これまでの放送
~国際批判に揺れる現場~
人気者の動物たち。
将来、こうした姿を見られなくなるかもしれません。
日本動物園水族館協会
「イルカの入手方法が非常に困難になった。」
これまで捕獲された野生のイルカを飼育・展示してきた日本の水族館。
その入手方法が海外から批判され、今後はイルカを繁殖していくことが求められます。
水族館 館長
「知識も経験も足りないものがわんさかある。」
いち早く繁殖に取り組んできた動物園も、血統に偏りが生まれるなど大きな壁にぶつかっています。
動物園 園長
「あれもこれも手を出していては手が回らない。」
生き物を身近に感じる場となっている動物園や水族館。
そのあるべき姿を探ります。
北海道小樽市にある水族館です。
入館者は年間35万人。
最大の売り物が、イルカショーです。
6頭のうち、5頭は追い込み漁によって捕獲されたイルカです。
この水族館では今後イルカをどう入手するかメドは立っていませんが、今回の問題には向き合わざるをえないと考えています。
おたる水族館 館長 伊勢伸哉さん
「数十年間やられていた方法が通用しない時代に入った。
今までと違うことを実行していくためにどうするのか、考え方を全て変えなければならない。」
今回、問題とされた和歌山県太地町のイルカ漁。
追い込み漁と呼ばれ、イルカの群れを船で入り江に追い込み捕獲します。
日本のイルカは国内の水族館だけでなく、世界16の国と地域にも輸出されてきました。
しかし6年前、その漁を批判的に描いた映画が公開され、世界の環境保護団体などから反発が強まっていました。
欧米では動物愛護の観点から野生のイルカの捕獲をやめ、繁殖へと大きく転換しています。
アメリカでは原則として野生の捕獲を禁止。
現在いるイルカの7割が水族館などで繁殖させたものです。
こうした中、先月(5月)日本動物園水族館協会は、追い込み漁からの入手をやめると発表したのです。
日本動物園水族館協会
「イルカの繁殖を促進する取り組みを行う。」
しかし、繁殖へとかじを切るのは簡単ではありません。
ノウハウや施設が整っていないからです。
小樽の水族館では9年前、1頭の雌が妊娠しましたが繁殖には結び付きませんでした。
ホルモンの値などを検査し体調の管理を続けましたが、死産してしまったのです。
イルカの繁殖には安心して出産できる環境を整える必要があります。
母親に過度のストレスがかからないよう、ほかのイルカから隔離して専用のプールに移すのです。
しかし小樽の水族館には、そのプールがありません。
繁殖専用のプールを作るには多額の投資が必要です。
しかし民間経営のこの水族館では、資金のメドは立っていません。
おたる水族館 館長 伊勢伸哉さん
「お金、技術、知識、経験、足りないものがわんさかある。
非常に“いばらの道”である。」
今回の決定に強く反発している水族館もあります。
追い込み漁が行われてきた地元、和歌山県太地町の施設です。
太地町立くじらの博物館 副館長 桐畑哲雄さん
「そばで見られるのを売りにしている。
すぐ近くで見てください。」
この施設では、県知事の許可を受けた漁がなぜ批判されなければならないのか強い違和感を感じています。
大学などと連携し、イルカの生態の研究をリードしてきたこの施設。
野生を捕獲する追い込み漁だからこそ多様なイルカの研究も可能だったといいます。
太地町立くじらの博物館 副館長 桐畑哲雄さん
「色素のない、変りもの。」
こちらのハナゴンドウという種類。
白い色をした珍しいタイプです。
胴体に筋のような線が入ったスジイルカも、国内ではここで飼われている2頭だけです。
太地町立くじらの博物館 副館長 桐畑哲雄さん
「追い込まれてくる中に、同じ種であっても特異的な形質を持ったものが入っている。
なかなか理解していただけない面で、非常に歯がゆい。」
追い込み漁からのイルカの入手をやめるという今回の決定。
世界では、そもそもイルカの展示を取りやめる動きも広がっています。
オーストラリアの水族館ではイルカを閉じ込めるべきではないと、公開をやめています。
ニュージーランドのこの水族館でも、7年前にイルカの展示やショーを中止。
その後、閉館しました。
イルカショーなどに厳しい目が向けられる中、見せ方の模索も始まっています。
この水族館(新潟市水族館 マリンピア日本海)では、単なる見せ物ではなく生き物をより身近に感じてほしいとショーを行っています。
イルカの生態や特徴を、1つ1つアナウンスで伝えていきます。
「歯の数はバンドウイルカで約80本。
鋭くとがった歯は、動くものをしっかりとらえることができます。」
「水中はもちろん、空気中にあるものもよく見えています。」
この水族館では、こうした取り組みを今後さらに推し進めなければ生き残っていけないと考えています。
新潟市水族館 マリンピア日本海 館長 加藤治彦さん
「動物園や水族館で生き物を見るチャンスが無くなってしまうと、本当の意味では自然や野生の生物を理解したことにならない。
その場所が無くなるということは恐ろしい、不安に感じる。」
●水族館の危機感は?
