーッてやるのなんか相当力いるでしょ?はい。
これこれこれ。
でも本当にトレーニングはずっと続けていかなきゃいけないなと思っています。
この仕事がしたいならずっとトレーニングはするべきだなと思います。
なんか動いていないとその時間悩みの時間になっちゃうのでなるたけなら動いてるほうがいいっていうふうに…。
でもそれは確かにあるんですね。
何もしないで椅子に座ってぼうっとしている時間っていうのはある意味大事なことだと思うんですけれども。
何かこう悩みがある時は特にトレーニングだったりとかお料理をしてみたりとか。
動いていないとそこの悩みに集中してしまうっていうのはありますね。
今何歳におなりになるんですか?私今年の8月で41です。
あっ40になりましたか。
はい。
そうですか。
もうだから色々…ギリギリなんです。
フフッ。
ギリギリ?でも。
あっそう。
はい。
へえー40過ぎた…。
ちょっとそう思わなかったですけどね。
あっそう。
そうなんですよ。
なので本当にトレーニングもしてなきゃ体のラインが崩れてしまうのもありますし。
やっぱり歌を歌いたいならばトレーニングはするべきだなと思ってやってます。
そうやってうまくコントロールしていくのが一番ねきっといいと思いますよね。
さて新しい曲のことなんですけども前はカバー曲とか歌っていらしたんですけど新しい曲を作るにあたって小室さんに頼んだんですって?はいお願いしまして。
えーと…。
ちょっと震えたんだって?その時…頼む時。
はい。
やっぱりちょっと震えますよね。
でもやっぱり小室さんの歌をもう一度歌いたいなと思いまして。
小室さんに「ぜひお願いします」ってお願いしましたら「そうだね」って言ってくれて。
本当?うれしかったでしょ?はい。
もううれしくて。
作詞も本当は小室さんにしてもらえたらいいなと思ってたんですけどもさすがにやっぱりそれは自分できちんと書いて…。
小室さんもあなたの作詞でいいって仰って?「うんいいんじゃない」って言ってくれて。
でもあれでしょう?何があったかわかりませんけど色んなことがあったからすると小室さんにもう一度曲を書いてもらってそれを歌うなんていうことは考えられなかったでしょ?前だと。
そうですね。
もう本当に自分が歌手になってしまったことが後悔した時もただちょっとあったので今の自分が信じられないぐらいなのですが。
やっぱりあらためて色んなことをきちんと思い返してみると小室さんがいたから華原朋美っていうのはいるんだと。
そういうふうに思って感謝できました。
それであなたの声質それから音のこと色んな感情のこと一番よく音楽的にわかっていらっしゃるのは小室さんだろうと思うんですよね。
はいそのとおりです。
だからその方にあなたが頼もうと思ってもう頼むって決めたんだけどちょっと震えちゃったけど…。
でも快く作ってくださってねよかったですよね。
本当にうれしかったです。
なんていう曲でしたっけ?『はじまりのうたが聴こえる』という曲なんですけれども。
『はじまりのうたが聴こえる』。
VTRで見てみますね。
はい。
「ねぇ、はじまりのうたが聴こえる」「あなたがいなくても歩けるよ」「やさしい記憶が今微笑んで」「旅立つことを教えてくれた」うん…。
ありがとうございます。
素敵な曲ね。
はい。
もうテンポとかあとここのグイーッとなるところでこの音がくるとかもう本当に私の大好きな音楽です。
よかったね。
はい。
でも小室さんにとってもきっとあなたの曲が新しくまた書けるっていうことはよかったんじゃないでしょうかね。
そうなんですかね。
私ちょっとそこまで話聞けないんで…。
それはそうですよね。
それはそうでしょう。
「私の歌書いてうれしかったですか?」なんてそんなこと言えないもんね。
でも私はそう思います今の聴いてね。
なんか伸び伸びとしてるじゃない。
はい。
声もそうだけども全て音楽的にね。
昔はその色んな傷があってそのことをすごく嫌だと思って憎んだりとかそういう時期もありましたけれども。
でもそのことがあったから今の私がいてそういうことが書けたんだなっていう…。
それに小室さんが曲をつけてくださった…。
もう時間がなくなっちゃったんですけど…。
大丈夫よ。
見てあげます。
ありがとうございます。
でも結婚したいと思ってる?したいです!そうだそうですよ皆さん。
どうもありがとうございました。
華原朋美さんでした。
ありがとうございました。
どうぞお楽しみに。
2015/06/11(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 華原朋美[解][字]
〜40歳の今語る栄光と挫折…芸能界の意外な交遊録&(秘)写真公開!〜華原朋美さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
今年デビュー20周年を迎える歌手の華原朋美さんがゲスト。13年ぶりの出演となる『徹子の部屋』でこれまでの自分を振り返り、40歳になった現在の心境を明かす。
◇番組内容
20代の頃は全てを抱え込み、自分でどうにかしようと考えてしまい、本当の自分が出せなかったという華原さん。芸能界で挫折した時、父は「お父さんが甘やかしたから朋美はこうなっちゃったのかな?」と自身を責めていたという。その時、絶対に復帰して頑張る姿を見せねばと強く思ったと明かす。ほか、片岡愛之助さん・澤穗希さんとの意外な交友関係を告白。愛之助さんからのサプライズVTRで彼女の意外な面が暴露される!?
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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