遠山の金さんはなぜ廃れたか?


はじめに


 『遠山の金さん』をご存知でしょうか?
一昔前ならば、
『水戸黄門』、『暴れん坊将軍』、『銭形平次』、『大岡越前』と並ぶ、超有名作品でした。
ところが今はどうでしょう?
過去何度もシリーズ化されてきた人気作品だと言うのに、
数年前に終了した
『遠山の金さんVS女ねずみ』以降、
まったく新シリーズが始まらないし、また、製作される気配もまったくありません。
既に終了してしまった
『暴れん坊将軍』が、20周年を機に盛大なフィナーレを迎えたことと比べても、
『遠山の金さん』はいつの間にか終わっていたという感が強く、
なぜ両者にここまでの差があるのか疑問を抱かずにはいられません。
こうなってくると、
『遠山の金さん』という作品は今や時代劇としての魅力はおろか、
人気すらないのかもしれません。

 では、かつてはあれほど人気も知名度もあった
『遠山の金さん』が、
いったいどうしてこのように衰退してしまったのでしょうか?
今回はこの謎について迫っていきたいと思います。

1.ストーリーに問題あり?


 『遠山の金さん』のストーリーについては今更説明するまでもないでしょうけど、
一応ご存知ない方のために、大まかな説明を致します。
舞台は江戸時代、主人公である遠山金四郎は北町奉行所の名奉行として名高い方です。
まあ、語弊はあるものの、分かりやすく例えるなら裁判官のような人と思っていただけたら結構です。
しかし、彼には重大な秘密があり、それが
「遊び人の金さん」という、言うなれば裏の顔を持っていることと
右肩に桜吹雪の刺青があることです。
そして彼は、一度事件が起きれば、遊び人の金さんとして事件の捜査にあたり、
犯行グループを打ちのめします(その際、右肩の桜吹雪の刺青を見せます)。
それから、奉行として、その犯行グループを裁くわけですが、
奉行が遊び人の金さんだということに気付かない悪党どもは、証拠が不十分なことをいいことに、
しらばっくれます。
被害者である女・子供達は必死で彼らの悪行三昧を訴えますが、劣勢を覆すことも出来ず途方にくれます。

 しかし、そこで業を煮やした金さんが、右肩の桜吹雪の刺青を見せつけ、
悪党どもはようやく奉行=金さんということに気付き観念し、被害者達のアフターケアもなされ、
一件落着となるわけです。

 まあ、これだけの説明でもツッコミどころは十分にあるのですが、そこは割愛させていただくとして(笑)、
ここでは、はたしてこれが「名裁き」と言えるのか?
ということについて述べたいと思います。

 かつて、『ダウンタウンDX』という番組のコーナーで、
「大岡越前と遠山の金さんとでは、どちらが名裁きと言えるか?」
みたいなアンケートがあったのですが、結果は圧倒的に大岡越前派が多数を占めていました。
金さんが選ばれなかった理由の多くは、
「人が悪い」ということでした。
確かに、全ての真相を知っているくせに、わざわざ奉行所にてさらし者にする辺り、
金さんはかなり性格が悪いと言えます。
これはもう、茶番も茶番、道楽でやってると思われても仕方ないでしょう。
特に、松方弘樹が金さんを演じるようになってからは、それが如実に表われていたように思えてなりません。
(この件に関しては後ほど述べさせてもらいます)。

 このように、金さんのやり方について疑問を持つ方が増えたというのが、
衰退の原因のひとつではないでしょうか?
冷静に考えれば、金さんのやってることは極めて無駄が多く、非効率的でもあります。
あんな回りくどいことをしなくても、ひっ捕らえた時点で「実は私は北町奉行なんだよ〜」
とばらせばいいわけであり、なぜ、ひっ捕らえた後姿をくらますのかもさっぱり分かりません。
どうせ後で奉行所で金さんのやったことはばれてしまうというのに。
とは言え、そこをツッコミながら観ると言うのも楽しみ方の1つでもあるわけで、
一概に悪い面としてあげるのも心苦しいのですが、やはり、先程のアンケートの結果を見ても明らかのように、
多くの人々が金さんのやり方に対して賛同的でないことからも、
これが衰退の大きな原因であることは否めません。


2.松方弘樹に問題あり?