かなり深刻なものだと思います。
やはり集客力をすごい持った動物ですし、ショーという展示のしかたというものも非常に定着して、国民の皆さんにも楽しみを与えているというふうな中で、先ほどのVTRにもありましたように、本当にいばらの道になるかと思います。
●繁殖に向けた体制、全体の状況は?
やはり個々の水族館のイルカの飼育っていう単位ではなくて、日本で飼育しているイルカ、これ全体を1つの群れと見て、その遺伝的なつながりや、あるいは性別面で、そういうものをしっかりと見て、この10年、20年先までの繁殖の計画を立てていくことがまず大事ですね。
それからいろんな飼育情報の共有、そして設備面の改善といったものは、これからしっかりとやっていかなきゃならない問題だろうというふうに思います。
(なぜ、ここまで遅れてしまった?)
やはり、追い込み漁からイルカが入ってくるっていうことに、やっぱり今現在、それに頼ってきたという中で出てきている問題だろうと思いますけれども。
今、私が思うのは、野生動物を飼育するっていうスタンスですね、それは水産資源だろうと、本当にトキやコウノトリや、そういった希少種であろうと、あるいは普通種といわれるような、どこにでもいる生き物であろうと、彼らは野生で生きているときは生(せい)の営みをそこでしているわけですよね、それを飼育界に取り込んできた場合には、その生の営みを人が代わって保障してあげるというのが、やはり基本的なスタンスだと思うんですね。
その生の営みっていったら何かっていったら、突き詰めていけば、命を、種が、個体がつないでいくということですね。
これをやっぱり保障してあげるということが飼育する側にとっての倫理であり、そして動物に対する福祉であろうというふうな考え方を、しっかり今、考えていかなきゃならないだろうと思っています。
日本動物園水族館協会は昨年、動物園・水族館は命の博物館というふうな言い方をして、命をつなぐということを戦略に打ち出しました。
さらにWAZA(世界動物園水族館協会)はもっと前、2005年に、動物園・水族館のあらゆる事業は、生物多様性保全という方向に統合化していくべきであるという戦略を出しているわけです。
JAZA(日本動物園水族館協会)もそれを合意してきたと。
これは単に反対意見があるかないかっていうんじゃなくて、地球の営みの中での人の動きを見ていくと、10年、20年、30年先は明らかに生物多様性保全ということと、持続可能な社会というものの両立ということだと思うんですね。
今、そこに大きくやっぱり、かじを切っていくターニングポイントというふうな見方をして、このいばらの道をやっぱり突き進んでいくしかないだろうと私は思います。
●動物園や水族館の社会的役割に対して意識が希薄だった背景は?
やはり人気があったということでしょうね。
130年の動物園・水族館の、日本では歴史がありますけれども、非常に手軽で、そして楽しみを与える存在として、動物園や水族館は今までありました。
しかし、その楽しみを与える動物園・水族館の社会的な役割を考えていった場合に、今言ったような生き物の命をつないでいくということを保障しながら、その動物園や水族館の在り方、社会での未来の在り方も含めて考えていく必要があると思うんですよね。
(展示やショーもやめた国もあるが、見られなくなる?)
私はそうは思いません。
イルカショーっていうふうな言い方をされてますけど、いろんなものがあると思います。
しかしそれは生物の倫理、福祉にのっとったうえで、例えばイルカならイルカの生態だったり科学であったり、そういうものをしっかりと伝えていくような、例えばマリンピアで目の、視力の話とかしてましたよね、あるいはコミュニケーションの話とか、いろんなそういう動物の生き方、生態を知る手がかり、方法としてのショーというのは意味はあると思いますし、そういう方向はこれからも続けていけるとは思います。
(生命の営みをちゃんと保障するということが大前提?)