 さて、今度は金さん役であった俳優、松方弘樹について述べます。
そもそも、彼の金さんは歴代金さんと比べても、非常に評判が悪かったように思えます。
しかしそれは、演技が下手だとかそういうことではなく、
金さんのキャラ自体が以前と大きく変わっていたことが要因です。
とは言え、残念ながら、私自身も松方弘樹以外の金さんをほとんど知らないと言うのが実情なのですが、
私が聞いた範囲での従来の金さん像は、普段はだらしないが、キメる時はキメると言う、
ヒーローによくありがちなタイプみたいです。
ところが、松方弘樹の金さんはと言うと、遊び人の時も奉行の時もあんまり変わりません(笑)。
一言で言えば、言葉遣いがヤクザみたいだと申しましょうか
(実際、私の友人はヤクザみたいだと言ってました)。
「おうおうおうおう!」とか、タンカをきるシーンなんてまさにヤクザ節全開でした。
幸い、私はそれまでの金さんをほとんど何も知らなかったので、
「これが金さんなんだ〜」とすんなり受け入れることが出来ましたが、
これには、さすがに従来のファンの方も大いに戸惑ったのではないでしょうか?
(私の友人もあれは違うと言ってました)

 もっとも、これは松方弘樹が歌う、主題歌
「華のうちに」の歌詞でも示されているように、
「口は悪いが器量はそこそこ なんでも言えよ オレでよきゃ」
という、極めて人間臭い金さんを描こうとしたからなのかもしれません。

 とは言え、結果的にはあまり親しまれる金さんには成りえなかったわけなのですが。


3.『遠山の金さんVS女ねずみ』に問題あり?


 さて、これまで述べてきたことから、金さんからは昔ながらのファンが次第に離れていったことが伺えます。
しかし、悲劇はこれだけには留まりませんでした。
なんと言っても、起死回生の策として(かどうかは知らんが)スタートした、
新シリーズ
『遠山の金さんVS女ねずみ』
これが逆に首を絞めることになろうとは、当時誰が予想出来たでしょうか!
私も、当初はかなり期待していました。
ご存知、金さんに
松方弘樹を迎え、女ねずみには古手川裕子、味のある岡っ引きに前田吟
そして金さんの妻役に、きれいなお姉さんでお馴染みの
水野真紀といった、層々たる豪華キャスト陣に加え、
前代未聞の遠山の金さんとねずみ小僧のコラボレーション。
また、今までは金さんは独身という設定だったのですが、今回は金さんにも妻がいるという新たな設定を
盛り込み、
「金さんにお嫁さんが!?」と、当時のテレビ雑誌等でも取り上げられていたことから、
かなり宣伝効果は大きかったと言えます。
当然、私の期待は膨らむ一方で、「一体、どんな展開になるんだ?」
とオンエアが始まるまで楽しみで仕方ありませんでした。

 ところが、いざ観てみると、それはボクらが知ってる金さんとは似ても似つかぬものだったのです。
タイトルにVS女ねずみと付いてる割には、
女ねずみがそれほど活躍するわけでもないし(どちらかと言えば足手間どい)、
なんと言っても、金さんの面白さ・醍醐味といったものが完全に死んでしまっていたのです。
(例によってこれも後ほど詳しく述べます)
「ひのーい!!ひの――い!!のーして!!のーしてぇえええ!!! 」
私は悲痛な叫びを上げました。
しかし、どんなに泣いてもわめいても、かつての金さんは戻ってくることはなかったのです。


4.金さんの面白さ・醍醐味とは?


 これまでの説明で、金さんが衰退してしまった経緯はお分かりいただけとかと思います。
では、金さんはどうあるべきだったのでしょうか?
そもそも
『遠山の金さん』の面白さとはどのようなものなのでしょうか?
極めて個人的な考えではありますが、私なりの「金さんの醍醐味」と「楽しみ方」、
そして
『遠山の金さんVS女ねずみ』の失敗要因を順に述べていきます。

 主役は悪党と被害者の女・子供である。
『遠山の金さん』の主役と言えば、当然金さんと思われる方が多いでしょうが、はたしてそうでしょうか?
確かに表向きは金さんであることに間違いはありません。
しかし、悪党がいなければ金さんが引き立つこともないわけであり、悪党がいてこその金さんだと言えます。
特に、悪党達のすっとぼけ方はもはや芸術の域に達していると言っても過言ではなく、
それゆえに、彼らが奉行=金さんを知った時の驚愕と絶望に満ちた表情(これも芸術)は、
視聴者に多大なカタルシスをもたらしてくれるのです。
そして、その悪党のキャラを立たせるのに必要不可欠なのが被害者の女・子供であり、
発言権も決定的な証拠も持ち得ない彼女らの存在こそが、悪党達をより憎たらしい存在にしていのです。
言うなれば、
『遠山の金さん』とは、この三者が三位一体となることで成り立っているとさえ言えるのです。

 しかし、こう言ってもピンとこない方も多いことでしょう。
そこで、以下私の視点から見た三者のあり方を順を追ってご説明致しましょう。

※ セリフはかなり適当です。あくまで雰囲気を味わってください

金さん: 奉行所に金さんがやってくる。
悪党共の罪状を読み上げ、「相違ないか?」と尋ねる。
悪党A: 「滅相もございません。そのようなことは事実無根。この娘の作り話にてございます」
と、しらばっくれる。
私視点: 悪党Aの芸術的なすっとぼけ方に口元が思わず緩みます。
「よく言うわ、こいつ」等と思いながらも、「滅相」という言葉が妙に面白く感じられて仕方ありません。
被害者の女: 「そんな!嘘です。お奉行様、私の亭主はこの者達にだまされた挙句、殺されたんです」 
悪党B: 「おい女!いい加減なことぬかしてるんじゃねえぞ!」と、女に対し凄む。
私視点: これって脅迫なんじゃないの?とツッコミながらもニヤニヤしてます。
金さん: 悪党Aに対し、再び問いかける。
悪党A: 金さんの問いかけに、「この女は金のために何人もの男をたぶらかした毒婦にございます」
と答える。
私視点: すげえ!娼婦とか売女なら分かるけど、毒婦ですよ!毒婦
何気に凄い発言するなあ。
被害者の女: まったくの嘘と言う訳でもないので、反論できずにうつむく。 
悪党A: こんな女の言うことを信じるようでは、北町奉行の名が泣きますぞ!
私視点: すげえ!すげえ!お奉行様に説教してるよ。
どうしてここまで強気でいられるんだろう?と思いながら、相変わらずニヤニヤしてる。
金さん: ほう。では、お主はあくまでやっておらぬと申すのだな?
悪党A: はい。さようでございます。
私視点: この時、金さんは心なしかちょっとニヤけるんですよね。
でも金さんにしてみれば、悪党共のやった事は全部知ってるんだから、
「よくもここまで嘘八百言えるなあ」と、そりゃ笑うわなあ。
でも、一番笑ってるのは、金さんの後ろか傍らにいる書記官みたいな人でしょうね。
なんせ、毎回こんな茶番見せ付けられてるんだから。
笑いこらえるのに必死なんだろうなあとかボンヤリと考える。
被害者の女: 「そんな!」
これと言った証拠を示すことも出来ず、途方にくれる。
が、あることが脳裏に浮かび、すぐさまそれを口にする。
「そう言えば…。お奉行様。遊び人の金さんをここに呼んでください。金さんなら全てを知っています」
私視点: 今頃になってそんな重要なことを思い出すと言うのもどうかと思うぞ。
と思いながらも、次からの展開から目が離せない!
悪党B: 「誰だい、その金さんって野郎は?」
悪党C: 「そんな奴がいるんなら、ここに呼んでもらおうじゃねえか!」
悪党D: 「そうだそうだ!」
悪党E: 「出て来い、金公!」
悪党F: 「あっ、金さんや〜い!」
金さん: やかましい!!
 