大前提ですね。
希少な動物の繁殖に力を入れてきた、名古屋市営の東山動植物園です。
スリランカから譲り受けたアジアゾウ。
一昨年(2013年)、出産させることに成功しました。
オーストラリアの動物園から来たニシローランドゴリラも、2年連続で子どもが生まれました。
しかし一方で、繁殖で個体数を維持していく難しさにも直面しています。
東山動物園 副園長 黒邉雅実さん
「こちらがコアラ舎です。
現在5頭コアラを飼育しています。」
オーストラリアの固有種、コアラです。
餌のユーカリには1頭当たり年間1,000万円以上かかりますが、人気があるため長年、飼育してきました。
9年前は13頭いたコアラ。
現在5頭に減っています。
その原因の1つが、血統が偏り始め、思うように繁殖が進まなくなったことです。
動物園にコアラが来たのは1984年。
その2年後には、日本で初めての繁殖に成功します。
それ以降、主に繁殖によって個体数を増やしてきました。
この動物園ではコアラの近親交配を避けるため、全国の施設と協力して、繁殖のペアを融通し合ってきました。
しかし、取り組みを始めて25年。
血縁の近い、いわば親戚のコアラが多くなってきたといいます。
東山動物園 副園長 黒邉雅実さん
「これがコアラの血統登録書。」
全国にいる40頭余りのコアラの血統は番号で管理されています。
「例えば東山(動物園)のココという個体は234番がお父さん。
同じお父さんの個体が別の動物園に2頭いることがわかる。」
同じ数字は親が同じであることを示します。
血統が偏り、繁殖相手が見つけにくくなっているのです。
活路を求めたのはオーストラリアでした。
去年(2014年)、国内にはない血統のコアラを1頭譲り受けました。
しかしオーストラリアでは絶滅危惧種に指定されているため、交渉には2年かかりました。
東山動物園 副園長 黒邉雅実さん
「今後も安定してコアラを展示していくためには、オーストラリアから定期的に安定した数が入ってくるのがひとつの条件。
現実ではなかなか難しい。」
こうした中、繁殖が難しい動物の飼育からは撤退する動物園も出ています。
飼育する動物の種類が全国有数の多さを誇ってきた、大阪・天王寺動物園。
ピーク時には300種類以上いた動物を200種類にまで減らしています。
今後もコアラやオウサマペンギンなど、人気があっても繁殖が難しい動物は飼育をやめることを決めています。
天王寺動物園 園長 牧慎一郎さん
「あれもこれも手を出していては手が回らない。
限られた資源を集中的に投入して、ひとつひとつの飼育環境をより良くしたり、広さをある程度確保してあげる。」
繁殖の難しい動物から撤退することで可能となった取り組みがあります。
その1つが、多くの動物を1か所に集め、より自然に近い環境を再現するサバンナゾーンです。
動物にとってストレスの少ない環境を作るとともに、見る人にも野生に近い動物の姿を学んでもらうねらいです。
さらに、絶滅のおそれがある動物の種の保存にも取り組もうとしています。
このフンボルトペンギンは日本の気候でも飼育がしやすく、すでに数多くの繁殖に成功しています。
一方で、南米に生息する野生のフンボルトペンギンは現在、絶滅危惧種に指定されています。
国内で発達している繁殖技術を活用。
将来的には、増やした個体を野生に帰していくことが目標です。
今のところ、こうした取り組みは入園者の増加には結び付いていませんが、動物園として生き残るためには必要だと考えています。
天王寺動物園 園長 牧慎一郎さん
「我々のやるべきことの中には、繁殖・種の保存は必ず含まれてくる。
野生の動物といかに向き合っていけるか、これが将来、動物園が考えていくべきこと。」
●種の保存、国内では難しい?
国内の動物園だけのパイではなかなか大変です。
ですから国内の動物園全体を1つのパイとして見立てて、さらにそれを世界の動物園とのつながりの中で、どう動物を交換し合うかということが必要になってくると思うんですね。
そのときには、例えばフンボルトペンギン、実は世界の動物園の中で日本が一番たくさん繁殖して持っている国なんですよね。
そうしたら、そのフンボルトペンギンとコアラとの交換とかっていうふうなことをやっていくことが必要になってくると思います。
そうやっていくためには、例えば天王寺の取り組みのように、飼育種を減らして、供給、繁殖できるようにして、それぞれの動物の個性を出していくという取り組みも大事になってくるし、あともう1つは、世界の動物園との交渉力ですね、これをしっかりぶつけていかないと、今JAZAは非常に弱いですから、本当にぜい弱な組織なんですよね、日本の動物園水族館協会。
これを理事を送り込めるぐらいの体力をつけていくような努力もこれから必要になってくると思います。
(世界動物園協会の中での発言権や、情報をちゃんと入手できるような体制も必要?)
そうですね、そのためには日本の動物園・水族館の在り方に関して、国民の皆さんもしっかりと見てもらって、自分が楽しいだけではなくて、そこにいる動物たちをどう保障するかっていうふうなことを、命のつながりをどう保障するかということを考えてほしいと思うし、国もですね、そういう社会教育の在り方、生物に対する保全の在り方を考える動物園・水族館に対する支援をしっかりと要望したいというふうに思っています。
●自治体や企業の体力もなくなっているが、種の保全や社会的役割をどう保障していくのかが問われる?
市民、企業の皆さんの動物園・水族館に対する支援っていうのはぜひ、お願いしたいなというふうに思ってます。
これ、ヨーロッパのやり方がそうですね。
その代わり、その生物に対する保全、社会教育に対する説明をしっかりと説明責任を果たしていく。
それがわれわれの責務であるっていうふうに思います。
(大きな転機を迎えている?)
そうですね、ターニングポイントです。