一同静まり返る。

私視点: キタキタキタキター!!!
この時の悪党の鳩が豆鉄砲くらったような表情も実にGood!
いい仕事しています。
金さん: 「さっきから黙って聞いてりゃあ、あることないことベラベラと…」
とか、御託を並べるわけですが、最終的には
「あの日見事に咲いた夜桜を、うぬら見忘れたとは言わせねえぞ!」
と、ついに桜吹雪の刺青をさらけ出す。
 

一同、食い入るように見つめる。

被害者の女: 「あっ!」
悪党A〜F: 「あっ!」
 

金さんの勇姿が頭に浮かび、ようやく全員お奉行様が金さんだったことに気付く。

被害者の女: 「金さん!」
悪党A〜F: それぞれ口々に「金さん…」、「金さん…」、「金さん…」……
私視点: この時の悪党達のリアクションもサイコーですね。
中には金さんを指さしてる奴とかもいますし。
しかも、なんで皆揃いも揃って「さん」付けやねん(笑)。
そして、ここでようやく私も一視聴者として「よっしゃ!」とカタルシスを得ることが出来るのです。
金さん: 「裁きを申し渡す。(主犯に対し)打ち首獄門、余の者、終生遠島。ひったて〜い」
 

こうして、残った被害者の女に対し、アフターケアがなされ一件落着となります。

   

 さて、いかがでしたでしょうか?
以上が、私なりの『遠山の金さん』の楽しみ方だったわけですが、ご理解いただけましたでしょうか?
しらばっくれる悪党、途方にくれる女、正体を明かす金さん、観念する悪党…これら一連の流れこそが、
まさに
『遠山の金さん』の醍醐味であるわけなのですが、悲しいことに、『遠山の金さんVS女ねずみ』では、
この構図から被害者の女がすっぽり抜けてしまったのです。
これがどういうことかと申しますと、
「お奉行様、遊び人の金さんを呼んでください」と言う人が
いなくなってしまったということなのです。
「なんだそんなことか」と思われるかもしれませんが、これはもう、一大事です。
なぜなら、金さんと悪党共が延々と問答を繰り広げた挙句、結局金さんが何の脈絡もなく刺青を出して解決…
なんですから、こんなんで十分なカタルシスが得られるわけはありません。
もっと分かりやすく言うと、悪党が被害者の女を毒婦呼ばわりするようなことも、
「金さんを呼んでもらおうじゃねえか!」「あっ、金さんや〜い!」といった悪党の冷やかしも、
その後の金さんの「やかましい!」で静まり返る悪党達の表情も、ドラマを盛り上げる数々の心憎い演出、
まさにキモと言うべきところが全てカットされてしまったということなのです!
しかも、当時は
『金田一少年の事件簿』が大人気だったため、それに影響されたのか、
犯行には小賢しいトリックとかがやたら使われようになり(例えば、水がいっぱい入ったガラスの容器をレンズ代わりにして、火縄銃の引き金に結びつけていた縄を焼ききり、ターゲットを射殺するとか)、
それを解き明かすと言う、三文ミステリもどきに変わり果ててしまったのです。
それでいて、結局は桜吹雪の刺青が決め手になるのだから、「なんじゃそりゃ」と思わずにはいられません。
私から言わせれば、これを作った監督や脚本家は「金さんのなんたるか」をまったく理解出来ていません。
そもそも時代劇というものはワンパターンだからこそ味があるんですよ。
ワンパターンだから面白くないという輩はしょせん下の下。
それをあれこれいじくろうとするからこんな結果になってしまったのです。
確かに、最初は「これまでにない全く新しい金さんを作ろう」と息巻いて臨んだのかもしれません。
しかし、本質を理解できないことには、いくら良い役者さんを大勢投入しても、
売れっ子脚本家に脚本を書かせても、他の作品から良いところを吸収しようとも、
良い作品にはなり得ないのです。
『遠山の金さんVS女ねずみ』は、まさにこのような理由から失敗したと言えるでしょう。


最後に


 以上のように、『遠山の金さん』は今やすっかり廃れてしまいました。
さらに悪いことに、未だにDVDもビデオも発売されてすらいないのです。
このままでは、
『遠山の金さん』が人々の記憶からなくなってしまうということも、
そう遠くはないのかもしれません。
しかし、それだけは阻止せねばなりません。
はっきり言って、これほどの娯楽時代劇が失われるのはこの国にとって大きな損失です。
いささか大げさかもしれませんが、私にとってはそれほどの作品なのです。
願わくば、ここを訪れた方が
『遠山の金さん』という素晴しい時代劇があったことを、ほんの心の片隅にでも
残していただければ幸いです。


『遠山の金さん』が1.5倍楽しくなるQ&A集

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